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第十三話 子供たちのヒーロー


 リックローブ家のゴタゴタを公言しないままに、俺が如何にカシスを必要しているかこんこんと語る。そうしてミドルドーナの人々を味方につけることで、リックローブ家もエルセルの後継にカシスを立てづらくなる。


 ザックリ言うと、そういう作戦だった。

 選挙戦略のようなものかもしれない。


 俺にとって都合の良い部分だけを伝えて、民を懐柔する。

 あとは民主主義の暴力により、無事にカシスは俺のところに戻ってくるってわけだ。


 そう都合良くいくかって?


「…………」

「おかえり、カシス」

「言いたいことがたくさんあるわ」


 いくんだな、それが。


 セレーネを中心にシャルマーニ出身の盗賊たちも口酸っぱく言っていたが、とにかくこの世界における勇者の地位はとてつもなく高い。何だったら故シャルマーニ王家よりも上だったらしい。


 もしかしたら、王家が遥一行を殺そうとしたのはその辺のわずわらしさもあったのかもしれないが……とにかく。


 あの公共放送の後、まず魔術ギルドにわんさか人が押し寄せ、俺は再度、今度は顔を出して講演をする羽目になったり、リックローブ家にもわんさか人が押し寄せ、カシスを応援する声が届いたらしい。


 どうも人々の発言を拾ってみると、以前の遥によるミドルドーナ陥落を阻止した(実際には遥が直接的な原因じゃなかったわけだが)事や、国中に溢れ出る魔物の襲撃をあっさりと次々に撃退している事、その他諸々の傭兵活動などにより、まさに英雄のように思われているようだ。


 そんな俺が訴えた、カシスの必要性。

 何が何でも彼女を俺に同行させろと、リックローブ家には数え切れないほどの嘆願が届いたとの事。


「あのね。色々あって、あたしは忙しいのよ。

 そこに余計な仕事を増やさないでくれる?」

「余計だった?」

「………………知らない」


 そういうわけで、その晩、教会に匿われた俺たちの下に。

 カシスが転移でやってきた。


 魔石を持ってきておいてよかった。


「まぁまぁ、いいじゃない」

「セレーネ……最近あんた、ユタカに似てきたわよね」

「そう?」

「以前のあんただったら、こんなバカみたいな案は全力で止めていたはずよ」


 確かにそうかもしれない。

 俺がカシス誘拐のために編み出したあのバカみたいな策に、セレーネは全然乗り気じゃなかった覚えがある。


 でもなぁ。

 ぶっちゃけ裏でコソコソ行動するとか苦手なんだよな。

 だから、俺が動き出すと、結果的に派手にやらかす事になる。


 昔からそうだが、大胆な策しか成功しない。

 色々と画策して計画的に行動すると何か上手くいかない……どうしてかわからないが上手くいかない。


 向き不向きってあるよな。

 つくづくそう思う。


「で、どうなった?」

「……揉めに揉めたけど、最終的にフェルナンド兄様が家を継ぐことになったわ。

 暫定的なことかもしれないけど、とりあえずはそうなった」

「そりゃよかった。じゃあカシス、これからもよろしくね」

「納得いかないわ! あたしの覚悟を返してちょうだい! あたしがどんな思いでユタカの下を去ったのか、どんな思いであの家に留まることにしたのか!」


 覚悟って何だろう。

 知らんね、そんなものは。


「ふふん。私、わかってたよ。

 やっぱりカシスは、ユタカ様と一緒にいたいんだよね」

「待って。待ちなさい。その言い方じゃ誤解が生じるわ。

 あたしはあんたとは違う!」

「どう違うの?」

「色ボケ聖女と一緒にしないで! あたしはもっとこう、崇高で高潔な……」

「失礼な! 誰が色ボケなのさ! 私はイーリアス様の血を引くものとして、勇者様であるユタカ様の傍にいることがね……」

「あんた以外誰がいるのよ! 血統を言い訳にするのはやめなさい! だいたいあんたは――」


 ギャーギャーと、久しぶりに甲高く煩い声が響く。

 一方、盗賊たちは。


「教会に来たのは久しぶりだな」

「小さい頃に、お父さんとお母さんに連れられて以来かなー。

 あの頃は平和だった……けど、結果オーライって感じー?」

「見たか?

 ボスの姿を目にした瞬間、あの偉そうな神父やシスターが一斉に頭を下げたんだぜ。

 やっぱりボスって勇者なんだなぁ……」


 全く聞いちゃいねぇ。


 あぁ、これだよな。

 これこそが俺の日常だ。


 カシスとセレーネが騒ぎ立てて、盗賊たちはそれを放置して自由気ままに会話を繰り広げて、無法地帯というかカオスな空間が繰り広げられ、そして俺はそれを見て溜息をつくんだ。


 それが俺の築いた日常だ。


「――ちょっと。ねぇちょっと」

「ニヤニヤしてどうしたの?」


 ふと、二人が罵り合いをやめて俺を見ていた。


「そんな顔してた?」

「お頭は最近百面相ですねー」

「なんか怖えぇ……俺の腕、まだついてるよな!?」

「大丈夫だ、立派に生えてるよ」


 そういえば以前はよく、調子に乗った発言をした奴の腕を切り落としたり足を切り落としたり耳を剥いだりしてたな。


 やべぇ。

 若干黒歴史になろうとしている感がある。

 思い出すと恥ずかしい。


 この世界に来た当初の俺は、大概ぶっ飛んでいたらしいな。

 いくらセレーネがいるからってそれはないだろう。

 引くわ。


「何でもないよ。何でも」


 もうそんな事はしない。

 するはずが、ないんだ。



---



 さすがにいきなり家をほっぽり出して俺たちの元に戻ることも出来ないわけで。

 カシスは、あと数日くれと言い残して去っていった。


 これについては想定内だから問題ない。

 あいつが自分から、ちゃんと帰るといったことが重要だ。

 ……まぁ、家出した時も言っていたんだが。


 そう考えると少々不安だが、もはや信じるしかないだろう。

 これでダメだったら、次はフェルナンドとやらを脅迫するしかない。

 ○○をバラされたくなければお前が家督を継げと。

 クールアールだったら何かネタを持っているだろうか。


 ……って、すぐ他人を脅そうとする点は俺の悪いところかもしれない。

 カシスにもそういうところは嫌いって言われてるしな。

 控えよう。

 そういえば、スクリの件でククルト家が落ちぶれた時も、そう思ったんだった。


 すっかり忘れていたな。


「……ユタカ様って夜型だよね」


 小さな女神像(精霊?)を眺めながら長椅子でボーっとしていると、セレーネがやってきた。


「人の事言えるのかよ」

「言えないかも。

 ……ねぇユタカ様。ユタカ様は、自分が勇者様であることを嫌がってたんじゃないの?」


 彼女は薄手のカーディガンを羽織りながら、俺の隣に腰掛けた。

 ここのところ、夜は寒いからな。

 真夏のような露出度の高い服装はてんで見ない……残念で仕方ない。

 早く次の夏が来ればいい。


「聞いてる?」

「聞いてるよ。そうだね。

 何が勇者だ、って思ってるよ」

「じゃあ、どうしてあんな事言ったの?」


 昼間の件だろう。

 確かに、勇者の名にかけて~とかカッコつけすぎだった気がする。


 だが、あの時はそれが正解だと思った。

 何もない俺が唯一持っているもの。

 その正当性を主張することは、見知らぬ誰かを説得するために、最も効果的だと思った。


 ……それだけか?

 本当にそれだけなのだろうか。


「だって、みんな勇者とかいう偶像が大好きでしょ。

 勇者の名の下に誓えば、大概の事は許してくれるでしょ」

「そういう腹黒くて計算高いところは好きだけど、それだけじゃないよね?」


 お前はエスパーかよ。

 というか前半何て言った?

 それ褒め言葉のつもりか?


 ……うーん。

 なんていうか、上手く説明できないんだが。


「――麒麟の夢で見たんだけどさ」

「うん」

「遥は、立派に勇者やってたよ」


 先代魔王、神獣ニーズヘッグ。

 北欧神話の龍だったか。

 なぜその名称を名付けられたのか、もしかしたら、地球からユーストフィアに転移した奴がつけた名前なのか、あるいはその逆か……定かではないが。


 遥やスクリ、ガンラート、そしてコルニュートは、たった四人でそれを破ってみせた。

 世界の脅威である魔王を倒してみせた。

 まさに、俺がゲームや漫画で見たような勇者の姿だった。


「負けたくなかったのかもしれないね」

「お姉ちゃんに?」

「うん。……俺の世界の勇者って奴はさ――」


 勇者って奴は。


 たいてい物語の主人公で、行動力があって、リーダーシップがあって、とにかくかっこよくて、子供たちのヒーローで、幼い頃は誰だって憧れ、彼のようになりたいと願っていた――。


 俺だって。

 俺だって、こんなわけわからん転移の仕方じゃなければ、勇者であることを誇ったかもしれない。


 俺が勇者で、もしも物語の主人公なら。

 ヒロインは遥なわけだ。


 ヒロインの方がカッコいい物語なんて、成立しないだろう?


 そうだな。

 俺は、遥にとってのヒーローでありたいのかもしれない。


「あんな脳筋に負けてるとか癪だろ」

「……そりゃ、お姉ちゃんはあんまり物事考えて行動するタイプじゃないけど……」

「だろ? あいつは昔からずっとそうなんだよ。

 とにかく目の前の事だけ。

 結果的に自分が不利益被ったって知ったこっちゃないって感じ」


 それの後始末を常に俺がやってきたわけだが。

 思い出したらムカつく前に悲しくなってきた。


 というか今まで突っ込んでこなかったが、お姉ちゃんって。

 遥をお姉ちゃんって。

 いったい何がどうしてそうなって血迷ったのか理解したくない。

 むしろお前がお姉ちゃんだろうって。


「なぁ、セレーネって遥と仲良かったんだよな」

「うん。ハルカ様が召喚された時、お世話係というかお目付け役というか、それに就いたのは私だからね。毎日一緒にいたよ」


 セレーネは教会で実質ナンバー2の権力者。

 召喚勇者の付き人になるのも納得である。


「凄くどうでもいい質問なんだけど、何であいつがお姉ちゃん?」

「……『お姉ちゃんって呼んで!』って言われたから」

「え? それだけ?」

「それだけだよ。……と言っても、無理矢理じゃないよ。

 ハルカ様って不思議な人だよね。

 めちゃくちゃなくせに絶対に嫌いになれないというか、むしろ気付いたら好きになっているというか、放っておけない感じ?」


 あぁうん。

 最後のは特にわかる。

 遥を放置してると、いつの間にかとんでもない目にあいそうだからな。

 というか実際にあったことがある。


 昔話だ。

 中学生ぐらいだったかな。


 今の年齢で本気でかくれんぼをしたら面白いんじゃね?

 みたいなノリで開催された放課後のかくれんぼ。

 ちょうど部活もやっていなかった時期で、結構な人数が参加したのだが。


 範囲は校内限定。

 なのに、どうしても遥を見つけられなかった。


 下校時刻になっても発見できなかったので、結局放置して帰ってしまった。

 さすがに自主的に帰宅するだろうと思いながら、俺たちは解散した。


 ……そして夜中になっても戻って来ないあのバカ。

 何をどうしたら見回りの教師や警備員からも隠れられたのかわからない。

 とにかく、当時は誘拐だ何だとちょっとした騒ぎになったものだ。


 結局色んな人に無理を言って真夜中の校舎に押し入り、カラスも眠る丑三つ時。

 体育館の倉庫のマットの下の方に挟まって器用に眠るあいつを俺が発見して、円満ではないが無事に解決したのだった。


「……笑うなよ」

「あはは、ごめんごめん。でも、ハルカ様らしいね」


 そんな思い出を細々と語っていたら、セレーネはまた楽しそうに笑う。

 今でこそ笑い話だがな、ホント、しこたま怒られたんだからな。


「とにかくそんなハルカ様だから、親しみを込めてって奴かな」

「君にとって遥が姉とは思えないんだけど……」

「そうかな。……そうかもね?

 姉であり、妹であり、友人であり、勇者様であり、そして……ライバルでもあるよ」


 ライバル?


「何の?

 顔の造形とか胸のサイズとか色んな面でセレーネの圧勝だと思うよ。

 むしろ見下さないように気を付けた方がいいレベル。

 勝負になりそうなのはいじられキャラって点ぐらいしか」

「ユタカ様ってサラッとセクハラ発言するよね!

 デリカシー無いし!

 多分私にそんな事言えるの、世界広しといえどもユタカ様だけだよ!」


 やはり俺はデリカシーが無いのだろうか。

 度々言われているような気がするし、若干自覚もある。

 でも考える前に口から出てしまうから仕方ないよな。


 それに、一応相手は選んで言っているつもりだ。

 ユーストフィアなら、とりあえず身近にいる奴らは大丈夫。

 セレーネとかカシスとか遥とか。


 言ったらヤバい奴には言わない。

 例えばグラシアナとかには言わない。


 というのは置いておいて。


「で、何のライバル?」

「そうだなぁ……」


 彼女はにやにやとおかしそうに笑って黙り込み、チラチラとこちらを伺いながら。

 結局答えるのをやめたのか、そっと口元に人差し指を添えつつ、こう言った。


「それは……ナイショですよ、勇者様」


 秋の夜長によく似合う。

 世界中の誰もを篭絡してしまいそうな、月光の如き微笑だった。


カシス編なのにセレーネがヒロインみたいになってる……オカシイ……オカシイ……

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