第十二話 勇者の名にかけて
「……ただいま」
「――! おかえりユタカ様!」
宿屋の、案内された部屋を開けると、セレーネが飛びついてきた。
後ろにはフランのホッとしたような姿も見える。
俺はセレーネの頭にポンと手をやった後、事の顛末を説明する。
またかくかくしかじかである。
案の定事情聴取が終わるまで五分ぐらいかかった。
二度手間だな。
この辺もっと効率化できないかな。
「というわけで……要するに俺のせいで失敗した」
「大丈夫、まだ何も終わってないよ」
「そうですよー。あ、ちなみに、トーマスとアルベロアも無事です。
呼びます?」
「……そうだね、俺が行くよ」
ってわけで、二つ隣の部屋をノックして押し入る。
トーマスは起きていたがアルベロアは寝ていた。
頭領の無事も確認しないで……と若干イラッとするが、それを押し付けたらブラック企業一直線だからやめよう。失恋直後だし寝させてやった方がいい。
「ボス! 良かった……カシスさんは?」
「えーっと、とりあえずこっち来て」
いい加減ダルいので事情を伝えるのはセレーネに任せた。
アルベロアは放置である。
明日、誰かに話を聞いたらいいだろう。
というか、自分の失敗談を積極的に話したくない。
出来れば耳にするのもごめんである。
どうか俺がいないところで解説をしてやってほしい。
「結局、カシス側の問題を解決しないとどうしようもない。
強硬手段はダメだったからね。
で、フェルナンドとやらを代役に立てようと思うんだけど」
「フェルナンドさんかぁ……ちょっと面識ないなぁ」
「誰ですか?」
「リックローブ家の次男だよ」
「うえぇ……また偉い人ですかぁ……何ならリックローブ家がちょっとトラウマなんですけど……」
ううむ。
セレーネでダメなら手がないぞ。
教会とリックローブ家は犬猿の仲だし、仕方ないか。
焼き討ちとか当主暗殺とか起きるレベルだもんな。
犬と猿みたいな可愛いもんじゃない、もっとドロッとした果てしない溝だ。
さて、どうしたもんかね。
「ボスが言うだけで何とかなるんじゃないすか?」
思案する沈黙の最中、トーマスが軽い声でそう言った。
「どういう意味?」
「だってボスは、あー、曲がりなりにも勇者なんすよね」
そうだけど。
言い淀むあたりにこいつらの気遣いが見えてくる。
それが嬉しいような、こそばゆいような、イラッとするような、情けないような。
おとなになるってむずかしいですね。
「わかった、わかったよートーマス」
「だろ? ボスは未だに実感なさそうですけど、シャルマーニでの勇者ってのは本当にたいしたもんです。悪い意味では落差が激しいのかもしれないっすけど……とにかく」
どうやら何か案があるらしい。
俺たちは顔を近づけながら、彼の話に耳を傾ける。
それはまぁ何というか。
ありきたりで、でもこいつらの話ではそれ以外ないってぐらい効果抜群らしくて、全力で拒否する俺を巧みにスルーしながら。
30分後、具体的な方針が固まったのだった。
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翌日。
ちょうど昼時の、よく晴れた日の事である。
ミドルドーナに公共放送が流れた。
あの晩、遥が現れた晩に使われた魔道具を用いたものだ。
ギルドが保有する、緊急用の音声拡大・拡散の効果を持つ魔道具。
そこから、耳に馴染みがあるような、しかし滅多に聞く機会がないような。
そんな男の声が流れた。
街人の多くが昼食に舌鼓を打つ、そんな時間帯の事だった。
『あー、えーっと、聞こえてるかな』
俺は魔道具を手に、ミドルドーナの人々に語りかける。
『俺はユタカ。勇者ユタカだ』
魔術ギルド情報部、放送室の窓の向こう、ざわめきが広がっていく感覚が届いた。
そりゃあそうだろう。
何の前触れもなく、いきなり勇者を名乗るやつが放送を始めちゃあな。
しかも天下の魔術ギルド発信。
これは嘘か冗談か、ギルドが血迷ったのか、それとも勇者を手籠めにできるほどの力を手に入れてしまったのか、はたまた勇者の暴走か。
色々と思うところはあると思うが、とりあえず聞いてほしい。
『えー……街の人はみんな知ってると思うけど、俺の仲間にはリックローブ家の人間がいる。名前はカシス。あの家の末の娘で、以前は悪い意味で有名だった奴だ』
あのチンピラどもですらカシスが炎魔法を使えないと知っていた。
ならば、ミドルドーナの住人はほぼ全員が既知と思っていいだろう。
『え? 何? ……うるさいトーマス、ちょっと黙ってて。
――ごめんごめん、ちょっと外野がうるさくて。
聞かなかったことにしてくれたら嬉しいな』
人が喋ってる最中に囃し立てるのはやめろ!
ガンを飛ばしてやるも、トーマスはどこ吹く風、セレーネは苦笑してるし、フランとアルベロアは楽しそうに笑っていた。
おい。俺の緊張も考えろよ。
こちとら矢面に立つのは慣れてないんだからな。
人前で喋るのだって上手くないし。
あぁ、こういうのこそ遥にやらせるべきだ。
何だかんだで、あいつはこういうのが得意だったはずだ。
クラスで発言を求められた時は、いつだって率先して手を挙げていた。
それは突拍子もない発想で、誰もが溜息をつき、あるいは無視し、結局その意見が通ることは殆どなかったけれど。
――やっぱり遥は勇者だったんだ。
紛れもなく、勇者だった。
あいつはいつだって物事の中心だったんだ。
『で、みんなが知っているかどうかはわからないけど。
今のカシスは立派に炎を操れる。
そりゃ、まだまだ紅蓮なんて呼ばれるほどじゃないのかもしれない。
でも、これからはその名に恥じない凄い魔術師になると思ってるし、現時点でも俺にとっては大切な仲間だ』
そう。
大切な仲間なんだ。
転移や通信を扱える魔術師は数多くいるし、カシスほどの才能が無くても、炎魔法が得意な魔術師だって、きっと数えられないぐらいいるだろう。
だけどカシスがいい。
本当に、こればっかりは理屈で説明できない。
やっぱりカシスがいいんだ。
カシスがいいし、セレーネがいいし、ガンラートがいいし、エンがいいし、メイがいいし、フランがいいし、トーマスがいいし、アルベロアがいいし……。
そして出来ればそこに、遥がいて欲しい。
何でもかんでも理路整然と落とし込めるほど、俺は大人じゃない。
感情的な面が俺の性格の大半を占める。
こうしたい、あぁしたいって気持ちを、まだ我慢できない。
それじゃ、ダメか?
ダメなんだろうか……。
『だから俺はこれからも、カシスと一緒に世界を救うために戦いたい』
『だけどカシスは名家の娘だから、やっぱり色々と家に縛られるんだ』
『自分の願いのままに生きていくことが許されない少女かもしれない。
それが、リックローブに生まれた、彼女の責任なのかもしれない。
それはわかる。凄くわかる。
偉いところの娘なんだから、金もってんだから、街のため、国のため、世界のために働けってのはわかるよ。
でも』
『お願いだ、みんな。
ミドルドーナの平和は、今度こそ、俺が命に代えても守るから。
どうか、もう少しの間だけでも、彼女に自由を許してほしい。
俺たちが共に歩む道を、見守っていてほしい。
頼む。それだけが言いたくて、今日はみんなの時間を借りたんだ』
本当に、たったそれだけのために。
遠路はるばるミドルドーナに来て、リックローブ家に忍び込んで、一回送り返されて、それでもまた戻ってきたんだ。
『テキトーな事言うなって?』
『そうだな、俺みたいな若造が何を言ったって説得力無いよな。
……俺が、ただの若造だったら』
俺はきっと、まだまだクソガキなんだと思う。
わがままで、臆病で、ちょっと喧嘩が強いだけの。
しかもそれだって、借り物の力に頼ってだ。
だけど、借り物だって力は力で。
振りかざすにはきっと何かしらの責任感が必要だ。
『だから、今日この日の発言の全てを、ミドルドーナのみんなに誓おう』
逃げないって、そう決めた。
押し付けられた立場、与えられた役職。
それにどれだけの期待をかけられているか、まだわからない。
そこにどれだけの利用価値があるのか、まだわからない。
だが、俺のたった一言に降りかかる重圧の意味は、少しだけわからんでもないし、俺はそういう面倒な柵とも向き合っていかなければならないんだと思う。
『――勇者の名にかけて、俺がミドルドーナを守る』
ボンヤリと。
聖剣が瞬き、指輪が淡く優しい光を放った気がした。




