第七話 亡霊の未練
俺がウツラウツラと船を漕ぎ始めた頃。
「ユタカ様」
声にハッとすると、遠くでセレーネがチョイチョイと手招きしていた。
面倒だが、何かあったら呼べといったのは俺だ。仕方ない。
向かうと、中学生になったかならないかぐらいの少年と、小学校低学年ぐらいの少女。の、幽霊が膝を抱えて俺を見上げていた。
なんだよ。浄化しろよ。
「何?」
「実はこの子たちなんだけど――」
遥と面識がある。
以前、カルターニャからの移動中、盗賊に襲われたらしいのだが、そこを旅に出たばかりの遥が助けた。
ただ、一緒にいた両親はその場で死んでしまった。
カルターニャの教会に届けるかとも検討したが、この町に身寄りがいたらしいので、そこまで送り届けたとか。
その後は、その身寄りに引き取られて、
のんびりと生活していたが、この度魔物に襲われて死んでしまった。
なんとも勇者っぽい行動だ。
それは置いておいて。
「それで?」
「私たちについてきたいって」
いらないんだが。
「孤児院じゃないんだ。だいたいこいつら死んでるんでしょ」
「だけど、無理矢理浄化したら、多分悪霊になっちゃうよ?
子供は納得させ辛いんだ」
その辺は俺の世界との共通認識である。
特に中学生男子なんていうのは、世界で一番ウザいとも言われている年代だ。
老害どもやおばさん集団と同列。
そんな奴の世話は出来るだけしたくない。
「一度はハルカ様が救った命だよ」
そんな事を言われたら、世界の人間すべてを助けなきゃならないだろうが。
仮にも勇者様だった女だぞ。世界を救った奴なんだから。
「……何でついてきたいの?」
「それはー、あー……」
言い淀んだ後、チラッと俺の腰に目をやるセレーネ。
あぁ。俺が聖剣を持っているから、
こいつらは俺を勇者の仲間か、新しい勇者だとでも思っているのか。
俺が次言ったら殺すって脅したから、口に出せないんだな。
学習能力があるようで何より。
仕方ない。
「君がお兄ちゃん?」
「……そうだよ」
意外と素直に応じた。
「悪いけど、俺は勇者様じゃないし、
人のために世界のために、なんてかけらも思ってないよ。
その辺わかってんの?」
「…………でも、お兄ちゃん、剣を持ってるよ」
今度は妹の方が答えた。
これは非常に面倒な問答だな。
そういやシャルマーニ国内では、聖剣を持っている勇者は神なんだった。
もう虫の息かもしれないけど、教会が死んでも宗教は死なない。
「たまたまだよ。たまたま。
俺はこれを勝手に託されたから、
遥に突き返してやりたいだけ」
そして一緒に日本に帰りたい。
「わたし、ハルカお姉ちゃんに会いたい。
お兄ちゃんと一緒にいれば会える?」
「……会えるよ」
そう思わなければ生きていけない。
今はそれだけが俺の全てなんだから。
「じゃあつれてって」
「おれも」
まだガキのくせにえらく強い意志を持った瞳だった。
日本でもこんな風に子供が育てば、将来は安泰だろうに。
無理か。育てる親がこんな目をしていない。
「ユタカ様……」
セレーネが聖女みたいな表情で俺を見つめていた。
……こいつらを連れていくメリットを考えよう。
無いな。無い。幽霊だから食費がかからないって事ぐらいだ。
あと、もしも盗賊どもにロリコンやショタコンがいたらやる気が出るかもしれないという程度。
デメリットは。
この感じだと、セレーネが非協力的になるかもしれない。
無料の凄腕薬箱を失うのは惜しい。
真冬じゃ近場の町まで行くのも一苦労だ。
「セレーネ。本来なら幽霊なんてのは、
成仏させてやるのが君の役目じゃないの?」
「さっきも言ったけど、このままじゃ悪霊になっちゃうからね。
出来れば未練を無くしてから送りたい」
今の未練は何だ?
遥に会う事か?
最終的な俺の目的と同じだ。
だったら余計な手間も増えやしないか。
「君が世話するっていう条件ならいいよ」
「勿論さ! 良かったね二人とも、一緒に来れるよ」
「やった! 兄ちゃんありがとう」
「ありがとう!」
こうして俺の盗賊団にゴーストの兄妹が加わった。
後の全てを任せて、俺は見張りを交代し、眠りに着いた。
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それから数日かけて、またアジトに戻る。
例の兄妹は何の文句も言わずついてきた。
憑いてきたという方が正しいのかもしれないが。
ゴーストには疲れるとか空腹とかいう概念はないらしい。
その辺で我儘言わない事は助かる。
モブ盗賊は最初は幽霊って事にビビっていたが、途中から慣れてきたようで、徐々に和気藹々とした雰囲気が形成されていた。
魔物が出るような世界だ。ゴーストぐらい普通なんだろう。
兄の名前はエン。
妹の名前はメイ。
名字なんて無い、平民の出だった。
そして、道中に気付いた、わりと重要な事なんだが……。
妹の方は生きていた。
つまり生身の人間だ。
そして兄は、妹を残して死ねないという想いで幽体となったのだ。
ゴーストとして、魔物の襲撃以降、
妹の世話をしていた兄。
そこに通りがかった俺たち、というわけで。
色々とややこしい状況だったので、セレーネに全て放り投げたわけだが、正直世話する事なんて何も無かった。
せいぜい余計な事をしないように見ているぐらいだ。
ガンラートも最初は渋い顔をしていたが、徐々に気にしなくなっていった。
「どうやらお頭に迷惑かけたくないみたいですぜ」
「そうなの?」
「こう言っちゃなんですが……勇者ハルカを随分尊敬しているようで。
詳しくは知りませんが、お頭は、勇者と知り合いなんですよね?
その辺じゃないですかねぇ」
なるほど。
俺と遥の関係は誰にも言っていないが、
察している奴も多いだろう。
普段は聖剣は隠しているが、ここを襲った時に思う存分振り回したからな。
その聖剣の持ち主が、死んだという噂もない元々の持ち主と無関係とは考え難い。
道理である。
俺たちを召喚した、あの指輪。
別に異世界召喚するための特別な何かってわけでもないらしい。
ただ、あの指輪と聖剣はリンクしていて、
指輪が反応した者が勇者となる資格を得る。
歴代は初代勇者の血縁だったり、辺境の村の孤児だったり、賢者に育てられた少年だったりとバリエーション豊富な中、時々、指輪が異世界から勇者として誰かを召喚する事があるらしく、遥が初めてってわけでもないとか。
よくわからんな。
放置していたけど、セレーネ辺りに詳しく話を聞いた方がいいかもしれない。
そういやあいつは初代の血縁だったか。
ついでにその話も、そのうち聞いておくとするか。
でも興味ないんだよなぁ……。
なんて感じで、顔バレしていない町村で金品を換金して、今後の食料を備蓄したり、兄弟から村が襲われた経緯を聞いたり、また貴族や商人を強襲したりしながら、二週間が過ぎて。
ユーストフィアに冬が訪れた。




