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第十一話 他人の事情を考える


「あら、おかえりなさい」

「……ただいま」


 意識を取り戻した時には、アジトにいた。

 食堂である。


 そこにはグラシアナが一人、コーヒーを飲みながら読書をしていた。


 カップからは湯気が立っている。

 風情のある事だ。

 もう深夜もいいところだというのに、なぜ彼女は起きているのだろうか。


 短期睡眠で大丈夫なタイプとか?

 だとしたら羨ましいな。


 日本でも、一日三時間寝れば余裕って奴がいた。らしい。

 そんな事が書かれている本を読んだことがあるだけだ。

 少なくとも俺の周りにはいなかったし、俺もせめて五時間は寝たい。


「カシスさんですか?」

「そうだよ!」


 あの野郎、よりにもよってアジトに飛ばしやがった。

 せめてミドルドーナのどこかにしとけよ。

 最悪、教会でも構わない。


 こんな辺境にすっ飛ばされたって困るわ。

 セレーネたちも置いてきたままだし。

 無事に逃げ切れたんだろうな……多分、カシスが口を利いてくれるとは思うが……。


 というか流れおかしくね?

 さっきのは完全に「俺たちは仲間だ、もう一度やり直そう!」「うん、わかった!」って流れだったじゃん?

 いい感じに〆てこれから未来に向かって歩き出す場面じゃん?


 デレのあとにツンがあるとか反則だろ。

 あいつには今後、様式美って奴を叩きこんでやらねばならぬ。


「なーにしてんすか、お頭……」

「あれ? 兄ちゃんってミドルドーナに行ったんじゃ?」


 地べたに胡坐をかく俺の頭の上から、聞き慣れた声が響いた。

 ガンラートとエンである。


 奴は一升瓶を片手に、呆れた表情で俺を見下ろしていた。

 その横をフヨフヨと漂うエンはすまし顔だ。


「何でこんなところに……あぁ、カシスにフラれたんすか。

 ざまぁないっすね」

「うるさいな。俺は全身全霊、真正面からブチ当たったんだぞ」


 それでフラれたって知らんがな。


「何があったんすか?」


 呆れたままのガンラートも座り込み、俺と目線を合わせる。

 気付けばグラシアナも本を閉じて話を聞く体勢だし、エンもガンラートの横に浮かぶ。


 仕方ない。


 かくかくしかじか。

 本当にかくかくしかじかと口にする事で相手に事情が伝われば、どれだけいいだろうか。

 残念ながら日本もユーストフィアも同じく、そんな便利な機能はない。


 五分ぐらいかけて、俺は今夜の顛末の説明を終えた。


「――で、気付いたらここにいたわけ」

「私、ユタカ様はもう少し器用な方だと思っていました」

「俺もだ」

「でも、兄ちゃんって時々そういうところあるよね」


 あれ。何だこの流れ。

 どうして俺が責められるような感じなんだろう。


「何が言いたいの?」

「お頭、結局カシスの事情は何も解決してないじゃないっすか。

 それじゃついてきたくても来れないですって」

「いやまぁそうだけどさ、そこはほら、少年漫画的なお約束的な……」

「仰っている意味がわかりかねますが……」

「多分ニホン知識だろ。はぁ……いいですか、お頭」


 ガンラートは自分と俺のカップに酒を注いで、飲むように促す。

 どうも面倒くさい展開になってきたぞ。


 椅子に座っていたグラシアナもパタパタとやってきて、ちょうど円を作るような形で座った。彼女はポヤっとした表情で、コーヒーを一口。それを物欲しそうに見ているエンが妙に印象的だった。


「お頭が言った情報から考えると、カシスを連れて行ったらリックローブ家が潰れちまう可能性があるわけじゃないっすか。そうしたらパワーバランスが崩れて、ただでさえアレなミドルドーナが余計ゴタついちまいますよ」

「そうしたら、最終的にはククルト家が実権を握るでしょうね」

「悪いですが、俺としてはそれは看過できやせん」

「カシス姉ちゃんも嫌なんじゃないかなぁ」


 俺だって、あの腹黒メガネにこれ以上権力はやりたくない。

 が、一応は俺の駒だし、むしろ便利なんじゃないだろうか。

 今後の活動もし易くなる気がする。


 ……いや、そうじゃないか。


 俺の心情はともかくとして、カシスはリックローブ家を潰したくないんだ。

 ミドルドーナ市民からの求心力を失えば、どうなってしまうかわからない。

 ただでさえ、あの家には教会という巨大な敵がいるわけだし。


 なら、俺が無理矢理連行したところで、俺側の問題は片付くが、カシスの問題は何も解決していない事になる。そう考えると、俺は随分と独りよがりな行動をしていたんだな。


 カシスの事情を勢いで何とかしようとして、何とかならなかった無様な状況だ。


 ついでにグラシアナに言わせると、それだけ騒げばギルドや教会から援軍が来ていただろう事を考えても、侵入者である俺の姿を見られるわけにはいかなかった。

 つまり、カシスは俺たちを守ったと言いたいらしい。


 こいつらの主張によれば、ギルド幹部に敵対したものは、容赦なく死刑。

 俺は勇者だからさすがにそれは無いと思われるが、行動にかなりの制限がかかるであろう事は容易に想像できるとか。


 ……やっぱり、安易に事を運ぼうとしすぎたかな。


「つまり、民からの信任を得たうえで、強力な代役が必要って事だね」

「そうっすね」

「大人ってめんどくさいね」

「無難に考えると、フェルナンド様でしょうか……」


 フェルナンド=リックローブ。

 リックローブ家の次男だ。

 カシスの兄で、死んだ宮廷魔術師の弟。


 時折カシスからも話を聞いていた、故エルセルの右腕。

 実力の程は父、死んだ長男には若干劣るものの、人当たりの良さで交渉事を任されている人物らしい。


 ……あのレベルの炎魔法を操れる魔術師が二人、ついでにもう一人いた上に、今やカシスもそこに加えると、その気になればリックローブ家がシャルマーニを牛耳れそうなもんだけどな。戦闘力がすべてとは言わないが、あの家には権力も金もある。


 それでもやらなかったって事は、よほど王家に心酔していたって事なんだろうか。

 カシスのこれまでの発言を鑑みるに、全員がそうってわけでもなさそうだけど。

 カルターニャの件、実行犯は父か、長男か、次男か。


 殺されたのがエルセルって事は、やっぱりあいつかな。


 まぁいいや。

 とりあえず、フェルナンドを説得したり外堀を固めたりして、そいつに家を継がせる。

 そんでカシスを重荷から解放し、今まで通りだ。


「じゃ、大凡の方針が固まったところで。

 グラシアナ、俺をミドルドーナに送ってくれ」

「待って下さいお頭、何時だと思ってるんです?」

「明朝でよろしいのでは……」

「ダメだよ」


 それではダメだ。

 遅すぎる。


「セレーネやフラン、トーマスにアルベロアが待ってるからね。

 だから早く行かなきゃ」

「……ここまで極端にキャラが変わると、少し怖いっすわ」


 何かおかしな事を言っただろうか。


「別に何でもないっす」

「おれは最近の兄ちゃんはカッコいいと思うぞ」

「今まではどうだったんだよ!」

「ではユタカ様、いきますよ」

「あ、カシスのところじゃなくて教会に送ってほしい」

「……『転移』」


 まったく。

 頼むから、捕まってたりしててくれるなよな。



---



 深夜の教会ってのは少々怖い。

 ホラー的な薄ら寒さを感じる。

 深夜の学校に通じるところがあると思う。


 日本にいた頃は、教会なんて一度も訪れたことがなかった。

 無宗教派だったからな。

 教会と言えば結婚式、それ以外のイメージは特になかった。


 あえて述べるならゲームとか漫画だ。

 俺の知ってるRPGでは、死んだら教会で蘇らせてもらえる。

 でも全滅したら王の前なんだよな。


 何でだろう。


「……ユタカ様?」


 低くしわがれた声が耳に届く。

 振り向くと、闇夜に紛れてヨハンが呆気にとられた顔をしていた。


 そういや、こいつはリックローブ家との確執は当然知っていたんだよな。

 代理って言ったって教皇の代理になるほどの奴だ。

 ……あぁ、カシスを仲間にするって言った時に散々渋ったのはその辺があるからか。


 あー、エンじゃないけど、本当にめんどくさい。

 触れるのはやめておこう。


「久しぶりだね。ごめんね、こんな遅くに突然」

「いえ、とんでもございません。

 ユタカ様のご来訪は、我ら一同、いつ何時でも歓迎致します」


 堅っ苦しい言葉遣いと態度に辟易する。

 こんな糞ガキを崇めてどうするつもりなんだろう。


 俺が根っからの悪人で、愉快犯な性格だったらこいつらはどうしていたのだろうか。

 ……そもそも聖剣がそんな奴選ぶはずもないか。


 とはいえ、精霊の趣味はよくわからない。


 イーリアスは一瞬の邂逅だったから知らないとして。

 遥はあんなんだが、それでいてリーダーシップが無いわけじゃないし、自分の信じるがまま、思うがままに突き進む、そして底抜けの明るさ、なるほど勇者っぽいと思わなくもないから、いざ勇者になったと言われても頷けなくはない。


 でも、俺と遥は色々と真逆だと思う。


 忘れられないあの日。俺が初めてこの世界にやってきたあの日、遥と対峙し、そしてあいつは勇者の資格を失った。同時に俺が選ばれた。衝撃的すぎる出来事のついでみたいな印象で、今まであんまり深く考えた事なかったけど。


 どうして俺だったんだろう。


「ねぇヨハン、今まで勇者に選ばれた人間の共通点ってある?」

「……私が直接お会いできたのは、ユタカ様だけです。

 ですので、誠に申し訳ございませんが……」

「あれ? 遥に会った事ないの?」

「えぇ、あの方が勇者様に選定された頃は、カルターニャが健在でしたから。

 私は話に聞いていた限りです」


 そういやそうだった。


 当時のヨハンは教会最上層部ってわけでもないし、あいつはミドルドーナには訪れているが、おそらく活動の中心は魔法学校だろう。しかも遥の性格上、教会に頻繁に足を運んだとは考えづらい。


 会っていなくてもおかしくはない、か。


 ……勇者とは何か。

 聞いてみたいところだが、今はそれより優先すべきことがあるな。


「今夜、セレーネはここに来た?」

「いいえ、お会いしていませんし、そのような話も伺っていません。

 ミドルドーナにいらっしゃっているのですか?」

「……そっか。

 来てるはずなんだけど、こっちには顔を出してないみたいだね」


 アテが外れた。


 だが、ヨハンが知らないって事は、逆に言えばセレーネたちの無事を意味する。

 万が一捕まっていたら、すぐに情報が伝達されているはずだからな。


 つまりあいつらは例の宿屋にいるはずだ。

 カシスが上手くやってくれたみたいだな。

 ……護衛をみんな気絶させた件については、後で謝っておこう。


「ご要望でしたらお探し致しますが」

「ありがとう。でも大丈夫だよ。

 悪いけど、俺は行くね」

「はい。お二人に、イーリアス様の祝福があらんことを」


 そうして、彼は恭しく祈りのポーズをとる。

 あの無表情クールの祝福とか別にいらん。

 どちらかと言うと、全盛期の麒麟を相手取って無傷で倒せるその強さを分けてほしい。


 イーリアス=ヒストレイリア。

 精霊に愛され、人々の希望となり、世界を救い、教会を設立した男。


 確かに伝説になるに相応しい人物だと思うが、だけどあいつが望んだ組織は、こんなんじゃなかったと思うんだよなぁ。


「――きっと、イーリアスは。

 そんなつもりで、教会を作ったわけじゃないと思うよ」

「……?」

「何でもない。また今度、ちゃんと来るね」

「お待ちしております」


 イーリアスは神力の存在を知っていて、そして教会を作った。

 そこには打算が多分に含まれると推測される。


 だけどきっと。

 彼もまた、死と絶望が渦巻く世界を変えたかっただけなんじゃないだろうか。

 麒麟の、イーリアスに対する態度を考えると、そう思う。


 あいつはイーリアスが嫌いだったわけじゃないのだろう。


 二人が戦った理由はわからないけれど。

 少なくともコルニュートは、愛する子のために重い腰を上げる奴だ。

 そして、『勇者の覚悟』を俺に問う程度には、『勇者』に敬意を表している。


 そんな賢者がわざわざ俺に、あの頃の夢を魅せた。

 だからきっと、多分、恐らく、イーリアスも悪い奴じゃないんだろうな。


 そう思いながら、俺はヨハンに背を向けた。


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