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第七話 守るべきモノ、守りたい人


 リックローブのお屋敷は、少なくとも外観は以前見たままだ。

 ザ・お貴族様って感じの豪勢な造り。

 門に施された装飾だけで、アジトの大改修工事費が賄えそうだった。


 広々とした庭ではピチピチと鳥のサエズりが聞こえてくる。

 消えない炎を灯したオブジェが、自らの力を誇示していた。


 やっぱりリックローブってのは世界有数の名家なのだろう。


 そんな身分に反して、カシスは結構逞しいもんだけどな。

 あいつが文句言ったのは俺が盗賊だって事と、アジトがボロくて古臭いって事ぐらい。


 品の欠片もない盗賊集団の中で、そこそこの地位を築きながら生きていた。


 だが、それはやっぱり嫌だったのだろうか。

 ……そうじゃないか。

 全てを捨ててでも帰って来い、なんて言えるほど俺たちの付き合いは深くなかった。

 どこかに壁があって、どこかに距離を感じて。


 例えば、高校ではよく話すけど、卒業してからは連絡も取らないような友人。

 あるいは、バイト中は仲良いけど、プライベートでは遊ばない同僚。


 そんな感じだっただろうか。


「……やっぱ、色々と中途半端だったんだよな」

「どうかした?」

「いや、何でも。行こうか」


 漏れた独り言を封印して、俺は呼び鈴を鳴らす。

 以前はビビッてできなかったことが今はできる。

 これも成長と言えるだろう。


 ……いやごめんちょっと情けないこと言った。

 この程度で成長とか言いたくない。


 ちなみにグラシアナには一旦アジトに向かってもらった。

 大事になった場合、ガンラートを休ませている場合じゃない。

 速やかに呼び出す必要がある。

 こっちに転移・通信魔術師がいなくなるが、魔術ギルドを通せばいくらでも都合はつけられるからな。


 さて。

 内心のアホさ加減を握り潰しながら、遠く豆粒みたいな玄関が開くのを待つ。


 のだが。


「……来ないね」

「来ないな」

「来ないっすねー」


 誰も出て来ない。


 どうしてリックローブ家とは、上手く面談ができないのだろうか。

 以前に来た時も一時間以上待って、結局エルセルには会えず仕舞い。

 泣きじゃくるカシスに対して盛大に嘆息したものだった。


 やれやれだ。


 その後、15分ぐらい待ってみるも、やはり誰もやってこない。

 執事とかそういうのがいてもおかしくないだろうに。

 もしかしたら門のどこかに監視カメラ的な魔道具が設置してあって、来訪者を確認しているのかもしれない。


 聞いた事はないが、この世界では何があってもおかしくないからな。

 それで俺たちの姿を視認したならば、そりゃ出て来ないだろう。


「仕方ない……セレーネ、みんなと一緒に宿をとって。

 前に来た時と同じ場所でいいから。

 宿をとったら、全員日が暮れるまでは好きにしていい」

「わかった。ユタカ様は?」

「俺の手足になってくれそうな奴に会いに行く」


 そう言った瞬間、みんなの顔が苦い感じに変わる。

 色々と察したらしい。


「また無茶するんすか、ボス」

「まさかそんな、またまた。

 場合によっては、俺たちの本分を思い出すだけだよ」

「つまりー?」


 最近随分とご無沙汰だったが。


「やだなぁ、忘れないでよ。

 俺たちは盗賊なんだよ?」


 苦い感じの表情が諦めへと変化した。



---



 まぁ、さすが真正面から力任せに乗り込もうとは思わない。

 そんなのは盗賊のやる事ではない。

 道場破りとか、ヤのつく職業の方々がやる事だ。


 では、盗賊の十八番とは何か。

 略奪と言われたら確かにそうなんだが。


 それ以上に得意な事、それは。


「リックローブの屋敷の見取り図をくれ」

「……いきなりいらっしゃったかと思えば、また随分と大胆な事を仰いますね」


 知的なメガネをクイッと持ち上げながら、クールアールはそう言った。


 クールアール=ククルト。

 ククルト家の若き当主であり、スクリの義理の兄である。


 父親との権力闘争に勝てる程度の知略を巡らすことができ、スクリには及ばないながらも優れた水魔法の使い手である。


 だからまぁ、俺が何をしようとしているかも概ね予想できているだろう。


「あの家には、我が家に勝るとも劣らない多数の優秀なガードマンが……なんて、言ったところであなたには関係ありませんか」

「無いね。俺が負けると思う?」

「いいえ。ちっとも」


 疲れた表情を携えたクールアールは、自分の机の引き出しから羊皮紙を取り出す。

 なるほど、確かに家の見取り図である。

 これが本当にリックローブ家のものなのかは俺にはわからないが、こいつが俺を邪険に扱った場合のリスクを鑑みても、嘘をつくことはないだろう。


 というか、くれって言ったら出てくるとは正直思っていなかった。

 あの家の見取り図を隠し持って、いったい何をするつもりだったのだろう。

 聞いたら答えてくれるかもしれないが、ちょっと怖いからやめておこう。


 お偉いさんの利権争いはお偉いさんだけでやっていればいい。

 巻き込まれるのはゴメンだ。


「ありがとう」

「いえいえ。一応申し上げておきますが」

「わかってる。他言はしないよ。

 ククルト家の名は、俺の肩書にかけて出さないと誓おう」

「ならいいんです」


 こういう時、勇者っていう称号は便利だな。

 勇者の名にかけて、とか言うだけでみんな納得してくれそう。


「ちなみに、あなたはリックローブ家のゴタゴタの事情を知ってるの?」

「…………」


 無言は肯定を意味する。

 ただ、はっきりと言えないということは背後に相当黒いものがあるな。

 俺が敵に回ったらどうなるか、こいつはよくわかっているはずだから。


 それでも言うことはできない。

 つまりそれは、ククルト家と同格か、あるいはそれ以上の地位の奴が絡んでいる。


 ……もうちょっと突いてみるか。


「クールアールさん」

「これは独り言なんですがね」


 と、前置きをしてから彼は話し出した。


「リックローブ家は、シャルマーニ王家に忠誠を誓った家です。

 忠誠を誓ったから、代々宮廷魔術師として登用されたのか、その逆か。

 古い家ですから、始まりまでは私も知りません」


 一旦区切ってから紅茶を淹れて、俺に差し出す。

 メイドや使用人を呼ばず当主自らそんな雑務をするって事は、よっぽど聞かれたくない事らしい。


 口を挟むのは野暮ってものだろう。

 俺はありがたく紅茶を頂いて、続きを促す。


「一方で、イーリアス教会の事は敵視していた。

 当然でしょう、教会は自分たちがこの国で一番偉いと思っていますからね。

 王家に取り入り、利用していた教会は、リックローブ家にとっては仇敵でしかなかった」


 ……そんな話、初耳なんだが。

 というか信じられない。

 カシスとセレーネを間近で見てきた俺だぞ。


 実はあいつらの間には内心ドロドロしたものが渦巻いていたのだろうか。

 いや……ないだろ。

 仲の良い姉妹みたいな間柄だ。


 そんな事情があるなんて信じたくない。


「特に、教会の身勝手な謀略により前勇者の怒りを買い、王家を失ってからはより顕著でした。彼らが力を持っている限り、ギルドと協会は相容れない。元々そう言われていたのに、あの一件は完全に決定打となってしまった」


 …………。


 その件については俺も怒りや憎悪しか沸いてこないが。

 俺の中の、冷静な部分が警報を鳴らす。


 思い出せ、リックローブ家が『紅蓮』を名乗っている、その意味を。

 思い出せ、セレーネはどこで拾ったのか。

 思い出せ、セレーネを拾った時、どんな状況だったのか。


 ……冗談にしてはタチが悪すぎて。

 真実にしてはえげつなさすぎる。


「カシスはそれを知っているのか?」

「これは聞こえてきた空耳に答えてやるだけですが、カシス嬢はリックローブ家の爪弾きものでしたからね。暗躍する一家の事情など知る由もない、と私は思っています」


 いちいち面倒な言い回しをする奴だな。

 よほど巻き込まれたくないとみえる。

 俺だってカシスが関係してなけりゃ首を突っ込みたくない案件だ。


 勝手にやってろ、と言うのは簡単なんだけどな……。


「わかった。もういいよ、ありがとう」

「おや、ユタカ様。まだいらっしゃったのですね。

 紅茶のお代わりはいかがですか?」

「いらない」


 飲み干したカップを差し戻して、俺は立ち上がる。


 これ以上は聞く必要がないし、聞きすぎるとククルト家もヤバくなりそう。

 何も知らない体でいなければならないようだ。

 大切なコネをこんなつまらん事で失いたくはないからな。


 部屋を出る前に一瞬だけクールアールを見やると、やっぱり疲れた顔をしていた。

 その表情を見て、不意に、こいつが家の見取り図を持っていた理由が分かった。


 こいつは自分の地位のためにスクリを売ったわけだ。

 経過的には遥のためになり、最終的には遥を深く傷つけた。

 そのせいで遥は闇堕ちし、王家を滅ぼした。


 つまり、エルセルが健在だったらこいつも危うかったということだ。

 今までは家の権力で何とかしていたのだろうが、スクリの魔族堕ちの件で立場が怪しくなり、ここ最近は夜も眠れない日々が続いた事だろう。


 『あいつら』に感謝するんだな。


「……やっぱり、あなたは死ねばいいと思うよ」

「私は死にません。守るべき者たちも、数多くいますから」


 だがその守るべきモノの中に、俺の守りたい人たちは含まれない。

 こいつとは一生わかりあえないだろうなと、そう思いながら、俺はククルト家の屋敷を後にした。


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