表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/88

第六話 お嬢様のお家事情

 アジトとミドルドーナとのちょうど中間あたりに、エルクエンという町がある。

 内陸で漁業はできないから、農業や織物で発達した町らしい。


 初めてミドルドーナを訪れた時も、中継地点とした場所だ。

 シャルマーニからもそう遠くない位置にあるここは、情報収集にはもってこい。

 食料を調達するついでに色々と行動した覚えがある。


 さて、そんなエルクエン。


 さすがにミドルドーナからの距離を鑑みても、俺の顔はとっくに割れている。

 仮面とかで隠すことも考えなくはないが、残念ながらセレーネや盗賊たちも当然顔が割れている。


 全員覆面で町に入ろうとしたら、もちろん止められるだろう。

 というわけで、開き直って関所を通過しようと思った次第である。


「……勇者様でしょうか?」


 関所にいた兵士が俺を見るなりそう言った。

 勇者って呼ばれるのは嫌だが仕方ない。

 肩書ってのは重要だからな。


「そうだよ」

「お客様がお待ちです。

 こちらへ向かって頂けますか」


 兵士は町のマップを広げながら、とある宿を指し示す。

 この町で最も値が張る宿だ。


 うわぁ。行きたくない。

 アポのない客とかろくなもんじゃないだろう。

 しかも金持ちと思われる。


 どこぞの貴族にルートがバレたか、教会の誰かか。

 ヨハンならまだいいが、カリウスの手のものだったら最悪だ。


「……誰が待ってるの?」

「グラシアナという女性の方です。

 魔術ギルドの者だと伺っています」


 誰だ。

 やっぱり知らん……いやちょっと待て。

 何か聞いたことがある気がするな。


 魔術ギルド……うーん、リックローブとククルト家以外名前がわからん。

 会話だけは結構しているんだが、直接会いに来るような奴というと……。


「セレーネ、知ってる?」

「もちろん……ユタカ様ってホント酷いよね」


 マジでか。

 セレーネだけでなく、なんと盗賊たちも頷いている。

 こいつらが知っているような奴だと、よほどの有名人か……?


 あ、いや。

 そうか、わかった。

 思い出した。


 例の派遣魔術師だ。

 確かそんな名前だった気がする。


 ポルタニアに行くにあたってカシスが拘束されるから、ギルドに頼んで来てもらった奴だ。この間、契約切れで爽やかに別れたばかりじゃないか。


 グラシアナ、グラシアナね。

 覚えておこう。


「彼女はなんて?」

「詳細は直接でないとお話しできないとの事で、言付かっておりません」


 ……言えないとなると、カシス関連かな。

 このタイミングだとそれ以外考えられない。


 カシスに何かあって自由に動けないから、伝言のためか、それともカシスの代わりを担うためかで、グラシアナはアジトに転移してきた。だが、そこに俺はいない。仕方がないので転移魔法で先回りしてた……ってところかな。


 リックローブ家は家名の手前、カシスを下手に扱えない。

 勇者から無理やり奪うなんてもっての他だ。

 だから必ず誰かを俺によこしてくる……考えるまでもなく当然の事だ。


 旅に出るのは早まったな。

 どうしてこんな単純な構図に誰も気付かなかったのだろう。

 また繰り返しているじゃないか。


 ……いや、まだ色々と反省したばかりだ。

 効果はこれから現れる。焦ってはいけない。


「わかった、行くよ」

「よろしくお願い致します」


 兵士は仰々しく俺に頭を下げて、業務に戻った。



---



「……ごめん、もう一回言ってもらっていい?」


 高級宿についた俺たちは、挨拶もそこそこにグラシアナから事情を聴いていた。

 ちなみに宿泊費はギルドの経費で落とすらしい。

 勇者一行である俺たちを安宿に案内してしまうのは、ギルドの沽券にかかわるのだとか。


 組織ってのは大変だなぁ。


 俺なら大学生如き自腹で頑張れと言いたいところだ。

 あ、でも最近は就活の費用も企業が負担してくれたりするんだよな。

 それと似たようなもんか?


 それはともかくとして。


 グラシアナが語った事は、ちょっと俺には理解しがたいものだった。

 いや、超展開過ぎて脳が拒否したというべきか。


「ですから、リックローブ家のエルセル様が死亡。

 それに伴い、カシスさんが後継となる予定です。

 現在、そのための準備が進められています」


 まぁ待て、落ち着け。

 どこからつっこめばいいのだろうか。


 第一に、エルセルが死んだって?

 何で? まだせいぜい五十代後半ってところだろ?

 ユーストフィアの寿命感はわからんが……さすがに若すぎるんじゃ?


 病死……とは思えん。俺が最後に会ってからそれほど月日が過ぎたわけじゃない。

 あの時は全然元気で健康的でゲスい感じだったしな。


 じゃあ殺されたとか?

 たくさん敵がいそうだもんな。

 でも、『紅蓮』を殺せるほどの手練れって……もうミドルドーナの幹部連中しか思いつかない。


 遥の可能性もなくはないが、それならそうと言うだろう。

 だから違う。やはり権力闘争に敗れたのだろうか。

 ちょっとククルト家に調査させるか。


 次に。カシスが後継ぎ?

 まさにどうしてこうなったって感じなんだが。

 天下のリックローブ家なら、いくらでも候補はいるだろうに。


 あーでも……宮廷魔術師だった兄は遥に殺されてるんだっけ。

 その関係だろうか。

 にしたって、よりにもよってカシスはないだろう。


 確かに炎魔法は使えるようになったが、俺が見た火竜的なものはできない。

 さすがに紅蓮の名を継ぐには早すぎるのではなかろうか。


 そもそもカシスは俺の仲間だ。

 連れ戻されちゃ困る。

 せめて事前に一報をよこせよ、常識知らずってレベルじゃねーぞ。

 事後承諾にしたって本人が出てくるとかあるだろうが。


「いくつか質問があるんだけど」

「私がお答えできる範囲でしたら、何なりと」

「まず、エルセルの死亡原因は?」

「不明です。

 まだミドルドーナでも死亡は周知されておらず、情報は秘匿されています。

 私は今回、リックローブ家に勅命を受けて参りましたが、詳細については明かされておりません」


 なるほどね。


「じゃあ次。何でカシスが後継者?

 俺が言うのもなんだけど、あいつはまだまだだよ?」

「これも不明ですが……私個人の考えでは、恐らくユタカ様のお傍にいたからかと」

「……勇者の元仲間って肩書?」

「はい。ユタカ様はあまり気にしてなさそうですが、この世界……いえ、特にこの国では大変名誉なことですから」


 なんて面倒な世の中なんだ。

 まるで大企業出身者が独立する時みたいだ。


 俺の名前を都合良く利用しようとしてんじゃねぇぞ。

 せめて本人に許可を取ってからやれよボケ。

 お家断絶させてやろうか。


「で、この件についてカシスはなんて言ってんの?」

「直接カシスさんに会ったわけではないので……」


 聞かされていない、と。


 詳しい事情はわからないが、とにかくヤバい事になっているのはわかった。

 そりゃあ簡単にアジトに戻って来れませんわ。


 戻ったら事情を説明しなきゃならんし、そうすると俺が出撃する。

 俺が出撃するとややこしい話がさらにややこしくなる。

 ついでに、まぁ実家にそれなりのプライドを持っているカシスの事だ。

 面倒毎は全部自分で解決してやろうと思う事だろう。


 まったく、仲間甲斐のない奴だな。

 俺が言えた義理じゃないけど、少しぐらい相談してくれてもいいものを。


 以前の俺ならいざ知らず、今の俺は仲間のためにひと肌ぐらい脱いでやるのに。

 具体的には今からだろうと出撃する。

 結局は出撃するのだから、さて、正解はどうすることだったんだろうな。


 しゃーねぇなぁ。


「グラシアナ、頼みがある」

「わかっております。

 皆さま、準備はよろしいですか?」


 緊張の面持ちで、セレーネにフラン、トーマス、そしてアルベロアが首肯する。

 最後に俺がもう一度彼女に視線を送って。


「『転移』!」


 そういや、宿の人に何も言ってないな。

 突然、宿泊客が消えて問題になったりしないかな。

 なんて、どうでもいいような事を。


 意識が消える直前に、俺は考えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ