第三話 ガラリア=エル=ポルタは苦労人
お頭を見送って三日が過ぎた。
カシスのやつは帰ってこねぇ。
ちょっとだけ期待してたんだが、そう旨い話もねぇってもんか。
……お頭は俺に休めと言った。
別に休みなんていらねぇんだけどな。
戦い続けている方が気が楽でいい。
正直言って、いつスクリみたいになっちまうかわかったもんじゃねぇ。
お頭は色々と楽観視しすぎだ。
『勇者の力』がなけりゃ、無理やりにでもついていったところだ。
魔族は強ぇ。
本当に世界を滅ぼせるような存在なんだよ。
ハルカと旅をしていた頃にも何人か魔族にあったが、どいつもこいつも異常な強さだった。あの時の魔王が龍だったせいか、魔族も龍。龍っていやぁ、この世界では最上位に位置する魔物だ。
コルニュートに会うためにポルタニアに行った時は、お頭は何も見てねぇ。
南へ行けば行くほど、もう生きた土地はほとんど残っちゃいねぇはずだ。
暴れまわる龍どもが踏み荒らしていったからな。
麒麟の結界で町は守られたが、だけど町だけだ。
土地がなきゃ食い物も育たねぇ。
魚を取ってくるにしたって限界がある。
あの時、予言の通り遥が現れなかったらと思うとゾッとするぜ。
……多数を生き残らせるために少数を切り捨てた親父の考え方は、理解はできる。
だけど納得ができなかった。
俺なら魔王を倒せる、そうすればいいと自惚れてた。
一回負けたくせに、次は勝てると思い込んでた。
何でも一人で出来るわけねぇのに。
「おいガンラート、もうすぐ備蓄が切れるぞ」
テーブルで酒を飲んでいたら、息を切らせたコリンがやってきた。
そういや、カシスがいねぇから買い足しがロクに出来てなかったんだよな。
夏も終わったし、魔道具もあるから、そうそう腐らねぇが。
減る物は減るわけで、食い物がないのはしんどい。
盗賊たちがよく食うのは当然として、成長期のメイも結構食う。
だから材料はすぐに無くなる。
傭兵家業のおかげで金だけはあるのが救いだ。
「仕方ねぇな。町まで誰か買いに行ってくれ」
「わかった、暇そうな奴に任せる。残ってる馬車を使うぞ?」
「あぁ」
指示を出して、俺はまたコップを傾ける。
懐かしいもんだぜ。
お頭が来る前はいつもこんな感じだった。
前の頭領はそういった事に頭が回るやつじゃなかった。
なのに何で頭領だったのかと言えば、少なくとも当時の他の盗賊よりは強かったからだ。
誰だって死にたくねぇ、死にたくねぇから従うしかねぇ。
だから、細かい指示出しや全体の俯瞰はいつも俺がやっていた。
ウンザリする事この上ないが、やらねぇと生きていけねぇからな。
まったく、城での生活を羨む日が来るなんて、当時は思ってもみなかった。
そう考えるとお頭はすげぇもんだ。
文句も言わないし、指示も的確だ。
あの歳であれだけ出来りゃ、間違いなく将来有望だろうよ。
先々を考えて指示を出す事に慣れているのは、多分ハルカのせいだ。
話を聞く限り、常に一緒にいたみたいだからな。
それで恋人だったわけじゃなかったって話だから意味わかんねぇが……ハルカの突飛な発想と願望を実現していたのがあいつなんだろう。
これで、もっと周りを見れるようになりゃ一人前。
部下の気持ちまで考えられりゃ独り立ちできる。
なんて、昔、城の騎士団長が似たような事を言っていたっけな。
――ハルカと言えば、未だにひとつわからねぇ事がある。
ハルカが魔王になって、俺やスクリみたいに魔族を創り出せるっていうなら。
何であいつの思い出の中の『ユタカ』が、魔族として出てこねぇんだ。
ありえねぇ。
魔王になるほど追い詰められて、それでもお頭に縋らねぇなんて。
むしろ、俺たちよりも真っ先に出てきそうなもんだが――。
「おーい、誰かお頭が整地した農地に種植えてくれるの手伝ってくれー」
また誰かの声が聞こえてきた。
お頭が頭おかしい早さで農地を拡大しているせいで、人手が足りてねぇんだよな。
アジトの周りが開拓されていくのをケインは嬉しそうに見ていたが、もうちょっと計画的にやらねぇと作物が死ぬんじゃねぇかな。
まぁ、盗賊なんてそこらにいくらでもいる。
いつかどっかから調達してくりゃいい。
……いずれ、ここに町ができるかもしれねぇな。
それも悪くねぇ。
俺がいつまで生きていられるかわかったもんじゃねぇが、教会もギルドも全く信頼できねぇ。それなら、ここで誰かがメイの面倒みてくれた方がいい。その方が安心だ。
お頭はその辺も甘い。
教会やギルドを信用しないようにはしてるみたいだが、何だかんだで頼ってる。
ハルカの件があるから仕方ねぇと思ってるのかもしれないが、あいつもまだガキだな。
奴らはもっと真っ黒だ。
隙を見せちゃいけねぇし、頼っちゃいけねぇ。
お頭がセレーネを連れてきた時はどうしようかと思ったぜ。
セレーネに関しては、確かに黒い噂を聞かねぇ。
実際に付き合ってみた今でこそ、ハルカが可愛がる通り、悪い奴じゃねぇとは思うが。
……だけど少なくともあの時は、殺すかどうか迷った。
おかげで随分取り乱しちまったような覚えがある。
ポルタニア出身の俺以外は、多かれ少なかれ教会に被れていた。
だからあいつらの目の前で聖女を殺すのはマズかった。
それに、多分お頭だってそれを許しはしなかっただろうな。
ハルカの忘れ形見。
それに手を出したとあっちゃ、あいつだって俺を殺したはずだ。
それは困る。なんて、ごちゃごちゃと考えた結果があの有様だ。
……やっぱり、俺は死にたくねぇんだな。
甘いといえば、俺が何で死んだのか、何故か覚えてねぇ。
それさえわかれば色々と解決するような気がするんだが……。
コルニュートとその辺の話もしておくべきだった。
挨拶もなく勝手に逝っちまいやがって。
「ガンラートさん」
瓶を空けたところで、土に塗れたエミリーがやってきた。
あぁちくしょう、今度はなんだよ。
「どうした?」
「ユタカさんが切った木なんだけど」
そういや、農地拡大の過程で伐採された木。
あれは今も放置されたままだ。
とても運び切れるもんじゃねぇって事で、お頭が匙を投げやがった。
だが、はっきり言って邪魔なんだよな。
「……運ぶか」
「うん」
エミリーは無表情を携えたまま、俺の後についてくる。
こいつも変な奴だと思うが、盗賊はだいたい変な奴の集まりだからな。
俺だってまともじゃねーし。
種をばらまいてる奴らを何人か引き連れて、ひたすら木を運ぶ。
加工しなきゃ薪としては使えねぇが、俺一人の手には余る。
めんどくせぇ、お頭に任せるか。
なんて事を考えながら、ひーこらひーこら、夕方になってもまだ運び終えてなかった。
無理だろこれ。舐めんな。
結局、俺たちは諦めてアジトへと戻る。
とりあえず飯だ。
食わなきゃ戦もできねぇ。
ヘトヘトになりながら広間に向かうと、メイが駆け寄ってきた。
鼻の頭に土をつけてやがる。
飯を食う前には洗えって言っただろうが。
「ガンラートさん! おきゃくさんっ!」
「客?」
「うん! ほら!」
メイに手を引かれ向かった先には、確かに客がいた。
盗賊団の輩じゃねぇって意味では客だ。
「こんにちは、ガンラートさん。
いえ、こんばんはでしょうか」
「どっちでもいい」
グラシアナだった。
俺たちがいない間に通信と転移を受け持っていた、ミドルドーナの魔術師だ。
契約は切れたって話だったが……どうしたんだ?
「ユタカ様はいらっしゃらないのですか?」
「お頭ならしばらく戻らねぇぜ。
ミドルドーナに向かったから……な……」
「ミドルドーナに……」
「……馬車でな……」
「…………」
互いの視線がそっと逸らされる。
あぁ、間が悪いっていうのはこういう事を言うんだろうぜ。
アジトの場所を知っている転移魔術師はカシスだけじゃねぇ。
こいつだって知っている。
カシスに何かあったなら、こいつが来る事は十分考えられた。
ギルドでは同じ部署の先輩後輩で、俺たちとも接点がある。
やっぱりお頭ってどっか抜けてるんだよなぁ。
俺たちだって気付かなかっただろうって? うるせぇな。
とにかく、無駄な時間になりそうだって事だけは確かだ。
「グラシアナ。お頭に魔石を渡してたりしねーよな?」
「しませんね……」
「なら悪いが、お頭たちを先回りしてくれねぇか」
俺は地図を取り出して、大凡想定されるルートを示す。
彼女は頷きながら、了解したようだ。
出発してまだ三日。
ミドルドーナまで町村が点々としてるから、どこかで待っていれば必ず会える。
転移ってのはやっぱりすげぇな。
「かしこまりました。では、さっそく……」
「あぁ、待て待て。カシスの件だろ?
せっかくだからそれも話していってくれ」
そう言いながら、俺は本日の食事係たちに指示を出す。
「晩飯でも食いながらな」
ニヤリと笑う俺に、グラシアナも薄く微笑んだ。
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