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第二話 勇者からの信頼、その意義


「……」

「……」

「……」

「……」


 夕食では重い空気が蔓延していた。

 なぜだろう。

 よくわからないが、誰も喋らない。


 こんな状況で食う飯が美味いはずがない。


「どうしたの? いつもみたいに騒げばいいじゃん」

「それをお頭が言うんすか……」


 ガンラートが呆れながら声を上げた。

 周囲がそれに追従しながら頷く。


「ユタカ様がどう見てもイライラしてるからだよ」

「え?」

「ユタカお兄ちゃん、かおがこわい」

「気づいてなかったんだね、兄ちゃん」


 どうやら俺のせいらしい。

 別に無視してくれたって構わないのに。

 なぜわざわざ俺に付き合う必要があるのか。


 しかし、そうか。

 なるほど。

 どうやら俺はイラついているらしい。


 なぜだろうか。


 いや、わかっている。

 みなまで言うな。


 カシスが帰って来ないからだ。

 あのボケは人を小馬鹿にするようなドヤ顔で去っていったくせに、いつまで経っても姿を現さないし、連絡の一つもよこしやしない。何のための転移魔法だ。


 報・連・相は組織運営上最も重要な事だというのに。

 この集団が組織なのかどうかを論じるのはまた今度にするとして、しかし連絡は欲しい。


 というか。

 あいつがいないと遠出できないんだよ。

 どうして俺には転移が使えないのだろう。


 遥には使えたのに。


「そんなに気になるなら、ミドルドーナに行こうよ」

「二週間かけて?」

「二週間かけて」


 セレーネが力強く言った。

 追従するように周囲も頷く。

 なんだこのデジャヴ。


「ユタカ様がそんなじゃ、私たちもおちおち寝てられないよ」

「毎日ぐっすりじゃん」

「……言葉の綾ってやつで」

「いいから行きましょーや」

「そうそう」


 わいわいとにわかに盛り上がる食事風景。

 ようやくいつもの光景が戻ってきた。

 視線の全てが俺に向かってきていることが気になるが。


 ミドルドーナか。

 最近は転移で一瞬だったが、最初は馬で行ったんだよな。


 あの頃はもっとシンプルに物事を考えていたはずだ。


 遥を救う

 →いつどこに現れるかわからない

  →その対策に転移と通信魔法が必要だ

   →ミドルドーナで魔術師を仲間にしよう!


 実に単純な構造だった。

 それで引っ掛けたのがカシスだったな。


 当時は面倒な物件だと思ったものだが、今にしてみればなかなかどうして。

 いないと困る。色んな意味で。随分と重要な存在に出世したものだ。


「わかったよ。明日から出発だ」

「了解!」


 思えば、あいつにはいつも迎えに来てもらっていた。

 だから、たまには俺たちから迎えに行ってやってもいいだろう。


 そうして、夕食の席はいつもの喧騒を取り戻したのだった。



---



 遥を迎えに行きたいし、ミドルドーナなんかに寄り道している場合じゃないのだが。

 これを寄り道と言ってしまうのはさすがにカシスに悪い。


 あいつは俺の仲間だ。

 そう、仲間なんだ。

 行方をくらませた仲間を探しに行くってのは、まぁ王道っぽい。


 だから俺たちはミドルドーナに向かう。

 それでいい。


「というわけで、ガンラートは身体を癒す意味でもしばらく待ってて」

「……いや、セレーネのおかげで体調はバッチリなんすけど」

「じゃあ心を休めてよ。エンやメイと遊んでさ」


 今回の旅は、ガンラートとエンは置いていく。

 この先の戦いについていけそうにない……からではなく。


 ガンラートがまた勝手にネガティブシンキングされても困るからだ。

 エンやメイを見張りにつけていれば大丈夫だろう。

 だから、今回はセレーネと、数人のモブを連れて行くだけに留める。


 ミドルドーナに辿り着いてしまえば、どうとでもなるからな。


 そんなつもりでガンラートに待機を命じたところ、彼は俺に近寄って内緒話。

 なんだ。男に言い寄られても嬉しくないぞ。


「俺は魔族なんすよ。いつ呪力に呑まれたっておかしくねぇ。

 エンやあいつらじゃ俺には勝てねぇ」

「じゃあ、暴走しなければいい」

「……本当に、簡単に言ってくれますね、お頭は」


 そんなつもりじゃないさ。

 俺は彼の背をポンと叩いてニヤリと笑いながら。


「これが信頼ってやつだ」

「……あっ」

「どうかした?」

「いやぁ。お頭は、やっぱり勇者なんだな、って」

「…………」

「嫌そうな顔しないで諦めて下さい」


 これだけは諦めきれない。

 ぶっちゃけ勇者なんてゲームみたいな設定、ちょっと恥ずかしいさえと思ってるし。


 だが、ガンラートは自分の心臓のあたりを抑えながら苦笑するだけ。

 魔族もその辺に心臓があるのだろうか。

 基本的には人間と変わらないのだろうとは思うが。


 ……そういや、ガンラートが魔族だって事は誰も気付いていなかった。

 俺も麒麟の夢で見なければ気付かなかった自信がある。


 常人ならともかく、セレーネでさえわからないものなのだろうか。


 あいつは聖女だ。

 そんなものは他人から与えられた肩書だとしても、凄腕の聖魔術師。

 だったら何か感じ取ってもおかしくないが……。


 なんて考えながらジロジロとセレーネを見つめるも、彼女は首をかしげるだけ。

 さすがに俺の思考を読み取る事はできなかったようだ。


「どうかした?」

「いや、何でもないよ」


 トテトテと歩いてくる彼女に、曖昧に返す。

 気にはなるが、今この場で聞くべきことじゃない。


 ガンラートが魔族だって事は、あの場にいた奴だけの秘密だ。

 盗賊たちが溢れているこのタイミングで聞くのはマズイ。

 道中で二人になる機会もあるだろうし、その時でいい。


「ってわけで、ガンラート。わかった?」

「わかりやしたよ。

 お頭が戻ってきた時にここが廃墟になってないよう、せいぜい頑張ります」


 帰宅したら家がなかった!

 なんて笑えないから勘弁してほしいな。


 さて。


 話も纏まったところで。

 俺はモブの中からフラン、トーマス、アルベロアを同行の共とする。


 フランは巻き毛の気のいい女盗賊だ。

 エンに妹との付き合い方について忠告した奴でもある。


 トーマスはかつて俺に生意気な口をきいて四肢切断された奴。

 アルベロアはケインと一緒に家庭菜園をやり出した男だ。


 今回はこいつらを含めて五人旅だ。

 最近魔物が凶悪化している関係上、あまり守りを手薄にしたくない。

 ガンラートとエンがいるから大丈夫だとは思うが……念のためだ。


「じゃあメイ、行ってくるから」

「うん……帰ってきたら遊んでね!

 さいきん、ユタカお兄ちゃんずっといないから……」


 確かにここのところバタバタしていて、メイと遊べていない。

 この子は俺の癒しでもあるので、それは問題だ。


「もちろん。

 カシスを連れて、すぐ帰ってくるよ

 そしたらいっぱい遊ぼう」

「待ってるね!」

「なんでお頭はメイにだけ挨拶するんだか……」

「兄ちゃんにならメイを任せても……いや、でも……」

「ユタカ様ってやっぱりろりこん? なんじゃ……」


 誰がロリコンだ、誰が。

 俺は素直で元気な子供が好きなだけだ。

 決してロリコンではない。


 セレーネが日本的な言葉を知っている事にはもういちいちつっこまない。

 どうせ遥だ。わかっている。

 あのバカも時々俺をロリコンとか罵ってきてたからな。


 子供の扱いと私の扱いが同じなんだけど! なんて文句言っていたな。

 仕方ない。あいつは下手したら子供より子供っぽい時がある。


「で、今回の目的はカシスを連れ戻るって事でいいんすね?」

「うん。どうせリックローブ家のゴタゴタに巻き込まれてるんでしょ。

 そんなに遅くならないよ。

 最悪の場合、勇者の権力を使って黙らせてくるから」

「こんな悪徳勇者、とても後世には伝えられないね」


 セレーネが大きく溜息をつきながら、馬車に乗り込む。

 悪徳だろうと何だろうと利用できるものはすればいい。


 俺が立場上勇者なのは仕方ない事だ。

 だったら、これを生かして何が悪い。

 どうせユーストフィアの奴らは勇者を道具としか思ってないんだ。

 気を遣って正義面する必要はない。


「なんとでも言えばいい。

 じゃあ、出発だ!」

「行ってらっしゃい、兄ちゃん」

「なんか土産期待してます」

「酒で!」

「女で!」

「イケメンでお金持ってて背が高くて優しい男を連れてきて下さい!」


 そんな、いっそ憐れみさえ感じる言葉に送られて。

 俺たちはミドルドーナへと出発する。


 家出少女を連れて帰ってくるために。


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