第六話 バラントゥルテの幽霊騒ぎ
さらに一カ月が過ぎた。
その後も盗賊家業を続けるも、遥の行方は依然不明だ。
時折、情報の遅延があって、カルターニャのようになっている町もあった。
こればかりは仕方ない。
携帯電話など無いのだから。
高度な魔法使いともなると、通信魔法とやらで、現代の電話に近い事を出来るらしい。
が、たかだか盗賊団にそんな奴はいない。
いたら盗賊なんてやっていないだろう。
だから、俺たちの移動手段である馬で手に入らない情報は、基本的に手に入らないと思っている。
ちなみに馬術の心得など無い俺が馬に乗れるのは聖剣のおかげだ。
どこまでも万能だな。叩き折りたくなる。
さて、馬しか移動手段がない俺たちにとって、目下、重要な問題が降りかかろうとしていた。
「この世界にも雪ってあるんだね」
「へい。初雪でさぁ、あと二週間も経てば、
本格的に積もっちまいます」
ユーストフィアに冬が到来するのだ。
こればかりはどうしようもない。自然の摂理だ。
遥のように転移が使えればな。
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それとはまた別の問題もある。
「やぁ、ユタカ様! 調子はどうだい?」
街娘のような、気取らないやぼったい服装をして、サバサバした男勝りな口調で、活気ある声を出すこいつ。
誰だ。
「セレーネ。仕事は終わったの?」
「勿論終わったよ。次の仕事をちょうだい」
セレーネである。
一応言っておくが、聖女と同一人物である。
同姓同名な配下のモブではない。
こいつは盗賊団で世話をする事にした。
何故なら有能な人物だったからだ。
彼女は治癒魔法を使える。伊達に聖女やっていたわけじゃない。
骨折ぐらいなら二秒で治せる。
腕や足が肉体と分離しても、時間を置かずに治癒すれば治せるらしい。
何処のモグリの外科医だよ。
何かと怪我の多い家業だ。傷の手当にかかる費用もバカにならないし、一般的な薬は、地球より遥かに即効性があるといえど、やはり手間がかかる。
加えて言えば毒や麻痺といった状態異常も治療できる。
無料で使える大病院なら置かない手はない。
そう思って使っていたのだが……。
「特にないよ。馬の世話でもしておいて」
「任されよう!」
何をどう間違ったのか、ガサツでだらしない盗賊どもに感化されたのか、あの品行方正才色兼備で優雅な聖女様は夢であったかのように消え去り、僅か一ヶ月でこのボーイッシュ街娘が完成してしまった。
ちなみに髪は束ねてポニーテールにしている。それもまた似合っていた。
敬語もいつの間にかなくなった。
拘る理由もないから構いやしない。
なお、さすがに盗賊をするのは抵抗があるのか、その辺は手伝わない。
ついてきて治癒はするから得に言う事もない。
時々死者に手を合わせて祈っている姿も見かけるから、聖女様気分が抜けていないところもあるのだろう。
はぁ。
「ねぇガンラート。あれはあれでいいの?」
「へい……まぁ。セレーネ様が楽しそうなんで」
こいつらの感覚はマジでわからん。
盗賊のくせに信仰心があるのか?
あんな小娘を様なんてつけて崇拝するのか?
俺には本当にわからん。
でも、そういや地球でも宗教が根付いてる国の感覚はわからなかったな。
やはり日本が独特なのだろうか。
「君たちにとってイーリアス教ってそんなに大事なの?」
「当たり前ですが、最初から盗賊だったわけじゃないんで。
どれだけ貧乏だろうと、教会は平等に接してくれたんでさぁ。
骨の髄まで沁み渡ってます」
そんな宗教が何故遥を殺そうなんて画策するんだ。
信者ってのはキチガイだな。理解したくもない。
「……だから俺に従うのか? 俺が、聖剣を持ってるから」
「それが無いとは言い切れません」
これが宗教国家の末路か。
歪んでるな。
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そんな感じで強盗と情報収集を繰り返していた最中。
本格的に冬が到来する前に、新しい情報が入ってきた。
「幽霊騒ぎ?」
「南にある、最近滅んだ町なんですがね。
どうもそこで、亡霊が蔓延っているって噂でして」
ガンラートがそんな事を言ってきたのだ。
最近は、カルターニャを南下していくかのように、町や村が次々と滅ぼされていっていた。
最初は遥が全部やっているのかと思って、一度先回りしてみたのだが、どうもそれだけではないらしく、俺が向かった時は魔物に襲われていた。
魔物。
動物の突然変異みたいな見た目だ。
例えば、首が二つある犬や、
二足歩行するトカゲなど。
魔王と関係あるのかと思いきや、直接的には関係なかった。
魔王がいようがいまいが、魔物は繁殖し、町村を襲い、人々を食い散らかすらしい。
ただし、魔王は魔物を操り、組織的に命令する事が出来るとか。
物騒な世界だ。早く日本に帰りたい。
で、その北東の町とやらも魔物に滅ぼされたと。
「バカバカしい。
そんなの俺たちに関係ないでしょ。
放っておけば?」
「そこの領主が税をピンはねして、そこそこ金持っていたって話です。
魔物は人は食いますが金には興味持ちません。良い機会ですぜ」
確かにそうだ。そして、行くならさっさと行かないとダメだ。
火事場泥棒なんて世の中にはゴマンといるからな。
というわけで出発。
今回は廃墟に行くわけだし、五人もいればいいだろう。
それに治療班のセレーネ足して、合計六人編成である。
荷車を引いて、数日ってところだ。
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農業の町バラントゥルテ。
麦やイモなどを主に作っていたらしいが、それ以外では果物。
特に、日本で言うオレンジ的なものが名産品らしい。
そんな歴史は無かったかのように、作物は荒らされ、大地は抉られ、建物は崩れ、無人の廃墟だった。死体すらない。飛び散った血が凝固した跡はあるが。魔物が持って行ったのか?
もう日が暮れる。
さっさと仕事を片付けて、ここで一泊してから帰ろう。
「で、領主の家って?」
「丘の上に見える、この町で一番大きな家、だった奴です」
モブがそう答える。
今回はガンラートはお留守番だ。
わざわざ連れてくるほどの仕事でもない。
その領主の家だったものに辿り着くと、
馬から降りて、いつものようにセレーネが言った。
「ユタカ様。私はここで待っているよ」
「うん、万が一怪我人が出たら連れて行くから治して」
「承ったっ」
屋敷内探索。
ものの見事に死体が一つもない。ちょっと異様な光景である。
ひょっとしたら近隣の大都市辺りが既に供養した可能性もあるが、それならそうとガンラートが言うだろうし、近場で一番巨大な国はそれどころではないはずなので、違うだろう。
魔物の習性は、まだいまいちわからない。
俺の経験が浅いのもあるし、この世界の文明レベルが低そうな点も問題だ。
さらに、最近まで魔王との戦いがあって、重要な情報が消えてしまっている可能性もある。
もしかしたら、死体を持っていって家族の餌にする魔物だっているかもしれない。そういう集団に襲われたら、恐らくはこんな感じになるのだろう。
と、町の異常性について検討していたところで、恙無く探索は終了した。確かに金はたくさんあった。
真冬がどのぐらい続くか知らないが、それほど稼ぎに出なくても、この資金で物資を大量購入しておけば、冬を越すぐらいは出来るだろう。
怪我人も出なかったし、実入りも良いし、実にいい仕事だった。
セレーネは完全にニートだったけど。
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さて、夜中は午前三時の丑三つ時。
俺たちはまだ崩壊しきっていない建物をねぐらに眠っていた。
現在は俺が見張り番である。
頭領が見張りなんてやるのってどうなの? と思わないくもないが。
今回は自ら申し出た。
一応、念のため気にはしていた事があるからだ。
「うん。なるほど、確かに亡霊騒ぎだ」
辺り一面、半透明の人間だったものが立ちつくしている。
恐らくは元々この町で暮らしていた人々だろう、かつては自分の家だったものの目の前で、茫然とそれを見つめていた。
「え、え、ちょっと!?」
何処からか甲高い声が聞こえた。
セレーネである。
何であいつも起きてんだ。
「何してんの?」
「ユタカ様!? いや、どうも彷徨える魂の泣き声が聞こえた気がして……」
全く理解できない感覚だが、聖女様ともなればそういう事もあるのだろうか。
他の奴らは目を覚ます気配もない。
どこでも熟睡できるのは利点でもあるだろう。
そういや、教会ならこいつらの浄化ぐらいやっていたんじゃないか。
俺の世界でも、寺はそれに近い役割でもあった。
「これ何とかできるの?」
「できるけど、正直かなり時間かかるよ」
聞けば朝までに終わるか、終わらないかってところらしい。
ただ魔法で浄化すりゃいいんじゃないかとも思ったが、出来れば一人ひとりの話を聞いて、静かに天に召したいらしい。
ぶっちゃけ言うと、これに何の実益もない。
やりたいと思うならやればいいし、やりたくないならやらなきゃいい。
「好きにして。何かあったら声かけてくれたらいいから」
そうして、亡霊騒ぎはセレーネに押し付けて、俺は見張りを継続したのだった。




