第一話 家出なんて思春期だけにしとけ
賢者コルニュート……神獣麒麟がユーストフィアを去った。
あの後一回ポルタ王に会いに行ってやろうとしたのだが、ガンラートが固辞。
仕方ないので諦めた。
せっかく王に嫌味をぶちまけてやろうと思っていたのに。
ガンラートにとって、ポルタニアがどういう国なのかはわからない。
生まれ故郷であり、愛すべき民がいる国であり、妹が奪われた国であり、遥やスクリ、コルニュートと出会った国であり、そして魔王を倒した国だ。
忌避感があってもおかしくない。
嫌悪感かもしれない。
さすがに消滅してしまえばいいとまでは思ってなさそうだが……。
父であるポルタ王は、彼にとってどんな存在なのだろう。
ガラリア王子は世間的には死んだことになっている。
それはガンラートの望みでもあったが、別にポルタ王がそれを聞き入れたわけではない。
王家の人間でありながら、自らの妹を助けに行った。
生贄となったのは彼女だけではなかったのに、彼は他の民の事など考えていなかった。
ただ自分の妹が生贄にされるのが許せなかっただけ。
そう国民に糾弾されたのを恐れた王家が、ガンラートを死んだ事にしたのだ。
だから、元勇者一行の中でも騎士の情報は極端に少ない。
日本から召喚された勇者ハルカ。
ミドルドーナの天才魔術師スクリ=ククルト。
辺境に住む賢者コルニュート。
特にコルニュート以上に、ガンラートの情報は抹消されている。
それは王家が、自らの保身のために行ったことか。
それとも魔王という脅威を目の前にして、国がバラバラになってしまう事を恐れた苦肉の策か。
俺にはわからない。
できれば後者であってほしいと思う。
それならまだ、納得できるからな。
「そうっすか。
あいつは逝きましたか」
賢者の顛末をガンラートに告げたところ、そんな素っ気ない返事が返ってきた。
家庭菜園の最中である。
ちなみに、やはりこの世界の農業は日本の常識とかけ離れていた。
地面を耕して種を植えるところまでは一緒。
その後、不思議な水とか肥料でゴニョゴニョすると、すくすくと野菜が育つのだ。
多分、あと二週間もすれば、アジトの菜園は野菜で生い茂ると思う。
盗賊たちはここで生涯を過ごすつもりなのかもしれない。
盗賊も傭兵も辞めて農家になればいい。
「感慨とか無いの?」
「そりゃありますよ。
でもまぁ、あいつはもう十分生きましたからね。
俺がとやかく言う事じゃねぇかなって」
「そんなもん?」
「墓参りぐらいはしてやりますよ」
何となく冷たいというか冷めてんなぁと思ってしまうのは、俺が所詮は日本人だからなのだろうか。ユーストフィアで過ごして結構な月日となるが、それでも日本の二十年には敵うはずもない。だから、この世界の感覚はよくわからない。
それとも。
これが、こいつと賢者の絆の在り方なのかもしれない。
男同士でシクシクやるのも気持ち悪いしな。
友人の死は、墓前でしみじみとやるのも悪くない。
そう、思わなくもない。
「カシスにでも頼んだらいいよ」
「そうしますわ」
「お頭ー! こっち手伝って下さい!」
「あぁ、はいはい」
そんなモブ……確かケインとかいう名前だったはずだ。
ケインに呼ばれて、俺はガンラートとの会話を終える。
アジトに帰ってきて一週間。
俺は一生懸命にモブたちの名前を覚えようとしていた。
気持ちを新たにしたところで、まずは名前と思ったのだ。
が。
さすがに五十人はきつい。
いきなり全員覚えるとかまず無理だ。
ので、特徴的な奴から徐々に覚えていくことにした。
ヒャッハーな髪形をしたこいつはケイン。
それ以外に特筆すべき点は無い。
特別強くも弱くもないし、顔も普通、背は俺よりは高いがガンラートより低い。
他の盗賊たちとも仲良くやっているが、残念ながら彼女はいない。
今のところ、覚えているのはこの辺までだ。
「で? 何すりゃいいの?」
「見えるところ全部の木を切ってきて下さい!」
「……全部?」
「はい! お頭なら楽勝ですよね!」
まぁ楽勝だけどさ。
お頭使いが荒いのではないだろうか。
ケインはニコニコとしながらそんなえげつない指示を出してくる。
お頭の立場とはいったい。
なんて嘆いても仕方ないので、俺は聖剣を手に伐採作業である。
こんな風に農地はどんどん広がっていく。
そうしてアジトの面積もどんどん広がっていくのだった。
ちなみに、伐採した木はアジトに溜め込んで、冬用の薪として使う。
去年もやっていたことだ。
……まだ数か月先だが、ユーストフィアにまた冬が来るのだ。
つまり、俺は一年以上この世界で生活している事になる。
時の流れが早すぎる。
色々と進展しているようで、しかし肝心の遥は取り戻せていない。
遥はポルタニア南端の魔王陣跡地を拠点としている。
神獣からの確かな情報だ。信用していいだろう。
それがわかっているのに、何でこんな呑気に過ごしているのか。
それは。
カシスがミドルドーナから戻ってこないからだ。
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数日前のことだ。
「ちょっと実家に帰るわ」
「急ぎ?」
「緊急って言ってるわね。事情は戻ってからだそうよ」
カシスが唐突にそんな事を言ってきた。
だがまぁ、珍しい事ではない。
これまでもちょくちょくあった事だ。
カシスはミドルドーナの名家であるリックローブのお嬢様だ。
そんな彼女は勇者である俺の傍にいることで、あの家の立場を強固にしている。
少なくとも世間的にはそうだ。
彼女の内心はなかなかに複雑のようだがな。
17年間バカにしてきたカシスを、今は丁重に扱わなければならない始末。
父エルセルは今どんな気持ちなのだろう。
とはいえ、かつてのようにカシスを軽く扱うことはできない。
だから、彼女は数日置きに実家に呼び出されて、何か色々と話をしてきているらしい。
詳しくは聞いていなかった。
興味がなかったからな。
でも、それもそろそろやめようと思う。
「わかった、いいよ。
ところでカシスは、いつも実家で何をしてきてるの?」
「どういう風の吹きまわしかしら」
「いいじゃん。嫌だったら、話さなくてもいいけど」
「別に……当たり障りのない会話よ。
ここでどんな生活をしているのかとか、勇者ユタカはどんな人間か、とか。
本当に他愛もない、『家族』の会話よ」
「ふーん……」
「あぁ、安心しなさい。余計な事は喋ってないから。
例えばアジトへのルートとかね」
それは助かる。
カシスはこれでいてなかなかに察しがいいし、気が利く。
細かい事をいちいち指示しなくても動いてくれる。
時折ヒステリックになる点を除けば、かなり優秀な人間だ。
多分、リックローブなんていう面倒な家系に生まれていなければ、その才能を誰もが認めていたことだろう。
紅蓮の魔術師リックローブ。
その看板は、そんなにも重いものなんだろうかね。
何度も何度も思うが、つくづく理解できないことだ。
「そういうわけだから、行ってくるわ」
「うん、気を付けてね。
ちゃんと帰ってきてね」
「……寒気がするセリフね」
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味よ。
ま、あたしの帰りを指を銜えて待ってなさい。
すぐに戻ってくるから。――『転移』!」
なんかイラッとするセリフを置き土産に、彼女は実家へと転移した。
次に帰ってきた時は、もっと詳しく話を聞こう。
なんて、その時は軽い気持ちで送り出したのだ。
あのお嬢様の事を、もっと知っていこうと。
健気な俺の気持ちを、今は返してほしいと心から思う。
カシスが帰って来ない。
どれだけ待っても、帰って来なかったのだ。
おかげで三度のポルタニア旅行に向かう事すら出来ない。
賢者の墓参りも放置だ。
あの動物たちは、麒麟の死にいったい何を思っているのだろう。
転移は便利で、しかし便利すぎる。
頼り切っていたのだと、俺はつくづく実感した。
揉め事に巻き込まれたとしても、あいつには転移魔法がある。
いつだって帰って来れるはずだ。
なぜ、帰って来ないんだ。
賢者編の皮をかぶったガンラート編が終わり
次はカシス編かな
ちなみにこれから山ほどモブの名前が出てきますが
別に覚える必要ないです




