Ep.ゼロ 人生最大の後悔をした日
「高校卒業したらさぁ……」
「うん」
「…………」
「…………」
豊はどことなく落ち着きのない様子で、ちらちらとこっちを見ている。
私はもう身体中の色んな所から汗がダラダラ――だった。
少なくとも二年前はそうだった。
何か重要な事を言おうとしてる!
聞き逃したらダメな事だ!
聞きたい! すごく聞きたい!
ここは黙るのが出来る女ってやつだ!
と思って、心臓をバクバクさせながら豊の言葉を待っていた。
それが二年前の夏祭り。
高校最後の夏祭り。
豊と行った、最後の夏祭りだった。
「――何でもない。もう遅いし、帰って寝ないとな。
明日もまた予備」
「ちょっと待ったあああああああああ!」
でも、あの時豊は何も言わなかった。
私も、あの時豊に何も言えなかった。
その晩悶々と過ごして、結局徹夜した私の苦労を返してほしい。
そして、何回やり直しても同じ結果になる、今の苦労も返してほしい。
豊ってヘタレだ。
本当に救いようもないぐらいヘタレだ。
もうちょっと少女漫画とか読むべきだと思う。
ここはどう考えても告白でしょ!
それしかないでしょ!
二人で花火を見て、思い出の公園に行って、何かいい感じになって!
何も言ってくれないとかありえない。
「大声出すな、近所迷惑考えろよ」
「うるさい! あのね豊!
このバカ! ヘタレ!
何回も何回も何回も何回もやり直しても言ってくれないから、私から言うけど!」
「お、おう……?」
「私は豊が好きだよ! 大好き! 愛してる!
だから大学行ったら一緒に住みたい!
いいよね!? いいでしょ!!!!!」
それは絶叫だった。
もうこれ以上ないくらいの絶叫だった。
近くの家で、誰かが窓を開けた音がした。
どこからか、私たちを見ている視線を感じる。
知るか!
聞きたかったら聞けばいい!
どうせ夢なんだから恥ずかしくないもん!
もうウンザリだ。
告白の緊張感とか全然なくなった。
むしろ諦めた。
だから、展開を変えるには私から言うしかない!
「はぁ、はぁ……」
「……………………」
「えっと……何か言って……?」
「いや……あのな」
うん。
「……お前から言わせたのは申し訳ないと思ってる」
「それはいいから」
「俺も、お前が好きだよ」
!!!!!!!!
言った!!!
ついに言った!!!!!!
豊が好きって言った!!!
どうしよう。
幸せすぎてもう夢から覚めたくない。
今なら死んでもいい。
『いや、死なれたら困るのだが……』
どこからか、賢者の声が聞こえた気がした。
何!?
邪魔しないでよ!
今、一番いいところなんだから!!!
---
――色んな夢を巡って、目が覚めた。
お父さんとお母さんが泣いていた。
豊が見たことも無い怖い表情をしていた。
友達が必死になって私を探してくれていた。
長い、長い夢の中。
もう何週間も旅をしていた気がする。
だけど、見渡してみたらそうでもなさそう。
枕元で、スクリとガラリアが心配そうに私を見ていた。
「…………はぁ」
そして、木製の古い椅子に座りながら、賢者が溜息をついた。
「約束通り、一緒に魔王を倒してもらうからね!」
「うむ……そうだなぁ。
確かに約束は約束だ。
……その約束自体をなかったことに出来ないだろうか?」
「ダメに決まってるだろうが」
「神獣ともあろうお方が、人間との約束を破るのですか」
神獣。
神獣に会ったのは二人目だ。
スクリの友達、レヴィアタンと。
賢者コルニュート、別名麒麟。
あれ、コルニュートの方が別名かな?
最初は何か軽い人だなーって思ったけど。
後半はずっと呆れてた気がする。
いつも豊が私を見る目で見ていた気がする。
……気のせいって事にしよう。
「どこで選択を間違ったのかな~?」
「お得意の予言で先読みしねぇから悪いんだよ」
「そんなに都合の良いものじゃない。
……これから苦労を背負い込むと思うと気が重いよ」
「お待ち下さい。ハルカと一番付き合いが長いのはわたくしです。
つまり、これまでもこれからも、一番苦労しているのはこのわたくし。
件のユタカ様を除けば、ですが」
何だろう。何を言っているんだろう。
なんとなくだけど、凄くバカにされているような。
「あぁ、ユタカ君ね~」
「知ってるのか?」
「夢で見たよ。
……人間の恋路は、いつの時代も理解に苦しむ。
きっと彼は誰よりも苦労している事だろうに」
「どのような方なのでしょう。
ハルカの話だと、まるでお伽噺の勇者のような印象を持ちますが」
「特別な何かを持っているとは思わない。
だが、もしかしたらもしかするかも、という人間だね」
「きっかけ次第って奴か。一度会ってみたいもんだけどな」
寝起きの頭でボーっとしていたら、何か豊の話が始まっていた。
そういえば、コルニュートは私の告白場面に居合わせたんだった。
今更、恥ずかしくなってきた。
何もあんな大声で言う必要はなかったかもしれない。
もっとクールに大人っぽく告白したらよかった。
……うん、日本に帰ったらそうしよう。
どうせ、豊は自分からは言ってくれないだろうし。
――夢で見た、日本での豊の様子が忘れられない。
あんなに必死な顔をする人だと思ってなかった。
あんなに泣きそうになってるのは初めて見た。
あんなに辛くて苦しそうな豊なんて見たくなかった。
自惚れかもしれないけど、きっと私がいなくなったせいだ。
もし私が豊の立場だったら、あぁなっちゃう自信がある。
ううん、もっと酷いかも。
私は豊が好きだ。
豊も、私の事を好きでいてくれるんだ。
ユーストフィアは嫌いじゃないけど。
お父さんと、お母さんと、そして豊が待ってるから。
やっぱり、私は日本に帰ろう。
「ほら、ハルカ。さっさとお立ちなさい。
わたくしたちに、休んでいる暇はないのですから」
「焦燥感に駆られても、事態はうまく進行しないさ」
「お前はのんびり構えすぎなんだよ」
「失敬な。ポルタニアを守っているのは誰だと思っているんだい?」
スクリも、ガラリアも、そして私も焦ってる。
あの現場を見たからだ。
早く魔王を倒さなきゃって、そう思ってる。
だけど、焦っても良い事ないって、いつも豊が言っていた。
だからきっと、コルニュートの言う事も正しいんだと思う。
凄く長生きしてる神獣だからこそ、私たちを上手く纏めてほしい。
多分私にはそれは出来ない。
私はただ、目の前の嫌な事を何とかするだけだ。
で、あんまり頭がいいわけじゃないから、もしかしたら失敗するかもしれない。
それを止めてもらうために、仲間がいる。
それを助けてもらうために、仲間がいる。
きっと仲間ってそういうものだ。
一人じゃないんだ。
三章終わり
四章は……うん……ちょ、ちょっと待ってくれたら嬉しいです
まだ半分ぐらいしか書いてないとか言えない




