第十八話 そして、彼らの物語が始まる
数日後である。
「では、ユタカ様。
短い間でしたが、お世話になりました」
「うん、また何かあったら頼むから、よろしくね」
「もちろんです。それでは」
そして、転移魔法で彼女は帰還した。
派遣契約が切れたので、俺たちは彼女を見送る。
名前は……えっと。
何だっけ、やばい。後でカシスに聞いておこう。
おっとりした派遣魔術師だった。
確かカシスと同じ部署の、ひとつ上の先輩だとか。
そのうちまた会う事もあるだろう。
「じゃあカシス、俺も送ってくれ」
「わかったわ」
「だいたいのところで迎えに来てね」
「はいはい」
さて、ドタバタもそこそこに何をしに何処へ行くのか。
もちろん、賢者の下に向かうのである。
あの人生自由気ままにやってそうな神獣が、まだ話があるから来いと言っていたからな。
仕方ないので行くしかあるまい。
会いたくはないが……俺が行く必要があるだろう。
ガンラートも連れて行こうと思ったのだが、戦いの後遺症が云々とか言って寝てる。なんか嘘臭い。ただの二日酔いじゃないのか。
ま、いいか。
「『転移』!」
そうして、俺はまた迷いの森へと転移する。
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当然だが、数日経ったところで森の様子は特に変わらない。
相も変わらず小屋は動物たちに囲まれているし、近付いたら俺も囲まれる。
こいつらがやけに大人しいのは、ここに住んでいた賢者が麒麟だからなんだろうな。
神獣が傍にいれば安心ってものである。
そもそも、近付く奴は麒麟の安心保証があるわけだ。
そりゃあ人懐っこくもなるさ。
本日も数分動物たちと戯れてから、俺は小屋の扉を開いた。
「いらっしゃい。早かったね~」
「君が来いって言ったんじゃん」
「そうだけどね」
俺が腰掛けると、彼は何処からともなくカップを取り出した。
宝珠を使ってみて何となくわかったが、こいつの力は結界というよりも空間とか次元とかに作用する系統の能力なのだろう。
今のカップも、どこかの空間から取り出したのだ。
触れてみると温かい。
時間を停止させていたのだろうか、チート臭い能力だな。
「それで、何の用?」
「単刀直入に言うと、わたしはもうすぐ消える」
「……? 死なないんでしょ?」
「魔王のイタズラはなかなか強力でねぇ。
抗うのも疲れてきたのさ。
ガラリアやハルカにはよろしく言っておいておくれ」
「いいけど……」
これはまた突然の申し出だな。
こいつは最初に会った時も、夢に現れた時も突然だったが。
サプライズが好きなのだろうか。
「イタズラねぇ。遥がまだ何かしてるの?」
「……? あぁ、ハルカといえば。
これも君に言うべきだと思うが、ハルカは旧魔王陣跡地にいるよ。
ポルタニアの南だね」
なんだと。
どうしてそういう超重要な情報を後出しにするんだ。
むしろ真っ先に言うべきだろう。
しかし、なるほどポルタニアか。
それなら、今までさっぱり遥が見つからなかったのも頷ける。
シャルマーニにいなかったんだからな。
「だったら、あなたも遥を助けに行ってくれたらよかったのに」
「そうしたかったが、出来なかったのさ。
拒絶されている。
わたしは近付く事すらできない」
精神体……いや、夢の住人か?
それを拒否できるってどんな力なんだろう。
呪力の影響だろうか。
なんかこいつも弱ってるみたいだしなぁ。
そういや、例の宝珠に魔力の大半があったんだっけ。
全盛期よりだいぶ力が落ちてるのかも。
「まぁ、遥の事は俺たちが何とかするよ」
「そうしておくれ」
「で、本題は?」
「……そうだな」
彼はカップのコーヒーを一気飲みして、静かに話し出す。
「……ポルタニアはわたしにとって子供のようなものでね。
国の成立にも深く深く関わっている。
だから、ニーズヘッグが魔王となり、次元の間からこの地に降り立った時は、是が非でも何とかしたかった」
「それで?」
「『予言』でハルカの存在を知り、そしてガラリアと邂逅した時は、チャンスだと思った。
彼は古い付き合いだからともかく、彼女が『勇者』に相応しい人物だったら、協力しようと」
なるほどね。
我が子にも等しい国に、災厄が舞い降りた。
しかし一方で、ユーストフィアにも勇者が現れた。
だから手を貸して、子供を助けたかった。
そんなところか。
聞いてみると至極単純な理由で、だが納得できなくもない。
こいつが人間に親愛を抱いている神獣だということはわかっていた。
ただ、それが本人の発言により裏付けられただけだ。
「それを踏まえて話を続けよう」
「よろしく」
「君は、そもそもおかしいと思わなかったかい?
わたしには夢を通じた予言の力がある。
なのにどうして、魔王襲来を伝えなかったのか、って」
それは思った。
事前準備さえあれば、もうちょっとマシだったと。
その後、街を結界で守ったり、勇者の到来を告げたりと。
こいつは人間に協力的な神獣だ。
ならば、人類の危機である魔王の出現だって当然の如く予言しそうだ。
魔王が強すぎて予知できないのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうな気配。
どんなくだらない理由がある事やら。
「実はね、予言は伝えたのさ。
でも、それを王は信じてくれなかった」
「……誰に伝えたんだ?」
「第七王女。ガラリアの妹、エレンだ」
いや……王族じゃん。
信じないとかありえないだろ。
ましてや魔王だぞ、魔王。
そんなヤバイ案件、すぐに対処しなきゃならんだろ。
「そう、重大な情報だった。
世界の危機だ。
だからこそ、王は信じなかった」
「どういう事?」
「そもそも、第七王女エレンは疎まれていた存在だ。
正妻の子じゃないしね。
決して嫌われていたわけじゃないが、担ぎ持ち上げる者もいない。
恐らく、信じられたのは直近の兄であるガラリアだけだった」
「…………」
「そんな彼女が、魔王なんて恐ろしい情報を持ってきた。
その情報源は夢。ただの夢だ、信じる必要はない。
臭い物に蓋ってわけじゃないが、人間は自分が信じたくない事であればあるほど、信じようとはしない。そうだろう?」
それは……そうかもしれないが。
「でも、君はポルタニアで信仰されていたほどの神獣でしょ?
王だって当然そうなんじゃ?」
「信じるのと、信じたいのと、利用する事は異なる。
彼の内心がどうだったのかは、わたしにはわからない。
だが、彼の夢に訪れる事は出来なかった」
それだけで、王がわたしをどう思っていたのかは察する事が出来る。
哀愁を漂わせながら彼はそう言った。
自分が愛した国の、愛した王には否定されている。
その心情は俺に理解する事は出来ない。
憐れむ事しか出来ない。
……どうしようもない事だ。
しかし、夢に現れるには一定の調和性が必要らしいな。
って事は、俺とこいつには通じ合うところがある事に……。
それは勘弁してもらいたい。
別に嫌いなわけじゃないが、夢で会いたいほどじゃない。
「そして、魔王が現れた後。
民に予言を伝えなかった責任を取って、エレンは王家最初の生贄となった」
「意味わからん」
「わたしもその意図は図りかねる。
理解したくもない」
「……それをガンラートは知っているのか?」
「エレンが予言を受けた事は知っている。彼も周りには聞き入れてもらえなかったが、それがあったからこそ、再びわたしの下に訪れたのだから。ハルカと、スクリと連れてね」
「妹の件は?」
「知らない、はずだ。
そして、知る必要がない事だと、わたしは思っている」
そうだな。
俺もそう思う。
重すぎる事実だ。
知った瞬間、呪力に呑まれて完全に魔族化してしまいそう。
そして現存している王家を皆殺しにしそう。
むしろ今、奴らに復讐しないだけでもたいした精神力だと思う。
尊敬すべき男だ。
だから俺のためにも、彼のためにも、これは黙っておこう。
「……さて、話すべき事はこんなものかな」
「待て。呪力の抑え方を教えろ」
「あぁ……君は神力の存在を知ったね。
認識する事は成長への第一歩さ」
つまり神力をどうにかする事で呪力をどうにかできると言いたいらしい。
勿体ぶった言い方はやめろ。
まぁ、使いこなせれば遥なんてあっという間に無力化できるはずだ。
その後ゆっくり話せばいい。やっとエンディングが見えてきたな。
そういえば、もう秋になる。
つまり遥の誕生日が近いって事だ。
何を買うか、考えておかないと。
「他にも、聞きたいことがまだたくさんあるんだが」
「……残念ながら、もうそろそろ時間だ。
では、ユタカ君。ハルカの事は任せたよ
……君には予言は必要ないだろう」
彼が立ち上がると、徐々にその身体が薄くなっていく。
元から薄かったから、もうほぼ見えない。
今、一人の神獣が世界から消えようとしている。
「あぁ」
「そして、魔王を倒して世界を救ってくれ」
だから魔王は倒さないっての。
遥を倒したら意味ないじゃん。
万が一そんな事になったら俺が魔王堕ちするわ。
「嫌だよ。遥は救うって」
「……ずっと思っていたんだが、もしかしたら君は――」
「え? 何?」
「――――」
「何だよ! おい待て消えるな! はっきり言えええええええええ!」
が。
俺の叫びは風に消え。
賢者の最後の言葉は、聞き取れないままだった。
何のために最期を看取らせたんだよ。
遺言聞きそびれたじゃねぇか。
……はぁ。
そして、夏が終わる。
涼しげな風が、俺に秋の到来を告げようとしていた。
後は賢者のEp.ゼロで3章終わりです




