第十七話 誰が為に君はいる
帰路の馬車の中で。
ガンラートが諸々の経緯を話し、そしてあれやこれやの雑談を繰り広げた後。
ボソッと諦めたように彼は呟いた。
「俺も大概自分勝手な自信ありますけどね。
お頭の方がよっぽどわがままじゃないっすか」
「え? 今更?」
「こいつは最初からそうだったじゃない」
「兄ちゃんは突き進むタイプだよね」
「……」
酷い言われ様だ。
そうだよ、俺はわがままだよ。
それの何が悪い。
そうだ。何が悪いんだろう。
今までの俺はちょっとおかしかった。
遥に拘るばかりに、他を蔑ろにし過ぎていた。
最終的に遥を取り戻せればいいんだ。
そのためのキーアイテムも手に入れた。
だったら、あとは大量の足と目であいつを見つけるだけだ。
油断したのはマズかった。確かにマズかった。
でも、こいつらを手放したって、俺の油断が無くなるかはわからない。
だったら、たくさんの人に注意してもらった方がよっぽどいい。
それなら、俺の周りには出来るだけ人がいた方がいい。
ついでに言えば、神力の事を考えてもそうだ。
現時点で数十人のお抱え集団、これを捨てるなんてとんでもない。
……そんな打算的な感じで、自分への言い訳は十分だろうか。
遥は救う。
そのための手段は選ばない。
だけどそれは、イコール他人を切り捨てるって事じゃない。
自分自身から逃げているような奴が、誰かを救えるわけがない。
それでいい。
「これからも俺のわがままのために、血反吐を吐いて働いてくれ」
「わぁかりましたよ!
でも、俺がスクリみたいに暴走しそうになった時は、頼みますよ」
「その時は介錯してあげるよ」
「よくわかんないけど、ユタカ様は盗賊団を捨てるのをやめるって事?」
「じゃあ兄ちゃんは、これからもおれたちと一緒なんだな!」
「結局何も変わらないじゃない」
いや、変わるさ。
何かが変わる。
俺の意識が変わろうとしているんだから。
清々しい気分だ。
アジトを出発した時とは大違いだ。
ひょっとして:ストレス
色々と疲れていたのかもなぁ。
日本食で涙したのもその辺だろうか。
よく考えなくても、召喚されてから戦いっぱなしである。
ほぼ全ての時間、張り詰めた心を保ちながら過ごしてきた。
いつ遥に出会ってもいいように。
たかだが二十歳の平和ボケした若造に、そんな生活を続けられるはずがない。
だいたい、日本では半引きこもりみたいな毎日を送っていたんだ。
急にこんな活動的になってやっていけるか。
慣れない異世界生活。
右も左もわからず、いきなり殺されかけた。
そんな奴らと共に過ごす緊張感。
……今にして思えば、もっと色々上手くやれたはずだ。
恐らく、正解ルートは最初にカルターニャに行く事だった。
盗賊団なんて拾う必要がなかった。
カルターニャでセレーネと邂逅し、ちゃんと勇者としてやっていく。
多分それが一番楽だった。
色々と騙されていたとしても、楽ではあった。
今更やる気なんてないが。
――あれ? そう言えば。
俺がカルターニャに辿り着いた時、あの街は業火に沈んでいた。
あんまり気にしていなかったが、よく考えなくてもおかしい。
遥は水魔法と支援系の使い手、スクリもそうだし、ガンラートは魔法を使えない。
魔族少年に関してはわからんが、今のところ火災による被害は聞かない。
じゃあ、誰が?
「…………」
はぁ。また、考えても解決しない系の案件か。
いずれ犯人と巡り会うこともあるだろう。
その時に考えればいい。
正面きって当たっていくと決めたからな。
夢であの花火大会を過ごして、自分の不甲斐なさをつくづく痛感した。
黒歴史を思い出すってこういう事か。
俺はなんてヘタレでバカ野郎だったんだろう。
あれに比べたら五十人抱えるぐらい楽勝だ。
そう考えると、賢者の試練も俺には重大な意味があった。
やる必要が無かったなんて、そんな事も無い。
なぁ、コルニュート。
そうじゃないかな。
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盗賊ガンラート。本名、ガラリア=エル=ポルタ。
旧ポルタニア王国の王子である。
が、第六王子という王位継承権がとても低い身分。
というか実質王になるのは無理。
そのため、周囲の誰も持ち上げず、自由気ままな日々を過ごしていた。
彼の日常は訓練と妹との対話で消化されていったらしい。
生まれつきの戦いの才能と、左目の魔眼。
魔眼とは突然変異というか魔力の暴走というか、とにかくそんな感じで生じる身体の異変の一種らしい。初耳である。なぜ誰も教えてくれないのか。
とにかく。
魔法を消し去る効果を持っている魔眼を駆使し、彼はポルタニアでも有数の強さとなる。
そんな彼の強さは誰もが知っていて、魔王襲来時にはもちろん、いの一番に戦場へ。
最前線に立ち、何百もの魔物を倒し、そしてあっさりと魔族に負けた。
彼が意識を失っている間に、ポルタ王と魔王の取引があった。
目が覚めた時には最愛の妹エレンが生贄にされようとしていたとか。
慌てて生贄の団を追いかけるも、時既に遅く。
彼の目の前でエレンは死んだ。
正気を取り戻した瞬間、あたりに魔物の死骸が山ほど築かれている事に気付いた。
だが、死んだ妹は戻って来なかったし、他の生贄にされた人々も戻って来なかった。
そうして彼は復讐を誓う。
必ず魔王を殺す、と。
「――その時にハルカに会ったんでさぁ。
あいつと一緒に魔王を倒して、気付いたらシャルマーニにいました」
「事情はわかってたの?」
「さっぱりです。死んだ瞬間の事もおぼろげで。
でもとにかくハルカがヤバイのはわかってたんで、何とか助けようと盗賊団に取り入って情報収集して……」
で、俺が現れたと。
そんな感じの事の顛末を、アジトの俺の部屋で聞いていた。
ちなみに何事も無かった。
メイは笑顔で俺たちを迎え入れてくれた。
モブ? あいつらも元気だったよ。
派遣? 普通だったよ。いつも通りだったよ。
「お頭がハルカに拘ってたんで、ちょうどいいから協力しようと思いました」
「って事は、件の『ユタカ』が俺だってのはすぐにわかったわけ?」
「さすがにそれは無理っす。聖剣持ってたんでハルカに何かあったのはわかりましたが、あいつが毎日毎日ぺらぺらぺらぺら話してた『ユタカ』がお頭だとは、一目ではわかりませんでしたよ」
「うん……そう……もういいよ」
「そうっすか? 聞き飽きるぐらい聞きましたけど。
お頭が知らない思い出とかもありますよ」
「やめろ。マジでやめろ」
本当に本当にやめてほしい。
俺の羞恥心が耐えられない。
バカだろあいつ。
どうして異世界の人間に、日本の人間の話をするんだ。
他人の夢の話とかペットの話みたいな、心底どうでもいいシリーズだろ、それ。
いや、俺だって事あるごとに遥だけどね?
一応、遥はこの世界でも周知されてる元勇者だからね?
しかも今は魔王。
自然と話題に上らざるを得ない。
一方、俺はただの大学生……いや、当時は高校生か?
そんな奴の話をして、いったい何になるというのか。
今度会ったら説教ですね。
しばらく結界に閉じ込めてやろう。
「もう行っていいよ。
メイも寂しがってるから」
「了解っす。……あぁそう、お頭」
「何?」
「本当に逃げるのはやめたんすか?」
……そうだな。
あの時、セレーネに説教されたあの晩にはわからなかったが、今ならわかる。
確かに俺は逃げていた。
例えば、ポルタニアに行く前にカリウスに謁見するべきだった。
奴ならそれなりの情報を知っていた事だろう。
もしかしたら、賢者の正体やガンラートの正体すら知っていたのかもしれない。
だが、俺はあえて会いに行かなかった。
理由は単純。あいつが嫌いだからだ。
会いたくないからごちゃごちゃと理由をつけて結局会わず、そして得るべきだった情報を得ないまま旅に出た。
感情的に、最善手を破棄したのだ。
思えば、俺は昔からそうやって逃げてばかりだった。
遥と比べられるのが嫌だからスポーツ系の部活はやらなかった。
話すことを話すのは受験が終わってからにしようと、あの夜も回避した。
今回の件もそう。
盗賊たちを抱えている事は、はっきり言って負担だ。
しかも、何となく和んでしまい、ミスを重ねる。
切り捨てる事で楽になりたかった。
負担を軽くしたかった。
遥の事だけを考えていたかった。
でも。
「うん。もうやめるよ」
「そうっすか。なら、いいです」
ガンラートはニヤッと意地の悪い笑みを浮かべて、部屋から出ていった。
もうやめるさ。
こいつらのために俺がいるのは確かだけど。
俺のためにも、こいつらがいる。
どうやらそれも、確からしいからな。




