Ep.ゼロ 王子が死んだ日
シャルマーニを経由して、私とスクリはポルタニアっていう国に行った。
そこに魔王がいるらしいから。
ついに魔王とご対面……怖いけど、やっぱりわくわくするね!
魔王はゲームだとだいたいラスボスだった。
時々中ボス扱いされる事もあったけど、だいたいはラスボスだ。
私はいつも魔王まで辿り着けなかったけど。
豊がさくさくとクリアしていくのを、横で見てるだけ。
理不尽だ。
だから、ついに自分の足で魔王に辿り着けると思うと、わくわくする!
……って、呑気な事思ったのは間違いだったって、すぐわかった。
「スクリ……」
「わかっていますわ。助けましょう」
ポルタニアは酷い状況だった。
魔王が現れて、国は戦ったけど、負けた。
それで魔王と交渉して、人間を生贄にすることで、生き永らえていた。
立ち寄った町には、神獣の結界が張ってあったけど。
守るのに精いっぱいで、襲ってくる魔物は倒せなかったんだって。
町から出られなくなった人々は、段々食べ物を失っていった。
魔物からの虐殺じゃなく、人間同士の争いが始まろうとしていた。
だから王様は魔王と交渉して、魔物を撤退させたみたい。
そして……今日は、1,000人の国民と。
ポルタのお姫様が生贄にされる日。
私と同い年ぐらいのお姫様は、晒しものなのか何なのか、王家の中で誰よりも先に生贄に捧げられる事になったらしい。
……許せない! そんなの許せないよ!
絶対に助けなきゃ!
「行くよ! スクリ!」
「わかっていると思いますが、魔王と対面する事になるかもしれませんわよ?」
「私は勇者だもん! 逃げてられない!」
「……そうですわね。えぇ、わかっていた事。
そのためにわたくしは着いてきたのですから」
スクリは小さく微笑んで、杖を握った。
大丈夫、私は一人じゃない。
そうやって教えてくれているみたいだった。
まるでお姉ちゃんみたいだ。
ちょっと言う事きついけど。
……行こう。
魔王を倒す!
そうすれば、お姫様も、1,000人の国民を死ななくて済む。
私が何とかしてやる!
だって、私は勇者なんだから!
みんなを助けるんだ!
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……間に合わなかった。
間に合わなかったよ。
何が勇者なんだろう……何が! 何が勇者なんだろう!
進めば進むほど敵だらけで、切っても切っても減らなかった。
スクリも大きい魔法を使おうとしたけど、ポルタニアの被害を考えて躊躇したみたい。
私たちは少しずつ、少しずつ進むしかなかった。
でも、本当は被害なんて考えてる余裕はなかったんだ。
後々、スクリがそう悔しそうに呟いていたのを、私はこっそり聞いてしまった。
余裕はなかった。もっと急ぐべきだった。
私たちの認識が甘かった。
それで、やっとお姫様たちに合流した頃には。
1,000人の屍の上で、男の人が女の子を抱きしめて泣いていた。
屍の周りには、たくさんの魔物が死んでいる。
もしかしたらそれは、死んだ人たちよりも多いかもしれなかった。
信じられない。
「……あの方が一人で倒したのでしょうか」
「や、やっぱり?」
「そうとしか考えられません」
あの人は凄く強いんだと思う。
私でも……今なら、一人でもできるかな?
私も凄く強くなったしね!
1,000匹ぐらいへっちゃらだよ、きっと!
……でも、ただ強いだけじゃダメなんだ。
だって、あの人は泣いてるんだもん。
きっとあのお姫様を守りたかったんだ。
だけど強いだけじゃ守れなかったんだ。
私たちは重い足取りで、彼に近づく。
できるだけ死んだ人たちを踏まないように気をつけながら。
左右で色の違う目をしたその人は、私たちの接近に気付いて顔を上げる。
金色の瞳から流す涙はとめどなくて、痛々しい。
思わず顔を逸らしてしまった。
「……失礼ながら。私はスクリ。ミドルドーナの魔術師です。
そして彼女はハルカ。勇者です」
「勇者だと……」
「う、うん」
「勇者なら、何で妹を助けてくれなかった!
エレンがどれだけ絶望したか……お前の! お前のせいで!
お前さえいなければ魔王なんて生まれなかった!
お前さえいなければエレンは死ななかった!
お前さえ……!」
嗚咽で言葉が続かない様子だった彼は、お姫様を抱きしめて泣き続けた。
そうだ。私のせいなんだ。
私がもっと強ければよかったのに。
そうすればきっと間に合ったんだ。
勇者なんていなければよかったんだ。
そうすれば魔王なんていなくて、それで。
「勝手な事を言わないで下さい。
あなたの力の無さを、ハルカに転嫁しないで下さい!」
「なんだと!」
「あなたはこれだけの力を持っている!
ですが、出来ない事があったのでしょう!
ハルカはこの国に来てまだ間もない。
そんなハルカに、勝手な事を押しつけるのはやめて頂きましょう!」
「だが、それが勇者の……!」
「勇者などというくだらない括りで、ハルカを語らないで下さい!」
沈みかけていた私を、スクリの言葉が救ってくれた。
そう思えた。
勇者って何なんだろう。
ずっと、スクリは私に対して、勇者なんだから、勇者の責任が、って言い続けてきた。
自分勝手な私を、そう窘めてくれた。
でも、いざこうなったら庇ってくれるんだ。
それがたまらなく嬉しい。
「自分の願いは、自分で叶えろ!
ハルカに押し付けるな!」
珍しく、激昂したスクリの口調だった。
時々こうなる。
私があんまりにも寝坊を続けてたらこんな感じで怒られた。
だけど。
「それは違うよ、スクリ」
きっと、そうじゃない。
「私は勇者なんだ。勇者は、世界を救うスーパーヒーローなんだよ。
だから、死ぬ必要がなかった人が死んだら、やっぱりそれは私のせいだと思う。
だから、お姫様やみんなが死んだのは、私のせいだよ。
……ごめんなさい」
「いや……あぁ、ちくしょうが」
彼は頭をガリガリかいて、だけど何も言ってこない。
私はひたすら頭を下げる。出来ることは、それだけだ。
私の知ってる勇者は、何でも一人で出来た。
もちろん、仲間を誘ってパーティを組んでたけど、やっぱり最後は勇者任せで、勇者は物語の主人公で、だから世界が救われるのも、滅ぶのも、みんな勇者の責任だったと思う。
この世界にリセットボタンは無いんだ。
セーブポイントも無いんだ。
失敗しちゃダメなんだ、取り戻せないんだ。
それはすごく怖い。
だけど、だけど私は。
私は――私も、物語の『英雄』でありたいと思う。
誰かが死ぬのも、誰かが泣くのも、もう嫌!
勇者の力で何とかなるなら、何とかしたい!
「……自惚れすぎです。あなたも、そう思いませんか?」
「そうだな……すまない、言い過ぎた。謝罪する」
「ううん、謝らなくていいよ」
彼は苦笑しながら、落ちていた刀を鞘に戻す。
「俺は、ガラリア=エル=ポルタ。
この国の王子……だった」
「王子様!? じゃあ……」
「……亡き妹のために。
魔王を倒したい。手を貸してくれるか?」
涙を拭ってから、私に向かって手を差し出す。
……言えなかった事がいっぱいあって、言ってくれた事がいっぱいあって。
悲しい事がたくさん。
この人の言葉は私に突き刺さった。
スクリの言葉も私に突き刺さった。
勇者って何なんだろう。
よくわからない。
でも、きっと確かな事がある。
「うん……私は遥だよ。よろしくね!」
何があっても、諦めない事。
何があっても、立ち上がる事。
それが、私に課せられた、勇者の責任なんだ。
これ以降のエピソードゼロが知らない間に吹き飛んでるんだけど何なんですかね……
あ、ちなみにまだ三章終わりじゃないです
もうちょっとだけ続くんじゃ




