第十六話 ヘタレ対ヘタレ
飛ぶ刃を掻い潜って地を蹴り、鍔迫り合いを交わす。
それはほんの一瞬の出来事だ。
数秒も続けていたら、刀が折れてしまうからな。
「お頭ぁ! あんたみたいなヘタレに俺は倒せねェ!」
「言ってくれるじゃねぇか! 『風魔法・旋風』!」
「しゃらくせぇ!」
ガンラートの金色の瞳が輝いて、風が掻き消えた。
またチート野郎かよ! 遥の仲間はこんなのばっかりだな!
一瞬呆けている隙に、カウンターが俺の右肩を切り飛ばす。
そしてあっさりと再生。
うねうねと引き千切れた肉が生え変わる。
全く、復活出来るって言ったって痛いもんは痛いんだからな。
アドレナリンがドバドバの状態じゃないと悶絶するぐらいには痛い。
やってくれるぜ。
「あんたは何も見えちゃいねぇ」
「……」
「セレーネの想いも。
カシスの意地も。
エンやメイの悲しみも。
配下からの信頼も。
……ハルカの嘆きも」
「それが?」
「他人から逃げ続けている奴に、世界は救えねぇ。
俺の知ってる『勇者』は、そうじゃなかった」
「だから勇者なんかじゃないって」
「それが逃げてるって言ってんだよ!」
空を切る刃が俺の頬を掠め、鮮血が流れ落ちた。
「俺のくだらねぇ八つ当たりに向き合った、あいつには敵わねぇ!」
彼の攻撃は次々と俺の身体に致命傷を与え、その度に再生する。
斬られ落ちた右足の付け根から新しい右足が生え、地面の肉塊が消滅していく。
我ながらグロい光景だと思った。
しばらく肉料理は食いたくない。
ベジタリアンになろう。
「……何で避けないんすか?」
「ガンラート。君は何のために俺と戦うんだ」
「魔族ってのは生きてるだけで害悪なんすよ」
「……それは、先輩からの忠告のつもり?」
「そうっすよ。
お頭は魔王を甘く見過ぎっす。
魔族は殺さなきゃならねぇ」
――勇者だったら、世界を平和にしなきゃならねぇ。
そんな囁きが聞こえたか、聞こえなかったか。
俺の認識の外で、指輪をぶら下げる紐が千切れ飛んだのが見えた。
視界が変わる刹那、俺は自分が地に落ちていく光景を見る。
気付いた時には、またガンラートと向き合っていた。
なるほど。
どうやら首を飛ばされたらしいな。
「指輪を外してもダメっすか。
卑怯だろ、それ」
それでも死なない。
「だったら、何でもっと早く言わなかった?」
「はぁ?」
「アジトで一緒に暮らしていたんだ。
戦う機会は何度だってあった。
何で、わざわざここまで粘った?」
「……、…………」
彼は答えない。
気まずそうに視線を落として、また俺への攻撃を再開した。
――それを捌きながら、俺は考える。
盗賊団を奪った当初、何人かが俺の根首を掻きにきた。
だが、その中にガンラートはいなかった。
こいつは今までずっと、俺に忠実だった。
なぜだろう。
俺を殺せなかったとしても、行動不能にする術はいくらでもあったはずだ。
例えば聖剣を持っていない時に不意打ちで気絶させ、海にでも流すとか。
さすがに陸地が見えないところまで流されたら戻って来られるか怪しい。
逆に、スクリのように殺してほしかったのならば、最初から喧嘩を売ってくればよかった。
特に何の愛着もないあの頃だったら、俺は二つ返事で殺してやったはずだ。
躊躇いもなく、聖剣をふるったはずだ。
なぜ、今なんだ。
「――なんてな」
「……?」
考えるまでもなく、本当はわかっている。
「君は生きていたかったんだ。
だけど魔族だから、死ななければならないと思っている」
もしかしたら、スクリの件も影響しているのかもしれない。
かつての仲間が、自ら死を望んだ。
同じ立場のこいつが、一番スクリの気持ちをわかっているはずだ。
「死にたくない。
だけど、生きていちゃいけない。
だから正体がバレた今、ちょうどいい、死ぬチャンスだと思ってる」
「……うるせぇ!」
「逃げてるのはお前だって一緒だろうが!」
聖剣の切っ先がガンラートの脇腹を抉りとった。
多量の血を流しながらも、呪力が引きちぎれた肉片を繋ぎ止める。
「お前は全部放り出そうとしてんだよ!
エンや、メイや、盗賊たち――俺からの信頼も!
世界を救った英雄としての責任感も!
ただ楽になりたいから! 抱え切れないから!」
「あんたにだけは!
それを……!
あんたにだけは言われたくねぇんだよおおおおおおおお!」
暗く昏く黒い影が、俺を拘束しようと廃墟を駆け巡る。
怒りに呼応するように、呪力が彼の肉体を侵食していく。
させるかボケ。
「君にひとつだけ教えてあげよう」
「あぁ!?」
「――俺はもう、逃げるのはやめたんだ」
ありったけの魔力を聖剣に込める。
ありったけの呪力が彼を包み込む。
……不意に。
ほんの一瞬だけ。
俺の知らない力が、聖剣に宿った気がした。
それは魔力を増幅し、生まれ変わらせる。
攻撃が発動するまでの刹那的なタイミングに。
俺は、精霊を信じることにした。
「『呪刀・無双乱舞』!」
「『抜刀・雪月花』」
無数の黒い斬撃は、俺の全身をバラバラに引き裂いて、鮮血が視界を染める。
放たれた風の花弁が、届かなかった斬撃を相殺する。
それを認識したガンラートは、花弁を見上げ金色の瞳を輝かせた。
次々と掻き消されていく季節外れの華。
しかし数が多すぎるのか、全てを消し去る事は出来ない。
桜色の流星雨が降り注ぎ、呪力の壁を切り裂いた。
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結界を解除したら、セレーネが急いで駆けてきた。
そりゃあそうだろう。
こいつにとっては、目の前で突然俺とガンラートの姿が消えたような感じだったはずだ。
その辺に落ちていた小手を拾い上げながら、俺はセレーネに指示を出す。
「ユタカ様! ガンラートさん!?」
「セレーネ。治せる?」
「もちろん!」
「気をつけてね。彼は魔族だから」
「え!?」
さて、大部分が呪力で構成されているであろう身体だ。
聖魔法による治癒で治せるのだろうか。
……そのまま消えてしまわないだろうな。
スクリは消滅しなかったから大丈夫かな?
と、見学していると、無事に腕がくっついたようだ。
さすがの聖女である。
こいつが日本に来たら、医療業界が壊滅してしまいそうだな。
ガンラートは上半身を起こして、俺を見上げる。
「……やっぱりお頭は強いっすね」
「常に捨て身だからね」
「殺して下さい。
どうせ魔王が死んだら、一緒に消えていく身です」
「魔王は死なない」
俺が遥を殺すはずがない。
たとえ世界を敵に回してもそれだけはしない。
さて、何が起こったのかわからない面々。
大急ぎで近寄ってきて、ごちゃごちゃと捲し立てるが、全て無視。
説明するのが面倒だ。
あとでガンラートに教えてもらってくれ。
「ガンラート。
いや、ガラリアって呼んだ方がいい?」
「ガラリアは随分前に死にやした」
「そう。じゃあガンラート。
さっきのは決闘だったんだ。殺し合いじゃない。
決闘なら、負けた方が勝った方に従う必要がある。
そうでしょ?」
「……そうっすね」
何の根拠もなく言ったのだが、そうだったらしい。
テキトーに生きるのって素晴らしい。
「なら、これからも俺に従って生きろ」
「……」
「君は俺の所有物なんだ。
俺は君を殺さない。
死にたきゃ勝手にそうしてみろ。
その度に殺す気で止めてやる」
「……スクリは殺したじゃないっすか」
「別に俺は、スクリだって殺したくなかったよ」
本人の希望とかレヴィアタンのわがままとか聞いてやっただけだ。
彼女がやっぱり生きたいと言えば、いや言わなくても俺にわかるようにそう伝えてくれたら、たぶん殺さなかった。ダブスタ? 知ったこっちゃねぇ。俺がルールだ。
ガンラートは遥の仲間だ。
生きていた方があいつは喜ぶ。
だから殺さない。
極めてシンプルな話だな。
「……はぁ。もういいっす。
お頭のバカさ加減にも慣れました」
「じゃ、これからもよろしくどーぞ」
そうして、何の意味もない戦いは決着する。
エンも、セレーネも、カシスも頭にクエスチョンマークが浮かんでいるが。
いいのさ。
俺たちだけがわかっていれば、それでいいことだ。
どうしようもなく臆病な、男同士の話だからな。




