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第十五話 Re:意味のない戦い


 俺にとっては長い長い夢の世界だったわけだが、現実ではそうでもなかった。

 およそ10分ぐらいか。

 時間の進み方が謎すぎる。


 まぁ夢といっても、いつも見てるような夢ではない。

 経験した覚えがない事、妄想の類ではない過去の出来事。

 限りなく現実に近い夢。

 賢者の魔法によって見せられたのだろう。


 その証拠に、俺の右手には例の宝珠が握られていた。


 麒麟の角を触媒に、イーリアスが魔力を込めた神獣の欠片。

 コルニュートの特性から考えても、結界を発生させることができるのだろう。


 転移封じができるのは神獣だけ。

 なるほど、こういう事だろうかね。

 レヴィアタンも鱗でも剥げば同じような効力を持つ宝珠を作れたのだろうか?

 やったらスクリが地獄から飛び出してきそうだが。


 とにかく、これでやっと、遥とまともに向き合える。


「ねぇ、今回の勇者はハルカとは違う意味で酷いね。

 呆れちゃったよ」

「俺たちも苦労してんだよ」

「君には同情しなくもない」


 木椅子に座りながら、コルニュートとガンラートが雑談をしていた。

 俺をネタにして。

 なんて奴らだ。陰口は本人が聞いてないところでやれよな。


「おい、ガンラート」

「やっべ……起きたんすねお頭!

 どうでした!?」

「目的は果たしたよ、ほら」


 俺は宝珠を彼にパス。

 ガンラートは慌てながらも、何とかキャッチした。

 スリーアウト、チェンジ。


 さて、宝珠の所有権が俺に移ったからだろうか。

 小屋の中の森、とかいうわけわからん状態は解除されたようだ。


 いつの間にか、俺はベッドに寝かされていたらしい。

 あるいは、最初からそこで眠っていたか。


 とにかく、ちゃんと小屋らしい小屋の中にいる事は間違いなかった。


「彼は全然ブレないね。全然」

「そのくせ意外と意気地がねぇんだよ」

「何なの? 何が言いたいの?」

「つまり君を試したんだけど、最初から最後まで全然態度が変わらなくてねぇ。

 ハルカなんて現実時間で三日は夢にいたんだよ?

 それがねぇ、はぁ……」


 溜息をつかれたって困る。


 まぁ、無事に宝珠を貰えたって事は、その試験には合格したのだろう。

 色々と納得いかない部分もあり、どうもお互い様っぽいが。

 宝珠さえ手に入ればそれでいい。


 俺もくたびれた木椅子に座りこんで、彼らと相対する。

 ガンラートがチラチラとこちらを見てくるのがウザい。


「初めからやる必要のない試練だった」

「同情してやるよ」

「ふーん……」

「随分呑気だけどね、そう簡単に乗り越えられるもんじゃないからね。

 自分の過去も、遠い故郷の現実も、先人が陥った今も、未来に負わされる責任も」

「そんな事言われても困るよ」


 過去を悔んで嘆く時間は、もう終わったのだ。

 日本がどうなっているかなんて、予想していた事だ。

 責任? 知らねーよ。俺の責任は別にある。


 何が試練だ。

 賢者だからって勝手に人を試すなよな。


 そういうのはこう、神聖な存在が、世界を救う英雄に覚悟を問うためにやるイベントであって……。


 あれ。

 だいたいあってるな。


 賢者コルニュートはつまり神獣・麒麟だった。

 俺は一応腐っても仕方なく勇者をやってる。


 ……そんな事もあるさ。


「じゃ、帰るか」

「えぇ!? せっかく来たのにもう帰るのかい?」

「だってもう用事ないし……」

「お頭はアジトが気になるんすよね。

 早く帰って無事を確認したいんすよね」


 別に気になっているわけじゃない。

 モブたちもいるし、派遣魔術師もいる。

 たかが数日連絡を取らなかっただけで、どうこうなっているはずがない。


 気になってなどいない。


「素直じゃないなぁ。

 ハルカはあんなに素直でかわいかったのに」

「うるさいな」

「ハルカは素直というか、単純だったんじゃねぇの」


 そうとも言う。

 よくわかっているな。

 さすがである。


 本当に、さすがだよ、お前は。


「とにかく、一旦帰ろう。

 疲れたしアジトで寝たい」

「近いうちに戻ってきておくれよ、まだ話があるから」


 これ以上何の話があるというのか。

 この軽薄な神獣とは、出来ればもう絡みたくないんだが。

 性悪だし。


 俺たちは小屋を出て、来た道を引き返す。



---



「あら、戻ってきたんじゃない?」


 そんな俺たちに気付いたらしく、カシスの声が聞こえた。

 エンとセレーネが窓から手を振っている。


 今回、あいつらの出番はほとんどなかったな。

 その方がいい。楽でいい。


 サクサクと歩を進めていると、ふいにガンラートが背後から声をかけてきた。


「ところで、お頭は何を夢に見たんすか?」

「……聞いてどうすんの?」

「ちょっと思うところがありまして」


 ………………。

 うーん。

 まぁ、いいか。


「昔の思い出と、麒麟とイーリアスの戦い、日本の両親。

 あとは――遥の魔王討伐の様子」


 ピタッ、と。

 彼は足を止めた。


 そうだろうな。

 言ったらこうなるだろうってわかっていた。

 ガンラートも、それが気になったから聞いてきたのだろう。


 小屋の中でも、どことなくソワソワしていたからな。


「……見ました?」

「見たよ」

「気付きました?」

「当たり前じゃん」


 気付かない方がおかしい。

 遥の魔王討伐からは、まだ一年と二カ月程度しか経過していないはずだ。

 そんな短期間で、人の外見はそうそう変わらない。


 たとえ死んで蘇ったとしても。

 たとえ盗賊に身を落としたとしても。


 人の外見はそうそう変わらない。




「じゃあ、ここらが潮時っすね」




 空気が変わった、気配がした。


 ……どこからか愉快そうな視線を感じる。

 賢者が俺たちの様子を見ているのかもしれない。

 あいつは悪趣味だからな。


 嘆息しながら、笑いかけるセレーネたちの下へ向かい――。


 世界を引き裂いて、透明な刃が俺の頬を掠める。

 斬撃は麒麟の結界にぶつかり、馬車へと届くことなく掻き消されていく。


 予想通りの展開に、俺は振り向いて。


「そのつもりはない」

「お頭はそうでも、こっちはそうもいかねぇんすよ」

「これまで何だかんだで結構上手くやってきただろ?

 戦う理由なんてないんだ。もう帰ろう」


 背中越しにセレーネやカシス、エンの驚愕の声が届いているが。

 それの相手をしている場合じゃなさそうだ。


「そうやってまた逃げるんすか?」

「……」

「面倒だからって逃げ続けてたら、いつか大切なものを失いますよ」


 視界の端に、『露姫』に反射する俺の顔が映った。


 ――確かに、俺は一度、大切なものを失った。

 今でこそ取り戻せると思っているが、それは全くの偶然だ。

 ユーストフィアに召喚されなければ、俺の願いは叶えられなかった。


 後悔は決して後戻りしない。


 ついさっき、俺はそれを思い知ったはずだった。


 面倒だから戦わないわけじゃない。

 だが、部下の願いを聞いてやるのは、俺の責任かもしれない。

 背負ってやるって、さっき決めたはずだった。


「……そうだな」


 俺は宝珠を握り締めて、そっと力を込める。

 紡ぐべき言葉が脳裏に浮かんできた。


「『多次元結界サンクチュアリ』」


 するとその瞬間、世界から音が消える。

 俺とガンラート以外の、全ての存在が排除される。


 気付けばそこは、廃墟だった。

 ハルカが魔王を倒した、あの場所。

 夢で見た場所。


「これでいいかな」

「すいませんね、俺のわがままを聞いてもらって」

「で、何のため?」

「もう疲れたんすよ。

 呪力だか魔王の強制力だから知りませんが、ギリギリなんで。

 ここらで終わらせてくれやしませんかね」


 終わりとは何だろう。

 死だろうか。確かにそれは終わりだ。


 じゃあ、俺は彼を終わらせたいのだろうか。

 彼は本当に、終わりたいのだろうか。


 俺は今まで――ガンラートの何を見てきただろうか。


「…………」


 広々とした廃墟に立ち、俺は小手を外してガンラートに投げつける。

 詳しく作法は知らないが、こんな感じだったかな。


 大きく息を吸って。


「我が名は佐々木 豊。勇者ハルカの幼馴染として、君に決闘を申し込む」

「……! 我が名はガラリア=エル=ポルタ。亡国の王子として、その決闘、承る!」


 ガンラートはそう名乗り、背負っていた槍を投げ捨てた。

 同時に、その眼帯を外す。


 金色の瞳だった。

 魔力を感じる。

 その瞳にどんな力があるのかはわからない。

 だけど、彼が本気だと言う事は伝わる。


 本気で俺と殺し合いをしたいのだろう。


 そして、『露姫』を鞘に納めた瞬間。

 その全身を、呪力が覆った。


 これこそが彼が魔族である証。

 魔王の手によって作られた、失われた魂の残骸だ。


 強大な殺意がバシバシと俺に向けられてくる。

 なるほど、さすが元勇者一行。

 魔王を退けたその手腕に疑い無しってか。


 俺も聖剣に手をかけて、同じように居合の構えを取る。


「――――」

「――――」


 スクリと戦った時と、似た緊張感を覚えた。


 彼女は魔族だった。だから戦い、殺した。

 その戦いには、結局のところ意味はなかった。

 スクリだって言っていた事だ。


 だけど、彼女は大津波を嗾けて、俺に戦いを強いた。

 その真意はわからないが、多分、死にたかったのではないだろうか。


 望まぬ生だ。

 しかも人間ではない。魔族である。

 呪力に飲み込まれ、異形の生物と化してしまっていた。


 ずっと抑え込んでいたのかもしれない。

 その辺は、彼女しか知りえない事だ。

 でも、俺も似たような立場だった死を選んだかもしれない。


 だけど、こいつは?

 こいつはどうなんだ――。


 ――ガンラートの汗がポタリと地に落ち、跳ねる。


 それが戦いの合図となった。


そういえばいつの間にか50話突破してました

三章で折り返しなんで、完結までは100話ぐらいか……

が、がんばります

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