表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/88

第十四話 ついでに世界を救ってやる

 終わらない夢が続く。


 どこだろうか、周囲はアスファルトで出来ている。

 パイプ椅子に腰かけた男女の姿が見える。

 その近くを、青い制服に身を包んだ人々が忙しなく通り過ぎる。


 多分また地球なのだろう。

 というか、日本だな。間違いない。


『豊……豊……』

『遥ちゃんに続いて豊まで……』

『どうして、どうしてよぉ!

 どうしてぇ……豊を返して! 返して……』


 それは俺の知らない光景だった。

 少なくとも俺の過去体験ではない。

 こんな二人の姿を見た覚えはない。


 俺の知らないところで、俺の知っている人たちが泣いていた。

 悲しんでいた。絶望していた。


 平行世界。

 そうだった、地球とユーストフィアは繋がっているんだったな。


「……」

「これが、君の世界の現実だ」

「趣味悪いね」


 こいつは本当に性格が歪んでいやがる。

 さっきはちょっと感謝したけど、これで相殺どころか地に落ちた。

 早く死ねばいい……いや、死なないんだったか。


 どうにかして消滅させられないだろうか。

 そう思って聖剣を握り締めてみるが、うんともすんとも言わない。

 肝心な時に役に立たないな。


「これがあっちの現実なら、戻るよ。

 遥と一緒に」


 日本に帰れたら全てチャラだ。

 謝らなければならないだろうし、色々とドタバタの日々が続くと思うが。


 いつまでもこの世界にいるわけにはいかない。


「戻れると?」

「できるできないの問題じゃない。

 戻るんだよ。俺がそう、決めた」

「……それは、いい答えだ」


 そしてまた世界が移り変わる。

 懐かしい父と母の涙を背負って、俺の夢路は続く。



---



 巨大な黒い龍が、人間たちと戦っていた。

 吐き出したのは呪力を纏った黒い炎。

 辺りの瓦礫や草木を、あっという間に消し炭に変えていく。


 相対するのは四人の者たち。


 白いローブを身に纏った男が、結界を張って味方を守った。

 刀を持った男の飛ぶ斬撃が、黒龍の翼を引きちぎった。

 青い魔術師の水魔法が、黒炎と黒煙を浄化し、水蒸気を発生させる。


 ――そして、聖剣を持つ少女が駆け出す。


 光の翼を背負った彼女は、一足飛びに龍の頭に乗り、その瞳を貫いた。

 絶叫と共に、黒い龍が消滅していく。

 瞳につきたてられた聖剣が、その巨体に止めを刺したのだろう。

 周囲に漂う呪力が、世界へと吸いこまれて行く。


 そして、聖剣を手にした少女が龍の頭上から飛び降りて、崩れ落ちた。

 青い女性と、白い髪の男と、刀を持った男が彼女に駆け寄る。


「……倒した」

「そのようですわね……」

「これでポルタニアも平和になるだろう」

「エレン……やっと、終わったぜ」


 彼らはホッとした表情で、全員がそこに座り込んだ。

 ボロボロだ。

 黒い龍との戦いが、どれだけ激戦だったのかを伺わせる。


 へたり込んで、立つ気力も無さそうだ。


「仇を取った感想はどうですか?」

「あぁ? ……別に、何もねぇな。

 終わったなぁって解放感ぐらいだ」

「ね! 復讐なんて意味がないって言ったでしょ!」

「お前に言われてもなぁ」


 刀を持った男は、カラカラと笑い、ポケットから眼帯を取り出す。

 それが左目を隠し、オッドアイを覆った。

 見覚えのある顔、見覚えのある仕草、見覚えのある笑い方。


「それで、どうするのだね?」

「えっとー……まずは教会に報告かな?

 セレーネちゃんに会いたい!」

「その前にシャルマーニでしょう。

 まったくハルカは」

「魔王を倒したってのに変わらねぇ」


 くたびれた表情の彼らは、しかし楽しそうだった。

 それは長い旅路で築かれた繋がりがあるからかもしれない。


 魔王を倒すという壮大な目標は、たった今達成され。

 その長く辛い旅路は、たった今終わったのだ。


『だけど、平和は続かなかった』


 白い男が――賢者が、夢の住人である俺の方を向いて、そう言った。

 夢と現実の境界線が酷く曖昧だ。


 これは何だ? これは……。


「わたしたちはこうして魔王を倒し、シャルマーニへと報告に行った。

 しかし、その後の顛末については。よく知っているだろう?」


 いつの間にか、また世界が停止している。

 遥と、スクリと、そして騎士は瞬きもせずに動かない。


 これは遥が魔王を討伐した、その瞬間の記憶だ。

 世界か、あるいは賢者のものか。

 大団円となるはずだった、ひと時の平和を描いたエンディングだった。


「龍神、魔王ニーズヘッグ。

 古の大戦を生き延びた神獣でもあったが、闇に呑まれた。

 その大いなる力は、放っておけば確実に世界を飲み込んでいただろう」

「化け物じゃん」

「人間にとっては災厄と言って相違ない。

 だが、そんな魔王を滅したハルカは、世界に裏切られ。

 さぁて、その後どうなった?」


 何を今更問うているのだろう。

 そんな事はとっくにわかってる事じゃないか。


「何が言いたいの?」

「それでも君は、勇者として世界を救うのかい?」

「は? 救うわけないじゃん」

「えっ」

「俺はただ、遥に会いたいだけ。

 会って一緒に生きていきたいだけだ」


 俺の回答に、賢者は絶句する。

 何だ、知らなかったのか。

 ひょっとして俺が勇者の名の下に、魔王ハルカを倒すとでも思っていたのだろうか。


 悪いが、そういう英雄っぽい役柄は俺の次の勇者に託して欲しい。

 俺は知らん。それは俺が負う責任じゃない。

 勇者の肩書は利用させてもらうが、利用させてもらうだけだ。


 そもそも日本のしがない大学生に何を期待してるんだよ。


「…………」

「もういい?」

「いや、まださ!」


 若干ヤケクソ気味な賢者が手を掲げ、また別に夢へ移動する。



---



 翠色のタテガミナビかせた馬が、地に伏していた。

 切断された角が宙を舞い、その真横に落ちる。


 この世のものとは思えないほど美しき神獣、麒麟。

 それを打ち倒した者がいた。


 金色の髪を揺らす、青い瞳をした青年。

 どこかで見た覚えがある。

 ……そうだ、俺はこいつを見た覚えがある。


 シャルマーニの教会だ。

 カリウスに呼ばれ、あそこに行った時に会った。


 いや、会ったという表現は語弊がある。

 俺が見たこいつは、石像だったから。


 初代勇者イーリアス。


「………………」


 彼は涼しげな表情で、黙ったまま、斬り落とした角を拾い上げる。

 そして魔法を使ったかと思うと、角は小さな珠となった。


 地面に寝転びながら、麒麟は口を開く。


「……殺さないのかい?」

「あぁ」

「その角。……大事にしてくれたら嬉しいなぁ。

 わたしの魔力の大半が込められているんだから」

「約束しよう」


 寡黙で、クールな青年だと思った。

 そういえば、以前カリウスがそんな事を言っていたな。

 でも、全然俺に似てないと思う。


 俺はこんなイケメンじゃないし、割と喋るし。

 何で麒麟と戦ったのか知らないが、俺が神獣に勝てるのだろうか?


 掠り傷一つない。

 どれだけ楽勝だったんだ。


『君は勇者の力の源を知っているかい?』


 また時間が止まり、麒麟と目が合う。


「いや、知らない」

「この頃は本当に混沌の時代でねぇ……。

 人間なんて、今の1/4もいなかった。

 魔物の勢力が強すぎたし、魔法等々、色々な体系が整っていなかった」

「それが?」

「だから、イーリアスに誰もが希望を抱いたのさ。

 超常的な力を操る、精霊に愛された青年。

 人々の希望が勇者の力となり、やがて世界を救う」


 ……そうか。

 それが勇者の力の源か。


 ――という事は、イーリアスが教会を作った事にも意味がある。

 目の前で例の石像のように停止しているこいつは、権力とズブズブな屑じゃなかったらしい。

 パッと見の印象でも、そんな感じは見受けられない。


 勇者を宗教上の神とすることで、誰もが勇者を崇める。


 救いを求める。

 信じる。

 希望となる。


 そしてそれが勇者を強くする。

 そして勇者が人々の願いを叶える。

 そしてまた、勇者は強くなる。


 なるほど、合理的なシステムだな。

 ちょっとマッチポンプっぽいのが玉に瑕。


「その力を神力という」

「神力?」

人力ジンリョク転じて神力シンリョク

 他人や魔物から力を借りる、勇者や神獣、絶対的な権力者が扱う力さ。

 呪力の対となる力でもある」


 ただの言葉遊びじゃねぇか。


「だから、勇者はできるだけ他者からの信頼を得た方がいい。

 無論、それを踏み躙るような行動は以ての外だ。

 何を言っているかわかるかな~?」

「……あなたは遠回しな言い方が趣味なのかな」


 というか何で知っているんだ。

 俺の夢に入ってきて記憶でも覗いたのか。

 つくづく趣味が悪い。


「それは置いておいて……。

 俺が異常な強さだって言われるのは?」

「君が召喚された時は、ハルカがシャルマーニを落とした頃か。

 あの頃はぐちゃぐちゃだったからねぇ。

 魔王を倒した勇者、それを貶めた王国。

 シャルマーニ国内はともかくとして、他国はどうかな?」

「……よくわからん」

「わたしだって、人間の気持ちはわからないさ。

 でも、少なくともポルタニアはハルカを信じていたし、シャルマーニを敵視していたよ」


 うーん。

 つまり、あれか。


 シャルマーニは世界最大国家といっても、所詮はひとつの国。

 ユーストフィアという『世界』単位の信仰心の方が上回ったって事かな。

 あるいは国内でも、セレーネや姫のように遥を信じる者がいた。


 しかも、ちょうど魔王を討伐した後で、その信仰心がピークの頃だ。

 俺はその、遥への『勇者信仰』をそのまま引き継いだって事だろうか。


「詳しい事はわからないさ。

 人間の心は移ろいやすく、捉え難い。

 わたしたちとは違う。

 悠久の時を過ごしたわたしにだって、凡そ推し量る事は出来ない」


 そう囁きながら、麒麟は身体を起こし、首を持ち上げる。

 先程の、憔悴しきった様子とは違う。

 今のこいつは、夢の中の、過去の存在ではない。


「それでも君は、世界を背負い、戦い続ける覚悟があるかい?」

「知らないよ、世界なんて。

 だけど俺は遥を救う。

 その過程に世界があるなら、……救ってやってもいいよ」

「『ついで』で救えるほど、世界は甘くない」

「……大丈夫。俺だって、一人じゃないから」


 俺にだって、遥のように仲間がいる。

 ガンラートや、セレーネにカシス。

 幽霊兄妹や、あと一応モブたちも入れてやっていい。


 一人じゃなければ、世界ぐらい救えるだろう。

 魔王を救うよりよっぽど楽だ。


 彼は大きく溜息をついて、しかし若干満足そうに頷く。

 そしてイーリアスの手から宝珠を奪って、俺に手渡した。


 七色の輝きを放つ、転移封じの宝珠。

 その特性から考えると、恐らく結界を生み出すものなのだろう。

 何せ、結界はこいつの得意分野みたいだからな。


「仕方ないなぁ、それでいいよ。

 ハルカを助けてあげて欲しい。

 わたしは、彼女が大好きだったんだ」

「それなら任せてくれ」


 そうして麒麟は――賢者は薄く笑い。

 夢の旅路は終わりを告げる。


 眩い閃光が俺と賢者を包む。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ