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第五話 イーリアス教

 

 アジトに帰ってみると、配下たちが

 大金を手に入れた事に浮かれ、宴会をやっていた。

 嬉しそうで何よりだ。

 仕事を終えた後の一杯は美味い。


 が、俺たちが戻ってきた事を確認すると、一気に空気が死んだ。

 俺じゃない。俺の連れてきた女に注目しているのだ。


「お、お頭。その人はまさか」

「彼女はセレーネだって。

 カルターニャ唯一の生き残りだ、多分。

 よろしくね」


 すると配下どもは一斉に首を垂れ、懺悔を始める。


「何だお前ら」

「お頭! その人は大司教様で!

 シャルマーニの聖女と呼ばれていて!

 勇者の血を引いているんですぜ!」


 ガンラートが興奮したように捲し立てた。

 そういやヒストレイリアとか言っていたな。確か初代勇者の名字だ。


 しかし大司教とか言われてもな。

 俺にはピンと来ない。

 無宗教というか、神が八百万もいる国というか。

 日本出身だからな。


「盗賊のくせにごちゃごちゃうるせーな。

 お前ら信仰心なんてあったの?

 神に顔向けできない事しかやってないでしょ?」

「それは……」


 俯く配下ども。

 面倒だ。

 だが、国に宗教が根付いているという事はよくわかった。

 こんな末端の奴らでさえこれだ。


 さっぱり理解できないが。

 宗教に汚染された世界ってのは、こういうもんなのかもしれないな。

 地球でだってそういう地域はあったし。


「皆様。良いのです。

 どうかお顔を上げて下さい。

 今の私は、ただのセレーネ。

 貴方達の懺悔を聞く事は、

 ただの街娘には難しい事でしょう」


 彼女は膝をつき、そっとランガートの頭に手をやる。

 言っているわりには偉そうな態度だな。


「それに、ユタカ様は、

 聖剣に選ばれし新たな勇者様。

 我らが神であらせられます」


 しかもサラッとバラしやがった。


 聖剣については一言も口にしていない。

 大多数は気付いている様子だったが。

 言う必要のない事は言わない。損しかないからな。


「セレーネ。

 俺は勇者になったつもりはないよ。

 次に言ったら殺すよ?」


 そうして、俺は彼女の首元に聖剣をつきたてる。

 単なる脅しだ。話を聞く前に殺すわけがない。


 だが、セレーネは怯える気配もなく立ち上がり、俺に頭を下げた。

 聖剣が触れて、彼女の白い肌に血が流れる。


「申し訳ございません」

「わかればいいんだ。

 じゃあ、話をしようか。

 みんなは宴会の続きでもしてて」


 彼女の手を引いて、部屋に連れて行く。

 しかしその後、宴会が再開される様子は無かった。



---



「まず聞きたいのは遥……勇者の事だ。

 セレーネ、勇者に会った?」

「はい」


 セレーネが初めて遥に会ったのは、今から二年前だそうだ。

 見た事もない服を着ていたらしい。

 きっと制服だ。学校帰りだったからな。


 というか、そもそも遥を召喚したのはあの街……いや。

 イーリアス教だとか。

 つまりセレーネが会ったのは召喚直後の遥だ。


 例の姫にもらった指輪を見せたら頷いた。

 これは、イーリアス教が遥に預けておいたものだと。


 さて、召喚後はしばらく遥の世話をし、ある程度戦えるようになったところで、彼女の旅立ちを見送った。セレーネにとっては、遥は姉のような存在でもあったという。


 出来の悪い姉としっかりした妹だったんだろうな……。


「ふーん。じゃあ、最後に会ったのは?」

「ユタカ様に助けて頂いた、ほんの数時間前です……」


 やはりか。


 つまり遥の行動を考えると。

 カルターニャで貴族を殺し、教会を破壊。

 そして街に火を放ったってところかな。


 ユーストフィアという異世界に降り立ってから、初めて訪れた街を。


 何があったやら。


「ハルカ様は転移魔法で突然現れ、私を結界で閉じ込めた後、地下に閉じ込め、そして……」


 少し顔が青ざめる。


 詳細はわからないんだろうが、多分、地上の崩壊の音や、虐殺の悲鳴は多少なりとも聞こえていただろう。

 ましてや国境の総本山。

 シャルマーニの惨劇だって、情報が入ってきているだろうし。


 とはいえ。


「お前ら遥に何をした?」


 わざわざ滅ぼしに来る程だ。

 よほどの恨みがあるのだろう。

 勝手に召喚した揚句、用が済んだら始末しようとする奴らだ。


 そもそも、こいつらが召喚しなけりゃ、遥があんな事になったりもしなかったし、俺があんな想いをする事もなかったし、今、ここにもいないはずだ。


「愚かな私達に神罰が下ったのです……」

「ふざけるな。何が神だ。

 あいつはただの女子高生だったんだ。

 お前らが勝手に崇めただけだ。

 いいから話せ。誤魔化したり嘘をついたら殺す」


 楽しい時に笑って、悲しい時に泣いて。

 嬉しい時に喜んで、辛い時にヘコんで。

 そんな自由だった遥を変えてしまったのはこいつらだ。


「……イーリアス教は、代々勇者様を神として祀っています。

 しかし、教皇を中心とした過激派は、

 ハルカ様の態度を神として相応しくないと考えていたのです」


 意味がわからない。


「神が簡単に感情を表に出すはずがない。

 笑顔など見せない。涙など流さない。

 常に毅然とした有様こそが神に相応しい。

 だから、ハルカ様は神ではないと。

 ……確かに、始まりの勇者、イーリアス様はそのような人物だったと、経典では言い伝えられています」


 何をバカな。

 それが遥のいいところだろう。


「で?」

「勿論、反対勢力も多数いました。

 私もその一人です。

 しかし、魔王との戦いが激化する最中、我らを率いていた枢機卿が死亡し、勢力は散り散りになりました」


 その隙をついた教皇一派は、枢機卿派を解体し、取り込み、そして国や各地の大都市へと働きかけ、遥の抹殺を試みたのだとか。


 しかしそれは失敗。半年逃げられた後、

 シャルマーニ王家が滅びたと聞き、右往左往している中で、今回のこれだったと。


 話し終えたセレーネは、膝をつき、深く深く頭を下げた。


 土下座である。


 この世界にもあるのだろうか。

 もしかしたら遥が教えたのかもしれない。

 あいつは平気で土下座する奴だったからな。


「大変申し訳ございません。

 全ては我らの浅はかな行いが招いた事。

 私の首が欲しいと言われるのであれば、

 喜んで差し出します」


 そう言って、彼女は土下座したまま長い髪を纏め、首を露わにする。


 確かに俺はこいつを殺したいとも思う。

 メリット、デメリットという観点でいけば、殺しても何の問題も無さそうな気もする。


 俺たちがこんな目にあっているのも、だいたいはこいつらの狂った思考回路のせいだし。


 でも。


「遥が君を殺さなかったんなら、俺も殺さないよ」

「……ご慈悲に深く感謝致します」


 だけど、殺すはずがない。

 遥が生かした命だ。

 あれだけの大虐殺を起こしても、守った命だ。


 だから絶対に殺さない。


 ホッとしたように彼女は顔を上げた。

 誰も土下座をやめても良いとは言ってないけどな。


 まぁいいや。


「さて。まだ色々と聞きたい事もあるけど、

 さすがに眠いからね。またにしよう。

 盗賊に世話させるから、そいつの言う事を聞いて」

「はい。わかりました」


 俺は部屋を出て、神妙に話をしていた女盗賊の一人に命じ、セレーネを連れて行かせた。別に丁重にもてなす必要はないけど、お前らと同じ程度の扱いはしてやれと言い付ける。


 まだ聞きたい事もあるし。


 窓から眩しい光が俺たちを照らしている。

 朝日を浴びながら、俺は泥に沈むように眠った。

 疲れたな。


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