第十話 神獣信仰
案の定セレーネが機能停止してたせいで、翌日は完全休暇だった。
ちなみに俺も少々体調が悪い。
別にザルってわけじゃないからな、カシスやガンラートみたいにはいかない。
というわけで、予定通り休暇にしたのである。
エンは観光、カシスも観光、ガンラートは買い物。
俺は特にやりたい事も思いつかなかったので、街をふらふらと。
一応、念のため教会かギルドに顔出ししようかとも思ったが、そんなのはセレーネとカシスに任せりゃいいし、何のために関所で賄賂を掴ませたかわかったもんじゃないと思い、やめた。
せっかくなので、昨日ガンラートが言っていた事の真偽を確かめる事に。
また図書館である。
そういや、図書館なんてものが設置されているという事は、ユーストフィアの識字率はかなりのものなんだろうな。さすがに現代日本程とまではいかないだろうが、俺の知る中世なんて全然ダメダメだったと思うが。
うーん……召喚勇者が何かしたか、それとも教会か、ギルドか。
地球から来た勇者ならそこそこ思いつく手段もあるだろうし、教会ならその広いネットワークと資金力で何とでもなりそうな気はする。魔術ギルドも同様。
わからんね。
結果的に識字率が高く、こうして情報媒体が管理されているなら、俺にとってはそれでいいってもんだ。
はてさて、未だ再建中の図書館だったが、利用する分には問題ないらしい。
で、調べてみたんだが……内容は酷いものだった。
何が酷いって、これは王族への壮絶なバッシング記事だ。
国民を捨てたポルタ王。
身内も生贄に捧げたが、王位継承権も低順位の王子一人と、王女一人の計二人だけ。
魔物や魔王への恐怖と、王への不信が高まって、どうやらポルタニアは内紛状態だったようだ。
目と鼻の先に魔王がいるのに、よくそんな事をやっていられるな。
だったらお前が打開策を打ち出せよと言いたくなってしまうのは、多分俺がガキで、庶民だからなのだろう。
もしも俺が王の立場だったら? 言うまでもない。
正々堂々、勇者として魔王を倒す。
勇者特権が無かったら? どうするだろうな。
シャルマーニに泣き付いただろうか。
ダメだ。王側の事情もわからんし、考えるだけ無駄だな。
多分、シャルマーニに援軍要請できない事情があったんだろう。
もっと単純に、あの山脈を軍が超えるのは難しいだろうからな。
転移による連携もそれほど取れているわけじゃないし。
俺は本をパタンと閉じて、考えるのをやめる。
寝不足な上、若干酒が残っている身体にはきついものがあった。
強烈な睡魔が俺の意識を奪っていく……。
………………。
……………。
…………。
それは、馬だった。
馬に見えた、だけかもしれない。
四足歩行の銀色の身体に、薄翠色の鬣と、瞳。
いや、もしかしたら竜かもしれなかった。
美しい身体中が、鱗で覆われているように見えたから。
一本の長い角が生えていたようだが、途中で折れていた。
誰がやったのだろう。
こんなにも神々しい獣を、どうして傷付けてしまったのだろう。
彼/彼女は、どこまでも駆けて行きそうだった。
天まで昇ると言われても信じられた。
誰の手も届かない世界を知っている気がした。
彼/彼女ならきっと、俺を救ってくれる気がする。
ゆっくりと近づいてくる。
そのまま俺を乗せて、ここではない何処かへと連れて行ってくれないだろうか。
疲れたんだ、もう。
どうしてこんなに頑張らなければならないんだろう。
どうして戦い続ける日々を送らなければならないんだろう。
そんな器じゃないのに。
疲れたんだ。
疲れたんだよ……。
…………。
……………。
………………。
バンッ、と誰かが俺の頭を叩いた衝撃で、目が覚めた。
「本を枕にして眠るのはおやめ下さい」
司書だった。
彼女は神経質そうな顔つきでそう吐き捨てた後、また誰かを起こしに行った。
そいつは恨みがましい目で司書を睨みつけるが、しかし何も言わない。
多分、俺も似たような反応をしたんだろう。
叩き起こされたそいつと目があって、数秒見つめあった後、そっと逸らす。
向こうも察したのだろう、実に気まずい。
枕にしていた本。
ポルタニアの神獣についてだった。
以前少し調べた時は、確か琥珀鯨とかいうのがいたな。
そして、ガンラートは神獣信仰があると言っていた。
それを思い出して調べようと引っ張ってきた本だ。
読む前に寝てしまったが。
パラパラと読み進める。
神獣の名は『麒麟』。
銀色の身体に薄翠色の瞳と鬣を持つ、馬だ。
ついでに角が生えている。
そんなイラストが掲載されていた。
うん。さっき夢で会ったな。
既に記憶がおぼろげだが、確かこんな見た目だった気がする。
都合良すぎるだろ、と思いページを捲ってみると、どうやら夢枕に立つ習性があるらしい。
しかもそんなオカルトチックな話じゃなくて、ポルタニアの国民なら誰もが一度は夢で会った事があるとか。随分フレンドリーな神獣だな。レヴィアタンとは大違いだ。
夢に現れた場合、大抵は何かしらのお告げをしていくらしい。
良い事も、悪い事も、その時々、人によるようだ。
俺は何も言われてないんだが……なんか損をした気分。
で、この麒麟とかいう奴が、夢で勇者ハルカの到来を告げた。
だから耐えろ、と国民に伝えて回ったらしい。
必ず報われる日が来るから、と。
なるほどね。
何だかんだ『国』が生き残ったのは、こういう背景もあったのかもしれない。
寝落ちする前に読んだ本では、暴動とかもあったらしいからな。
それでも何とかやっていけたのは、神獣のお告げに縋った一定数の人々がいたから、か。
あるいは王がシャルマーニに頼らなかったのも、この辺が関係しているのかも。
何となく、ポルタニアという国がわかってきたぞ。
……それでどうすると言われたら確かにそうなんだが。
ふと窓の向こうを見ると、随分と日が高くなっていた。
そういえば腹が減った。そろそろ昼だろう。
抜き出してきた数冊の本を再び本棚に戻してから、俺は図書館を後にした。
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「ご迷惑をお掛けしました……」
夕食前に旅館に戻ったら、セレーネがまた土下座してきた。
どうやら復活したらしい。
こいつはどこかに旅をすると必ず黒歴史を作るな。
カシスがこんこんと説教を始めたので、俺たちはしばらく休憩。
いつの間にこの二人にはこんな関係が出来上がっていたのだろう。
最初はセレーネが宥める立場だったのに。
三分ぐらいして言いたい事を言い終えたのか、大きく息を吐いて、彼女は俺たちに振り向いた。
「で、明日はどうするのよ」
「明日から賢者のところに出発するよ。
ポルタには特段用事もないし。
ガンラート、いけるよね?」
「任せて下さい」
なんて、俺の方を見ないで答える。
本日の買い物袋を漁っているようだ。
どうせメイへのお土産だろうと思ったのだが……なんか細長い。
絶対にお土産なんかではないだろう。
あれがメイへのプレゼントだったら、ちょっと美的感覚を疑う。
はてさて、それは。
「へへ、どうっすか、お頭!
これが俺の愛刀、『露姫』です」
「おぉ、マジか。日本刀?」
実物は見たことないが、多分そうだ。
間違いなく日本刀である。
美しい……まさに浪漫の塊だな。
いったいどうやって異世界で日本刀を作ったのだろう……鋳造方法を知っている知識チート野郎が召喚された事があったのだろうか。
「お頭の故郷ではそう言うらしいっすね。
いやぁ、方々回って、なんとか買い戻せましたわ」
「え、量産品じゃないの?」
「違います。昔、俺が大金を積んで作ってもらった一品モノっすよ。
色々あって手放したんですが」
「……よく取り戻せたね」
「そこはほら、まぁ色々と知ってますからね」
多分闇市とか闇商人とか、そんなだろうか。
裏の世界の事は知らん……きっと知らなくていい知識だ。
細かい事を聞くのはやめておこう。
とにかく、これで戦力がさらに強化されたわけだ。
ただでさえ強いガンラートがさらに強くなる。
もう俺いらないんじゃないか。
やはり盗賊団は解散してしまおう。
「で、賢者のところには何日ぐらいかかるの?」
「数日っすよ。
ポルタはポルタニアでも北の方ですからねぇ。
あーでも、近付いたら多分転移出来ないんで、あしからず」
「そうなんだ。……例の宝珠の関係かな?」
「多分そうでしょうね」
それならそれで仕方ない。
意図的にやってるのか自動で発動してしまうのか知らんが。
とにかく、お目当てのものがあるのは間違いなさそうだな。
じゃあ、今のうちに通信で向こうの状況を確認しておくか。
「カシス」
「聞いてるけど、特に何も無さそうね。
家庭菜園が充実してきたって報告ぐらいだわ」
「……あっそ」
その報告は通信魔法で伝えなきゃならないほど重要なのだろうか。
ミドルドーナから派遣された魔術師はあんまり有能じゃないっぽいなぁ。アジトに帰った際にチラッと話したぐらいだったけど、地味な印象しか残ってない。何だったら顔も怪しい。
カシスも、色々と先読みして行動してくれるのは助かるが、わざわざそれを俺に伝える必要があったのだろうか。こいつの場合は嫌がらせでやっている可能性も否定できないから、何とも言えない。
「まぁ、問題無いなら、明日の早朝に出発だ」
そうして、俺たちは本日も日本食にありつく。
すき焼きを食ってたら、また涙が出てきた。
なぜだ。




