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第九話 団欒はひとときの大惨事


「いやぁ、美味しいね。単純な生魚な気がするのに」

「このソース? も独特ね。

 シャルマーニでも売ってくれたらいいのに」

「それはサシミでそれはショウユって言うんだよ。

 ポルタニアの伝統料理だ。

 どうっすか? お頭。故郷の味っすか?」

「……そうだね」

「兄ちゃんは毎日こんな美味そうなもの食ってたのか!

 いいなー俺も生きてればなー」


 別に毎日食ってたわけじゃないけどな……。

 どちらかと言えば洋食の方が多かった覚えがある。

 母親の好みの問題だろう。


 さて、眼前に盛り付けられたのは。


 刺身。

 天ぷら。

 白米。

 お吸い物。

 そして漬物。


 完璧だな。

 むしろ、俺の二十年の人生の中で、こんな美味い日本食を食った覚えはない。

 見た目は若干グロテスクだが、味は非の打ちどころがない。


 どうして異世界に来る地球人は料理に明るいのだろうか。

 俺はチャーハンとかカレーとかそんなんしか作れないぞ。

 揚げ物? 刺身? 出来るわけないだろ。


 温泉から上がった俺たちは、部屋で夕食である。

 なぜかカシスとセレーネも俺たちの部屋にやってきて、ついでに観光から戻ったエンも料理を見て感想を述べていた。


 そして出てきた日本伝統の料理。

 ユーストフィアに召喚されてそこまで長期間を経ているわけではないが、なぜだろう、懐かしくて涙が出るな。


 ここまでの俺の異世界生活に対する報酬がこれなら、悪くない。

 そう思えるぐらいには、美味い飯だと思った。


「え? ちょっと……なんで泣いてるのよ」

「あれじゃない? ホームシック?

 まさかユタカ様にそんな感情があったなんてね」

「ちぇー俺も食えたらなぁ」

「メイに持って帰ってやれよ」


 気付けば本当に涙が出ていたらしい。

 周囲の生温かい視線を無視して、俺は目の前の料理にがっつく。


 並々に注がれた日本酒を、刺身と天ぷらをつまみに。


 どう考えても、無気力大学生活より遥かに素晴らしい食生活だと思えた。

 あの頃はお子様ランチに入ってそうな食い物のローテーションだったからな。

 それ以外は全部外食だった。


 ……ジャンクフードも懐かしいな。

 そうだ。もしも日本に帰れなかったら、そんな現代知識を披露してやろう。

 あれは売れるし、生活に困る事はないだろうからな。


「で、感想は?」

「俺、ポルタニアに住むわ」

「だってさ。カシス、アジト丸々転送とかできないの?」

「無理に決まってるじゃない」

「せっかく農業始めたのに……」


 そうか……残念だ。

 まぁ、問題ない。

 最悪、ここの料理人を拉致っていけばいいからな。


 シャルマーニだって海に面した土地だ。

 魚介類に困る事はないだろう。


「また兄ちゃんがっ」

「お頭はすぐ思考が犯罪に向きますね」


 そうかもしれない。

 というか、俺はそんなに顔に出易いのだろうか。

 余計な事を考えていると、すぐに誰かがつっこみを入れてくるんだが。


 わりとポーカーフェイスな自負があったんだけど……。


 なんて、首都ポルタでの初めてのお食事は和やかに進んだ。

 ガンガン運ばれてくる一升瓶に、誰かの陰謀を感じずにいられない。

 いや、間違いなくガンラートだろうが。


 そうして、数時間が経過した。


 ……………………。

 ………………。

 …………。


 そう、飲み続けるまま数時間が経過してしまったのだ。


「ねぇ、似合う? 似合うって言って?

 ねぇユタカさまぁ」

「あぁ、うん。似合うよ。とても似合うよ」


 案の定セレーネが死亡した。

 彼女は着込んだ浴衣を見せびらかせてくるが、残念ながらコスプレした外人にしか見えない。


 あれだな。

 浴衣ってのは日本人が着るから素晴らしいのであって、西洋人が着るものじゃないな。

 つくづく思う。


「なによ……セレーネばっかり。

 ほら見なさい! あたしはどうなのよ!」

「似合うよ。とても似合うよ。

 ……おかしいな。

 カシス、君はシラフだよね?」

「もちろん」

「だったら尚の事おかしいんだけど」


 なんだろう。

 女としてのプライドだろうか。

 カシスはプライド高いからな。


 あたりは酷い惨状になっていた。

 一升瓶がごろごろと転がっていた。

 だいたいカシスとガンラートのせいだ。


 こんな状況でも、多分まだ0時を回っていない頃だろう。

 もちろんセレーネはあっという間に酔っ払った。

 カシスや俺に縋り付いて甘えるその姿は、とても信者に見せられたもんじゃない。


 酷い有様だ。


 はだけた浴衣のせいで、もう見えてはいけない色んなところが見えてしまっているのだが、残念ながらそれを指摘するような紳士的な奴はこの場にはいない。

 いっそ堂々とそのサービスショットを眺める男しかいなかった。


 どう考えてもエンの情操教育にはよろしくない。

 まだ中学生程度の思春期真っ盛りだというのに。

 そもそも品もへったくれもない盗賊団で囲っていたんだから仕方ないか。


 ……そう言えば、凄くどうでもいい話を思い出した。


 中学生の頃だったか、インターネットの発達にはエロが大きく貢献しているとふざけた事をぬかす教師がいた。男子生徒からの熱くて厚い支持を受けていた彼だったが、女子生徒からはゴミを見るような眼で見られていたな。


 でも、それも一理あると思う。

 三大欲求に含まれているエロは、人間の本能の根幹を刺激する。

 そのため特に合理的な理由などないままに、バカな男たちは――いや男というバカな生物は、その拡散と発展に全霊を投資するのである。


 ……何考えてんだろう、俺は。

 やめよ。


「もうお開きにするから、カシスはそこのがっかり聖女を連れていって」

「明日は?」

「その様子じゃ明日も無理でしょ……長旅だったし休日でいいよ。

 自由行動。はい、解散」

「いやぁー! まだ話があるのに! ユタカ様ー!」

「早く寝ろ」


 断末魔を無視してカシスが指をパチンと鳴らし、二人の姿が消えた。

 すぐそこの部屋にも転移魔法使うとか、横着が過ぎないだろうか。


「じゃあお頭。飲み直しましょうぜ」

「え? まだやんの?」

「いいじゃないっすか、どうせ明日は休みでしょう」

「……まぁいいけど」

「ねぇ兄ちゃん、ゴーストも飯が食えるような勇者魔法って無いかな」

「無いから」


 俺の勇者特権はあくまで聖剣による過剰な身体強化・魔力強化と、指輪による不死の肉体でしかない。これだけで十分やっていけるが、どうせなら死者蘇生とか使えたらいいのにな、と思わなくもないな。


 結局、俺が使える魔法は風魔法しかない。

 しかも呪力を使いこなせないせいで、たいした火力じゃない。

 ほぼ魔法剣のためのスキルであって、あとは威嚇とかその程度にしか使えない。


 カシスほど、とは言わないが、支援魔法が使えればな。

 その点、きっと遥は優秀だったのだろう。

 あいつは水魔法の他にも転移とか使えるし、今は魔王堕ちの影響か呪力まで扱える。


 腐っても勇者か。


「で? お頭はあの二人のどっちが好みなんで?」

「そういう話題ならノーサンキュー」

「兄ちゃんはハルカ姉ちゃん一筋でしょ」

「いいか、エン。男にとって、それとこれとは別なんだぜ。

 お前にもいつかわかる」


 やっぱりガンラートに保父はダメな気がしてきた。

 メイを預けて大丈夫だろうか。


「そういやエン、今日は帰らなくてもいいの?」

「……あんまり構い過ぎたらダメだって。

 フラン姉ちゃんに怒られた」

「あぁ、うん……もうすぐ思春期突入だからね。

 シスコンもほどほどにしないとウザがられるかも。

 っていうか誰だそれ」

「お頭ぁ……マジで名前覚えてないんすか?

 もう八カ月ぐらいの付き合いっすよね?」


 どうやらモブの一人だったらしい。

 言われてみたら、そう呼ばれていた女盗賊がいた気がする。

 やっべ。


 正直、人の名前と顔を覚えるの苦手なんだよな。

 もしかしたらモブも当初から何人か入れ替わっているのかもしれない。

 そうだったとして、全く気付かない自信がある。


「ごめんね」

「俺に謝られたって困りますわ。否定して下さいよ」

「ちなみに兄ちゃんは、盗賊の人たちの中だったら誰を覚えてるの?」

「……ガンラートかな」

「俺以外では?」

「………………」


 なんとなく顔は浮かんでくる。さすがに。


 だが、あの世紀末みたいな髪形した奴は誰だっけ?

 禿げのあいつの名前は何だっけ?

 やたら巨乳なあの女盗賊は?


 エトセトラ、エトセトラ。


 うむ。

 どうやら本当に覚えていないようだった。


「頼んます。本当に」


 ガンラートは呆気に取られながらそう言ってきた。

 さすがにちょっと申し訳ないと思わなくもない。


 いや、でもさ。

 ポルタニアから戻ったら国に譲渡するつもりの奴らだし、もう今更な。

 最後に少し頑張ってみるが、期待はしないでほしい。


 返事をしないまま、俺たちは晩酌を進めた。


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