第八話 内緒話は裸の付き合いで
大正時代とか、明治時代とか、それ以前の江戸とか戦国とか。
無論、そんな時代は教科書でしか見た事がない。
言ってしまえば歴史の中の1ページで、何だったら昭和も歴史だ。
そんな事を言ったら、目上の人たちは怒るのかもしれないが。
だから俺は、古き良き日本建築というか江戸的な建築から、西洋風の建築へ移り変わっていった様を見てきたわけじゃない。
だが、あえて言おう。
シャルマーニ王国ポルタニア領。
ここは、まるで大正時代の日本のようだった。
ガンラートに促されて馬車の窓から眺めた首都ポルタには、教科書や漫画、アニメでしか見た事がないような江戸風(または京都風)の建物と、シャルマーニで一般的な西洋風な建物が混在していた。
道行く人も同様。
袴や着物みたいな服を着ている人から、中世ヨーロッパチックな服装の人。
それらを織り交ぜたカオスな服装をしている人。
黒髪黒目の日本人のような人や、西洋人のような人たち。
ここは異世界だった。
シャルマーニも俺にとっては異世界だが。
異世界の中の、異世界だった。
「なんだこれ。なんだこれ……」
「へぇ、シャルマーニとは随分文化が違うのね」
「メイにお土産買おう」
「長旅してきた甲斐があったね!」
各々がテキトーな感想を述べる。
そんな外国に来た程度の間隔でしゃべられても困る……いや、こいつらにとってはまさに外国に来たようなもんなのか。元々は別の国だしな。
俺の衝撃度合いも動揺っぷりも、そんなレベルじゃないんだが。
「……ガンラート。ひとつ聞いていい?」
「なんですか」
「君の得意武器って、刀?」
「そうすよ。
街に着く前にわかるなんて、さすがお頭っすね。
説明の手間が省けました」
御車台から機嫌の好さそうな声が聞こえる。
わからないはずがない。
そして、どうしてこんな状況になっているのかさっぱりわからない。
シャルマーニとポルタニアは、山脈を隔てているとはいえ地続きだ。
俺たちが馬車で来る事ができたように、最低限の交流だって可能なはず。
なのにどうして、ここまで文化が違う?
……元々は西洋風だったが、過去の召喚勇者が日本様式をもたらした、とか?
過去に勇者が何人いたかわからんが、多分スペイン人やイタリア人がいるだろうし、俺という日本人もいる。
ならば、歴史の時代に日本から召喚された奴がいたっておかしくはない。
そいつの影響だろうか。
この世界における、勇者の影響力は大したものだからな。
多分、俺がその気になれば小国ぐらい手に入るだろう。
魔王討伐の恩賞として、かつての勇者がポルタニアを手に入れて、日本的な文化を伝えた。
概ねそんなところだろうか。
それに、滅びたと聞いた割には随分小奇麗な都市だ。
首都だから復興が早かったからか、どうなのか。
ふーむ。過ごすうちにわかってくるだろうか。
「で、お頭。ポルタについたら俺は顔を隠します。
死んだ事になってるはずなんで」
「……いいけど、顔バレしてる程、有名だったの?」
「ある意味では、そうっすね」
興味深い話だ。
追々聞かせてもらおう。
まるでタイムスリップしたかのような凄まじい違和感を覚えながら、俺たちはポルタニアの首都ポルタへと降り立った。
関所の兵士に金を渡して、俺たちというか『勇者』の存在を黙らせる。
喋ったら転移で見知らぬ土地へ飛ばすと脅しておいたので、多分しばらくは大丈夫だ。
いきなりお偉いさんが訪問してくる事はないだろう。
で、まずは情報収集である。
賢者のアジトはどこにあるのか。
ポルタニアという街の歴史に多少興味はあるが、優先順位は低い。
まずは賢者とかいうフリーダム野郎に会わなくてはならない。
そのためには人海戦術が最も効果的で、今までだってそうしてきた。
例えばカシスを捕獲した時とか。
あの時みたいな感じでモブどもを連れてきて、動員しようと話し出したのだが。
「その必要はないっす。
俺は賢者の居所を知ってるんで」
「ガンラートさんってポルタニア出身なんだっけ」
「そんな秘匿情報を知ってるって事は、それなりの家の出ってことかしら?」
「黙秘するわ」
情報収集の必要性は特になさそうだった。
「じゃあ……今日はもう遅いし、宿を取ってゆっくり休もうか」
色々と明日から考えよう。
夜はアジトに帰っていたとはいえ、昼間はずっと移動。
山道まで通ってきたんだ。
正直みんなヘトヘトである。
余裕ありそうなのはエンだけだ。
「兄ちゃん、おれは街を探索してきてもいい?」
「いいけど、魔法に気をつけろよ」
「わかってるよ」
エンは、宿の場所をガンラートから聞いた後、どこかへと消えて行った。
多分、メイへの土産話を作りに行ったのだろう。
いや、あいつだって子供だ。単純に観光したいだけかもしれない。
なんかソワソワしてたからな。
「じゃ、俺のお勧めの宿があるんで。
案内しますわ」
「うん、任せるよ」
知らない土地の事は、土地勘がある奴に任せる。
旅の鉄則である。
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カポーンと。
鹿威しの音が聞こえてきそうだった。
いや。
実際に聞こえてきていた。
間違いない。
「いい湯っすねぇ……」
ガンラートが湯に浮かぶ日本酒をお猪口に注ぐ。
なんて素晴らしい光景だろうか。
いつか一度はやってみたいと俺が思っていた事だ。
ちなみに眼帯はしたままだ。
見た事ないが、眼帯の奥はどうなっているんだろう。
……いや、グロ画像だよな。見なくていいや。
「お頭もどうっすか、一杯」
「あぁ、もらうけど。もらうけどさ」
「なんすか?」
「……いや、もういいわ」
つっこむのも面倒くさい。
温泉である。
ガンラートに導かれて俺たちが辿り着いた宿は、旅館だった。
木製の扉を開けたら、着物を着た受付嬢が俺たちを受け入れてくれた。
そして畳の部屋に案内された俺たちは、用意されていた浴衣を持って温泉へと参った次第である。上がった頃には夕食が出来ているらしい。
どこからつっこむべきか迷うところなので、あえてつっこまない事にした。
最近忘れがちだったがここは異世界だからな、そういう事もあるだろう。
「お頭の生まれ故郷、ニホンでしたっけ。
こんな感じなんでしょう?」
「なんで……あぁ、遥に聞いたの?」
「そうっすよ。
ハルカとはポルタニアで会ったんで、その時に聞いたんすよ」
なるほど。
あいつなら、それはもう大騒ぎした事だろう。
畳だ! 障子だ! 浴衣だ! 温泉だ!
そう騒ぎ立てるあいつの姿が目に浮かぶ。
魔王を倒すためにここまでやってきて、まさかこんなサプライズ。
俺があいつの立場でも声を大にして主張する事だろう。
「……ちょっと前まで、ここは酷い有様だったんすよ」
お猪口を一気飲みしてから、ガンラートは前振りもなく語り出す。
突然の魔王襲来により、あっという間に滅んだポルタニア。
はてさて、しかし魔王は、首都ポルタを占領しようなどとは思わなかった。
それどころか、虐殺らしい虐殺もそれほどなかった。
王族さえもほとんどが生き残っていたという。
なぜか。
それは、人間たちを、奴が従えている魔物のエサとするためである。
さながら家畜のようだ。
最北端に陣取った魔王は、定期的に魔物の群れを各地に送り、人間を食い荒らした。
無論、ポルタ国王はこれに反抗。
撃退するための軍を投入し、徹底抗戦に出るも。
元々小国だったポルタ。
勝てるはずもなく、あっさりと白旗を上げる。
魔王と交渉し、一定数の人間……ようするに生贄を捧げる事で、ポルタニアという『国家』を生き永らえさせる方針を取った。
そして、じっと待ち続けたらしい。
国民の罵倒にさらされ、何度も死にかけながらも。
勇者の到来を、じっと待ち続けたらしい。
「でも、結局『国家』は無くなってしまったわけだ。
現に、今はシャルマーニの支配下に置かれているわけだし」
「……そうとは限らないかもしれません」
「どうして?」
「確かにポルタニア王国はもうありません。
ですが、ポルタニアで暮らす民は、まだいます。生きてます。
ハルカのおかげで助かった人たちが、まだ。
民がいるなら、それは『国家』が存続したって事でいい……のかもしれません」
ガンラートは、若干呂律が回っていない口調で、そう言った。
しかし、真摯な瞳をしていた。
普段のちゃらんぽらんで飄々とした雰囲気はどこへ忘れてきたのか。
「ガンラート、君は」
「――つまんねぇ話をしましたね。
もう一杯どうです?
それとも女湯に突撃しますか?」
「酒の方で」
突撃なんてしかけたら酷い目に会う事は間違いない。
カシスに燃やし尽くされるか、セレーネに5時間ぐらい説教されるか。
どちらも御免である。
嗚呼、どうして男は、温泉に行ったら覗きを検討してしまうのだろう。
本能だから仕方ないな。
……ガンラートが語った事は多分真実で、じゃあ何を言いたかったのか。
世界への憂いか? 遥への感謝か? 魔王への恨みか?
または、全てか?
わからないが、これ以上語りたくないという意思を示されてしまったからな。
その意は汲んでやろう。
所詮は、俺の預かり知らぬ出来事だしな。




