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第三話 畑仕事


「……んー……」

「兄ちゃんがまたなんか考え込んでる……」


 家庭菜園に勤しむモブどもを眺めていると、エンがフヨフヨと漂いながらやってきた。

 農業の理屈とか全く知らないが、真夏に植えて何か出来るものなのだろうか。

 あれって確か春先から準備するんじゃ?


 まぁここは異世界だから、日本の常識にあてはめて考えちゃダメだろうけど。


 安全に成長を促進させる薬物とか魔法とかあったもおかしくないし、そもそも日本と同じような食物だとしても、日本と同じ環境で成長するかどうかわかったもんじゃない。


 ただモブどもがバカなだけって可能性もあるが。


「どうしたの?」

「ポルタニアに行くんだけど、誰を連れて行こうかなって」


 ポルタニアとは。


 以前も少し話したが、先代魔王により一夜で落とされた国である。

 そして、勇者ハルカ一行と先代魔王の最終決戦が行われた地でもあった。


 この世界に召喚された遥は、カルターニャを出発し、シャルマーニやミドルドーナなどの主要な都市を経由しつつ、ひたすら西へ、西へ。

 魔王が襲来したポルタニア領域へと向かい、そして打ち破った。


 その過程で、水魔術師であったスクリや、賢者、騎士を仲間にしたとの事。

 で、件の賢者は、元々ポルタニアの最北端に住んでいたと言われているらしい。

 真偽のほどは定かではない。


 ポルタニアで魔王を倒した遥、その仲間にいた賢者、と考えると、あながちデマってわけでもなさそうだが。


 問題は移動距離と時間だ。


「ポルタニアまでミドルドーナから三週間……。

 最北端だともっとかかるし、結構長い旅になるんだよね。

 そこそこ人数が欲しいけど、厳選しないとなぁって」

「なんで?

 カシス姉ちゃんの転移があるんだから、夜はここに戻ってくればいいんじゃない?」


 ………………。

 そうだわ。

 うん。仰るとおりです。


 どうして今まで気づかなかったんだろう。


 やはり転移魔法はチートと呼ぶにふさわしい。

 聖剣返すから転移くれ。


 ちなみに、何度か練習したが転移魔法は全く出来る気がしない。

 そもそも火を放つとか水を出すとかなら、日本にもライターやら水道やらあるからでざっくりイメージ出来るけど、瞬間移動なんて概念がわからないんだよなぁ。


 消えている瞬間はどこにいるの? とか。

 消えたら意識が飛んでいるのにどうして出現できるの? とか。

 無駄に考えてしまう。


 カシス=リックローブ先生が「位置情報を脳内で指定して、次元と次元を繋ぐ魔力の通り道を……」云々言い始めた辺りで俺は理解を放棄した。


 別に俺ができなくたって問題はないからな。

 遥はできるのにって?

 あいつは直感型だから何の参考にもならない。


 人には得手不得手があるのだ。うん。


「じゃあ、面倒も少ないし少人数でいいや。

 カシスとガンラートは決定、セレーネと……」

「おれも行くよ。

 兄ちゃんがまた無茶したら心配だから」


 こんな子供に心配されるなんてそんなバカな。


「いや、そうしたら盗賊どもを見張る人がいなくなるんだけど」

「大丈夫だよ」

「でも」

「大丈夫だから」


 そう言って、エンは土壌の整備を手伝うメイを眺める。

 モブどもに支えられながら、楽しくやっているようだ。

 手足や鼻先を土で汚しながらも、えへへと満面の笑顔を浮かべるメイはまさに天使だった。


「兄ちゃんはさ、ハルカ姉ちゃんの事で頭がいっぱいみたいだけど。

 ここの生活は兄ちゃんが作ってくれたんだ。

 いつか、もっとおれたちに目を向けてくれたら嬉しいな」


 なんという、なんという。

 およそ子供が言うような台詞ではないし、諭される俺はどうなんだろう。

 生きていればさぞ聡明な子に育っただろうに。


 確かに周りは全く見てこなかった。

 それでも多分に影響されているわけで、もしもこいつらに目を向けるようになったら。


 俺はどれだけ弱くなってしまうんだ?


「……あいつらを手伝うかな」

「おれもそうする」


 エンの願いは、聞かなかったフリをして。

 俺は家庭菜園の手伝いをする事にした。


 そして、二時間後。


 太陽も頂点に到達し、暑さにやられてバテ始めた奴らが多数。

 ガンラートなんて座りながら酒を飲み出している。

 働けよ。


「……何してるの?」

「見てわかるでしょ。土壌の整備」


 そんな中でも汗水たらして働いていると、セレーネとカシスがやってきた。

 二人とも何とも言えない微妙な表情をしている。


「なんていうか」

「似合わないわね。これ以上なく。

 ちょっと悲しくなってくるわ」


 でしょうね。


 確かに俺は体育会系ではなかったし、肉体労働は嫌いだった。

 特別苦手ってわけでもないが、遥という脳筋が隣にいたせいで、スポーツをやると何かと比較されるのが嫌だったのだ。


 どちらかと言われるまでもなく文化系の人間だったと言えよう。

 大学も文系だったし。

 だから似合うはずもない。


 けど、はっきりそう言い切るのは酷いのではないだろうか。


「もっとオブラートに包んでよ」

「あんたにだけは言われたくないわ!

 胸に手を当てて良く考えてから言いなさい!」

「同感……ユタカ様の口の悪さには敵わないよ」

「またまた御冗談を」

「兄ちゃん、まさか自覚が無いなんてないよね?」


 エンまで俺をジト目で見てきやがる。

 そりゃあ自覚しているが。

 こんなに周りが敵だらけって状況も珍しいな。


 大抵はセレーネやエンがフォローに回るから、俺への批判は最小限に済むし、そもそも俺が守勢に回るなんて事がまず滅多にないからな。

 おかげでセレーネやカシスが涙目になる事が多々。


 仕方ない。

 こういう時は。


「メイ! 助けてくれ!」

「えっと……ユタカお兄ちゃんは言う事は怖いけど、優しいよ?」


 ………………。


「ユタカ様が優しいのは、私たちもわかってるよ。

 でもねー……」

「あたしはそれもどうかと思うけどね」

「何ですかい、お頭イジメですか?」


 ガンラートまで参入してきた。

 お前は畑を耕してろよ。

 これ以上話をややこしくするなよ。


 くっ……多勢に無勢か。

 ならば。


「ちょっと辺りの森をパトロールして魔物を狩ってくるよ。

 最近増えてきてるからね」

「へぇ、逃げるんですか?」

「誰か逃げるか。これは戦略的撤退だ」

「つまり逃げるんじゃない……」


 何とでも言うがいい。

 俺は奴らのブーイングを無視して、脱兎の如く駆け出した。


 逃げるんじゃねぇからなっ!



---



 アジトは森に囲まれている。

 実は森の中にも道を作ってあって、俺たちが出かける際にはそこを使うのだ。

 色々とカモフラージュしてあるのでそうそう人が入ってくる事もない。


 万が一遭難者が紛れ込んできた場合は、申し訳ないが気絶させて街道に放置している。

 念のため魔物に殺されない程度の対策はとっているが、それ以上は知らん。


 それはそれとして。


「――よっ! はっ!」


 俺は現れる魔物をバッタバッタと切り捨てながら、辺りを見回す。


 魔王やら魔族やらの影響なのか、最近は魔物が増えている。

 生態系とか全く知らんが、確かに少々強くなっている気はしていた。


 もっとも俺の敵ではない。


 モブの敵ですらない。

 あいつらも随分戦闘慣れてしてきているからな。

 いずれ正式に傭兵になった頃には、それなりに役立つだろう。


 多分、どこぞの騎士団のような成熟した連携は取れない。

 戦争をしたら勝ち目はないだろう。

 だが、周囲の何かを利用するとか、限定されない状況なら上回る可能性はある。


 加えて、隠密性や逃走能力なら間違いなく勝てると断言できる。

 随分成長したもんだな。

 俺やエンに触発されたのか、あいつらも訓練していたからな。

 経験もそこそこあるし。


 ポルタニアに行って、色々と片付けたら、あいつらともお別れか。

 寂しいのか、清々するのか、何と言ったらいいものかな。


 と、色々と考えながらGYAKUSATSUに興じていたら。


「……?」


 木の根元に腰掛ける影。

 いつからそこにいたのかわからなかった。


 それは、人だった。

 多分。


 季節にも環境にも合わない純白のローブを身に纏ったそいつは、気付けばただじっと、こちらを見つめている……ように思えた。目元まで深々とフードを被っているので、断言する事は出来ない。


 しかし、視線を感じる。

 迷い込んだ旅人だろうか……それにしては様子がおかしい。

 いや、纏っている空気感がおかしいと言うべきか。


 俺は最後の一匹の首を飛ばし、血を拭ってから、そいつに声をかける。


「何か用?」

「……その剣。身のこなし。君が今代の勇者か」


 あー。

 いつか居場所がバレて、面倒な輩がやってくる気はしていたんだよな。

 俺の立場にあやかりたい貴族とか、助けを求める人とか?


 さてどうしたものか。

 否定してもいいが、聖剣を見られたからには誤魔化せないだろう。


 殺すか?

 今なら目撃者もいないし、何の問題もない。

 でもなぁ、まだ何かされたわけでもないし……。


 考え込みながら歩み寄り、そして気付いた。

 こいつ――。


「あなたは誰?」

「賢者コルニュート、っていうのが一番わかりやすいかい?」


 そいつは――賢者はフードを取り、そう自己紹介する。

 白い髪に、緑色の瞳。

 若い優男にしか見えないそいつは。


 身体が透けていた。

 人間ではない。

 ゴーストだろうか、エンに近い雰囲気を感じる。


「驚かせてすまない。

 今代の勇者よ。君を探していた」


 目的の人物は、向こうからやってきた。


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