第二話 出歯亀聖女
スクリの一件で、俺は自身の油断、怠慢、甘えについてつくづく実感した。
別に殺伐とした雰囲気で険悪なムードの中、生きていきたいと思っているわけじゃない。
そんなのは御免こうむる。
ただ……判断ミスは避けなければならない。
最初に会った時点でスクリを殺しておけば、わざわざ呪力を使って破滅しかけながら戦う必要なんてなかった。
そもそも名前を名乗る必要だって、よく考えればなかった。
置いてきたガンラートとの連絡手段を残しておかなかった事もまずかった。
もしも周囲の存在が俺にそんな腑抜けた態度を取らせているのであれば。
こんな傭兵集団まがいの盗賊団なんて捨てなければならない。
孤高でありたいなんて中二病な事を言うつもりはないが、仲間という拠り所が俺の失着を招くなら、それは俺にとって邪魔でしかない。
だから。
「ねぇガンラート」
俺は自分の部屋に彼を呼び、話し出す。
「へい、なんでしょう」
「君は盗賊に執着はないよね?」
「まぁそうですね。食っていけりゃあ何でもいいです。
今みたいな傭兵稼業で十分とは思ってますぜ」
「そうだよね。
じゃあ、俺がミドルドーナかシャルマーニに推薦するから、正式に国の下で傭兵になるんだ。他の盗賊たちを率いて」
「……どういう意味です?」
俺にとって、最低限必要なのはカシス。
教会を取り込むって意味ではセレーネも邪険には出来ない。
カリウスと手を組むぐらいならセレーネの方が遥かにマシだ。
逆に、盗賊団はもう必要ない。
元々情報取得手段として拾ったものだ。
ギルドと教会の協力を得た今、奴らを直接俺が抱え込んでいる意味はない。
「そのままの意味だよ」
「エンとメイについてはどうするつもりで?」
「教会に預ける。
俺が遥を連れてくればそれでメイは満足するだろうし、エンだって成仏するでしょ」
メイの願いはもう一度遥に会う事。
エンの願いはメイの願いをかなえた上で、メイの身の安全を確保する事。
わざわざ俺の下で保護している必要はない。
「このアジトも返すよ。
転移や通信を使える魔術師もまた別に俺が捕まえてくる。
君が指揮すればあいつらは従うはず。
ここを拠点に、今まで通りやっていくだけで問題ない」
「…………お頭。
お頭がそんな結論に至った理由も察せなくはないです。
でも、俺は従えません」
え? なんで?
これ以上ない待遇を用意してやると言っているのに。
全く意味がわからない。
「まだ何か欲しいものがあるの?
言ってくれたら用意するよ?
君は今まで頑張ってくれたから、その報償ぐらいは払う」
「そうじゃありません。
俺は、スクリとの戦いで役に立てませんでしたからね。
汚名は返上してやろうって事でさぁ」
「別に望んじゃいないよ」
「俺のプライドの問題です。
否が応でも、ポルタニアにはついていきます」
シャルマーニ王国ポルタニア領。
俺の次の目的地である事は、既に方々に伝えてある。
詳細については追々話すが、ようするに賢者に会うためだ。
レヴィアタンがそんな捨て台詞を残して去っていったようだからな。
全部言えばいいものを。
今度会ったらあの鱗を一枚一枚丁寧に剥がしてやろう。
またしばらく動けない程度には痛めつけたい。
「その後だったら、好きにして下さい」
「俺の命令に従わないの?
最悪、君は殺したって構わないんだよ?」
「お頭。俺はポルタニアの出身です」
……は?
「今は色々と面倒な事になっているはず。
連れて行かないって選択肢はないと思いますぜ」
「いや、待って。本当に?
じゃあ何でシャルマーニにいるの?」
「いつか話しますが、今はそこは重要じゃないんじゃ?」
確かにそうだが……これは驚いたな。
謎の多い男とはいえ、まさかシャルマーニの生まれじゃないとはね。
黙して語らなかったわけも想像に難くない。
今やシャルマーニの植民地となっているポルタニアだが、かつては立派に国家として成立していたらしい場所。そんな亡国の生まれとあっては、シャルマーニではさぞかし酷い扱いを受けた事だろう。
恥辱と屈辱に塗れた日々を、誰が話したいと思うものか。
こいつが盗賊なんぞに落ちぶれていたのは、その辺りに理由があるのかもな。
「事情は必ず聞かせてもらう」
「必ず。その時がきたら、話そうとは思ってましたぜ。
俺はお頭の事、嫌いじゃないんで」
またそれか。
俺の行動の何処にそんな要素があったのか理解できかねるが……嫌われるよりはいいか。
「わかった。いいよ」
盗賊団解散の件は、しばらくお預けだな。
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その日の晩。
「ユタカ様」
アジトのバルコニー……カシスのせいでバルコニーなんてものまで設置されてしまった。
これは本当にアジトなのだろうか。
もはや城と言った方がいいのではないだろうか。
最近は家庭菜園に近いものまで始める奴が出てきている。
森林だった周囲を整地して色々とおっぱじめるつもりらしい。
いつか城下町が出来るんじゃないか。
そのバルコニーで色々と考えていると、寝巻を着込んだセレーネがやってきた。
「ごめん。昼間の件、聞いちゃった」
昼間……ガンラートとの話し合いの件か。
ドアの前にでも来ていたのだろう。間の悪い奴だ。
「盗み聞きとは感心しないね。
俺の世界には『家政婦は見た』っていう出歯亀な話があってね。
セレーネも順調におばさん化してるって事だ」
「ちょっと! まだ16歳だから!
私がおばさんだったらユタカ様はどうなのさ!」
「まるでおばさんをバカにするような言い草……これが聖女だなんて。
信者は枕を涙で濡らすだろうね」
「うー! うわー! ユタカ様のばかあああああああああああああ!」
最近は絶叫芸も身につけつつあるこいつは、いったいどこを目指しているのだろう。
セレーネがトップに立てばイーリアス教会も潰れるかもしれないな。
俺がカリウスを殺せばセレーネが頂点。いずれ訪れるその日が楽しみでならない。
「で、何の用?」
「その切り替えの早さは学ばせてもらうよ……。
こほんっ。
えっとね、ユタカ様はこの盗賊団を辞めたいの?」
当然聞かれるであろう事である。
よりにもよってセレーネの耳に入っちゃったのは失敗だったなぁ。
こいつは小言が多い。
姑かって。
理想を追いかけすぎなんだよ。
「辞めたいっていうか、邪魔っていうか」
「どうして? 今まで上手くやってきたじゃん。
ユタカ様的な言い方だと、無いよりはあった方が便利だよ?」
「……まぁ、そうなんだけど」
嫌だな。言いたくない。
もっともっと冷酷に、残酷にならなければ、きっと俺の願いは叶えられない。
集団の中にいると、どうしても甘えてしまう。和んでしまう。
ユーストフィアは、そんなに優しい世界じゃない。
何もかもがロクなもんじゃない。
だけど、それでも俺は遥を取り戻したい。
たとえどんな手を使っても。
「セレーネ。俺は、君が望むような勇者であるつもりはない。
これからも必要だったら何でも捨てる。
本当に必要なら遠慮なく殺す。
君でも、カシスでも、ガンラートでも、幽霊兄妹でも、誰でも」
「……」
「だから情は邪魔なんだ」
情は剣を鈍らせる。きっとそうだ。
例えば遥という存在がなければ、俺は迷うことなくスクリを切り捨てただろう。
だけど実際には躊躇ってしまった。
まぁ遥がいなければそもそもスクリと戦う事すらなかったわけだが、理屈の上ではそういう事だ。
「……ユタカ様」
「なに?」
「逃げないで」
……………………。
逃げ? これが?
邪魔なものを切り捨てる事の、何が逃げだというのか。
「ふざけるな」
「ふざけてない」
セレーネは、滅多に見せない凛とした瞳を携えて、俺を見つめる。
その眼に一点の曇りもなかった。
……何を言いたい。
何が言いたいんだ。
わかるように言えよ。
「キミが私を切り捨てたいなら、切り捨てればいい」
「誰もそんな事は言ってない」
「ユタカ様は優しいよ。だから迷うんだ。
時には非情な判断も必要で、それは間違ってないと思うけど、その非情さに邪魔だから情そのものを排除するっていうのは、きっと逃げだよ」
「……会話が成り立ってないんだけど?」
わからない。
セレーネ。お前は俺に何を伝えたい。
「そんなユタカ様だから……」
「……?」
「――なんでもない。
ごめんなさい。言い過ぎたよ。おやすみなさい」
クルッと身を翻して、セレーネはバルコニーを後にする。
何だったんだよ。
俺が……俺の選択が間違っているって?
何が? どこが?
わからねぇ。ぜんっぜんわからねぇ。
思わせぶりな奴はもうウンザリだ。
いい加減にして欲しい。
地球と似たような月を見上げながら、俺は深く息を吐いた。
夏の夜は、まだ終わらない。




