第四話 港町の聖女様
「死体の金品は回収しろ。熱を持っているだろうから気をつけろよ。
後はまぁせいぜい死ぬな。人員補充が面倒だ」
「へい!」
とは言ったものの。
正直きつい。建物も、道も、木々も、何もかもが燃えている。
遥がのように俺も水の魔法でも使えればいいのだが、残念ながら出来ない。
俺が使えるのは風魔法だけだ。
アジトで魔法の話を聞いて、練習しているうちに出来たものだ。
でもさすがに飛ぶ事は出来ない。
災害も起こせそうにないし、遥の魔法とは規模のケタが違うと思われる。直接は見ていないが、あの場所は洪水や津波の後みたいになっていたからな。
魔法と、当然のように言うが。
この世界には、ファンタジーよろしく魔法があり、五つの属性がある。
火、水、風、土、聖。
実に単純だ。
ちょっとでもゲームをやった事がある奴なら誰でもすぐ理解できるだろう。
そして大凡どんなものかも想像できるし、少なくとも風魔法は俺の想像通りだった。
「『風魔法・旋風』!」
俺は手の平から風を凝縮し、放出。
火を消すためだ。
調整しないと余計に燃え上がるから注意が必要である。
ちなみに詠唱とかは無い。
良かった。正直恥ずかしいし。
だが、上位の魔法にはあるとか何とか。
言いたくない。
出来れば使わずに終えたい。
「んー……」
そうやって被害を抑えながら生き残りを探すのだが、今のところ死体しか見つからない。狙っていた貴族の屋敷も侵入するが、その貴族とやらも死んでいた。
ただし。
「これは焼死じゃなさそうだね」
「はい。変な話ですが、溺死……じゃねぇですかね」
全身がブクブクに膨れ上がっていたし、
屋敷そのものには火が放たれたわけではないらしく、目立った外傷も火傷もない。
全てが炎に囲まれるのも時間の問題だが。
「死んでるなら都合も良いし。宝物庫探そう」
そういうわけで、ガンラートやその他モブと手分けして屋敷内を探索。
メイドとか執事らしき奴らもみんな溺死していた。
ちょっと気味が悪い。
順番に考えると、こいつらを溺死させた後に街に火を放ったのだろうか。
わからん。
で、俺の方は収穫なかったが、モブの一人が宝物庫を発見。
よくやった。褒美はとらせよう。
そこで金銭や金の延べ棒、魔石やら魔道具やらを回収して、いい加減火の手が回ってきたので脱出。
何人か火傷を負ったようだが、問題はなさそうだ。
「お頭。そろそろ逃げませんとヤバいです」
「そうだねー……」
これ以上探索するのは厳しい。
必要なものは手に入れたし、さっさと帰ってもいいのだが。
結局、生存者は見つかっていない。
おかげでこの街が壊滅した理由がわからない。
ちょっと困るな。
次に狙うところが、また似たような事になっていたら面倒だし。
「ガンラート。
お前はみんなを連れて先にアジトに帰れ。
俺はもう少し調べてから戻るよ」
「え、しかし」
「俺はそうそう死なないから」
聖剣をこれ見よがしに掲げて、不敵に笑う。
不敵に笑うってどうやるんだろう。出来ているかな。
「……かろうじて生き残りがいるとすれば、多分大聖堂ですぜ」
「そうなの?」
「はい。ここで一番デカイ建物はそこですから」
何て優秀な奴なんだ。
むしろ何で盗賊なんてやっているんだろう。
謎だ。
どうでもいいけど。
「じゃあ、俺らは先に」
「うん、後でね」
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さて、この国には宗教がある。国教と言っても良い。
その名はイーリアス教。
初代勇者であるイーリアス=ヒストレイリアを称えるために作られた、勇者を神として崇める宗教だ。
その総本山がここ、カルターニャにあったのだが。
「今じゃ見る影もないねぇ」
というかもう、建物がなかった。
燃え盛る街を通り過ぎ、身体のあちこちが焼け、爛れ、そして再生を繰り返しながら、まだ火の手が届いていない広大な林を抜け、少し離れた位置にあったそれに辿り着く。
恐らく巨大な、豪勢な大聖堂であっただろうそれは、何かに押し潰され、そして押し流されたようだった。ところどころ水に濡れた様子で、街のように、火災で壊滅した様子は無い。
この崩壊の仕方には見覚えがある。
遥だ。
間違いない。
「ちょっと遅かったかなー」
こうなってしまっては生存者の望みは薄いだろう。
あの状態の遥に期待はできない。
とはいえ、念のため瓦礫をどかしながら探索を続けると。
「だ――れか――――」
遠く、声が聞こえた。
途切れるような音色。重傷といった感じではない。
多分距離の問題か、壁にでも阻まれているか。
ふむ。
壁などもはや無い。
ならば恐らく。
俺は出来るだけ声の近くまで足を運んでから、聖剣を地面に突き立て、俺を中心に弧を描く。するとバターでも切るかのように、床が抜けて地下空間へ。
重力に従って階下に落ち、埃が舞い上がる。
「ゲホッ、ゴホッ。あー、やりすぎた」
「貴方は……?」
そこには高校生ぐらいの少女がいた。
金髪碧眼。薄いベールで覆われた、その顔はとても可愛らしい。
スタイルの良さをこれでもかと引き立てる、白と空色で彩られた僧侶服。
錫杖に添えられた指はとても細く長い。
俺のイメージの中の聖女様って奴だな。
四方を結界のようなもので閉じ込められているらしく、どうも出られないと言った様子だ。俺の方に駆けてこようするが、何かに衝突したようにまた尻もちをついた。
「一応助けにきたのかなー?」
「え? あの……」
「街なら火の海だよ」
そう言うと彼女は絶句し、俯く。
だが僅かな時間で気を取り直したようで、
すぐに顔を上げて俺と目を合わせた。
「私はセレーネ=ヒストレイリア。
イーリアス教の大司教です」
「俺は豊。佐々木 豊だよ。盗賊だ」
「とう……!?」
多少の動揺は見せたが、
気丈にも彼女は話を続ける。
「ユタカ……なるほど。ユタカ様。
事情は全てお話し致します。
どうか、私を連れていってはくれませんか」
「うん、いいよ」
その為に生き残りを探していたのだから。
俺は彼女を阻む結界を聖剣で破壊し、手を差し出す。
傷はない。結界に守られていたのだろう。
剣を見て目を見開いていた彼女は、徐に。
「……勇者様は」
遥の事だろう。
「あいつはもう勇者はやめるってさ」
「そう……ですか」
それから彼女は一言も話さず、黙って俺についてきた。
連れてきた馬にセレーネを乗せ、後ろから抱くように手綱を取るも、彼女は何も言わなかった。
瓦礫の下の、お仲間の死体を見ても。
焦土となりつつある街や、
炭になった死体を見ても。
アジトに辿り着くまで、一度も口を開かなかった。