第十七話 ろくでもない幼馴染
戦いが始まる。
百をゆうに超える魔物たちが一斉に俺たちに襲いかかってきた。
「エン! 敵の動きを止めろ!
盗賊ども! お前らはエンが拘束した敵に止めをさせ!」
「わかったよ兄ちゃん!」
「へい! お頭!」
数が多すぎる。教会からも連れてくるべきだったか。
圧倒的な物量に押し潰されそうだ。
俺も魔物たちを相手取り、可能な限りを切り捨てる。
この程度の雑魚なら問題ない。千匹だろうと俺一人で十分だ。
問題は。
「さすがの強さですわね」
スクリは下半身を触手のように動かし、俺の拘束にかかる。
こんな攻撃は効きはしない。全て一撃だ。
だが。
彼女の杖が小さく響いたかと思うと、海水が濁流となって俺たちに雪崩れかかった。
「――っ! 何でお前は魔法を使える!」
未だ遠く、大津波がこちらへ迫っていた。
魔法は同時に使えない。これはほぼ確定事項だ。
身内の証言もとってあるし、俺も実験済みだ。
「ユタカ様。スクリさんは魔法を使ってるわけじゃない。
……彼女はただ、海に頼んでるだけなんだ」
そんなチート卑怯だろ!
「ククルト家の稀代の天才と呼ばれた女よ。
呼びかけるだけで海の全てが彼女に味方するわ!」
「あなただって、才能は素晴らしいものですわよ。
わたくしに勝るとも劣らず。
あなた自身も含め、誰一人気付いていませんでしたが」
「何を今更……」
「今だから、ですわよ」
意味深なやり取りをしているが、俺はそんな場合じゃない。
ありえねぇ。マジでありえねぇ。
つまり実質魔力無限って奴?
さすが元勇者の仲間。
その仲間って何人いるんだっけ。
これから何人と戦わなきゃならないんだ。
「『抜刀・十文字斬』!」
俺は魔法剣を放ち、十字にスクリを撫で斬りする。
ダメージはあるが……即死とまではいかない。
恐らく呪力を纏っているせいだ。それが防御壁となっている。
さらに、俺の攻撃力を恐れたのか、彼女の周囲に魔物たちが集まり、守りを固め始めた。
「『紅蓮・炎舞』!」
火の柱が燃え上がる。
すぐさまカシスがその守りを崩しにかかったようだが、相性の問題がある。
スクリが手を天に掲げただけで海水が降り注ぎ、炎は一瞬で消え去った。
一面に広がる水蒸気の向こうで、魔物どもが今か今かと攻撃のチャンスを伺う中。
「…………」
「何故手を抜くのですか?」
スクリの声が聞こえた。
彼女の守りが呪力なら、セレーネの聖魔法で解除すればいい。
煙が晴れると同時に背後か懐に転移し、聖魔法を使わせ、俺が本気で切り捨てれば、ほんの数秒で彼女を絶命させられる。
海が味方なだけあって、長引かせればそれだけ不利なのは間違いない。
まだ様子見されている。だからこそ今が一番楽だ。
ただ。
「勢いに任せてここまで来たけど、俺には君を殺す理由がない。
逆に生かしておく理由ならある。だからどうしようかなって」
「……何を仰っているのですか?
このままでは、間違いなくシャルマーニは滅びますわよ」
「別に、滅んだって構わない」
そうだ。滅んだって構わないんだ、こんな国。
遥さえ生き残ってくれるのであれば、俺にはこんな世界、必要ない。
腐っても魔王、元勇者。津波程度じゃ死なないだろう。
むしろ余計な柵が消えてせいせいするまである。
しかもスクリは、恐らくあいつの心の拠り所の一人。
ここでまた断ち切ってしまっていいのだろうか。
わざわざ蘇らせたかつての仲間、遥にとって信頼できる人間。
スクリが遥の精神安定剤となっているのであれば。
殺してしまったら、もう戻れなくなってしまうのではないのか。
世界なんかより、遥の心の方が重要だ。
「困ったお方ですわね。
その真っ直ぐな信念はまさに勇者の器と言えるでしょう。
しかし――」
「汝のその思想は危険だ」
海が大きな音を立てながら水の柱を打ち上げた。
飛沫と共に現れた言葉を引き継いだのは、彼女の友、レヴィアタン。
「ただひとつの事に執着する汝は、時には強く折れない鋼の心を持つだろう。
だが、汝が今、生きている事もまた、世界に支えられているため。努々忘れてはならぬ」
「どうでもいいよ。俺にとっての『世界』はここじゃない」
「『世界』は全て繋がっているのだ。
もしもユーストフィアが滅べば、汝の故郷もまた、多大な影響を受ける。
戦うのだ、勇者よ。そしてスクリを討ち滅ぼすのだ」
は? なんだそれ、初耳だぞ?
どういう事だ?
「久しぶりね、レヴィ。もう動けるなんて」
「そこな娘が我が傷を癒したからな」
「……さすが聖女様です。信じられませんわ」
「これでも私も、勇者様の仲間ですから。
スクリさん、あなたと同じく」
「そうね……あなたたちの勇者も、随分と気難しい人みたいですけれど」
「大変なんですよ、本当に」
その言葉はそっくりそのままお前に返してやりたい。
とはいえ、いくらセレーネが凄いと言っても、完全に癒せたわけではない。
重い身体に鞭を打ってここまできたのだろう。
巨体の尾ヒレが空を切り、俺たちを邪魔するものは何も無くなった。
はぁ。
レヴィアタンはスクリを倒すまで何も言うつもり無さそうだし。
どいつもこいつもウンザリだ。
必ず後で話を聞き出すとして。
今は手を貸してやる。
「レヴィアタン。お望み通り、俺は君の友達を殺すよ」
「命はひとつ限りだ。それは生命の源である海も知る事。
二度果てた命はこの大海が癒してくれるだろう」
「随分な友達を持ったもんだね?」
「……えぇ。最低の、私の幼馴染ですわ。
ユタカ様。あなたの幼馴染と同じですわね」
そうだな。
あいつは最低だ。
どれだけ俺に迷惑をかければ気が済むんだ。
遥と過ごした18年間で俺が何度あいつの尻拭いをしたと思っている。
遥が行方不明になった事で、どれだけ沢山の人が涙を流したと思っている。
遥にこの世界でまた会えて、俺が、俺が――。
「もうよろしいですか?」
「仕方ないなぁ」
「それがあなたの良いところだと、耳にタコができるほど聞いています」
ここまでの会話の何処に俺の良いところなんてあったのか。
キャッチボールする気があるのだろうか。
全く。
あいつが誰にどれだけ俺の話をしたのか小一時間ほど問い詰めたい。
どうせ言わなくてもいいような事も死ぬほど言っているに決まっている。
「遥には、そのうち俺が文句言っておいてやるから」
「お任せしますわ。きっと、ユタカ様なら大丈夫。
だってあなたは、ハルカの勇者様なのでしょう」
その言葉は最後まで聞かなかった。
砂浜を蹴り、駆け出す。魔物の群れが俺に向かってくる。
辺りで戦っているエンや、盗賊どもの声が遠くなってくる。
そして。
「『転移』」
一秒にも満たない時間の中で俺の意識が消滅と復帰を繰り返し。
スクリと彼女を守る魔物たちとの隙間、その懐に飛び込んだ。
「『制約術式』!」
彼女を覆う呪力が消え去り。
「『終焉・水臨』」
「『抜刀・枯尾花』」
自分自身さえもその攻撃対象とした、360度を埋め尽くす数え切れないほどの水の刃と、俺の出現に気付いた、彼女を守る魔物たちを、聖剣を中心に舞い上がった薄翠色の風が全て吹き飛ばし。
その上半身と下半身を分断した。
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事切れたスクリにセレーネが治癒魔法をかける。
蘇らせるわけではない。
二度目の死を迎えた彼女の、その死体を美しいままにしておきたいだけだ。
「まだ終わってはいないぞ」
頭上でレヴィアタンが言う。
視界の先には世界を終わらせかねないほどの津波が差し迫っていた。
もう時間がない。
やはり、あれは消えなかったか。
自然現象だ。彼女の死で消えてなくなるものではない。
そんな気はしていた。
俺たちが何とかしなくてはならないのだ。
「レヴィアタン。海の支配者ならどうにか出来ないの?」
「満足に力を操れない、今の我では無理だ」
水竜のくせに情けない。
「カシス、セレーネ」
「……無理ね」
「もし呪力が混じっているなら……いや、でもあの規模じゃ……」
そうか。
そんな都合良い方法なんてあるわけないよな。
見渡すと、息も絶え絶えに盗賊どもが腰を下ろしていた。
魔物どもは、スクリの死と共に海へ帰ったらしい。
エンがフヨフヨとこちらへ漂ってくる。
「兄ちゃん、どうするんだ?」
「……うん」
どうしよう。
セレーネに攻撃力はない。それは彼女が負うべき役割ではない。
申し訳なさそうに俯いているが、気にする必要はないのだ。
カシスも、今のところはまだ、紅蓮の代名詞である火竜を放つ事は出来ないし、仮に出来たとしても、あの津波を蒸発させるのは無理だ。
ミドルドーナで出来なかったように。
そうだな。
俺がやるしかない。
「考えられる手段は、ぶっつけ本番で一つだけだ」
GW明けたら繁忙期突入なので
更新不定期になると思います……すいません




