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第十六話 スクリの願った事


 遥の仲間。

 そういえば、遥は仲間殺しの冤罪をかけられていたんだったか。

 今は魔王としての指名手配になっているけど。


 ククルトってどっかで聞いたことあるな。


「待ってちょうだい。ククルト家の次女でしょう。

 彼女はミドルドーナの生まれだったはずよ」


 カシスが話に横入りしてくる。


 あぁ、思い出した。

 魔術ギルドの幹部にいた水魔術師の家系か。

 確かそんな名字だった気がする。


「いいや。スクリは海岸沿いの小さな村で生まれた。

 アリカンという村の、貧しい家の、長女だった。

 幼き日にククルト家に売られ、養子となったのだ」

「……そういう事」


 その才能を見い出されて、という奴だろうか。


 話を聞いてみると、どうやら遥に水魔法を教えた奴らしい。

 魔法学校卒業後は教師をやっていて、ミドルドーナに辿り着いた遥に英才教育を施したという事だ。


 ここまで聞けば、レヴィアタンがキレた理由もだいたいわかる。

 何故なら、スクリは国と教会の陰謀により死んでいるからだ。


「レヴィアタン。あなたは彼女を死に追いやった人間達への怒りで、海を荒らしたんだね」

「その通りだ」


 つまり友達を殺された恨みというわけだ。

 なるほど、それなら仕方ないな。

 いっそそのまま人間全て滅ぼしても良かったんじゃないか?

 俺は止めないぞ。


「しかし我は傷付き、それを癒すために、

 遠い昔に棲み家としていたこの場所で眠っていたのだ」

「その傷は、人間に反撃された時につけられたの?

 海竜の出現情報は聞いてないけど」

「……いいや、違う」

「ならどうして?」

「この傷はスクリにつけられたものだ」


 あれ? なんか時系列がおかしくない?

 スクリが死んでレヴィアタンがキレて、海が荒れて、でもスクリに攻撃されたから傷を癒すためにここに……。


 んん?


「勇者よ。汝は魔族を知っているな」

「勇者って言うな。

 会った事はないけど、存在だけなら」


 魔物を引き連れているであろう、あの少年だろう。

 他にもいるかもしれないが、今のところ音沙汰はない。


「魔族は、魔王が自らの力をもってして形成する存在だ。

 いわば魔王の願いそのものと言ってもいい。

 それは魂を持たず、生命と呼べるものではないが、例外もある」

「……まさか」


 レヴィアタンの言いたい事を理解したセレーネが絶句する。

 俺も概ね察した。カシスもどうやらそのようだ。


 遥が、かつての仲間を想って、魔族として蘇らせたのだ。

 それは泡沫の夢でしかないのかもしれない。

 だが、会いたいと思うその気持ちを否定はできない。


 俺だって、夢でもいいから遥に会いたいと、何度も何度も願ったのだから。


「さて……今の魔王の考えている事はわからぬ。

 まだ誕生したばかりで力も弱い。

 スクリは魔王の人形とはなっていない」

「何故ククルト様と戦ったのでしょうか?」

「……死は、覆って良いものではない。

 それは万物の理であり、人であろうと、魔物であろうと違いはない。

 我はもう一度、スクリを海に還したかったのだ。あの娘が後悔する前に」


 よくわからない感覚だが……。

 神獣とまで呼ばれるレヴィアタンだからこそ、なのだろうか。

 俺は、理不尽に死んだ人間が生き返る方法があるんなら、その方がいいと思うけどな。


 もっとも、今回の件は別だ。

 いわゆる蘇生魔法ではないだろう。

 ユーストフィアにそんな都合のいい魔法はない。


 ただの遥の、夢なのだから。


「勇者よ。スクリは汝の事を待っている」

「俺のこと?」

「汝は一度、スクリに会っているはずだ」

「……わかったわ。ユタカが会ったっていう水魔術師。

 キルケと名乗ったそいつが、スクリなのね」


 あ。あー、そういう事か。

 完全に忘れてた。

 って、あいつがスクリだったのかよ!


 やっぱりあの時、ちゃんと一緒に報告に行くべきだったかなぁ……。

 ちょっと腑抜けていた。これは油断だな。


 ――遥。

 お前がシャルマーニで言い淀んだ事は、これか?


 かつて苦楽を共にした仲間の、その死さえ覆して。

 再びこの世界に生み出してまで、お前はその破滅的な願いを叶えたいのか。


「我も後から向かおう。急ぐがいい、勇者たちよ」

「だから勇者じゃねーっての!」


 俺たちは転移でその場を抜け出し、カルターニャ大聖堂へ。

 再建途中なのだろうがかなりの規模だ。

 だが、恐らく完成してもカシスの実家には及ばないだろう。


 保護されていた幽霊兄妹、そしてナンパに失敗したモブどもを回収し、アジトへ戻る。

 そしてガンラートを連れて行こうと思ったのだが。


「は? いない?」

「へ、へい。食材を買いに、馬でどこかの町まで……」


 なんて間の悪い奴。

 いや、確かに食料は重要だ。最近はすぐ腐るからな。

 特に今日はカシスもいなかったから、既に在庫もない。


 ガンラートの判断は間違っていない。

 俺だって特別何かあるなんて思っていなかったから、あいつにアジトで待機していろなんて命令しなかった。


 これも油断だ……。

 下唇から血が滲むのを実感する。


 何でだ。何で。


 ――遥に会ったからか?

 ミドルドーナで? シャルマーニで?

 あのたった二度の邂逅が、俺の張り詰めた心を解したって言うのか?


 それとも、セレーネやカシス、ガンラートや兄妹、モブと過ごす中で、か?

 救われている事は自覚していた。

 だけど、それが油断に繋がるって言うのなら――。


 いや。

 今、考えてもどうしようもない事だ。


「わかった。戻ってきたら、事情を説明しておけ」

「了解っす!」


 仕方ないのでセレーネ、カシス、エンとモブの数十名。

 二十人弱を残して、メイの保護と、諸々を任せる。


 頼りないが……さすがに直接強襲してくる事はないだろう。

 こいつらだって強くなっている。

 その辺の雑魚相手なら負ける事はない。


 行こう。



---



 そして。


「お久しぶりですわね。ユタカ様」


 夕暮れ時。

 彼女はアリカンの砂浜に一人、佇んでいた。


 前に見た通り、青い髪に青い瞳。

 これが魔族? 本当に?

 人間にしか見えないぞ。


「そして聖女様に、リックローブの末娘、その子はゴーストかしら?

 あらあら……ハルカに負けず劣らず面白い人ね」


 モブへのコメントは無い。かわいそうに。


「久しぶりだねキルケ。じゃなくて、スクリだっけ?」

「誰に聞いたのかしら」

「君の昔からの友達だよ」


 その友達はまだ来る気配がないが。何やってんだか。


 サッと彼女が杖を天に掲げると、海から一斉に魔物の群れが飛び出してきた。

 あわせて、俺たちの背後――村側からもワサワサと湧いてくる。

 これが海に愛された少女の力なのか、それとも魔族だからか。


 戦闘準備は万端のようである。

 無論、こちらも。


 さらに。


「姿が……」

「え?」

「何をしたのかわからないけど、彼女の姿が変わった。

 目立つところのない女性だったけど、今は青い髪に青い瞳だ。

 確かに、話に聞いていたスクリさんの特徴と合致してる。

 ……ユタカ様?」


 押し黙る俺に、セレーネが声を投げかける。

 ……そういう事か。


 遥がシャルマーニで姿を変えていた、例の水魔法。

 教えたのは、こいつだったんだな。

 何故か俺には通用しないようだが。


 もしかしたらこれでミドルドーナの内情を探っていたのかもしれない。

 今や知ったところで仕方ない事ではある、か。


「ひとつ聞いてもいいかな。

 ミドルドーナの大津波は君がやったんでしょ?」

「わかります?」

「まぁね」


 魔法の同時発動はできない。

 だから、あの津波を引き起こしたのは遥じゃない。

 遥は同時刻に俺と戦いながら魔法を連発していたのだから。


 そして、遥に協力しそうで、あんな事が出来そうな奴ってんで、ピンときた。


「……そして、この村を滅ぼしたのも、君だ」

「全てお見通し、でしょうか。さすがですわね」


 そうでもなければタイミングが良すぎる出会いだ。

 最初、スクリは俺を”勇者ユタカ”だとは認識していなかった。


 売られた、ってレヴィアタンは言っていたな。

 細かい事情はわからないが、並々ならぬ想いがあったのだろう。

 推し量る事も出来やしない。


「理由を尋ねないのですか?」

「いいよ。だいたいわかるし」

「あら、寂しい事を仰るのですね」

「そのために遥に協力したの?」

「ハルカは関係ないですわ。全てはわたくしの意思。

 あんな、頭がパーでバカな子の言う事なんて知りません」


 酷い言い草である。


「協力は断りましたわ」

「じゃあ遥は何で」

「お喋りはこのくらいにしておきましょう」


 掲げた杖が、淡く蒼く光を発し。

 数キロメートル先の、水平線の向こうで。


 シャルマーニの全てを飲み込んでしまいそうなほどの、巨大な津波が俺たちに矛先を向けた。


 同時に、周囲の魔物たちが臨戦態勢を取る。


「ユタカ様。

 この困難を乗り越え、いつかあの子を救ってくれる事を祈っていますわ」

「そりゃそのつもりだけど」


「ククルト家の! 何の意味がある戦いなのよ!」

「リックローブ家の。

 落ちこぼれと言われたあなたが、この私に立ち向かう日が来るなんて、感慨深いですわね。残念ながら意味なんてほとんどありませんわ」

「……なら、何で戦う必要が」

「それが、わたくしの運命だから、なのでしょうかね」


 ここで再び果てる事が。


 彼女の口元が、そう呟いたのにあわせて、呪力がスクリの周囲に集まってくる。

 ビキビキと音を立てながらその下半身が変質して、蛸や烏賊の足、海蛇の身体、水棲生物のあらゆる部位を集合させた肉体が形成される。


 それは悲しい姿だった。

 美しさを保ったままの上半身に対して、醜い魔物の下半身。

 人を愛し、世界を救う助力となった彼女の心と。

 人に裏切られ、世界を憎んだ彼女の心。鏡のような表裏一体。


 人間であることを捨て切れない、スクリという『魔族』の姿だった。


今夜は更新できないので先に

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