第十三話 海へ行こう!
「海へ行こう!」
氷の魔道具のおかげでゾンビ状態から復活している俺たちの中心で。
セレーネが唐突にそんな事を叫んだ。
「夏! 海! 砂浜!
引きこもってる場合じゃないよ、ユタカ様!」
誰だこいつにこんなバカな事を教えたのは。
……遥だな。間違いない。
きっと最初の頃に夏といえば~なんて話をしたのだろう。
あいつは毎年夏になると俺や友人達を引き連れて海に行っていた。
泳ぐ事もあれば、バーベキュー、焼き肉、キャンプ、花火とかその他諸々。
提案だけして、企画立案は全て俺がやるはめになっていたわけだが。
ちなみに秋になるとグルメツアー、
冬はイベント盛り沢山で、春は出会いと別れに涙涙。
いつも物事の中心にいる奴だったな。そう考えると勇者っぽい。
リーダーシップはあったんだなぁ。
さながら、俺はその参謀ポジションか。
なんか納得いかない。
「今は海が荒れてるって話があったでしょ。
そんなお遊びに行っている余裕は無いよ」
「その調査も兼ねればいいじゃん。
だいたい、最近のユタカ様はダラダラしてるだけだし。
勇者なんだから、もっと世のため人のため」
「うるさい」
「うー! 何さ!」
言うだけは簡単だ。
とはいえ、そろそろその件を放置し続けることにも限界を感じていた。
ぶっちゃけ海とか言われても調べようがない。
気にはなってはいたけど暑すぎてやる気がない。
という感じで放置していたのだが、前金貰ってこれじゃ詐欺である。
……俺さえ出動すれば、とりあえず面目は保たれるか。
仕方ない。
「じゃあ行こうか」
「その前にみんなでシャルマーニに行く」
「なんで?」
「水着を買うから!」
一気に色めき立つ盗賊(♂)たち。
鼻の下を伸ばしているそれはどうみても残念な集団だった。
いや、気持ちはわかる。わかるが。
セレーネだぞ? 見た目はともかく、中身はこんなんだぞ?
……と思ったが、遥に惚れている俺が言える立場でもなかった。
元々の性格は、今のセレーネと非常によく似ていると言えよう。
そうすると、俺も大差ない……やばい、ちょっと真剣に考えなければならない事案だ。
遥は、俺目線の話をするとフィルターがかかっているので参考にならないが、多分、特別顔が可愛いというわけではないと思う。単純に顔だけの話をすると、セレーネは勿論、カシスの方が上回っている。
だが、そのわりには結構モテていた気がする。
当の本人が全く気付いてなかったのが虚しいところではあるとはいえ。
密かに相談された件数も少なくない。
そんな、今思えば俺のライバルだった奴らは、相談に乗る過程でそれとなく別の女に誘導し、何気なく修羅場を回避させていたはずだ。完全に無意識だったが。
……なんか思い出したら情けなくなってきた。
どうしてさっさと告白しなかったんだろう。
あの頃ちゃんと恋人になっていれば、今、もう少し楽が出来たかもしれないのに。
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そういうわけでまたもやシャルマーニ。
今回は大所帯である。
海への同行を断ったガンラートと、モブ十数人を除いて全員来たからな。
だいたいみんなガラが悪いので、喧嘩を売りに来たかのように思える。
なお。
通常の転移魔法は、同時に転移できる人数がだいたい五人ぐらいらしい。
三十人近くを纏めて転移させるカシスは規格外なんだとよ。
さすが、ミドルドーナの魔法学校で1位を取っただけある。
「じゃあいってらっしゃい。
誰か俺の分も買ってきて」
「あんたはどこへ行くのよ」
「今後の準備だよ」
「……変な水着になっても知らないわよ」
「その場合、セレーネが酷い目にあうだけ。
具体的に言うと前回シャルマーニに来た時の」
「普通の! 普通のにしよう!
私が選ぶから!」
金を渡して送り出す。
そして俺は一人、図書館へやってきた。
事前に少しぐらいは調べておこうと思ったのだ。
シャルマーニは腐っても王都なので、図書館もちょっとした大学ぐらいの大きさがある。
見上げれば吹き抜けの彼方に星が瞬いていた。どんな演出だよ。
無限にありそうな書物の中から、神獣に関する本が並べられている一角へ。
とりあえず、あたりをつけておいた海竜について。
近場の目撃情報では、100年以上前にカルターニャ近海に出現したらしい。
生息地が変わっていなければ今もいる可能性はあるが……。
100年以上前か。
日本で言えば、まだ大日本帝国時代の、第二次世界大戦すら始まっていないあたり。
その時の目撃情報が現代でも役に立つかと言われたら、うーん。
都市伝説レベルだな。
アテにするのはやめておこう。
ちなみに海竜に限らず、神獣と呼ばれる魔物は、通常の魔物と異なり魔法を使ってくる。
しかも規模がそんじょそこらの魔術師とはケタ違いで、例えば不死鳥とか言われている神獣は、本気を出せばシャルマーニの領土を一瞬で焦土に出来るらしい。リックローブ家が井の中の蛙に思えてくるな。
敵に回す方がバカだろ。
こいつらが魔王についたら、人間に勝ち目なんてない。
不死性を持つ勇者しか生き残らないんじゃないか。
そもそも何でこんな魔物が発生しているんだか。
俺が相手した魔物なんて、はっきり行って俺一人で片付くレベルだった。
もちろん、遥だって問題なく蹴散らす事ができただろう。
この世界の生態系が理解できない。
魔物の中の、さらに突然変異って奴なんだろうか。
可能な限り出会いたくないな。
次に原因になりそうな高位の魔物は……鯨系の魔物。
琥珀鯨というらしい。だが、これはシャルマーニ国外の生息っぽい。
いや、国外というと語弊があるか。
シャルマーニ王国の西端には、かつてポルタニアという地続きの小さな国があった。
だが、先代魔王の襲撃により、一夜にして壊滅。
自国のみで復興するほどの力を持たなかったポルタニアは、シャルマーニの支援を素直に受け入れた結果、植民地というか完全に支配下に置かれたというか。
現在は、シャルマーニ王国ポルタニア領として扱われている。
琥珀鯨は、そんなポルタニアの海域で遠い昔に確認された神獣だ。
ちなみにポルタニアでは、こいつではない別の神獣を信仰していたらしいが……海にはあまり関係無さそうなので割愛。
……いくら小国とはいえ、国を一夜で落とす先代魔王って何者だよ。
それを倒した遥やその仲間たちも規格外だな。
まさに物語の中の勇者って感じがする。
イーリアス教会が神として崇め奉るのも無理はない。
そういや、そもそも『魔王』という存在については、誰にも何にも聞いていない気がする。ゲームや漫画の知識で何となくのイメージを作り上げていたせいか、詳しく聞こうと思った事もなかったな。
いつかセレーネあたりに聞いてみよう。
もしかしたら、遥をどうにかする手掛かりがあるかもしれない。
……うん。
最近セレーネを便利屋扱いしている気がする。
困ったら脊髄反射でセレーネに尋ねている気がする。
だって打てば響く知識の塊だし……地位も高いから、一般的には知られていない事も知っているし……。
さすがに哀れに思えてきた。
百科事典やwikipediaじゃねーんだぞ。
ちょっと自重しよう。
と、とにかく。
ポルタニアとかいう行った事もない地域に、神獣を探すためだけに訪問するのは危険すぎる。
戦ったら俺以外誰も生き残らない可能性すらあるからな。
まずはカルターニャだ。
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そんな感じで、水着を買ってきた集団と合流し、アジトへ戻った。
諸々の準備を整えた数日後、朝一でカルターニャへ出発。
かつての平和な日々を思い出して。
少しだけ、夏を実感していた。
申し訳ありませんが、
明日4/30、明後日5/1は更新をお休みします




