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第十二話 夏の日の


 と、いうわけで彼女と調査を再開する。


 海岸沿いを南下していくと、

 海の魔物に食われて死んだと思われる魔物の死骸が散見された。

 こいつらが村を襲ったのだろうか。


 彼女は、それを見ながら意味深に考え込んでいた。


「どうかしたの?」

「きっと、あの村が滅んでしまったのは、この魔物のせいですわね」


 俺と同じ結論に達したらしい。


 恐らくはそうだろうな。

 村を襲っている最中に、血の匂いやら何やらに釣られた海の魔物が寄ってきて、そいつらと好戦。敗れて哀れ餌になりました、と。


 陸の魔物が海中に引きずり込まれて勝てるはずがない。

 敵のホームの利は圧倒的だ。


「どうする? 死体蹴りする?」

「いいえ、海へ還しましょう」


 彼女は杖を掲げて海水を操作し、陸に打ち上げられた亡骸を海へ送り出した。

 水を自らの手のように動かすその手腕。

 便利なものだ。俺もこのぐらい自由に風を扱いたい。


 その後もしばらく探索を続けるも、それ以上の発見は無い。

 結局、魔物の集団によって滅ぼされたであろうことしかわからなかった。


「では、わたくしはミドルドーナに戻って報告とします。

 よろしければお送りしますが?」

「君も転移魔法使えるんだ。

 俺の方も、もうすぐ迎えが来るから結構だよ」

「そうでしたか。それでは、また」


 彼女は手に持っていた杖に魔力を込め、転移魔法を発動しようとして。

 あ、そうだった。


「君の名前は?」

「キルケですわ。あなたは?」

「……ユタカだよ」

「あら……これは、光栄ですわね。

 なるほど。あなたが」


 キルケと言った彼女は、得心がいったように頷く。

 ちょっと迷ったが、ミドルドーナの魔術師なら問題はないだろう。


 というか、彼女がギルドに戻って俺の事を報告したら、ほぼ間違いなくバレる。日本人的な俺の見た目は珍しいだろうし、黒髪黒目という特徴を持つ『勇者ユタカ』が依頼を受諾していることだって筒抜けのはずだ。


 隠す意味がない。

 むしろ、公にして仕事してますアピールをした方がメリットがある。


 にしても、キルケか。

 聞き覚えのない名前だ。幹部連中の関係者ってわけでもないか。

 これだけ水魔法に精通しているっていうのに。


 凄いもんだな、ミドルドーナの魔術師は。


「縁があればまたお会いしましょう」

「うん、じゃあね」


 そうして、魔力の残滓を土産に、彼女は転移していき。

 数十分ブラブラしていたら、カシスが迎えに来た。


「どうだった?」

「何も……あぁ、ミドルドーナの魔術師とバッティングしたよ。

 手が足りてないのはわかってるけど、杜撰だよね」

「へぇ。私の知り合いかしら」

「キルケだって。知ってる?」

「……聞いた事ないわね」


 カシスが知らないって事は、たいした家系でも無いんだろうな。


 魔法学校だけでもそれはもう凄い人数がいるだろうし、卒業者もあわせたら数え切れるはずもない。だいたい、俺だって今や、かつての同級生の顔と名前が完全一致するとはとても言えない。大学なんて尚更だ。


 この世界には戸籍だってないしな。

 有象無象をいちいち把握する手段はないのだ。


 まぁいいか。


「で、そのキルケがミドルドーナへの報告はしてくれるらしいから。

 俺たちはアジトに帰ろう」

「わかったわ」


 実りのない一日だった。

 ……こんな結果で、カリウスは納得するのだろうか。

 前金をもらっている分、なんかもう少しやらなければならない気がする。


 はぁ。仕方ないな。

 何か考えておこう。



---



 それから何の進展もなく日々が過ぎ。


 暑い。

 とにかく暑い。

 暑すぎる。


 ユーストフィアは現在、真夏である。

 この世界に冷蔵庫とかいう概念も、冷凍庫も存在しない。

 クーラーも無ければ、扇風機もない。


 日本の猛暑日とまではいかないが、体感で30℃は超えているであろう気候。

 食い物はすぐに腐るので毎日カシスに買いに行かせている。

 買い溜めなんてすると、気付けば凄まじい悪臭が漂ってしまうので、彼女も文句言わず毎日せっせと何人か連れて転移しては食材を買いこんでくれているのだ。


 それほどの暑さに、人々が耐えられるはずもなく。


「『風魔法・旋風』」


 こんな感じで、誰もが魔法を頼りに四季を乗り切っている。

 そのせいで科学が発展していないんだろうな。


 とはいえ、生温い風でも無いよりはマシ。

 俺は自分が発生させた風で涼みながら、この温暖化を乗り切るための対策を考えていた。


 アジトの中では大多数が死にかけている。

 風に下にゾンビのように這ってくる屍達。

 彼らの亡骸を踏み潰して、俺は前に進まなければならないのだ。


「暑いから近寄るな」

「お頭ぁ! それはお頭でも許しませんぜ!」

「そうっす! もっと俺たちに風を! 愛を!」


 うざいきもい。


 ガンラートを中心にブーブーと文句を言う盗賊ども。

 限定空間に人が多ければ多いほど、人口密度の関係で暑さが加速する。

 お前らを涼ませている余裕はないんだ! どけ!


 ちなみにこの状況でも平気そうな奴が三人ほどいる。


 まず幽霊兄妹。兄は幽霊だからともかくとして、メイもケロッとしている。

 子供のエネルギーは凄まじい。

 最近暑さにやられているガンラートに構ってもらえなくて、少し寂しそうだ。

 そのぶん兄と遊びまわっているので、エンとしてはいいのかもしれないが。


 次にカシス。


「みんなだらしないわね、この程度で」

「カシスがおかしい」

「そうだよ! 身体が溶けそうなんだけど!」


 炎魔法を操る家系だからなのか、何なのか。

 こいつは暑さに強いらしい。

 勿論、いつものローブは着ないで、露出度が無駄に高い薄着となっているが、完全にダウンしている俺たちほど死に体ではない。


 ちなみに、逆に冬はダメだと言っていた。

 次の冬が楽しみで仕方ないな。


 そんなカシスは、実家に呼び出される機会も増えてきた。

 立場的にも利権的にも、もはや放置はできない。

 あの会議の時のエルセル=リックローブの無様さを考えても、今のカシスは、出来るだけ丁重に扱わなければならないのは間違いないからな。


 最近は、未熟とはいえ炎魔法を使えるようになったし。

 魔物討伐でもそれなりに役立っている。

 紅蓮の家系として恥とまでは言い切れないだろう。


 カシスとしては複雑な心境らしいが。


「今までが散々だったからかしら。

 素直に喜べないわ」


 自分の感情が理解できない様子で、不思議そうにそう言った。

 人、それを手の平返しという。

 少なくともそう簡単に信用は出来ないだろうな。


「実家で生活したいなら、それでもいいんだよ。

 必要な時に来てくれたら」

「嫌よ」


 こんなところに住めないとか言っていたお嬢様が何を言うやら。

 とにかく出ていくつもりはないらしい。

 好きにすればいい。仕事さえすれば文句は言わない。


「お兄ちゃん! 見て見て、凄い!」


 ふと甲高い声に視線を送ると、メイが俺の風魔法に乗って中空を漂っていた。

 いったいどうやっているんだろう。俺自身は上手く飛べないというのに。


「あ~メイを見てると和むよね~」

「ユタカ様は小さい子が好きなの?」

「わーわーぎゃーぎゃー騒ぐ誰かたちよりはね」

「どういう意味!?」

「誰の事よ!」


 お前らの事だよ。

 そんなセレーネも、俺の風魔法の近くに寄って涼を得ていた。

 こいつ……聖女服の頃は絶対こんなにダラダラしなかっただろうに。


 カメラとかあればな。

 写真をシャルマーニ全土にばら撒いてやりたい。


「ユタカ……そんな事言ってると、痛い目を見るわよ?」

「何のことやら」

「『魔力吸収アブソーブ』」


 パチンと指を鳴らしたかと思うと、風が彼女の手の平へ収縮していく。

 おいふざけんな。


 そして手に乗る風を散らし、魔力の粒子に戻したかと思うと、みるみるカシスの身体に吸収されていった。


 この魔法は転移に並ぶチート級だと思う。

 何でここまで支援魔法を使いこなせるカシスが落ちこぼれと称されているのか。

 リックローブ家の闇は深い。


 とにかくおかげで涼を失って、周囲からバッシングが吹き荒れた。

 カシスは涙目になっていた。哀れ。


 この暑さに対抗するべく。

 氷を発生させる魔道具を大量購入してくればいいと気付いたのは、それからさらに数日が過ぎた頃だった。


 ガッデム。


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