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第十話 指輪物語

「……ただいま」


 宿に戻ると、セレーネが復活していた。

 まだ若干気持ち悪そうだが、起き上がって飯を食えるぐらいには。


 そうか。もう夕食の時間だもんな。


「おかえり、ユタカ様。

 今日はごめんなさい」

「いいよ、おかげでまた君を脅すネタが出来たからね」

「あの、やめてね? 本当にね?

 教会に噂を流されたら、私もう生きていけない」


 やだなぁ。俺がそんな鬼畜な事するはず無いじゃないか。

 せいぜい盗賊団内で吹聴して回るだけだ。

 ガンラートやカシスという証人もいるから、その信憑性はバッチリだ。


 人気のセレーネの痴態ともなれば、噂が広がる速度も期待できる。

 嬉々として酒を飲ませようとする奴も現れるかもしれない。


 まぁ、それでレイプしようなんて奴がいたら容赦なく殺すが。


「カシスとガンラートは?」

「まだ帰ってないよ」


 そうか。あいつらも自由人だな。


 ……大丈夫、何も悟られていない。

 これでもポーカーフェイスは得意な方だったはずだ。

 油断していなければバレる事はない。


 と、それこそがまさに油断だったのだろうか。


「あっ」

「わぁ! ちょっと! 無くしちゃダメだよ!」


 首元にかけていた指輪だったが、紐が切れて落ち、床をコロコロと転がっていく。

 それをまるで自分の物かのように必死に追うセレーネ。


 足元の小さな何かを負う、その姿はさながら子犬のようだ。

 こいつには犬という称号が相応しい。


「ユタカ様! これは本当に大事なものなんだから、もっと大切に扱ってよ!」

「俺にとっては忌々しいとしか言えない」


 精霊の欠片である。イーリアス教会の伝承が本当ならな。

 粉砕してユーストフィアの空に還してやりたい。


「俺たちみたいな被害者が出る前に、いっそ破壊してしまった方が地球のためじゃない?」

「それは……二人には本当に申し訳ないし、こっちの身勝手な都合だと思ってるけど……」


 そうだ。もっと謝れ。

 何が勇者だ。聞こえのいい言葉で誤魔化しやがって。


 それを考えたら、教会の利権とか無視して誠心誠意俺に協力すべきだよな。

 セレーネも、くだらない脅迫なんて覚えている暇があったら、もっと世界のために動けばいい。


 いっそこの国なんて出てしまおうかな。

 別の国なら余計な柵もなく協力してくれるんじゃないか。


「……待って、ユタカ様。今、凄い事考えてない?」

「シャルマーニを出て別の国に行こうかなって。

 バカみたいに内部争いしてる宗教は邪魔だし、無駄に対価を求めてくるし、他の国の方が気楽にやっていけるような」

「待って! 待って! お願い、それだけは待って!」


 必死である。


「まだハルカ様は国内にしか来てないでしょ!

 魔物の被害も、大きいのは国内だけ!

 行かない方がお得だよ!」

「いや、転移があればいつでも飛んでいけるし」


 数分間。

 セレーネはあの手この手で俺を国内に留まらせようとしてきた。

 こんなに必死だと逆に出て行きたくなる。


 何も本気で亡命しようとは思っていないさ。


 アジトという拠点は便利だし、またゼロからネットワークを作り上げるのは面倒。他者の弱みを握るってのは、結構手間もかかるし危険も大きい。今のところ魔術ギルドも協力的で、デメリットもあるがメリットの方が大きい。


 シャルマーニから出るなんて選択肢はない。


「じゃあセレーネは何をしてくれるの?

 俺が遥と会って、帰るために何ができるの?」

「……わ、私がユタカ様に渡せるものは私自身しか……」

「いらない」

「なんでさ!」


 遥に顔向け出来なくなるからいらない。


 よくわからないけど物凄く怒られそうな気がする。

 闇堕ちが加速しそうな気がする。

 だいたい、さっき手を出したら殺すとか言われたばっかりだし。


 しかもこいつを手に入れたところで遥には会えないし、帰れない。

 百害あって一利なし……いや一利ぐらいはあるか。


 というか腐っても聖女がそんなホイホイ身体を投げ出すなよ。


「随分安い女だね」

「ユタカ様。我々にとって、神である勇者様の血を受け入れることは尊き事。

 今後、決してそのような言い方はされぬ様」

「随分安い女だね」

「二回も言わないでよ!」


 ギャーギャー煩い。

 そういうところが子供っぽくて、女としての魅力を下げていると気付いているのだろうか。


「で、何ができるの?」

「え!? え、えっと……。

 そうだ、この指輪の話をするよ」


 そういえば、指輪の話はほとんど聞いていなかった。

 出し惜しみされたのかもしれない。

 もしもそうだったらさっきの台詞をみんなに公表して回ろう。


 そして、セレーネは指輪の伝承を語り出した。



---



 精霊がその身を捧げ創り出した指輪は、勇者と共鳴する。

 勇者現れし時、その指輪は瞬き、どこからか彼の人を連れてくる。

 それはこの世界の事もあるし、別の世界の事もある。


 導かれし彼の人は、運命か、偶然か、必ずこの指輪を手にし、やがて魔王を打ち倒す。


「ふーん」


 それはもう知ってる。


「だから、その指輪がないと勇者様が生まれてもわからないんだってば」

「聖剣は?」

「聖剣デュランダルは、所有者である勇者様が直接手にする事でしか、その人が勇者様だとわからない。勇者様以外の人じゃ重すぎて持てない」


 試しにセレーネに持たせてみたら、ギャグみたいに腕ごと地に落ちた。

 いくら彼女が非力と言っても、そこまで重いはずがないので、どうやらその話は本当らしい。


「痛い痛い痛い痛い! ユタカ様お願いだからどけて!」

「……どうしようかな」

「すいません! 最近調子に乗ってました!

 お願いします! お願いします!」


 がっかり聖女があんまりにも哀れなので、そっと聖剣を持ち上げる。

 全然重くない。片手で振り回せるレベルだ。


 セレーネは自分の手に治癒魔法をかけ、息を落ち着かせてから話を再開した。


「その指輪は、代々教会が管理して、勇者様が現れる日を待っている。

 勇者様が現れたらその人に手渡して、最後に返してもらう」


 凄まじく危険な事だ。


 なぜ渡す必要があるのか理解できないが、日夜戦い続ける勇者なんかが持っていたら、あっという間に無くしてしまいそうだけどな。


 俺だって、これまで所持し続けられたのは完全に偶然である。


「俺が持ってたら平気で無くしそうだから、セレーネにあげるよ」


 と、軽く手渡した瞬間に理解した。


 再生能力が失われている。

 なるほど、これは持っていないとマズイ。

 指輪無しで遥と戦ったらあっさり死ぬ。


 やべぇ。


「ごめんやっぱり返して」

「勿論返すけど……」


 色々と納得していない様子である。

 当然だ。俺でさえ初めて知ったのだから。


 要するに所有権的なモノを放棄すると、再生能力が失われるって事だな。

 じゃあ預けるだけならいいかな、と思ってもう一度やってみたら、やっぱりダメだった。


 再度セレーネに返還してもらう。

 意図的に手放すのがダメなのか。

 つまり、盗まれたり、落としたりしても、すぐには効果が切れない。

 そりゃそうだ。ついさっき落とした時にも、別に何も思わなかった。


「何なのさ」

「気にしないで。指輪の効力を確認しただけだから」


 仕方ない。

 今後は厳重に管理しよう。


 指輪のせいで痛みへの恐怖や苦痛が完全に麻痺している気がするが、それはそれで、死ぬよりはマシだと思いたい。呪いなんかじゃないさ。うん。


「指輪を勇者が持たないといけない意味は、だいたい納得したよ」

「それはよかったよ。だから無くさないでね!」

「わかったって。それで、もうひとつ聞きたいんだけど」


 何故この指輪を、俺が召喚された瞬間、シャルマーニの姫が持っていたのか。

 役割を考えると遥が所持しているはずじゃなかったのか?


 みたいな事を伝えると、彼女は推測を語り出した。


「その場にはハルカ様もいたんだよね?」

「うん、あと、死んだシャルマーニの王や幹部らしき人と、兵士の死体が転がっていたね」

「……恐らく、遠隔で選定の魔法を使ったんだ」


 勇者を選ぶ魔法。


 シャルマーニの王家と、イーリアス教会の重役しか使えない秘伝。

 言葉の通り、指輪に勇者を選ばせる魔法である。

 ちなみにセレーネも使えると本人談。


 この魔法を使った時に、勇者となるべき人物が存在すると、伝承の通りに指輪が輝き、勇者を導くらしい。いなかったら何も起こらない。


「つまり、姫様はその状況を見て、ハルカ様を止めてくれる人を求めたんだ。

 姫様とハルカ様は交友があって、仲が良かったはず。

 見ていられなかったんじゃないかな」


 勇者が遥だから……というより、遥が魔王に堕ちたから、それを止めるために、幼馴染である俺が選ばれた。


 聞くだけなら悪くない選択だ。

 俺が事前に知っていれば、是が非でもこの世界に来ようとするだろう。

 よく俺を選んだ。もしも精霊とやらに会ったら褒めてやろうか。


 そういやあの姫様。


「シャルマーニの姫様、俺が看取ったわけだけど、遥の魔法とか関係なくボロボロだったよ」

「……姫様はね、国に殺されたようなもんだよ」

「はぁ?」


 セレーネによると。


 シャルマーニ王には二人の息子と、一人の娘がいた。

 そして、娘以外が教会の謀に乗っかり、勇者とその仲間を亡き者にする事を決めた。


 ハルカと親交があった姫様は、

 ただ一人、家族へ、民へ、その異常性を訴えた。

 指名手配の取り下げを願った。


 その結果、国への反逆者として投獄された。

 最後は何らかの手段で牢から逃げ出して、あの場に居合わせたのだと思われる。らしい。

 理解できない。


「頭おかしいんじゃないの?」

「それは否定できないよ。あの頃の王家は異常だった。

 教会内部にも言える事だけどね。

 あの兄でさえ、当時の教皇よりは遥かにマシなんだ」


 カリウスでマシとか救いようがない。


 異世界ってクソだな。

 夢も希望もない。

 今すぐ日本の庶民的な生活に戻りたい。


 俺は大きく溜息をつきつつ。


「それで?」

「え?」

「続きは?」

「ないよ?」


 無いなら仕方ないな。


「じゃあ、俺はシャルマーニ領内から脱出するよ」

「待って! 待って下さいユタカ様!

 えっと……えっと! あの、その!」


 もう思いつかないらしい。

 それなら国を出ちゃうよーチラッチラッと何度か遊んでいると、セレーネが驚き戸惑い混乱した表情をしていた。


「何?」

「ユタカ様の笑った顔は初めて見たよ」

「そんなはずないでしょ。

 ユーストフィアに来て何カ月過ぎたと思ってるのさ。

 内心楽しんでた事はあるよ」

「本当に無いよ。これが初めてだよ。

 理由は最低だったけどねっ!」


 何を言う。最高じゃないか。


 しかし、それは意外である。

 何だかんだで結構楽しんでいた事もあるはずだ。

 メイと遊ぶ時とか、メイと遊ぶ時とか、あと、メイと遊ぶ時とか……?


 あれ……俺ってロリコン?

 いやそんなバカな。

 うん。小さい子って和むよな、何も考えていなくて。

 ささくれた心が癒されていく気がするからな。


「まぁ、セレーネを苛めるのは楽しいからね」

「何で! どこが!?」

「その反応の全てが」

「では口調を元に戻しますね」

「無駄だよ」


 そこは問題ではないのだ。


 その後、セレーネの無駄な訴えをテキトーにあしらいながら、自分の心境の変化を考えていた。


 きっと。

 周りに救われている部分はあるのだろう。

 少しだけ自覚して、その日を終えた。


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