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第九話 それは胡蝶の夢のように


 心臓が跳ね上がり、時間が停止したように思えた。

 振り向いたその顔は、確かに俺がよく知るその顔で。


「……? あ、豊! 久しぶりだね!

 よく私だってわかったね!」


 多少裏返りかけているその声も、確かに俺がよく知る声だった。


「どういう意味だ?」

「これでも幻覚系の魔法で、姿を変えてるんだよ?

 やっぱり豊は凄いね、わかっちゃうんだ」


 なるほど。

 さすがに指名手配をかけられている王都で、顔も隠さず堂々と闊歩しているわけがなかったか。

 つまり、俺以外には彼女は別の人物に見えているのだろう。

 便利な魔法があるな。水を使ったものだとすると、蜃気楼みたいな?


 俺が遥を認識している理由もよくわからないが……聖剣か、指輪か。

 謎パワーが作用しているのだろう。


「じゃあ、さっそく戦おっか!」


 やっぱりこうなるんですか。


 どうしよう。作戦とか何も考えてない。

 本当に思わず手を掴んでしまっただけだ。


「いや……俺は今一人だし。ここ街中だし」

「大丈夫だよ! この距離ならきっと私を瞬殺出来るし!」

「そういう問題じゃねーよ」

「ね? やろう? いいよね? ね? いいでしょ?」


 いいわけあるか。


 遥の言う通り、今なら遥をあっさり殺してしまえるだろう。

 呪力も使っていないみたいだし、まだ魔力を練っていない。

 俺が聖剣を使って首を跳ね飛ばす方が絶対に早い。


 が、そういう事がしたいんじゃなくてね。


「……遥、お前この間、俺に負けたよな。

 確か喧嘩した時は、負けた方が罰ゲームって言ってたっけ」

「懐かしいねー。じゃあ、罰として無抵抗で戦う?」

「いや……」


 うーん。


 無抵抗で戦うってなんだ。それは戦いって言うのか。

 これ、俺の話を聞いているようで全然聞いていないパターンだ。

 困ったな。何か押し切られて、結局戦う事になりそう。


 遥のペースに流されてはダメだ。

 こうなったら。


「遥。俺とデートしよう」

「え?」

「戦闘禁止、逃走禁止。夕方まで、俺に付き合え。それが罰ゲーム」

「え? 何で?」

「負けた方は従わなきゃならないって、お前が決めたんだよな?

 約束を破らないのが信条だろ? そんなあっさり反故にすんの?

 そんなに落ちぶれたの? それとも嫌か?」

「えぇっと、待って、嫌っていうか、そんな事してる場合じゃないっていうか」

「嫌か?」

「……嫌じゃない、けど……」


 嫌じゃないなら。

いいよな。


 デートしようなんて言われた事ないし、と、頬を染めてボソッと呟く遥は、最高に可愛かった。



---



 そういうわけで、俺たちは平和的にデートを楽しむ事にした。


 まずは腹が減っていたので飯だ。

 昨日とは別の店に入り、店員に注文する。


 メニュー表の字面ではどんな食い物なのか全くわからなかったが、それなりに客も入っているし、マズくはないだろう。

 それとなく他の客が食っているものに視線をやると、また例によってスペイン料理っぽい。


「そもそもお前は何しに王都に来てんの?」

「おなかすいたから」


 魔王だって腹は減るらしい。

 そりゃそうだ。俺だって勇者になったけど腹は減るし。


 一切食わなかったらどうなるんだろうか。


 餓死するのか?

 それとも、勝手にどこからか栄養が注入されて復活するのか?

 気にはなるけど試したくはない。


「豊はどうして?」

「カリウスに呼び出されたから」

「カリウスって、誰?」


 え、知らないの? マジで?


 そういえば、カリウスは元々何処で何をしていたんだろう。

 遥がカルターニャを襲撃した時、その場にいなかったのは間違いない。

 いたら既に死んでいるはずだ。


 調べてみればすぐわかると思うが……なんか嫌だな。

 あいつのために労力を使いたくない。

 そのうち気が向いたらセレーネに聞いてみよう。


 なんて、俺が答えに困窮しながら余計な事を考えていると、料理が運ばれてきた。

 これはどう見ても。


「パエリアじゃん」

「うん。美味しいよ、魔物の肉とか混じってるけど」

「いや、そうじゃなくて。疑問に思わないのか。

 ここ異世界だろ? 日本じゃないんだぞ?」

「……? 何を?」


 細けぇことはいいんだよ!

 なんて、ありがたいお言葉を思い出した。


 そりゃあ、慣れ親しんだ飯が食えるのは嬉しくはあるし、食が合わないってのは海外旅行でも死活問題だから、良いといえば良いんだけどさ。


 納得いかない。俺の器が小さいのだろうか。

 食ってみると俺の舌によく合っていて、余計に複雑な気分になった。

 ちくしょう美味い。


「そういえば、セレーネちゃんとカシスに、エン君やメイちゃんも一緒なんだよね!」

「あぁ、まぁ。色々あって」

「みんな可愛いよね!

 私、何回もセレーネちゃんお持ち帰りしようと思ったよ!」

「お前は何を言っているんだ」


 お持ち帰りっていったい何処に? 日本に?

 しかも意味わかって使っているんだろうか。

 ただノリだけで喋っている気がするぞ、おい。


 しかし。


 こうして腰を据えて話してみると、意外となんとでもなるな。

 ちょっとテンションがおかしいが、昔から常時ハイテンションな奴だったし、許容範囲内ではある。

 目のハイライトは消えたままとはいえ、この程度なら大丈夫だ。


 もしも俺の存在がこいつの精神安定剤になっているのならば、毎日殺し合ってもいいんだけどな。アジトの場所を教えたら襲撃に来てくれないだろうか。


 遥と。

 会話が成り立っている事が、素直に嬉しい。

 このまま連れて帰れないかな。


 セレーネなんかよりお前をお持ち帰りしたいところだよ。


「あ!

 でもセレーネちゃんに手を出したらダメだよ!

 犯罪だからね!」

「出すかボケ!」

「そうかなー? 豊は意外とモテるからなぁ。

 奈津美とか、B組の酒井さんとか、告白されたでしょ?」


 随分と懐かしい名前を聞いた。

 高校二年生ぐらいだったか、確かにそんな事もあった気がする。

 何となくピンと来なくてすぐにお断りしてしまったが、今なら何で考えもしなかったかよくわかる。


 はぁ。

 俺はどうして。

 こんなバカに惚れてしまったんだろう。


「だからってセレーネはないわ」

「何かしたら……もぐ……豊を殺しちゃうよ?」

「死なないから。というか、お前は口にモノをいれたまま喋るな!」


 溜息をつきながら。

 こんな時間が永遠に続けばいいのにと、俺は思っていた。



---



 もうすぐ日が暮れる。

 街外れ。人気のない場所で、遥の華麗なる土下座が炸裂していた。


 食事を終えた俺たちは、誰がどう見てもデートだろうという感じで手を繋ぎながら、シャルマーニの娯楽施設を回って歩いた。俺はもう幸せで胸がいっぱいだ。


 その結果。


 射的。俺の余裕勝ち(聖剣あり)。

 型抜き。俺の余裕勝ち(遥は二秒で破壊した)。

 カジノでポーカー。遥が全財産を失った。


「ねぇ豊。私の命をあげるから、お金貸して下さい」

「全然取引になってないからな。いいよ、恵んでやるよ」

「ありがとうございます。このご恩は命をかけてお返しします」

「返さなくていいから」


 金貨袋から幾ばくかの金を取り出し、遥に握らせる。

 そういえばこいつの金策はどうなっているのだろう。

 貧乏生活だったりして。


 魔王のくせに。

 魔王の、くせに……。


 ………………。


「遥」


 俺は、立ち上がった遥と向かい合う。


「どうしたの? え、やっぱりダメって言うつもり?

 嫌だよ! ご飯食べないと死んじゃうよ!」

「……死にたいんじゃなかったのか?」

「……あ…………」


 それはずっと前から気付いていた事。


 私を殺して、なんて。

 そんな事を、本気で言っているとは思っていない。


 もしも本当に遥が殺されたいなら、戦う必要なんてないよな。

 俺相手じゃなくても、丸腰で魔物にでも向かっていけばすぐに殺してくれるさ。


 あるいは、本気でただ死にたいだけなら、自殺すればいい。

 今の遥は、俺と違って死ぬはずだ。

 何処かで身投げするだけで、その望みは叶う。


 だけど、そんな事をしようとは思っていないんだろう。

 俺と戦って、世界の敵として討たれる。

 多くの人を殺してしまった遥の、それが、遥の――。


 遥は両手で耳を塞いでしゃがみこむ。

 カランと、その手に持っていた杖が地に落ちて音を立てた。


「豊。お願い。何も言わないで」

「……」


 全て茶番だ。茶番なんだ。


 狂いきれていない遥の。


 何処で糸が切れてしまったのか、そんな事はわからない。

 仲間が死んだ時か、世界の裏切りを知った時か。


 わからないけど。

 遥が本気で大量虐殺したいなんて思うはずがないんだ。

 それはわかっている。


 俺がこの世界で一番、遥の事をわかっている。


「遥、俺と一緒に帰ろう」


 耳を塞いでいた手を強引に外して、俺は言う。


「……帰れ、ない」


 小さく、それは小さくか細い声だった。

 囁きと言ってもいい。

 風に吹かれて消えてしまいそうなほどの、小さな声だった。


 これ以上は、ダメか。


 追い詰め過ぎるとさらに壊れてしまう可能性がある。

 本当に、戻れない領域までいってしまうかもしれない。


 俺には精神治療の知識なんてない。

 こういう状態の遥に、どう対処するのが正解なんだろうか。

 もっと勉強しておけばよかったな。


 俺は、ポケットに手を突っ込み。


「これ、やるよ」

「……? なぁに?」

「プレゼント。水魔法が強くなるブレスレットだってさ」

「誕生日はまだ先だけど」

「知ってる。いいから受け取れ。俺が持ってたってしょうがないだろ」


 手を引いて無理矢理立ちあがらせて、無理矢理腕にはめてやった。

 やっぱり似合うな。俺の見立ては間違っていなかった。


「誕生日プレゼントは、また今度な」

「……ありがとう」


 噛みしめる様に。

 遥は俺があげたブレスレットを眺め続けながら、数秒置いて。


「……『転移』」


 また、いつものように足元に魔法陣が広がる。


 もう完全に日が暮れてしまった。

 約束では夕方までだったもんな。


 異世界での二回目のデートは、これでおしまい。


「豊。あのね……」

「なんだ」

「……やっぱりなんでもない」


 なんだよ。


 聞き出そうと思ったのだが、そんな時間もなく。

 魔力の粒子が遥の身体を包んでいく。


 名残惜しそうなその表情が胸に突き刺さった。

 きっと、俺も同じ表情をしているだろうから。


「じゃあね……また、今度」


 そうして。

 闇夜の中で、悲しげな声が響き渡り。


 遥は姿を消した。


「……バカやろう」


 吐き捨てた俺の言葉は、風に乗って王都の夜に飲まれていった。


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