第八話 がっかり聖女
たとえ時の為政者がクズでも、飯は美味いし、娯楽は楽しい。
国とはそういうものだ。
日本だってやれ政治と金だ、天下り、不倫だと色々言われていたが、それはそれとして、飯は美味かったし、娯楽はたくさんあった。
トップが誰であろうと、庶民にはあまり関係がない。
少なくとも、短期的には。
というわけで、さすがに脳が疲れた俺たちはシャルマーニの繁華街を大いに楽しんだ。
繁華街は、武器防具屋とかそんなのもあったが、どちらかといえば縁日みたいな店が多かった。射的とか、型抜きとか、魔物肉の焼鳥屋とか、ゴーカートのようなものとか。輸入したの絶対に日本人だろ。
ちなみに魔法は禁止で、俺限定で聖剣も禁止された。
それでもさすがに負けない。
途中、カジノの裏手にある怪しげな店の前でガンラートと出会った。
「お頭。一緒に行きますか?」
「……うん……いや、でも……」
「それはそれ、これはこれですぜ」
確かに、それはとても魅力的な提案だった。
確かに、それとこれとは別問題だと思った。
俺だって童貞だし……いや、でも俺は遥が……。
とか悩んでいるとセレーネに腕を引かれ連れ去られた。
やはり即決即断が大事なのだろう。男としては。
「ユタカ様! 勇者は不健全な店に行ってはいけません!」
「勇者じゃないし」
俺の知っている超有名ゲームの勇者だって、平気でぱふぱふに行っていたし、カジノで一文無しになったりしていたぞ。主にプレイヤーのせいだが。
ガミガミと説教されるのを総スルーして、土産屋に入って色々と購入。
煙草をふかせながら、店主らしきおっさんは来店した俺たちに声をかけた。
おい。態度悪すぎだろ。どうなってんだ異世界。
「らっしゃーい」
「こんにちは。何かお勧めある?」
「そんなもの好きに買えばいいさ」
やる気あんのか。
ちなみに、シャルマーニに来てからは基本的に聖剣をローブの裏に隠しているか、そもそも現出させていないので、俺が勇者だと言う事はバレていない。
セレーネも聖女スタイルじゃないからか、チラッと見る人はいても気付く様子は無い。身分は服を着る、とはよく言ったものだ。
展示されている商品を確認すると、なかなか面白そうなものがたくさんある。
食い物は勿論、何に使うの? と思われる砂が落ちるだけの小物や、城にあった教会のミニチュアなどなど。遥が喜びそうな店ではある。おぉ、なんか聖剣を模ったおもちゃも売っているようだ。なかなか完成度が高い。
さて、俺は。
まずエンとメイ。ガンラートも買っているが、いいだろう。
エンには小型プラネタリウムみたいなものを発生させるおもちゃ。
魔法を使っていて、夜になると勝手に光るらしい。
巷で噂の魔道具らしく、少々値が張るが、最近全く金に困っていないので問題ない。
あいつは見て聞いて楽しめるものじゃないとダメなので、これ。
次にメイ。メイにはお菓子を買っておいた。
どこでどう作っているのか知らないが、どう見てもバスクケーキにしか見えない物があったので買っておく。
お早めにお召し上がり下さいだとさ。
モブ盗賊どもには一発ネタみたいな土産を大量に買っておいた。
さすがにそれだけじゃかわいそうなので酒も購入。
軽く試飲したら美味かった。
あとは。
「何よそれ? 綺麗なブレスレットね」
「ユタカ様が自分でつけるの?」
「遥にだよ」
渡せるとは思えないし、むしろ既に持っているんじゃないかと思うが、一応念のため仕方ないからついでに買っておく。値札を見たらプラネタリウムより高かった。ありえん。
「ふーん。ふーん?」
「ニヤニヤすんなうざい」
「魔道具みたいね。効果は……水魔法の威力向上かしら」
「やっぱりユタカ様って、時々バカだよね」
失礼な。あいつを何とかして味方になった時に役立つだろう。
あれ、でもそんな状況ならもう敵もいないし、目的は達成したし、さっさと日本に帰ればいいよな。
……いいんだ。プレゼントは気持ちだ。
似合いそうだからな。
そうやってワイワイやりながら、一度宿に戻って、荷物を置く。
大量の土産が敷き詰められた部屋は、それはもう狭かったが。
見なかった事にして、俺たちは夕食に向かった。
途中でガンラートと遭遇し、一緒に飯屋へ。
「ガンラートは結局何してたの?」
「それはもうイロイロでさぁ」
「今度二人で行こう」
「ユタカ様。それ以上言うなら全部ハルカ様に言うよ」
「さっきの、カリウスへのあれやこれやの罵倒。
文に纏めて教会に提出される覚悟があるならやればいいよ」
「ごめんなさい無いです」
「脅す相手が悪かったわね」
「そいつぁ聞きたかったぜ」
「本当にやめて! 許して!」
ぐだぐだダラダラとした会話が続く。
こんなのも久しくなかったな。ずっと気を張っていた気がする。
当面の方針や地盤も固まって、少し気が抜けたのかもしれない。
前に進んでいく事は重要だが、焦ったって仕方ないし、何も解決しないのだ。
だから少し落ち着こう。冷静に問題を解消していく必要がある。
こんな休肝日が、あったっていいはずだ。
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そう、緩んでしまったのがマズかったのかなぁ。
「ニホンじゃ違うらしいけど、ユーストフィアでは16歳で成人なんだ。
だから私がお酒を飲んでも大丈夫。そうでしょ? 戒律? ないよ?」
カシスが同意したので、特に止めなかったところ。
セレーネは美味しそうに飲んでいた。何でも、初めての飲酒らしい。
その言葉を聞いて不吉な予感はしていたのだが、ガンラートが調子に乗って飲ませ続けてしまった。
結果、完全に泥飲。
公衆の面前でカリウスへの放送禁止用語を喚き始めるという大スキャンダルを回避すべく、俺たちは金を置いて店から脱走した。
逃げる過程で、いつの間にかガンラートが消えていた。
全く気付かない早業だった。
次にカシスが俺とセレーネを宿屋の部屋に転移させた。
奴は帰って来ない。アジトへ逃げた可能性すらある。
だから俺は一人、延々と酔っ払いの戯言に付き合う羽目になったのだ。
「昔から兄上はダメだったんだよね!
敬虔な信者を見下しているし、だいたい、ユタカ様にお前って! お前って!
お前の方が謙る立場だろって!」
「はいはい。そうだね」
他人より遠い、とセレーネは言っていた。
実に兄にそこまで言えるってどんな環境だろう。
俺には兄弟がいないからわからない。
でも、幽霊兄妹を見る限りは、日本の常識が当てはまると思う。
ちょっとシスコンとブラコンを拗らせているが、二人とも、見ていて微笑ましくなるくらいには仲が良い。
セレーネとカリウスは、恐らく10歳近く離れているだろう。
同じ金髪碧眼ってところが血の繋がりを思わせる。
でもそれ以外に一切の共通項は無いとまで言えてしまう。
尊大で、民を見下し、血統を誇示し、イーリアスへの狂信的な態度を見せていた。
セレーネは、兄を反面教師にして育ったのかもな。
「それで? ユタカ様とハルカお姉ちゃんは恋人なの?」
「幼馴染だよ」
「知ってるよ!」
何で知ってんだよ。
こいつはその手の話が好きだ。あと、勇者に憧れている節がある。
アジトでも恋愛トークや勇者伝説の話題になると目をキラキラさせている。
お年頃だからなぁ。
誰が、どの辺で、教育方針を誤ったのだろう。
「じゃあ私は? カシスは? メイちゃんは?」
「セレーネはがっかり聖女で、カシスはデレないツンデレ。
メイは天使」
「がっかりって何さ!」
「誰がどう見ても、今の君はがっかりだよ」
明日のセレーネが楽しみだなぁ。
願わくば記憶が消えるタイプじゃなければいい。
そう思いながら、俺はセレーネが寝落ちするまで、彼女の暴走に付き合ったのだった。
勝手に俺の膝を枕にして眠るセレーネを見ていると、少し遥を思い出させる。
あいつは酒なんて飲まなくても、不意に糸が切れたようにこんな感じになる事があった。子供か。
俺も逃げれば良かったと気付いたのは、彼女が完全に寝入ってからだった。
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翌朝。
「……頭痛い…………」
いつの間にか戻ってきていたらしい、カシスと一緒に朝食の席に降りてきたセレーネは、それはもう酷い顔をしていた。二日酔いである。俺も初めて二日酔いになった時は信じられないぐらい辛かったな。
ちなみに、当然だが男と女で部屋は別だ。
そういうイベントは予定していない。
ガンラートは起きたら部屋で寝ていた。
「じゃ、朝飯食ったら転移で帰ろう」
「待って、本当に待って……それ聖女としてアウトな未来が見えちゃう」
もう充分アウトです。
ちなみに記憶は残っているようだったが、頭痛と吐き気でそれどころじゃなさそうだったので、ネタにするのはやめておいた。反応がなきゃ面白くないし。
結局、水だけ飲んでまた寝たセレーネが復活するまで待つ事に。
これは今日はダメっぽいと判断した俺たちは、自由時間って事で夕方まで解散した。
そして俺は一人、繁華街の防具屋に来ている。
俺の装備は、武器はともかく、基本的に盗賊時代のままだ。
鎖帷子を着込み全身を覆うローブを羽織って、色々と隠せるようにしている。
のだが、遥との戦闘もあって、もうボロボロである。
死なないから防具なんていらない、と言い切るほどバカじゃない。
肉体が再生するのだってタイムラグはあるのだ。無事な方がいいに決まっている。
そんな感じで、シャルマーニで一番高い鎧を購入した。
いわゆるミスリル銀で作られた軽鎧で、非常に軽く、機動性重視だ。俺から機動性を奪ったら何も残らないからな。
ローブも似た感じのものを買い、盾は迷ったが見送った。
正直邪魔だ。小手だけ買っておこう。
次々と装備を一新していく。
勇者とは言わないが、戦士っぽくはなった……か?
アサシンとかそういう系統の方が近いかもしれない。
「あんちゃん、随分と金持ってんな」
「臨時収入があっただけ」
「最近は魔物の被害も酷いらしいからなぁ」
「そんなところだよ」
防具屋のおっさんは如何にもって感じの、髭を生やし、禿げ頭が眩しい気さくなおっさんだった。どうやら傭兵とでも思われたのか、それ以上の詮索もされず助かる。剣を持っていない事を若干訝しんでいたくらいだ。
気前の良い客という事で邪険にされず、互いに愛想良く手を振って店を出た。
また必要になったらここに来よう。
見上げると、直射日光がかざした手をすり抜けて俺を捉える。
そろそろ昼も近い。
飯にしようとふらふらと店を探していたところで。
――――その瞬間は、唐突に訪れた。
何処かで見たような血濡れのローブと、黒い宝石を備え付けた杖。
死んだ瞳をした少女は、全く身を隠す事も無く、繁華街の中心を歩いていた。
不自然なほど、誰も彼女の存在を気にしていない。
「――! はる――っ!」
ダメだ、叫ぶな。
俺は必死に声を飲み込んで、背後から徐々に接近を試みる。
大丈夫だ、速度なら俺の方が上。落ち着いて聖剣を現出させる。
だが、どうする?
カシスもセレーネも、ガンラートもこの場にはいない。
仮に戦いになったら、俺だけでも負けはしないが、勝てもしない。
まだ、転移封じの方法も見つかっていないのに。
しかも、この場で戦うのか。
王都の民が日常を謳歌している、平和を満喫している、この場で。
ぐるぐるとループしていく思考は、しかし俺の歩みを止めてくれるわけではなく、さながら暗殺するかのような緊張感に汗を流しながら、人波を縫うようにして、俺は遥の真後ろに辿りついて。
そして、その手を取った。




