第六話 消えた未来の展望
「ユタカ様は、ハルカ様に比べて強すぎるよね」
馬車の中でパタパタと顔を煽ぎながら、セレーネが言った。
ここのところ暑いからな。窓を開けても生温い風しか入ってこない。
肌の露出も目立つが、歳のせいかキャラのせいか色気とか特に感じない。
聖女時代の頃の方がまだマシだった。
ちなみにカシスも、いつもの紅いローブは羽織っていない。
最近見た覚えがないな。紅蓮とかいうけど暑いものは暑いのだろうか。
こいつも色気って点では到底頷けない。
セレーネと比べてみると、発達するべきところがあまり発達していない……いや、俺は何を考えているんだ。この思考はよくない。
置いておいて。
召喚されて半年ぐらいか。
弱くは無いだろうが、ミドルドーナの幹部連中の方が強いんじゃないか。
恐らく奴らは戦略級と呼ばれるような規模の魔法を使っている。
俺は、対人戦ならかなり上位に位置するだろうが、魔法はそこまででもない。
どちらかというと隙を作るための威嚇や、魔法剣による威力向上・遠距離攻撃の手段。
仮に戦争になったとして、より役立つのはミドルドーナの奴らだろう。
本当にあいつらが魔王を倒せば良かったんじゃないか?
何故わざわざ女子高生だった遥に任せたんだろう。
「だって、召喚されてすぐに、ガンラートさんも含めて盗賊団を全滅させたんでしょ?」
「うん。でも聖剣が勝手に戦ったようなもんだよ」
「あたしがハルカに会ったのは、召喚されて三カ月後ぐらいだと思うけど、そんなに強くなかったはずよ。水魔法だって使えなくて嘆いてたし」
言われてみるとそうだな。
俺の方が才能がある……と一瞬だけ自惚れたが、運動神経は遥の方が良かったのでそれは無いと結論付ける。
でも。
「魔法に関しては、単に遥がバカだし勉強嫌いだからだと思う」
「……確かにハルカ様は、カルターニャでもサボってばかりだったけど」
「ミドルドーナでもサボって寝てたわね」
空気が死んだ。
あいつのこういった話は哀れになるな。
こんな切羽詰まった状況じゃなけりゃ嬉々として話題にしているところなんだが。
早くかつての関係に戻りたい。
「直接戦闘にしたって、カルターニャではお抱えの顧問に全然勝てなかったよ?
それでサボって私とお茶してた」
本当にあいつは勇者だったのか?
聖剣は確か、一応伝承だと精霊がその身を捧げたものだっけ。
精霊ってどういう基準で勇者を選んでるんだ。
とにかく。
そう言われてしまうと俺も返答に困ってしまうな。
特に俺が何をしたってわけでもないから、聖剣や指輪というか精霊の気持ちひとつな気がするんだが、俺のどこに精霊に好かれる要素があるのかさっぱりわからん。
「わかった! 実は精霊様は可愛い女の子で、キミの事が好きなんだ!」
「……オレ 精霊 キライ」
「何でカタコトなのよ」
「せれーねモ キライ」
「なんでさ!」
精霊なんて嫌いに決まっているだろうが。
こいつさえいなければ俺たちが人生を狂わされる事もなかった。
あのまま一緒に大学へ行って、そして、そして……?
「どうしたの? 変な顔して」
「いや、何でもないよ。変な顔って言うな」
「あんた珍しく、キョトンとしてたわよ。
そういう顔してたら、可愛いところもあるわね」
「うるさい」
大学へ行ってどうしていただろう。
二人とも一人暮らしの予定だったから、何となく、なし崩し的に同棲みたいになって、そのまま流れで付き合って、就職して、何となく結婚していたような気がする。
あいつに彼氏がいたって話は聞いた事もない。
いつも俺と一緒にいたし。
周りからは恋人と思われていたらしいしな。
それに嫌悪感を抱いた事もない。
「――――ッ」
そんな未来も、もう無いが。
色んな事が何となくとか、流されるままにとかで、済む状況じゃない。
あいつは多くの人を殺してきたし、これからも殺すだろう。
俺も盗賊とはいえ人を殺してきたし、これからも必要なら殺す。
俺にだって多少は罪悪感が無くもない。
ただ、どれだけ罪を犯したって取り返したいものがあるだけだ。
誰を裏切り、誰を捨て、誰を殺したって遥だけは取り戻したい。
そのための手段を選んでいる余裕がないんだ。
でも、遥は。遥はきっと違う。
あいつはそんな風に、色々と割り切っているはずがない。
ただ壊れてしまっただけで、正気に戻った時、自分のやってしまった事と向き合った時、どうなってしまうのか。
わからない。わからないのが、怖い。
日本に帰ったって、ユーストフィアに残ったって、その事実は変わらない。
この世界では、人の命の価値はとても軽い。日本に比べたらあっという間に死ぬ。油断してなくても死ぬ事はある。だけど、それでも、日本人である俺や、遥の中の常識が消えて無くなってくれるわけじゃない。
何か色々詰んでないか。
「ユタカ様……その」
「あんた大丈夫? 今度は酷い顔してるわよ。
馬車の揺れに酔ったのかしら」
「気にしないで、何でもないから。
とりあえず精霊は嫌いだ」
本当に心底ウンザリして、それっきり俺は押し黙った。
何が勇者だ。何が魔王だ。何が異世界だ。
こんな世界、滅んでしまえばいい。
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王都シャルマーニ。
世界最大の国シャルマーニの中心、長く永く繁栄し、宗教も勇者さえも国の機構に取り込んだ、人間側の番人。
だった。
もはやそれも過去の話。
自分達がしでかした愚かな謀のせいで、見事にしっぺ返しを食らい、その長い統治の時代は終わりを告げた。
「その割には全然だね」
「そうだね」
見る限り、特に被害とか無い。何ならミドルドーナより平和だ。
遥の考えが読めない。
あいつにとって、この都市にはそんなに恨みもないって事か?
じゃあミドルドーナは? どんな基準?
……あいつの思考回路は読めない。
「カリウスって何処にいるの?」
「多分城じゃないかなぁ。
シャルマーニの教会は、元々城の一角にあったから」
癒着ってレベルじゃねーぞ。
せめて裏でコソコソやれよ。
あからさま過ぎてツッコミどころもねーよ。
言っても仕方ないので、元々城があった場所に歩を進める。
王城だけは半壊していた。
外から、俺が召喚されたであろう場所が見える。
天井に空いた穴から気持ちいい日差しが飛び込んできている事だろう。
どうせなら全部ぶっ壊してしまえばよかったのに。
近づくにつれて、段々と歩幅が小さくなるセレーネ。
「セレーネ。遅い」
「行きたくない。会いたくない」
「兄妹なんじゃないの?」
「他人より遠いよ」
すげー嫌そうな顔である。俺が教皇への後押しをした時より酷い。
「ユタカ様。私もガンラートさんと一緒に、何処かに遊びに行ってもいい?」
「さっきも言ったけど、ダメ」
ガンラートは宿を取るなり、どこかへ行ってしまった。
もしかしたら知人でもいるのかもしれないし、本当にプラプラしているだけかもしれない。
その辺は知らん。
その際にセレーネも駄々をこねたが却下。
いてもらわないと色々と困る。
具体的には、本当にカリウスを殺害してしまったら困る。
いや、うん。
さすがにマズイのはわかっているからな。
敵対したら殺そうとは思っているけど、敵対しなくても顔を見た瞬間に殺してしまうかもしれない。俺の心情的にはそんな感じだ。
だから、ストッパーがいてもらわないと。
この辺がカシスでは頼りない。
彼女は付き合いが浅いからか、さすがに俺がそこまでするとは思っていないようなので、あいつが気付いた時にはもう事を終えてしまっている可能性が大いにある。
というわけで、逃げようとするセレーネの腕を引いて無理矢理進み、シャルマーニ城に辿り着いた。
幻想的な教会だった。キラキラと陽光が反射して直視するのも疲れる。
青と金色の屋根を見て、セレーネみたいな特徴の色合いだなと思いつつ、成金っぽくて正直趣味悪いと言わざるを得ない。
城の庭面積のほとんどを占有して建てられたそれは、城門から入り真っ直ぐに進む通路を通れば、必ず視界に入る。
立地的にも文句がない。
国と教会がどれだけ結び付いていたのかよくわかる。
教会の中に入って、ひたすらに真っ直ぐ。
右手に、多分精霊を模したと思われる美しき女神像。
左手に、聖剣を天にかざすイケメンの像があった。
あれが初代勇者、イーリアスか。
そしてステンドグラスに照らされて。
金髪碧眼で高そうな神官服に身を包んだ青年が俺たちを待っていた。まだ若い。
少しセレーネに似ているな。面影がある。
20代半ばってところか。ガンラートと同じくらいかも。
「お前が新しい勇者のユタカか?」
だけど初対面のくせに態度悪い。
いや、俺だって人の事言えた義理じゃないけど、さすがに公的な場でいきなり何の挨拶もなしにお前とか言ったりしない。
やっぱり殺すか。
聖剣に手をかけながら、そう思った。




