第四話 お兄ちゃんの複雑な思い
先日は中途半端に話が終わってしまったので、後日、転移魔法について再度カシスに尋ねた。
具体的にはその封じ方である。
あれさえ封じてしまえば、あとは戦闘不能に陥らせてしまえばいい。
その後でゆっくりと説得し、魔王とかいうラスボス状態から抜け出させる。
あとは俺が帰還手段を探し出せば、無事にハッピーエンドだ。
ユーストフィアの奴らもそれで満足だろう。
世界から脅威は失われるのだから。
と思ったのだが。
「知らないわ」
「は?」
「魔力切れ以外には知られてないわ。
あたしが知らないんだから、知っている人はまずいないと思っていいわね。
ただ、時々無効化してくる魔物がいるから、方法そのものはあるはずよ」
何だそれ。
チート級の魔法だな。制限ぐらい設けろよ。
いや、一応無い事は無いと思われるのか。
「その魔物って?」
詳しく聞いてみると、例えば燃えるような巨大な鳥や、山のように巨大な亀。
あるいは俺の世界では竜と呼ばれる魔物とか。
そんな化け物級の魔物なら、転移を無効化してくるらしい。
原理は未だに解明されていないようだが。
そいつらは知能が高く、気位も高い魔物で、ほとんどは生息地すら不明。
時折現れてはその地域を荒らしたり、また、恵みをもたらす事もある。
もはや魔物というより神獣として扱われており、国や地域によっては信仰して崇め祀っているとか。
唯一生息地が知られている存在として、海には海竜が棲むと言われているらしい。
海の全ての魔物の上位に立ち、それらを支配するもの。
だが、戦いを好まず、海が荒れる事を好まず。
静かに息を潜めて暮らしている存在。
海に棲んでいるって言われたって、どれだけ広いと思っているんだ。
砂漠の中で砂金を探すって次元じゃねーぞ。
それは生息地が知られているとは言わないと思います。
実質的に、こっちから会いに行く事は無理か。
「じゃあ手立てとしては、魔力を枯渇させるしかないって事?
魔力を奪う魔法とかないの?」
「あるにはあるわ。ちょっと風を起こしてみなさい」
言われた通りに小規模の風を発生させる。
最近暑くなってきたので、扇風機変わりに重宝しているものだ。
すると。
「『魔力吸収』」
カシスが発動した魔法によって、その風は搔き消え、手の平に収まる。
流れを視認する限りは、どうやら彼女に吸収されたようだ。
何だ。これ使えばいいじゃん。
「ちなみに奪った魔力を誰かに与える事も出来るわよ。
でも、これは相手に直接触れるか、発生済みの魔法そのものにしか使えない。
悪いけどあたしの身体能力じゃ、ハルカに触れる前に死ぬわね」
転移して……いや、無理か。
何となくそんな気はしていたが、カシスはわりと運動音痴である。
単純な徒競走ではメイといい勝負。
戦闘でもその辺りが若干足を引っ張る要素である。
自分を転移して、セレーネの聖魔法で呪力を解除した瞬間にタイミングを合わせて魔力吸収を使い、遥の魔力を全て奪う。
無理だな。たとえ背後を取られても、遥が攻撃する方が早いのは間違いない。
「……別の手段を考えるか」
「その方がいいわね」
はぁ。
なかなか簡単な解決方法ってのは無いもんだ。
ゲームみたいにはいかないな。
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転移魔法への対抗手段を考えながら庭に出ると、ガンラートが幽霊兄妹と戯れていた。
もう完全に保父だな。転職したらいい。
俺の庇護下で傭h……盗賊やっているよりはよっぽど健全だぞ。
俺がこの世界にきてから数カ月。
メイはすくすくと育っていた。縦に。
とはいえまだまだ子供である。
幼さは抜けず、あどけなさも維持したままだ。
まだエンよりだいぶ背が小さい。
まだ。
「抜かれたらどうしよう……」
時々ボソッとエンが呟くようになった。
エンは身体的に成長はしない。
幽霊だからな。栄養もとらないし育つはずがない。
それがお兄ちゃん的には許せないのだ。
小さくても兄としてのプライドがあるのだ。
俺は兄弟がいないからよくわからないが……。
万が一遥が俺の背を抜いていたら、そっと枕を濡らしていたかもしれない。
遥は背が低い。
最後に聞いた時は150cmぐらいで、その後は聞いても毎回はぐらかされていた。
だから多分伸びていないんだろう。
「エン、気にしなくていいよ。
その前に消える事になるから」
「それも酷い!」
かといって、そんな長期間この世界に留まられても困る。
それって結局、俺がその期間分この世界から帰れていないって事になりそうで。
さすがに何年も何十年も遥と鬼ごっこを続けるつもりはないぞ。
「お頭はいちいちコメントがえげつないっすねぇ」
「外面は悪くないよ?」
「そのコメントもどうかと思いますぜ」
「ユタカお兄ちゃんは優しいよ!」
メイがフォローしてくれた。天使だ。
どうかそのまま育ってくれ。
間違ってもセレーネやカシスのようにねじ曲がってしまわないで欲しい。
「メイは良い子だな~」
「えへへ!」
「メイ、おれは? おれは!?」
「お兄ちゃんはすっごく優しい! だいすき!」
エンはシスコンである。
幽霊になってまで妹を守ろうとするぐらいだ。
ちょっと理解できないというか理解したくないというか。
最近それが顕著というか悪化している。
メイもブラコンだから問題はないか。
兄が幽霊になろうと関係なく、いつも傍にいるもんな。
呪術で宙に浮かべられたりするのを楽しんでいる。
そのエンの戦闘力も日増しに延びている。
素直だから飲み込みも早いのだろうと、以前セレーネが言っていた。
今にして思うと当てつけのような台詞だ。
呪術による戦い方は、基本的に相手を拘束する方法をとる。
黒い影で縛ったり、視界を覆ったり、弱い相手なら失神させたり。
また、影を身体に纏う事で防御壁のようにも使える。
それは自分だけに限らず、他者にも使えるから実に便利だ。
つまり遥のあの異常な防御力は、呪力を使ったものだ。
人間がどれだけ鍛えたところで、聖剣で思い切り切断を仕掛けて、軽く血が流れる程度に収まるはずがない。
逆に、何度も言うが呪力の壁さえ解除すればあっさり死ぬ。
もう遥は勇者じゃない。
俺のような無限再生能力は持っていない。
魔王なら特別な力を持っていてもおかしくはないが……本人が死ぬって言っていたし、そういうのはないんだろうな。その辺りにも気を使って戦わなきゃならないし、考えなきゃならない事が多すぎる。
「兄ちゃん、今日も勝負しようぜ!」
「いいよ」
俺とエンの戦闘訓練は今も続いていた。
勿論聖剣なしだ。
ありでやってしまうと一瞬で勝負がつくし、エンが消滅してしまうからな。
最近は、聖剣なしでも魔法剣が使えるし、風魔法も通用する。
着実に強くはなってきているが、まだ足りない。
戦う俺たちの様子を、メイはいつもニコニコしながら見ていた。
兄がダメージを負っているのを見て楽しいの?
と以前聞いたら、頑張っているお兄ちゃんがカッコいいらしい。
傷は男の勲章ってか。
外傷は無いけど。
そんなメイをガンラートは肩車している。
うん。何も言うまい。
「ガンラートさんはたたかわないの?」
「俺は槍しか使えねぇからなぁ。エンには勝てねぇのよ。
負けもしねぇけどな」
ちなみにガンラートだけは、お兄ちゃんではなく”さん”付けである。
最初はおじさんと言われていたので交渉したのだと思う。
まだ20代だろうに……確かにちょっと老けて見えるけどさ。
髭のせいかな? 整った顔立ちしているんだけどな。
「かてないの?」
「エンには魔法が使えねぇと話にならねぇからな。
槍は当たらねぇし」
「お兄ちゃん強いんだね!」
「あぁ、お前のお兄ちゃんは強いぜ」
そんな和やかな空気が続く。
俺たちは戦ってるんだけどなー。
ちなみに相変わらず、聖剣が無ければガンラートには勝てない。
一本も獲れない。
いつかガンラートの秘密を暴いてやろう。
ガンラートの過去は、正直結構気になる。
それで何か変わるか? と言われたら変わらないのだけど、単純に興味本位だ。
嘘か誠か、かつて妹がいたと言っていた。
エンやメイに構っているのもその関係だろう。
密かに考えている事だが。
事が片付いたら、メイをガンラートに預ければいいんじゃないかと思っている。
まだ誰にも言っていないが、少なくともメイは嫌がらないだろうし、エンもガンラートなら文句は言わないだろう。
満足して成仏してくれるはずだ。
問題は、ガンラートの側が何を言うかわからないという事か。
よほどの弱みでも握らないと、無理矢理頷かせる事は出来ないだろう。
そして、不用意に了承するような奴ではない事も、今はわかっている。
時間と情報が必要だな。
まぁ、まだ先の話だ。
いくらなんでも、子供を放り出してしまうのは寝覚めが悪いなんてもんじゃない。
責任を取る、なんて言うつもりはさらさらないが。
メイが幸せになれる、その土台ぐらいは作ってやってもいいさ。




