第三話 獅子は我が子を谷へと落とす
「魔物の討伐?」
「えぇ、魔王が現れているわけではないのですが……」
俺はカシスとセレーネを連れて、ミドルドーナの魔術ギルドに来ていた。
相対するのはギルド職員の男。
情報部のトップをやっている、名前は……なんだったっけ。少なくとも幹部連中ではなかったはず。あの会議の時に聞いたけど忘れてしまった。
まぁいいや。
どうも最近、魔王や魔族の影響か、魔物が活性化しているらしく、特に小さな町村の被害が看過できない状況らしい。
はいはい。こうなる気がしていた。
バラントゥルテの被害状況も伝わっているし、あれだけで済むわけはないと思っていたさ。
それに関して、ミドルドーナや教会でも戦力を派遣して対処しているが、復興途中という事や、他国からの干渉もあり、なかなか大規模に動きづらい。
そこで、自由に動ける俺たちに白羽の矢が立った、という事。
何がそこで、だ。
遥がいるならともかく、そんな面倒な事やるわけない。
「悪いけど――」
「ユタカ様」
断ろうとする俺を遮って、聖女姿のセレーネが口を挟んだ。
何だよ。
「ユタカ様。
もしも拒むと仰るのであれば、我々イーリアス教会は、貴方の支援から手を引きます」
は?
「聖剣の力と世界の希望がいらないと?」
「貴方は最終的にハルカ様に会えればいいのでしょう。
お伝えすれば、結局は来て頂けますよね?
民にはいくらでも情報操作が可能ですし。
私たちがユタカ様を必要としない時は、一切の情報提供を拒みます」
「セ、セレーネ様……」
「あんたも結構言うわね」
「…………」
開き直ったのかどこかの誰かに影響されたのか知らないが、最近のこいつはすこぶるウザい。
俺がノー! と言えない脅迫を平気で使ってくる。
最高にウザい。やはりここに捨てていきたい。
だが、これはセレーネを教会に返品して済む問題でもない。
イーリアス教会には全面的に協力してもらわないと困るのは当然だ。
国内だけでなく、国外にもそれなりに支部が設置されている。
伊達に世界最大国家の国教をやっていない。影響力は計り知れない。
魔術ギルドだけでは賄いきれないだろう。
ギルドは国を跨ぐほどの巨大組織ではない。無論、強固な体制が整っているが、似たような組織は他国にもあって、各々独立しているのだ。ゲームのように都合良くはいかない。
頷くしかないのか。
「……相応の対価はもらう」
「もちろんです。ギルドから支払いましょう」
「教会からも支援致します」
……まぁ、カシスの育成をするって意味では、魔物討伐は願ったりだ。
俺だってもっと圧倒的な戦闘力を身につけなければ遥とまともに話も出来ないし、また逃げられるだけだ。配下との連携も向上させていかなければならない。
先日は連携不足のせいでヒヤっとする場面も多かった。
さすがに俺一人で全てをこなせるわけじゃない。
聖剣と不死の肉体があっても万能じゃないんだからな。
驕ってはいけない。
目的のためには、時に苦渋の選択をしなければならない時もある。
……うん。自分への言い訳はこんなところでいいだろう。
「では早速ですが、向かって頂きたい場所があります」
ギルド職員はそう言って地図を取り出し、とある町を指し示した。
バラントゥルテの近くだな。
あの町の少し西側の内陸で、特段特徴もない町だったはずだ。
で、どうもそこに大型の魔物を中心とした集団が現れているらしい。
ミドルドーナの魔術師部隊が食い止めているが、限界がある。
このままでは町を捨てる必要が出てきそうだと。
「わかった。じゃあ行こう」
---
一旦アジトに戻って、ガンラートやエン、モブたちを何人か連れて出発。
敵の数がどの程度かよくわからなかったので、重要な戦力はまとめて連れてくる事にした。
「お頭、結局これって、傭兵になったのと変わらないんじゃ?」
「言うな、ガンラートよ」
「はぁ……」
セレーネの口車に負けた感はある。
だが、別に盗賊家業をやめるつもりはない。
例えこの仕事のおかげで、金にも情報にも困らなくてもだ。
町の入り口に立って、襲っている魔物たちを確認。
ミドルドーナの魔術師らしき奴らが結界を張って防衛していた、その向こう。
ウヨウヨいるわ。
軽く100匹は超えているな。
ミドルドーナの夜ほどではないが、ゲームだったら『大量発生!』とか言われそうな状況。経験値稼ぎやドロップ稼ぎが捗るだろう。
見る限りでは種族の統一性が見られる。
全長は1m~2mぐらいで人間とそう変わらないサイズ。
長い耳に長い鼻、醜悪な顔つきが生理的に受け付けない。
緑色の肌がモンスターっぽさを際立たせていて、はっきり言って気持ち悪い。
いわゆるゴブリンである。
後方で指示を出している大型の奴もいる。3mぐらいか。
恐らくあいつがボスだろう。
「セレーネ。あいつらって強い?」
「ユタカ様なら一人でも楽勝だよ」
「そっか。じゃあ……セレーネは町の中で怪我人の治療。
ガンラートは盗賊を率いて雑魚を片付けてくれ。
カシスとエンは俺と一緒に、ボスの退治ね」
という感じで各自配置に着く。
魔術師たちは下がらせて、町の防衛に専念してもらった。
ぶっちゃけ邪魔だ。
結界魔法はある程度の攻撃や敵の侵入を防ぐ効果があるらしい。
ただ完全防御ではないらしく、時々村に侵入するゴブリンも見受けられる。
魔術師どもにはそいつらの対処も任せた。
これでいい練習環境が整えられそうかな。
「よし、カシス。俺は基本的に手を出さないからあいつを倒せ」
「何言ってるのよ! 無理よ!」
「一応、死なないようには見守ってるから」
「兄ちゃん、俺は何をしたらいいんだ?」
「エンはサポートで、いつも通りやってくれたらいいよ」
「わかった」
「ちょっと待ちなさい! あんた勇者なんだから戦いなさいよ!」
それじゃお前の訓練にならないだろうが。
と、ごちゃごちゃ喋っている間にボスは数人の配下を率いて俺たちに向かってきた。
1mぐらいありそうな棍棒を持っている。
常人なら、あれに殴られたら間違いなく死ぬ。
「ほら、行って」
「……もう! 後で覚えてなさいよね!」
強気な言い草だ。
まぁ、最悪倒せなくてもいいんだ。
炎魔法を使って見せてくれたら、とりあえずはそれでいい。
千里の道も一歩から。
いきなりあれを倒すなんて事までは期待してない。
ゆっくりやればいい。
---
15分後。
進展は何もなかった。
エンがボスの動きを封じている間に、カシスも懸命に炎を出そうとしているのはわかるのだが、不発不発にまた不発。
魔力の流れを見る限り、発動してもおかしくないんだけどなぁ。
束縛が解けたら転移で回避。
今のところ、負けないだろうけど勝てそうもない。
長期戦は覚悟の上だ、仕方ない。
俺も雑魚狩りをしながら他の戦場を確認すると、特に問題はなさそうだった。
いや……うん。ほぼガンラートが一人で駆逐している。
モブを率いるとかそういう概念は彼には無さそうだった。
相変わらず強いな。
これ、俺いらなかったんじゃね?
とにかく、一人で群れに向かっていって、あっという間に倒す。
適確に急所を突き、無駄がない。
槍のリーチも相まって、ほとんど傷を負う事もなかった。
一騎当千という言葉が良く似合っているな。
本当に何者なんだろう。
どうも我流というよりは、しっかりとした作法に則って戦っている気がする。
もしかしたらどこぞの落ちぶれ貴族とかそんな感じなのかもしれない。
「ねぇガンラート」
「教えられませんねぇ」
「首を飛ばすよ?」
「俺がいなくなってもいいんですかい?」
どうしてもどうしても過去は教えたくないらしい。
いなくなられたら子守とか諸々に困るので、結局俺が引き下がるハメになる。
こいつは本当に何なんだ。
なんてよそ見をしていると。
「カシス姉ちゃん!」
「あ……あぁ……」
何があったのか知らんが、数十メートル先でボスが今まさに棍棒を振り下ろし、カシスを殺そうとしている瞬間だった。彼女の瞳には恐怖が滲んでいて、逃げるとか考える余裕も無さそう。何故かエンとも距離が離れていて、呪術が届く距離ではない。
やべ。放置しすぎた。
俺は聖剣を構えて駆け出し、一気にボスの背後から奇襲をかける。
通常なら身体が耐えられない速度で突っ走るが、間に合わないかもしれない。
参ったな。カシスは失いたくないんだけど。
こういう時は……えーっと。
「カシス! お前は所詮そんな雑魚にやられる程度か!
紅蓮なんておこがましいにも程があるな!」
「ユ、ユタカ……あんたねぇ!」
さすがに無理かも。
と思ったのだが、俺の挑発が意外と効力あったのか、ボスの向こう側でカシスが莫大な魔力を練るのが視界に入った。凄まじい。俺なんて相手にすらならない魔力量だ。
彼女を中心として、見てとれる程、周囲が熱で歪んでいき。
「『紅蓮・炎舞』!」
炎の柱がボスの足元から発生し、一瞬にしてその身を焼き尽くした。
断末魔すら許さないその攻撃は、確かに紅蓮の名に相応しい威力を誇っていた。
すげぇ。
竜巻が消え、その跡には焦げた地面と、燃えカスだけが残る。
俺は腰が抜けてヘタりこんでいる彼女に近づいて、最初に出会った時のように手を伸ばした。
「やるじゃん」
「ユタカ……! やった、やったわ……!」
嬉々として声を上げるカシスは、俺の手を取った勢いのままに抱きついてくる。
役得ですかね。
「見てた!? あたし出来たわ! 紅蓮の初歩の初歩だけど、出来た!
やってやったわよ、どうよ、これで……あっ!」
「うん、凄かったんじゃない? 俺なんかじゃ勝てそうもない魔法だったへぶっ!」
が、そのサービスタイムはあっさりと終わりを告げ、俺は地べたに放り投げられる。
理不尽すぎるだろバカ野郎。
「何すんの? 死にたいの?」
「あんたが何すんのよ! いい! 別に嬉しくてつい抱きついちゃったわけじゃないから! 別にあんたに感謝なんかしてないから! 勘違いしないでよね!」
これはひどいツンデレ。
色々と駄々漏れでツッコミどころしかない……耳まで真っ赤だし。
仕方ないか、紅蓮だもんな。
「……兄ちゃん?」
「気にすんな。カシスがおかしいんだ」
追いついてきたエンも呆れたように俺たちの様子を見ていた。
その反応は正しいぞ。
メイはこんなキャラにならないように、お兄ちゃんはしっかり頑張るといい。
「はぁ……まぁいいよ。あとは、残った魔物を退治して、さっさと帰ろう」
「うー……うるさい! あたしに指図しないで! こっち見ないで!」
めんどくさ。
その後は滞りも無く討伐作業は終了した。
カシスは何度か失敗しながらも、徐々にコツを覚えていき、通常の炎魔法なら問題なく使える程度には成長したようだ。
怪我人もセレーネが全て治療し、死亡者もなし。
魔術師たちと一緒にミドルドーナに戻って、報告と金を受け取る。
それなりに実りの良い仕事だったかもな。




