第二話 お年頃のコンプレックス
二年ぐらい前の話だった。
15歳だったカシスは、例によって炎魔法が使えず、あげく当時は通信も転移もロクな支援魔法も使えなかったので、それはもう惨めな思いをしながら毎日を過ごしていたらしい。
今日もまた魔法学校のクラスメイトや、兄や姉や父、母、そして街のチンピラにバカにされながら、誰もいない真夜中の空き地で一人、涙していた。
中学生が夜中にぼっちとか犯罪の匂いしかしないな。
腐っても大魔術師の娘、避けられていたってところか。
話が逸れた。
そんなある日。
「とうっ!」
「え!? な、なな、何よ!? あんた誰!?」
それは突然の事だった。
身体中に枝や木の葉をつけた遥は、いったい何がしたいやら、カシスが背もたれにしていた木の上から降ってきたとか。
遥は異世界でも遥だった。
「どうしたんだい? お嬢さん」
きっと格好つけたかったのだろう、その台詞は盛大に滑っていた。
だが、仮にもお嬢様、カシスは冷静な対応を努めながら、遥の相手をする。
「あんた誰?」
「私はハルカ。勇者だよー」
こんな真夜中のこんなところに噂の勇者が。
とても信じられなかったが、腰に携える聖剣と、身に着けていた指輪がそれを真実だとカシスに伝えていた。
「勇者がこんなところで何してるのよ!」
「いやぁ、昼間に魔法の勉強させられてたんだけど、サボって寝てたらこんな時間になっちゃった」
この感じだと常習犯である。
というか、あいつはミドルドーナで魔法を覚えたのか。
まぁ、そうかもな。
当時はあらゆる方面から支援を受けていただろう立場だ。
魔法都市で英才教育でもされたんだ。
「貴女は?」
「……カシス。リックローブの末娘よ」
この国の人間には、概ねこの自己紹介で察せられるらしい。
だがそんな常識が一切通用しない遥には関係なく、何も変わらず、気さくに話を続けられたとか。
で、雑談で機嫌が直ってきた頃に、改めて聞かれた。
「それで、カシスはどうして泣いてたのさ?」
「実は――」
今よりも幼く、遥かに素直だったカシスは、事情をペラペラと包み隠さず話した。
可愛いものだな。そのまま育てばよかったのに。
環境が悪かったと言ってしまう事は簡単だが。
そのまま遥についていければ、きっともっとマシな人格に育っていただろう。
少なくともこんなテンプレートツンデレにはなっていない。
「私と同じだね!」
「そうなの?」
「うん。私もさー、水の適性があるって言われてるんだけどさー。
もう全然出来ない。勉強嫌い。異世界来てまでやりたくない。
剣だけでいいじゃん、私は前線戦う勇者なんだっ!」
あんなチートみたいな能力を持っている遥でも、最初は出来なかったのか……意外だ。
俺はあっさり簡単な風魔法は使えたのに。
今度自慢してやろう。
「でも、バカにされたまま負けたくないよね」
「……うん」
「しかも私の先生さー、同じくらいの歳なんだよね。
それに毎日毎日毎日しごかれて、もうウンザリ。
だけど、出来ないままも悔しいし」
その気持ちがカシスにはよくわかった。
彼女もクラスメイトにいつもバカにされ、あげく、こうやるんですよと言わんばかりに炎を見せつけられていた。
自分よりはるかに家格の劣る同級生に見下された。
「それで、だったら自分で魔王倒しに行けばいいじゃんって言ったら、『ハルカ様が水魔法を覚えられたらついていってあげますわよ』だってさ。ムカついたから、絶対に連れて行く事にした」
「その人なんて名前なのよ?」
聞いてみると、ミドルドーナで有名な、魔術ギルドの幹部の娘だとか。
水魔法で有名なククルト家と言うらしい。
そういや、後始末の会議の時に……いたかなぁ。
正直カシスの父親しか覚えていない。
で、まぁこんな感じで励まされたカシスは、一緒に努力を続けていく事を約束し、遥と別れた。
結局炎魔法は覚えられなかったけれど、通信・転移を極め、支援魔法も覚えて卒業した、と。
「あたしがハルカに会ったのは、それが最初で最後」
「うん……うん?」
セレーネが疑問の声を上げる。
そうだな。俺も同感だ。
聞いた限りじゃ、若き日の良い話だな、で終わりなんだが。
それで何でカシスが嫌っているのかわからない。
俺が中学生の時にそんな奴に会えば、かなり長い事は尊敬し続けると思う。
多分。うん。中学生の俺って反抗期真っ盛りか。
ダメかもしれない。
「それで何でその表情なのかがさっぱりわからない」
俺の思った事そのままをセレーネが口に出した。
「でも、出来なかったじゃない」
「は?」
「あたしは頑張った! 頑張ったわ!
寝る間も惜しんで勉強した!
でも結局、炎魔法は出来てない!
何が努力よ!」
はい爆発。
甲高い声が右耳から左耳を通り過ぎていく。
でも言いたい事はわかった。
つまり、あれだろ?
結局出来ない奴はどんなに努力しても出来なくて、世の中は才能が全てだーって奴だろ?
俺も才能がほとんどだと思うし、かのエジソンだって結局才能だよって言っていたが。
「いや、出来たじゃん。炎魔法」
かなり歪とはいえ。
チンピラズを撃退したアレは、間違いなく炎魔法だった。
カシスもあの時は凄く喜んでいたし。
「あれが初めてだったし、あれ以降出来てないのよ!」
「よくわかんないけど、一度出来たって事は資質はあるんでしょ?
セレーネが言ってたじゃん」
「……『聖女様』だって天才じゃない……」
あぁ、そうなのか。
セレーネって天才なのかな。
俺が会った時には、もう治癒魔法をマスターしていたから、過程とか知らないし、正直興味もないけど。
伊達に聖女とは言われていないって事かな。
もしかしたら、セレーネほどの使い手じゃないと、聖魔法で遥の呪力を解除するなんて出来ないのかもしれないな。
そう考えると、いい拾い物をしたと言えよう。
しかし、カシスだって才能は大概だと思うが……。
「努力の方向性が間違ってるんじゃないの?」
「じゃあどうしろって言うのよ!
あたしの家系はみんな同じやり方で覚えたのよ!?」
「そんなの知らないよ。”正しいやり方”に拘りすぎなんじゃないの。
やりたいようにやれば?」
「やりたいように……?」
やり易いようにとも言うが。
よく正しい勉強方法なんて言うけど、そんなの書籍や他人に押し付けられて出来るもんでもないし、自分が一番覚えやすいようにやればいいんじゃないかと思う。
もちろん、参考にするのは重要だけど、拘るのはおかしい。
一言でいえば応用力を身につけろ。
「でも……」
何かまだウダウダ考えているらしい。
そんなに家族と同じ、伝統的な学び方が大事なのか?
大事なんだろうな。偉大な家系みたいだし。
仕方ないねぇなぁ。言ってやるか。
「あのさ、カシス。
俺は結局魔王とか、魔族とか魔物とかと戦わなきゃならないし、戦力は必要なんだよね。
だから、君が紅蓮の名に恥じない凄い魔術師になったら、かなり助かる」
「そんなのわかってるわよ」
「で、君は炎の魔法を使えないって事は無い。
その才能を受け継いでいるんだ。
ただ、きっと今までのやり方が間違っていたんだ。
君が一番やり易い方法でやればいい。
そして、いつか俺の重要な戦力になってくれる事を……期待してるよ」
「――ッ! いいわ! いいじゃない!
やってやるわ、見てなさいよね!」
色んな意味でカシスに火がついた。
カシスはきっと、これまでの人生で誰にも期待された事が無い。
いや、あるいは家族の期待を裏切り続けてきたのかもしれない。
無駄に家の名に拘るし、過剰なまでに他者の評価を気にする。
それは認めてもらいたい、評価されたいって感情があるからだ。
誰だって承認欲求はあるだろうけれど、カシスはそれが特に顕著に見える。
今までの反動だろう。
だから、これでいい。
言った事は嘘じゃない。
何か横でセレーネがニヤニヤしているが知ったこっちゃない。
いや、やっぱりその顔やめろ。
さて、こいつの性格とか、以前に炎魔法を使えた状況とか鑑みると。
多分、カシスに向いている練習方法はひとつだ。
それは実践で覚える事。
オンザジョブトレーニング、通称OJT。
に、近いやり方になるだろう。
机にかじりついてとか、他人と魔法をかけあう練習とか、どう考えても向いてない。
アジトは山奥にあって、それなりに魔物と出くわす事もある。
時々、徒党を組んだ集団に襲撃される事もあって、結構大変だ。さすがに俺がいなくたって負けたりはしないが。元々盗賊どもはここで生活していたわけだし。
せっかくだから、今後はカシスも前線に出そう。
今までは後方部隊に配置していたが、命の危機に瀕すれば自然と炎魔法も使えるようになるだろうしな。
と、考えていると。
「あら、ギルドから通信が――」
カシスがそう言って耳元に手を当てる。
意外というか、ひそかに想定していたというか。
面倒な話が飛び込んできた。




