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第一話 聖女様の育て方


 ミドルドーナから戻ってきてまずやった事は、カシスを説得する事だった。

 俺の部屋で喚き散らす彼女は、もちろん想定内の事だ。


「何で勇者が盗賊なのよ! ありえないわ!」

「だから勇者じゃないって言ってるでしょ?」

「あんたがそう思っていても、世間的には勇者なのよ!」


 ミドルドーナでは、耳触りのいい言葉しか伝えないまま連れてきたので、色々と揉める事になった。特に盗賊って点がダメらしい。まぁ犯罪者だからな。普通は嫌だろう。


「私もそう思うな。ねぇユタカ様、もう傭兵って事でいいんじゃない?」


 ここぞとばかりにセレーネが口を挟む。

 セレーネは勇者様には正義の味方でいて欲しいって願望がある。

 そんな事を言われても、俺は俺で、勇者らしくあろうなんて思えない。


 お嬢様の夢物語には付き合ってられん。

 俺を勇者に選んだ聖剣と指輪を恨むんだな。


「傭兵だと悪い事やり辛くなるからダメ」

「しなきゃいいじゃん!」

「文句あるなら出て行ってもらっていいんだけど。

 俺は教会には出来るだけ関わりたくないし」

「……やだ」


 ふくれっ面を逸らして会話が終わる。


 結局あの後、盗賊団に戻ってきたセレーネがどうしたのかと言うと。


 勇者である俺と共に、誰かが教会から代表して戦うべきだ。

 この点で、今まで俺とまぁまぁ上手くやってきた事や、聖女としての知名度、さらに初代勇者の血を引くセレーネが行く事が最適。


 それが人々に希望を与え、最終的には教会の利益となる。

 今は、自分が教皇になる事よりも、魔王を打ち倒す事が先決。


 とか何とか言って、ヨハンを教皇代理に強引に復帰させた後、強引にカシスを脅迫して、強引に俺に合流した。


 もうダメだこいつ。


「だったらあたしはあんたに協力しないわ!」

「我儘言うなよ。一度は約束した事でしょ?」

「うるさい! 『転移』!」


 吐き捨てながら転移してしまった。

 どうせミドルドーナに帰ったのだろう。

 面倒な奴だ。


 デレ要素が無いツンデレってヒステリックなだけだ。

 誰が得するんだよ。


「どうするの?」

「放っとく」


 追いかける必要などないさ。


 戻ってくる事などわかっていたからだ。

 結局、彼女はミドルドーナに居場所などない。


 たとえ先日の戦いでは貢献したと言ったって、長年染み付いた評価はなかなか覆らない。

 結局、遥と直接戦ったのは俺だし、撃退したのも俺。国内へのギルドや教会の対応を想定すると、新たな勇者という希望が現れたと世間へ大々的に吹聴した方がいいし、そう処理しているだろう。


 カシスの名はついでのように上がるに過ぎない。

 だから、まだ俺のところの方が居心地がいいはずだ。


 俺はカシスを評価している。必要としている。期待している。

 彼女自身もそれをわかっている。だから、必ず戻ってくる。


 ついでに言うと、例の脅迫の件も含めて、いつまでも逃げられるはずがないのだ。


 という予想通り、数日後にはシレッと帰ってきた。

 カシスは何も言わないので俺も何も言わない。


「それはそれとして、ここには住めないわ」

「そうかな?」

「無理よ! 絶対無理! 汚いしボロボロだし、もう!

 よくセレーネは我慢できるわね!」

「住めば都さ」


 アジトは、廃棄された砦に勝手に住みついている形だが、別段住み辛いとは思わない。

 冬もそれほど寒くなかった。


 しかしながらハイパーお嬢様であるカシスは気に入らないらしい。

 贅沢な奴だ。


「勝手にやればいいけど、俺は金出さないよ」

「だったらミドルドーナのギルドから……」

「私が教会に頼んでもいいよ?」

「どっちもダメに決まってるじゃん。余計な借りは作りたくないし」

「……わかったわよ! あたしが全部出すわ!」


 そう吐き捨ててまた転移で消えたかと思うと、数日後にまた戻ってきた。

 見知らぬ人々を連れて。


 何でもコネのある職人(魔術師である)らしく、アジトを修繕させるらしい。

 図面を確認させてもらったら、最終的な完成形はもはや城だ。

 修繕って何だっけ。


「金はどうしたの?」

「あたしの貯蓄で何とかするわ」


 ……いくら小さな砦だと言っても、ほぼゼロから立て直すようなものだと思うのだが。

 日本円でいくらかかるんだ? 数百万? 数千万?

 それをポケットマネーから出せるとか、お嬢様パネェっす。


 リックローブ家が増長するのもわからんでもない。


「うん……まぁ……好きにして」

「そうさせてもらうわよ。セレーネ、貴女も手伝って」

「もちろん」


 そんなわけで、日に日に形が変わっていくアジト。

 魔法を使う事による建築は、日本の手作業によるそれとは全然勝手が違って、アジトはあっという間に元々の姿を忘れてしまった。


 しかも、幽霊兄妹やモブ盗賊の意見も途中で取り入れたらしく、アスレチックな施設や、小型のカジノみたいな部屋まで作られる始末。


 こいつは何処を目指しているのだろう。



---



 カシスの件はだいたい解決したとして。

 それよりも重要な事がある。


 勿論、遥の事だ。


 単純に、遥を殺すだけならそう難しくは無い。

 この間の戦いでも、最後にあのまま切り裂いていれば、それで死んでいただろう。


 でもそれじゃダメだ。

 俺は遥と一緒に生きていきたいのだから。

 殺しては何の意味もない。


 つまり、条件はふたつ。


 1.転移魔法を封じる事

 2.説得して魔王なんて仕事をやめさせる事


 日本に帰還する手段については、急いで考える必要もない。

 というか、アテが無さすぎる。ほぼ絶望的だ。

 ぶっちゃけ後回しにしたい。


 最悪の場合は一緒に逃亡生活を送ろう。


「というわけで、カシス。

 転移魔法について教えて」

「……あんたって脈絡ないわね」


 専門的な事は専門業者に聞くのが一番だ。

 そう思って部屋に呼び出したのだが、どうも不満そうだ。

 何の文句があるのだろう。


「まぁいいわ。そうね、転移魔法は――」


 簡単に言うと、目視できる範囲や、自分が行った事のある場所へ空間移動できる魔法。

 また、自分の魔力を込めた魔石を基準に、それを持っている人物や設置している場所へも飛べるらしい。


 カシスがアジトへの道中、俺たちの傍に飛んできたのもそれが理由だ。


「魔石ってこれ?」

「そうよ。あの時、とてもあんたたちを待ちながら起きていられなかったから、教会に預けておいたのよ。どうせ迎えに来るだろうからと思って」


 俺は鞄から例の赤い宝石を取り出しながら尋ねる。

 これはそのためにあったのか。

 さすがに、いつでもどこでもどんなところにでも転移出来るというほど、万能ではないようだな。


 というか……セレーネもそうだが、どいつもこいつも説明不足過ぎる。

 お前らにとっては常識かもしれないが、俺にとっては未知の知識だ。

 異世界人は全然優しくないな。

 もう少し、事前に説明をしてくれたっていいだろうに。


 と思案していると、誰かが俺の部屋をノックして入ってきた。


「ねぇユタカ様、カシスって――あ、いた」

「どうしたの?」

「何処行ったんだろうって思っただけだよ。

 二人は何の話してたの?」


 セレーネである。


 この二人は意外と仲がいい。どちらも高貴な生まれだからかもしれない。

 特に用事がない時は二人で話しこんでいたり、幽霊兄妹と遊んでいたりする。

 後は、未だに懺悔し出す盗賊の相手をする時も。


 意味わからん。懺悔するぐらいなら初めから盗賊なんてやるなよな。


「ユタカが転移魔法について教えてって」

「あぁ、そっか。そうだよね」


 何を納得したんだろう。俺の無知だろうか。

 こいつもどうせ言ってない事とかあるんだろうな。

 そのうち問い詰めてやろう。


 それはともかくとして。


「カシス。念のため聞いておくけど、遥のところへは転移出来ない?」

「わかってると思うけど、出来ないわね。

 あたしが会ったのは一回だけだし、魔石は渡してないわ」


 さすがにそこまでは期待してないからいいが、少々残念だ。


 そういや、カシスも遥と面識があるんだったか。

 確かミドルドーナでセレーネと共に名指しされていたはず。


 ちょっと気になる。


「いつ会ったの?」

「……」


 聞くと、彼女は苦々しい顔で俯いた。

 何だよ。あんまりいい思い出じゃないのか。

 あいつは、炎魔法を使えないからといってカシスを苛めるような奴には思えないぞ。


 しかも会ったのは壊れてしまう前だろうから、俺が知る遥のはずだ。

 だったらこの世界中の誰よりも、俺はあいつを知っている。


 遥がカシスをバカにするはずがない。

 何故なら、どちらかといえば遥もバカにされる方だったからだ。

 学校の成績的な意味で。


 虚しい。


 数秒の沈黙。


 あー……そういや、遥って確か宮廷魔術師やってたカシスの兄も殺してるんだっけ。

 その辺の恨みや憎しみがあってもおかしくない……けど。

 どうも様子を見る限りは、そういった負の感情とは違いそうだな。


 何だ? 嫉妬……羨望? 情けなさ、か?


 気にはなるけど、言いたくないなら別に言わなくてもいいのに。


 が、結局は言う事にしたのか、徐に口を開いた。

 話すんなら最初から言えよ。


「前に――」


 それは多分、物凄いくだらない話なんだろうなと。

 俺はカシスのしかめっ面を見ながら、そう思っていた。


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