第二話 死にたくないから
この世界に来て二週間が過ぎた。
俺は盗賊団の頭領をやっていた。
……どうしてこうなった。
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時間軸を遥との再開の直後に戻そう。
あの後、遥にどこかに飛ばされたらしい俺は、気付けば森の中にいた。
土地勘も何もないままに彷徨い歩いていると、村が見えたので、何とかそこに助けを求める。
文字は読めた。言葉も通じた。
だけど、常識が一切通用しなかった。
ここは日本じゃない。
それはさすがに一目でわかった。
金髪なんて当たり前で、
赤や青い髪をした奴もいる。
瞳の色も緑とか紫とか。カラコンかよ。
人種は西洋人っぽい。
少なくともアジア系じゃない。
「あの、ここはどこなんでしょう。
日本じゃないですよね?」
「はぁ? ニホン?
聞いた事がない国だけど、違うね」
俺は、露天をしていた気の良いおじさんに声をかけ、色々と尋ねてみる。
浮浪者とでも思ったのか、水や果物をくれた。世の中捨てたもんじゃないな。
話を聞くと、ここはユーストフィアという世界の、シャルマーニという国の領地だ。そんな事を言われた。
「全然わからない」
「変な奴だな。服装も変だし……って。
おい」
「え?」
「お前、その剣……」
俺が腰にぶら下げた例の剣に目をやったのとほぼ同時だっただろうか。
おじさんが突然俺に殴りかかってきた。
信じ難い事に俺の身体が反応し、何とか回避。
「なにを」
「勇者の仲間だな! おい、みんな来い!
例の指名手配の、勇者の仲間だ!」
ゾロゾロ、ゾロゾロと。
何処にこんなに隠れていたのか、民家から、酒場から、宿屋から。
次々と人が集まってきて、俺を取り囲む。
「え? 何?」
「捕まえろ! 捕まえたら金貨100枚だ!」
おじさんの怒声を合図に、村民が次から次へと攻撃してくる。
中には槍みたいな農具みたいなモノを使っている奴もいた。勘弁してくれ。
「クソ! こいつ速いぞ!」
だがまたも俺の身体は勝手にそいつらの攻撃を回避し、隙間を潜り抜けて、
飛ばされた森の中へと逃走を図った。
「止まれ!」
止まるかバカ。
何でこんな目にあってるのかも、逃げられたのかもさっぱりわからないが。
とにかく、ただひたすらに走り続け、森の奥のそのまた奥、自分がどこにいるのかもわからなくなった頃。
ようやく声が聞こえなくなった辺りで腰を下ろして、息を整える。
「何だってんだ……」
少し落ち着いてきたので、色々と考えよう。
ここは異世界だ。
そう、遥が言っていた気がする。
あいつの言い分を分析すると、
行方不明になったあの晩に、遥も同じように異世界に飛ばされ。
そして勇者になった。
中二病は卒業したつもりだったんだけどなぁ。
とにかく、勇者ってのはよくわからないから保留しておいて、あの惨劇の舞台を作り上げたのは多分、遥だ。考えたくはないけど、状況を鑑みるとそう判断するのが妥当。
そして、必ず殺しに来てと言ったもんだ。
嫌に決まってんだろ。
遥が突然いなくなってから、およそ二年。
行方不明事件は一向に解決せず、完全に腑抜となってしまった俺は、結局第一志望だった大学にも行けず、何となく受けた滑り止めに入学し、夢も希望もない無気力生活を送っていた。
正直に言って、もう人生なんてどうでも良かったんだ。
明日交通事故で死んでもいいと思っていた。
悪い意味で、何の後悔も無く死んでいけるとわかっていた。
俺は遥が好きだったんだ。
なんて事を、放心状態だった俺は友人に言っていたらしい。
少しだけ回復した頃に、苦笑いしながらそう伝えられた。
"今更かよ"、"お前以外全員知ってたよ"、"付き合ってると思ってた"と、どいつもこいつも。だったらもっと早く教えてくれたらよかったのにな。
いや、これは単なる八つ当たりか。
……俺の情けない半生はいいとして、この異世界に遥がいるのなら。
それだけでもう一度生きていこうと思えるし、一緒に生きていきたいと思える。
「……依存してるなぁ」
それでもいい。
それよりも重要な事がある。
あいつに、あんな絶望的な表情なんてさせていたくない。
あの100万ワットの笑顔を、俺が取り戻してみせる。
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さて、この異世界を色々と調べなければならない。
知らない事が多すぎて話にならない。
最優先すべきは情報そのものと、継続して情報を得る手段。
さっきみたいな村や、もっと大きな町に行って話を聞く事が常套か。
例えば、ゲームだと酒場とかギルドとかで情報収集をしてはず。
日本でも、東京みたいな大きな都市の方が何事も便利だったからな。
そう考えると、この剣が邪魔だ。
おじさんはこの剣を認識したせいで、殴りかかってきたんだろう。
聖剣デュランダル……全身がむず痒くなるような名前だ。
確か勇者しか使えないとも言っていたな。
という事は、この剣を持っている限りは、勇者、またはその関係者だと認識されて、さっきみたいに取り囲まれるて袋叩きってわけだ。
この世界の、『勇者』の扱いが全く理解できない。
普通、勇者って世界中から称賛されるもんじゃないのか。
わからん。
溜息をつきながら、俺は聖剣を鞘から抜き放つ。
……見ていると呑みこまれてしまいそうな美しさだった。
透き通った諸刃の刀身は、俺の顔さえ反射させる程の輝き。
無駄な装飾を取っ払った柄の、その中心に翠色の宝石みたいなものが詰められている。
その宝石にあわせたかのように、鍔の部分は薄い翠色で彩られていた。
柄を持ち、木の幹に刃をあててみる。
何の力も込めていないのにズブズブと差し込まれていった。
これはヤバい。ヤバい武器だ。
木を切り捨ててしまうと大変なので引き抜いて鞘に納める。
さすが聖剣……俺の常識が覆される。
確か西洋剣ってのは切るんじゃなくて、殴ったり突いたりするもんだったはずだけど。
まぁいいや。異世界だし。
そんな事よりこれを持っているのは困る。
あんな目にあうのは、もうこりごりだ。
邪魔だ。捨てるか?
さすがにそれはなぁ……と、思った瞬間。
「え? 消えた?」
忽然と消えた。鞘も俺の腰にはない。
なんで? 邪魔だと思ったからかな。
出てこいと脳内で考えてみると、出てきた。凄い。
何でもいいや。
とにかく剣の問題は解決した。
さっきも考えたが、最優先すべきは情報だ。
俺はこの世界の事を全く知らない。
それじゃ遥を探しようもない。
大きな都市に行って、また話を聞こう。
そう思って腰を上げて、あの時もらった指輪をポケットに入れて歩き出した、その時だったと思う。
――ヒュッ、と風を切る音が聞こえた。
俺の腹部に鈍い衝撃が走った。
何か当たったかな、と思って見てみると、
当たったどころじゃない。刺さっている。
矢が突き刺さっていた。
「ごほっ……」
それを理解した瞬間、鋭い痛みが腰から広がってくる。
立っていられない。膝をついて血を吐く。
身悶えていると、木の陰から三人程のヤンキーみたいな顔した奴らが現れた。
何だこいつら。
「よぉ、見てたぜぇ。
何処に隠したか知らねぇけど、
噂の勇者様の聖剣、持ってるんだろ?」
「お前を国に連れていけば金貨100枚!
いや、本人じゃねぇから少し下がるか」
「それでもいいんだよ、金になればなぁ」
モブ盗賊っぽい奴らだ。ていうか多分盗賊だろう。
そういや村のおじさんも金貨って言ってたなー……遥に懸賞金がかかってるのか。
盗賊Aは俺の腕を踏み潰した後、無理矢理立たせる。
「がぁっ……」
「剣を出しな。安心しろ、殺しはしねぇよ。
殺したら金にならねぇからな」
痛い。痛いなんてもんじゃない。
夜中に足をつった時よりも遥かに痛い。
涙が出そうだ。
「あれ……おい、
こいつの傷、治ってきてねぇか?」
「あん? どういう事だ、こりゃあ……」
盗賊Bがそんな事を言ったのとほぼ同時だったか、徐々に痛みが引いていく。
視線の端で、煙を上げながら腹の傷が治って、矢が落ちたのが見えた。
意味わかんねぇ。
「聖剣とやらの力だろうよ、勝手に傷が治るなんて化け物くせーが……。
さっさと剣を出しな! これ以上痛い思いしたくなけりゃあな!」
何発も、何発も。
殴られ、蹴られ、刺され。
その傍から傷が治っては、
また殴られ、蹴られ。
痛い。
治ったって痛いもんは痛い。
喧嘩ぐらいは昔、何度かした事がある。
でも、これはそんな、ガキの殴り合いとは次元が違う。
刺され、傷付けられ、
爪を、指を、腕を切り落とされ。
また治って、また抉られて。
「ほら、早く出せって言ってんだよ!
次はなんだ? 足か?」
「ああああああああああ! 痛い! 痛い! やめてくれ!」
「お前が聖剣を出せばやめてやるよ!」
そして、俺の足を切り落とし。また再生。
耳を刺され、
肺を抉られ、
腸を取り出され、
股間を切り落とされ、また再生。
何度も意識が飛び、蘇り、
また意識が飛び、また蘇り。
もう、もうやめてくれ。
痛い。
痛い。
イタイ。
痛い。
死ぬ。
嫌だ、死にたくない。
嫌だ。
何で俺がこんな目に。
「――――」
「……? え、は、なん……」
死にたくないから。
「だから死ね」
俺は無我夢中で聖剣を呼び出し。
掴みかかる盗賊を真っ二つにした。




