第十八話 イーリアスのバカ野郎
被害はあったが、それほど多くの住人が死んだわけではないらしい。
さすがに教会が抱える治癒魔術師は多く、教会内部だけでなく、街の方にも派遣され、各地で戦う人々を助けていたとか。
津波は水際で食い止められたおかげで、威力が大きく減衰し、街を完全に荒野にしてしまう程ではない。それでも山側の地域はそれなりの被害を受け、これから土魔術師を中心とした復興作業が始まるようだ。
バラントゥルテで目撃情報があった魔族らしき少年だが、さすがに大都市であるミドルドーナで、子供の姿とはいえ、余所者かそうでないかを見分ける事は難しく、そもそも余所者なんて珍しくもない。
そのため、わからなかったそうだ。
「それで、ユタカ様。伺ってはおりますが」
「……遥には逃げられた」
「ユタカ様のご活躍がなければ、ハルカ様も早期に撤退せず、被害はさらに甚大だった事でしょう。ご謙遜なさらず。貴方様のおかげでございます」
今、俺は魔術ギルド内で、一連の報告を聞いている。
と同時に、俺も報告する立場でもある。
ハルカとのやり取りを、細かい台詞は抜きにしてざっと説明する。
するとヨハンは、はぁ、と小さく溜息をつき、宣言する。
「先代勇者ハルカ様を、本日より魔王として認定。
イーリアス教会はその総力を挙げて、勇者ユタカ様を御支援する事を誓います」
思わず殺気が出そうになるが抑える。
あいつが魔王になったのはお前らのせいなんだが?
その辺わかってんのか?
面の皮厚過ぎるんじゃないのか?
「また、今この時をもって、私は教皇代理の地位を辞し。
セレーネ様を教皇に推薦させて頂きます」
「え!」
あぁ、それはいいだろう。
初代勇者イーリアスの血を引き、内部でも実質的な最高権力を持ち、聖女として国民からの信頼も信仰も厚く、治癒能力に疑いは無いし、当代の勇者である俺との繋がりもある。
これ以上ない人選だな。
「それはカリウス様の予定では?」
「カリウス様は現在、シャルマーニの代理王として建て直しにあたって頂いております。国内を纏めるためにも、セレーネ様の求心力に賭けさせて頂きたい」
誰だそれ。
でも聞く空気じゃないし、どうでもいいし。
シャルマーニが落とされ、ミドルドーナも攻撃された現在、国民の不安を解消するために、教会におけるセレーネの存在は重要だろう。
俺も後押しさせてもらうとするか。厄介払いとも言う。
「セレーネ。俺もセレーネを推薦するよ。
今、世界には君の力が必要なんだ。
陰ながら俺をサポートして欲しい」
「おぉ、ユタカ様も仰るのであれば、もう決定ですな!」
「……ユタカ様。あとでお話があります」
さすがにギルドの幹部どもも集まるこの場では言えないのであろう。
目を細めながら俺を威嚇するが。
そんなものは知らん。逃げさせてもらおう。
さて、その後はネットワークの構築に向けて、魔術ギルドにも協力を取り付けた。
特に文句もなかった。非常事態だからな。
その際の一幕。
「貴方がエルセル=リックローブさんだね。
話は聞いてると思うけど、カシスは連れて行くよ。
通信と転移を使える魔術師として」
「お戯れを。あの娘は若輩であり、未熟であり、愚かであり。
ユタカ様のお傍に使えさせるのであれば、私からギルド内の優秀な魔術師を推薦させて頂きますよ」
ごちゃごちゃ言っているが、要するに役立たずの実の娘なんかより自分の息のかかった配下を使えと言いたいのだろう。顎鬚を弄ぶその仕草も含めて、実に不愉快だ。
「リックローブさん。俺は昨日、カシスを通じて貴方に協力を要請した。
だけど、拒否したよね? 話すらしてもらえなかった」
「うぐ……それは」
「娘を蔑ろにするような人が勧める奴なんて、悪いけど信用できないな。
カシスは俺と一緒に遥と戦って、獅子奮迅の働きをしてくれた。
彼女がいなければ、被害が拡大していた事は間違いないよ」
転移を織り交ぜた攻撃は非常に有効だ。
呪力のガードがなければ、もっと早く決着がついていただろう。
逃げられたという結果は変わらないと思うが。
それに、そもそも俺を遥の下に導いたのもカシスで、遥の撤退を伝えたのもカシス。
一方で他のリックローブ家は津波に手も足も出ず、せいぜいその辺りの魔物を駆除していただけだろう。都市の一大事にどちらが実績を残せたかは言うまでもない。
「俺はカシスを信用しているから、これからも手を貸してほしいと思う。
それにカシスが活躍すれば、リックローブ家にも利益はあるんじゃないの?」
「勿論……仰るとおりですが」
「まぁ、もっとも。
十何年も散々コケにされてきたカシスが、貴方のため、家のために何をどう伝えてくれるかは知らないけどね」
「ぐっ……」
ざまぁ。身から出た錆だ。
結局エルセルは、苦虫を噛み潰した顔をしながらも、カシスの動向を承諾した。
それでもメリットはあると思ったのだろう。
俺たちのやり取りを眺めていた他の幹部どもやヨハンの底意地の悪そうな表情が印象的だった。本当に、こんな奴らの助力を得なければならないのか。胸糞悪い。
ちなみに件のカシスはこの場にはいない。
教会で死んだように眠っている。
最後の転移で魔力が尽きたらしい。
そうして話は纏まり、今後に少し希望を見出したところで会議は終了。
俺はセレーネに捕まらないうちに一目散に逃げ出した。
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教会でカシスを回収しようとしたのだが、まだ寝ていたので神官に言付を頼んだ。
すると、何やら赤い宝石を手渡される。
何でも、彼女が俺のところに転移する際に必要らしい。
俺が来たら渡して欲しいと頼まれていたんだと。
なかなか準備が宜しい事で。
宿に戻り、速やかにアジトに戻る準備を進める。
あとの全てはセレーネに任せよう。彼女ならやってくれるはずだ。
俺たちはまさに逃げるように馬を走らせ、ミドルドーナを出発した。
「兄ちゃん、本当にセレーネ姉ちゃんを置いていっていいの?」
「いいんだよ。セレーネは俺たちの傍にいるべきじゃない。
世界に必要とされてるんだから」
「そうかなぁ……」
俺の馬の横を漂いながら、エンが納得してなさそうに呟く。
そうだ。それでいいんだ。
というか、せっかく第二のホームに連れて来てやったのに、俺たちについて行きたいという意味がわからない。
好かれるような事をした覚えはない……むしろ、嫌われそうなことばかりしていたはずだ。盗みに殺傷にエトセトラ。フラグを立てた覚えもないし。
あぁ、そういやあいつにとって勇者は神なんだった。
多分その辺なんだろうなぁ。迷惑な事この上ない。
そんな感じで結論付けて、馬を走らせる。
途中の村では既に俺の噂が流れているらしく、散々な歓迎を受けた。
もう二度と人前で聖剣は出さない。
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そして、アジトまでもう少しという道中。
「逃がさないよ!」
「セレーネ、危ない、落ちる、落ちるから暴れないで!」
突然俺たちの後方に馬が出現した。
その背に乗るのは二人の女の子。
抱えられているセレーネと、手綱を握るカシスである。
冗談だろ。あれだけやって?
「姉ちゃん達だ! やっぱり来た!」
「「「うおおおおおおお!」」」
エンとモブどもが歓喜の雄たけびを上げた。
女の盗賊どもはちょっと呆れ気味。
「カシス! 今すぐセレーネを飛ばせ!」
「無理よ! あたしにだって事情があるのよ!」
「はぁ? ……あっ」
そういえば例のチンピラズの治療をしたのはセレーネだった。
事の詳細を話したわけではないが、セレーネは聡明だ。
だいたいのところを察して、カシスにカマをかけ、そして脅したというところか。
俺たちは馬を走らせながら会話を続ける。
「セレーネ! それが聖女の、いや、教皇のやることか!」
「まだ教皇になってないし!」
「責任をぶん投げて来るな! イーリアスが泣くぞ!」
「ユタカ様と一緒に世界を救えば、それで全部チャラだよ!
イーリアス様も結構アレだったから大丈夫!」
ふざけるな。
誰が世界なんて救うか。
俺は遥を連れてさっさと日本に帰る。
世界の事なんか知るか。
もう切り捨ててもいいが……ここでセレーネを殺したら、イーリアス教会も魔術ギルドも協力を撤回してしまう可能性がある。少なくとも裏切りの前科があるイーリアス教会なんて間違いないだろう。
ダメか。
しかもカシスが脅迫されている以上、どこまで行こうとも転移であっという間に追いつかれてしまう。俺が脅し返したところで、ただカシスが困るだけで何も解決しない。
転移魔法って卑怯だろ。
「ユタカ様! 地獄の底までついて行くからね!」
「一人で行って!」
結局、最後の最後まで追い返す事は出来ず。
俺たちは新たな住人を連れて、一ヵ月半ぶりにアジトへと戻ったのだった。
早く遥に会いたい。
そう思った。
遅くなりまして
次回で一章終わりです




