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第十五話 下地作り


 イーリアス教ミドルドーナ支部。

 と、いったところか。

 巨大な教会は街の一角を完全に宗教に染めており、さっきから視線や内緒話が酷い。


 それもそうだろう。


 俺の隣を歩く、彼女こそが、

 カルターニャの聖女、

 初代勇者の血を引く、

 セレーネ=ヒストレイリア、その人なのだから。


 と、ちょっとだけ助さん格さんの気分に浸ってみるが、言ってしまうと宗教的には俺の方が格上なのが何とも。


 今、俺はこれ見よがしに聖剣をぶら下げて歩いている。


 どうせこれから表立って協力を要請する事になるのだから、いっそ街中に噂を浸透させてしまった方が楽だ。断り辛い空気を作る。

 ついでに、門前払いしてきたリックローブ家へ意趣返しをする事で、ささやかにカシスに恩を売っておく。


 さて、俺たちの歩行ペースより噂の回る速度の方が早いのか、教会に辿り着いた頃には、門の前で位の高そうな爺さんが、穏やかな表情を携えて待っていた。


「これはセレーネ様、御無事で何よりです。

 我ら一同、貴女の帰還を心より喜んでおります」

「ヨハン、貴方がいてくれて助かりました」


 深々と頭を下げる爺さんと、応対するセレーネ。


「そして、こちらの方は……」

「察している通りだと思うから、まずは中に入れてくれたら嬉しいな」

「畏まりました」


 爺さんは仰々しく俺にも頭を下げ、教会内へと案内する。

 終始気まずそうにしていたカシスが印象的だった。



---



 俺たちは彼が使っているであろう、執務室に通される。

 高そうな紅茶を促されるが、念のため毒など入っていない事を確認してから飲むと、ヨハンと呼ばれた爺さんは苦笑いしていた。


「じゃあ、自己紹介するけど、俺は佐々木 豊。

 異世界から召喚された、一応勇者になっている。

 で、彼女はカシス。リックローブ家の末の娘だ」


 俺は念のため聖剣をテーブルに置き、ついでに指輪も見せる。

 併せて、ガチガチに緊張しているカシスが頭を下げた。


「やはり……お会いできて光栄の極み。

 勇者様。私の名はヨハン=ベネディクトと申します。

 先日までは枢機卿でしたが……現在は、教皇代理です」


 ヨハン=ベネディクト。


 もう60代であろう爺さんは、遥排斥の反対派閥に属していた。

 当然だが、死んだ枢機卿とは別人である。


 彼が死ぬ前はもうひとつ低い位だったらしいが、枢機卿の死亡により昇進、さらに、先日の総本山陥落によって教皇代理にまでスピード出世した、運がいいのか悪いのか判断しづらい人だ。ちなみに、教皇”代理”なのは最近のゴタゴタで選挙をしていないかららしい。


「セレーネ様をお守り頂き、誠にありがとうございました。

 彼女はイーリアス様の血を引く神聖なるお方。

 カルターニャの報を聞いた時には、全教会が混乱の渦に飲み込まれたものです」


 守ったわけではなく結果論だったが、都合の悪い事は言わない。


 教皇代理ともあろう人間が、何故セレーネに敬称をつけるのか、というのもその血縁に起因している。大司教というのは表向きには名誉職で、実際のところは、初代勇者の血統を持つ者に必ず授けられる最上級の役職だとか。


 つまり彼女は、イーリアス教会で内部では、兄に次ぐ最高峰の権力を持っていたらしい。


 そんなヨハンの話を、俺は心から呆れかえって聞いていた。

 イーリアスの罪は重い。


「色々と思うところはあるけれど。

 それより、頼みたい事があるんだ」


 俺はかいつまんで事情を話す。


 神出鬼没な遥に対応するためには、国中、出来れば全世界の拠点に通信魔法を使える魔術師を置きたい。しかし、そんなバカみたいな事を実現するためには、国内で尋常ではない影響力を持つ魔術ギルドと、そしてイーリアス教会に協力してもらうしかない。


 だから、ヨハンから魔術ギルドに声をかけて、その協力体制を作って欲しい。


 と言うと、ヨハンは一瞬だけ渋い顔をしたが、すぐに了承した。

 もしかしたらギルドと教会は仲が悪いのかもしれない。が、組織間の事情よりも優先すべき事項がある、その程度には良識を持っている人物のようだ。


「畏まりました。他ならぬ勇者様の頼みであれば」

「ありがとう。でも、勇者様はやめて欲しい」

「はい。ユタカ様、明晩には必ず実現致します。

 して、その通信魔術師と転移魔術師は如何ように?

 宜しければ、教会から推薦させて頂きますが」


 遥をあんな目にあわせた教会からなんて死んでも御免だ。

 というか、お前にはカシスが見えていないのか?


「カシスに頼むよ」

「はっ。しかし……失礼ながら、彼女は」


 噂は届いているとみえる。あえて無視していたと。

 気に入らない奴だが、ここは我慢だ。

 教会に話を通してもらわないと、どうしようもないからな。


「何を聞いているのか概ねわかるけど、彼女は通信と転移に関しては優秀なんでしょ。

 それに、炎魔法が使えないわけじゃない。

 俺がこの目で見た。いつか必ず開花する。させてみせる」


 そう言うと、カシスはギョッとしたように目を見開いて、俺を見る。

 残念ながら、こうして外堀は埋められていくのだ。


 盗賊団を率いている勇者なんぞについていきたいと思う奴は、そう簡単に見つからないだろう。 弱みを握っているこいつを逃す手は無い。それに、色々と話を聞く限り、カシスの通信・転移魔法に対する才能は大したものらしく、ミドルドーナでも上位数名に数えられる様だ。


 家系がなせる業か、本人の努力か。


 そんな感じで伝えてみたのだが、俺の言葉にヨハンはさっきより渋い顔をした。

 どんだけ嫌なんだよ。

 勇者への協力という点で、教会の影響が少ないのが文句あるのか?


 まぁいいさ。こいつらの要求は予想がついている。


「…………」

「その代わりと言っては何だけど、頼みがあるんだ」

「何でしょうか」


 そうして、俺は立ち上がり、セレーネの手を引く。

 彼女はキョトンと俺を見て。


「セレーネをそちらで引き取って欲しい。

 俺にとっては、彼女が共にいてくれた方が助かるのは間違いない。

 けど、教会内部から俺に協力してくれた方が、さらに助かるんだ」

「え」

「ほう。と、言いますと?」

「お互い様だと思うけど、俺は教会を信用していない。

 本当は一切の借りを作りたくなかったぐらいだ」


 だけど、セレーネは信用している。

 これまでの付き合いがあったからだ。

 その彼女が、教会の動向を監視できる立場にいて、俺に手を貸してくれるっていうなら、俺も教会を信用してその手を借りるし、外向けにも、”教会の協力があったから”と伝えて回ろう。


 と言うと、彼はそれなりに納得したように頷いた。

 勿論ほとんど口から出まかせだが。


 要するに教会のおかげという体面を作ればいいのだろうし、魔王討伐という危険な戦いの中で、初代勇者の血統であるセレーネを失う事は避けたいはずだ。ただでさえ、もはや世界に二人しかいないんだし。


 俺が教会と全面的に協力関係にある状況を発信し。

 かつ、彼女が教会に戻り、安全な場所に留まる。


 その条件が揃えば文句は無いだろう。


「……なるほど。そうであれば是非とも」

「ちょっとちょっと、待ってよユタカ様! 聞いてないよ!」


 今度はセレーネが文句を言う。

 せっかく取り繕っていた聖女言語もかなぐり捨てる取り乱しっぷりだ。

 その様子に、ヨハンも驚き戸惑っている。


「言ってないからね」

「そういう屁理屈はいいから!

 なんで! なんでここまで来て捨てるのさ!」


 捨てるとは何て言い草だ。

 俺はあるべきところにあるべきものを返すだけだ。


「セレーネ。君は本当によくやってくれた。

 何度もその治癒魔法に助けてもらった。

 だけど、本来、君は教会で国中の人のために働くべきなんだ。

 俺と一緒に来てもらうわけにはいかない」

「そういうのいらないから!

 全然キャラじゃないから!

 だいたい、仮にも勇者様に同行するんだから、その方が国の、世界のためになるでしょ!」


 うざい。

 俺の本音を知っている奴との問答は面倒だ。


 俺は多分、将来、今までよりずっと外道な事をする。

 遥を取り戻すために。

 その時にセレーネがいるときっと邪魔になる。


 なんて事はさすがにこの場では言えない。


「あの……」


 ヨハンが困ったように呟く。

 すまんね。


「ベネディクトさん。

 彼女はこう言いますが、これもセレーネの、ひいては教会ため。

 貴方ならお分かりでしょう。どうぞ、宜しくお願いします」

「そんな、頭をあげて下さい!

 わかりました、ユタカ様がそこまでされるのであれば。

 元より、セレーネ様のご帰還は歓迎すべき事。

 私どもが責任を持たせて頂きます」


 その言葉に俺は頭をあげ、内心ほくそ笑む。

 上手く押し付けられそうだ。


「ちょっと! 私の意見を無視ってどういう事!

 ユタカ様、私は、私はもう少しキミとっ!」


 ごちゃごちゃと煩いセレーネを置いて、俺は茫然とするカシスの手を引き、退場する。


 宿に戻ってくると、エンやモブ盗賊どもにも文句を言われた。

 知らんね。

 あいつには宗教があり、それは俺にとって邪魔だっただけだ。


 全てを無視して、俺は明日に備えて眠りに就こうとする。


 だが――その晩。

 ミドルドーナに悪夢が舞い降りた。


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