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第十四話 リックローブの落ちこぼれ


 街の外れにあるリックローブ家。

 門から玄関までで100m走が出来そうな巨大な庭を有する豪邸が、そこにはあった。


「これはすごいね。

 カルターニャの大聖堂より凄いんじゃないかな?」


 セレーネがそんな感想を漏らす。

 あれも敷地面積は大概だったがな。

 俺が見た時には、もう建物無かったけど。


 しかし、所詮は一介の魔術師の家系に、

 こんな金と権力を与えてどうするんだろうな。


「さて、どうする? 声をかけるかい?」

「昼頃に来いって言ったんだから、そのうち向こうから来るでしょ」


 正直ちょっとビビってるとは言えない。

 襲撃するとか虐殺するとかだったら逆に何も考えずに出来るのだが。

 俺はあくまで庶民なんだ。

 こんなお金持ち相手ではヘタレてしまう。


 そんな俺の内心を見透かしたのかしていないのか、特に文句を言うわけでもなく、セレーネは了承した。



---



 一時間後。

 俺は、そんな受け身なやり方じゃ、異世界では生きていけないと思い知らされる。


「遅い」

「来ないねぇ」


 ただボーっと待ってるのも何だったし、怪しまれたくはないので、俺たちは門が見える位置にある喫茶店でお茶を飲んで待っていた。

 のだが。


 待てども待てどもやって来ない。

 いい加減イライラしてきて、侵入するか正面突破するか皆殺しにするか検討している俺をセレーネが宥めながら、さらに一時間が過ぎて。


「あ、あれじゃない?」

「やっと来たか……」


 紅いマントを羽織り、紅蓮の名をこれでもかと誇示した姿のカシスがようやっと姿を見せた。

 キョロキョロと辺りを見回している。俺たちを探しているのかもしれない。


 サクッと会計して、挙動不審なカシスに声をかける。


「やぁ」

「…………」


 返事がない。人を待たせて謝罪もないとか舐めてんの?


「まぁまぁ。カシスさん、待っていたよ。

 入ってもいいかな?」

「…………ないわ」

「え?」

「お父様はいないわ」


 その上結局アポも取れてないとかマジ無能。

 こんな奴に頼んだ俺がバカだった。

 セレーネの言う通り、最初からカシスの親父に身分を明かせばよかった。


「じゃあ帰るか」

「待ってよユタカ様!

 カシスさん、事情を聞いてもいい?」

「あたし……あたしは……っ、

 ……ヒック、うぅ……」


 挙句の果てには泣き出すとか何なの。

 そういやこいつ女子高生ぐらいの年齢だっけ。

 その頃って少し悲しい事あったらすぐ泣くんだよな。

 泣けば許されると思ってる節もあるし。


 その後、放置して帰ろうとする俺の腕を引っ張りながら、

 泣き止まないカシスをセレーネが宥め、

 仕方なく三人で宿に戻った。セレーネ、苦労人だな。



---



 彼女は炎魔法が使えない。

 リックローブの落ちこぼれと言われた少女だった。

 生まれの問題か、水や風、土などにも適性は無く、まともに使えるのは、通信と転移と、その他細かい支援魔法だけ。


 そんな彼女は、街のそこかしこでバカにされ、家族にもまともに取り合ってもらえず。昨夜の件を父に話しても、全く聞き入れてもらえなかった。


 との事。


 なるほど。

 こんな重要で有名そうな情報を聞き漏らしたモブは後で耳を切断しておこう。

 あいつに耳はいらない。


「だから……ごめん、ごめんなさい……」


 一通り話して、それっきり俯いた。

 面倒すぎる。


 しかし、いくら大魔術師の家系とはいえ、実の娘をそこまで蔑ろにするもんかね。俺には全く理解できない感覚だ。

 たとえ代名詞である炎魔法が使えないと言ったって、補助・支援系魔法は大得意みたいだし。


 ん、あれ?

 炎魔法が使えない?


「昨日使ってたじゃん。チンピラの顔を燃やした奴」

「あれが初めてだったのよ。

 それに、本当はもっと凄いの使うつもりだった……」


 昨夜の強気はどこへやら、自信なさ気な声で呟くカシス。


 よく考えなくても、昨日の展開は変だったな。

 その辺の雑魚に過ぎないチンピラが、天下の紅蓮に喧嘩を売るとか、普通なら一瞬で消し炭にされて塵も残らないだろう。


 にもかかわらず散々挑発していたし、余裕綽綽で出来るわけないと思っている態度だったし、カシスが魔力を練り始めても構えてすらいなかった。


 うん。何で気付かなかったんだ、俺。

 多分、自分の策で頭いっぱいだったんだろう。

 ……この件について考えるのはやめるか。


「一度でも使えたなら、資質そのものはあるみたいだね」

「そうなの?」

「うん。資質が無かったら全く発動しない。

 ユタカ様も、風魔法以外使えないでしょ?」


 そう言われてみればそうだ。

 魔法剣への応用はあるが、所詮は風魔法一本。

 威力とか距離とか形状とか範囲とか、色々と工夫できる点はあるが、今のところ風以外は全く使える気がしない。


 感覚だと、今後も一切無理だ。

 そういうもんなんだろう。


「……ホント?」

「勿論だよ。もしキミが望むなら習得を手伝う。

 もっとも、私は治癒と聖魔法以外は使えないけど……」


 そう言って、まるで聖女のようにカシスの手を取るセレーネ。

 おい、何勝手に約束してんだ。

 そんなに長期間ここにいるつもりは……って。


 あぁ。いいか。

 この後の方針を考えると、セレーネはここに置いて行く事になるだろう。

 ゆっくりカシスに炎魔法を教えてやればいい。


 でもそうすると、カシスは連れていけないのか。

 それもちょっと困るな。やっぱり諦めてもらおう。転移と通信で頑張れ。


 とにかく。


「カシスの方で上手くいかなかったなら仕方ない。

 セレーネ、着替えてきて」

「わかったよ」


 立ち上がり、彼女は俺の部屋を出て行った。


「どういう事?」

「んー、見てればわかる。それよりカシス。

 君、炎魔法はともかく、

 通信魔法と転移魔法は得意なんだよね?」

「――そうよ! その二つだけは学校で一番だったんだから!」


 いきなり機嫌が直った。

 感情の起伏が激しすぎてついていけない。


「良かった。じゃあさ――」


 俺は事情を説明して、同行を要請する。


「え……」

「カシス。今の君は、この街じゃ居心地が悪いでしょ?

 だから、一時的でもいいから離れたらいい。

 それに仮にも勇者の仲間になるんだ。

 無事に遥を何とかした暁には、君の立場も変わるんじゃないかな?」


「それは、そうかもしれないけど」

「メリットも、デメリットもある。

 俺たちはまだ数日はミドルドーナにいるから、

 それまでに決めてくれたらいいよ」

「そうね……わかったわ」


 断られたら昨日の件で脅すけど。


 よく考えたら拉致したところで転移を使える魔術師には意味がない。

 だが、脅迫には転移とか通信とか関係ない。

 家のメンツとこいつのプライドもあるし、断われやしないのだ。


 その辺まで話したところで、セレーネが戻ってきた。


「久しぶりにこの恰好をすると恥ずかしいね」

「……あなた、まさか」

「私の事を御存知でしたか? 光栄です。

 改めて御挨拶しますね。

 カルターニャのしがない神の下僕、

 セレーネ=ヒストレイリアと申します」


 僧侶服、またの名を聖女服に身を包んだセレーネは、聖女様の言葉遣いで、恭しく自己紹介をし、頭を下げた。


 本当に久しぶりに見た。数か月ぶりだな。

 この話し方をされると、もはや逆に違和感さえ覚える。

 どっちがいいかと聞かれると微妙なところだが。


 圧倒された様子のカシスは、小さく溜息をついて俺たちに笑いかける。


「新しい勇者に、死んだって言われていた聖女。

 あんた達って、ホントにとんでもない奴らだったのね」

「おれもいるぜ!」

「あぁ、そういえばゴーストもいたわね。

 もうここまでだと、逆にあんたなんか大したことないわ」

「何だと!」


 天井から抜け出てくるエン。聞いていたのか。

 いないから何処かに遊びに行ったのかと思った。


「これで全員なの?」

「あと何人かいるけど、ここにはいないよ」


 盗賊とはまだ言わない。

 最終的には全部バレるが、それで逃げたら俺もバラそう。

 また魔術師探すのも面倒だが。


「じゃあセレーネ、行こう。

 カシスも手伝ってもらう。エンは待機」

「えー! またー?」

「消されちゃうかもよ」

「嫌だ!」

「なら我儘言うな」


 そもそも魔術師ばっかりなミドルドーナについてきたのが間違いだよな。

 心意気は買うが、心意気だけじゃな。


 というわけでエンを残して、出発。

 次善の策である。

 どうか次は上手くいきますように。


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