第十二話 マッチポンプ
魔法都市ミドルドーナ。
魔術ギルドを中心に、
国内から優秀な魔術師や、
将来有望な少年少女を集め、魔法学校にて育成。
また、イーリアス教会とも連携し、
治癒や援護系魔法を教えている。
そうして育った魔術師を各地に派遣し、
魔法によるインフラの整備や、
用心棒、魔王討伐のための戦力など、
ミドルドーナの活躍は多岐にわたる。
かつては王国に宮廷魔術師の推薦なども行っていたとか。
とにかく魔法により発展、栄えてきた大都市である。
そのため、街の活気は、
とても俺が今まで見てきたユーストフィアと同じ世界とは思えない。
今までが酷過ぎたというのはその通りであるが。
水魔法による噴水や水路、
火魔法による暖の確保、
土魔法により整備された道などなど、
はっきり言って日本より美しい。The・近代ヨーロッパって感じだ。
俺たちがとった宿の物価も今までとはケタ違い。
金稼いでおいてよかった。
「じゃあ、みんなには調べて欲しい事があるんだ」
それはともかくとして、目的を忘れてはいけない。
俺は魔術師とネットワークの確保に来たのだ。
「魔術ギルドで強い権力を持った人の子供……出来れば娘がいいかな。
歳は……そうだな、16~17歳ぐらいで。
その中で、通信魔法と転移魔法に長けている奴の情報を持ってこい」
まずは前者を探す。
穏便についてきてくれたらいいと思うし、一応手段は考えるが、
ダメだったらそいつを拉致する。
「セレーネ。君は待機だ。まだ存在を明かしたくない。
エン。君が街中を徘徊したら騒ぎになるから、少なくとも昼間はここでセレーネと遊んでいるんだ」
「了解したっ」
「わかったよ、兄ちゃん!」
カンヅメにするのもさすがに哀れだから、
夜には相手してやろう。
そんな感じで解散し、俺もいそいそと調査を始めるのであった。
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一週間後。
「魔術ギルドの大幹部、
紅蓮の魔術師エルセル=リックローブ。
の末の娘、カシス=リックローブ。
17歳。転移と通信魔法をトップの成績で魔法学校を卒業後、その力を活かし魔術ギルドの情報部署に勤める。うん……上出来だ」
リックローブ家は古くからこの都市に根付く大家で、代々、宮廷魔術師を輩出しているとか。
カシスの上の兄も宮廷魔術師をしていたが、遥に殺された。
現在はその弟が代役を務めているらしい。
紅蓮の名の通り、炎魔法を操る家系。
その最大火力は尋常でなく、一族で優れた者は、ミドルドーナでさえ一晩で火の海に出来るとか。本気の一撃を見た者は、まるで火竜のようだったと言ったらしい。
たいした設定だ。
「じゃあこいつにしよう」
「それで、ユタカ様。どうするつもりだい?」
「ピンチに陥ったところを助けることで
縁を作って、そこから魔術ギルドへの会談を要求する」
回り道だが、先に面倒な事をやって後で楽をするのが得策だろう。
「……そんな都合良くピンチなんてあるかなぁ。
リックローブ家といえば、誰も彼もとても強い。まだ若いって言ったって」
「無けりゃ作ればいい」
マッチポンプともいう。
つまりこういう事だ。
俺が顔を隠し、出来れば聖剣も鞘から出さずに覆い、カシスを襲う。三カ月鍛えてパワーアップした今なら、聖剣の力も相まって負けないだろう。
で、俺の配下として、モブどもに逃げるカシスの後を追わせている間に、俺が颯爽と姿を現し、撃退。助けてくれてありがとう、お礼をさせて下さい! となる。
完璧すぎる。
「イーリアス教の大司教の身の上でこんな事を言うのはどうかと思うんだけど、実はユタカ様ってバカなんじゃないかなって、初めて本気で心から思ったよ」
俺の案を聞いたセレーネが呆れたように言った。
何を言う。古今東西、お嬢様なんてこれでだいたい落ちるんだぞ。
「いいからやるよ」
「上手くいくとは思えないけどなー……」
悪役である事に愚痴愚痴言うモブどもを一蹴し、溜息をつくセレーネとちょっとワクワクしているエンを連れて、俺たちは夜の街に駆け出した。
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さて、モブどもの情報をもとに、カシスを発見。
紅い髪に紅い瞳。
紅蓮の肩書きがよく似合うな。
背はセレーネより少し高いぐらいか。
何処となく近寄りがたいオーラが出ているのは、その家系のなせる業か、それとも本人の資質のためか。
「じゃあ、まず俺が路地裏に誘導するから、
お前らは指定した場所で待機してろ。
その後は手はず通り。わかった?」
「「「へい」」」
「私は?」
「セレーネは怪我人が出るまで待機。
エンは、顔を見せないように彼女を驚かせて、俺の誘導に協力してほしい」
それぞれに指示をして、黒いローブを深く被り、出来るだけ暗闇に溶け込む。
聖剣を現出させると、身体の感覚が戻ってきた。ローブで覆っているから目立たない。普段からこうすればいいのか。
盗賊団で鍛えたスキルで身を隠しながら彼女を尾行。
そろそろいいタイミングかと思い、声をかけようとすると。
「――? ――――」
「――! ――――――! ――――!」
なんかチンピラ三人に絡まれて言い合いを始めた。
内容はよく聞こえない。
そのまま流れるように俺の狙っていた路地裏とは違う路地裏へ。
余計な事を。
仕方ないので俺も跡を追ってその路地裏に侵入。
浮浪者みたいなのが何人か道端で横たわっている。
スラムの入り口かな。
で、三人並んで通れるか通れないかぐらいの細さの道で立ち止まる彼女達。
カシスを中心に、前に二人、後ろに一人。
こんな場所で囲まれるとかバカなんじゃないのか?
俺もバレない程度の距離に近づく。
これなら声も聞こえそうだ。
「ほらほら、紅蓮さんよ~、今日こそ逃げないで見せてくれるんだろ?」
「街を滅ぼせる大規模魔法が見たいぜ~」
「ナメるのもいい加減にしてよね! 見てなさい!」
「「「ひゃはははははは!」」」
チンピラの挑発に乗ったカシスは、魔力を練り始める。
がー……アレじゃダメだ。聖剣を持たない俺より酷い。
発動はするし、当たれば火傷じゃ済まないとは思うが。
手加減しているのかもしれない。
そんな大規模魔法をこんなところで使ったら、自分も巻き込まれて死ぬしな。
「『紅蓮烈火の舞』!」
そして彼女は炎魔法を放ち、目の前のチンピラAとチンピラBに直撃させる。
うん。即死はしないだろうけど、致命傷を負うのは間違いないな。
「ぎゃああああああああ!」
「熱い! 熱い! ああぁぁ……」
「嘘! やったわ、出来たわ! ただの炎魔法だけど、出来た!」
身悶える二人と喜び飛び跳ねる一人。
挑発したんだから自業自得だな。
カシスよ、嬉しそうなのは良いけど、放っておくと死ぬから治療はしてやれよ。
それに。
「てめぇ! よくもザラとケインを!」
「え!?」
後ろにもう一人いるんだから。
チンピラCは小剣を取り出して、一直線にカシスの下へ。
存在を完全に忘れていたらしく、声に振り向いたその表情は驚愕に彩られていた。
そして恐怖。死ぬかもしれないと思っているのだろう。
今頃は走馬灯でも見ているかもな。
……何か色々と想定と違うけど、まぁいいか。
俺は高速で駆け出し、聖剣を構え。
「『抜刀・風刃』」
冬籠りで覚えた魔法剣を放って、背後からチンピラCに風の刃を飛ばす。
殺してはいない。さすがにこんな雑魚まで殺すほど落ちぶれちゃいない。
盗賊A~C? あいつらは仕方ないだろ?
崩れ落ちるチンピラCと、腰が抜けてへたり込むカシス。
「大丈夫?」
聖剣を隠して、俺は彼女に手を差し出す。
完璧なシチュエーションだ。予定とは違うけど。
が。
「だ、だだだ! 誰が! 誰が助けてって言ったのよ!」
ダメかもしれない。
そう思いながら、俺は内心溜息をついた。




