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第一話 エピローグから始まる物語

 

「アハ、あはははは、アハハハハアハハ!

 さようなら王様っ! あはははは!」


 津波でもあったのか、と思った。


 水に濡れた建物の残骸は、押し流されたかのように辺りに散らばっていた。

 金や宝石で装飾されていただろう椅子は、原形を留めていない状態で、破片となって転がっている。


 そして。

 それらの上に倒れ込んでいる、

 人、人、人。


 兵士みたいだ、と思った。

 ゲームの設定資料集でモブ兵士として描かれていそうな外見。

 日本ではお目にかかれない鎧に剣。


 数人、位が高そうな人が混ざっていた。

 高貴なマントに王冠が良く似合う、王様のような人や、大臣のような人たちの死体が転がっていた。


「なん……」


 何だこれは。

 夢でも見ているのか?


 俺はついさっきまで、アパートの部屋でダラダラとネットサーフィンをしていたはずなのに。


 むしろ夢であって欲しい。


 だけど、漂う寒気が、

 血生臭さが、

 誰かの呻き声が。


 否応なく、

 これは現実だと俺に思い知らせてくる。


 そして、目の前で発狂したように笑っている女。

 焦げ茶色の髪に、血濡れた剣、返り血で真っ赤になっている鎧やマント。

 顔は見えない。何なんだこいつは。


「ゆう……しゃ、さま」

「――ッ! 大丈夫か!?」


 誰かの声に振り向くと、そこには中学生くらいの少女が横たわっていた。


 ボロボロだ。それはこの惨状のせいだけじゃないように思えた。

 ムチで打たれたかのように腫れた肌、内出血を起こしているであろう足首や、手錠で繋がれた両腕。


 抱き起こすと、きっと、本来は綺麗な顔をしていたのだと思う。

 だけど今は、涙や泥、傷跡の数々で見るに堪えない状態となっていた。


「これを……」


 そして、震える両腕を突き出し、俺に何かを渡す。

 指輪だ。緑色の石がはめ込まれている。


「おい、無理すんな!」

「突然……召喚、してしまい……ゲホッ!

 大変、不躾なお願いになりますが……」


 一言、また一言と言葉を繋ぐ度に、

 彼女は口から血を吐き出す。

 内臓がやられているのかもしれない。

 俺には医療知識なんて無い。助けられない。


「喋るなって!」

「お願い、します。

 ゆうしゃさまを…………」


 ガクッとその腕から力が抜ける。

 死んだんだ。


 人が死ぬ瞬間なんて見た事はない。

 でも、わかる。

 今、彼女は死んだんだ。


「あれ? お姫様、いたんだ。

 牢屋に繋がれてるって聞いたけど」


 笑い続けていた女の声が、そう言った。

 こいつが、この惨状の元凶なのか?


「お前が……!」

「お姫様は味方してくれたって聞いたから、

 牢屋まで被害がいかないようにしてたんだけどな」

「聞けよ! お前――ッ!」

「……? あれ?」


 目があった。

 生気を失った、光沢の消えた目をしていた。


 どこかで見た事あると思った。

 だけど、記憶の中のその瞳は、もっと明るく溌剌としていたはずだった。

 あいつはこんな奴じゃない。

 口元を歪ませた、こんな嫌な笑い方をする奴じゃない。


「豊じゃん。何でこんなとこに……あ、わかった。その指輪ね。

 私を召喚した時と同じかー。

 お姫様かな? 気付かなかった」


 なのに彼女は俺の名前を呼んだ。


「遥……」


 そして俺も彼女の名前を呼んだ。


 浅井 遥は幼馴染だった。物心付いた時には既に一緒だった。

 高校も同じところへ行って、

 大学も同じところを目指そうと、二人で受験勉強をしていた。


 だけど遥は行方不明になった。


 また明日ね、って、そう言って別れたその日の晩に帰ってこなかった。

 わけがわからなかった。

 だって、俺と遥の家は100mぐらいしか離れていなかったんだから。


 何をしても見つからなかった。

 警察も、友達も、先生も、家族も。

 みんな必死で探してくれた。

 勿論俺も、身体を壊すんじゃないかってくらい探した。


 でも見つからなかった。

 忽然と、世界から姿を消してしまったかのようだった。


 二年の空白。それが、こんな突然。


「お前……」

「豊。私ね、勇者様になったんだよ。

 ここは異世界って奴。

 昔そんなゲーム、一緒にやったじゃん」


 何言ってんだ。


「異世界行ったら何しよっか、なんて。

 楽しかったよね。

 だけど、だけどね。

 全然楽しくなかったよ。

 みんな敵だった。敵になったんだ。

 もう疲れちゃった。

 だから、もう、勇者様はやめようって思ったんだ」


 遥が独り言のようにこぼしたその言葉に、

 何が反応したのか、突然彼女の持っていた剣が輝き、俺の手元に飛んできた。


 軽い。何で出来ているんだ?

 日本刀とはきっと材質が違うのだろう。

 剣なんて持った事がない俺の手に酷く馴染んだ。


「アはは……剣にも見放されちゃったか。

 ま、いいや。私には魔法があるし」

「いや、何言ってんだ? 遥だよな?

 異世界? 勇者? これは……何だ?」

「それは聖剣デュランダル。

 勇者だけが使える武器だよ。

 そっかー、じゃあ豊が……」


 彼女は暗く濁った瞳のまま、何か呟く。

 それは詠唱のようにも、祈りのようにも聞こえた。

 歌っているようにも、泣いているようにも思えた。


「『転移』」


 その言葉を合図に、俺の足元に幾何学模様の何かが浮かび上がった。

 昔、ゲームでこんなのを見た。

 七色の光を発しながら、俺の下半身が徐々に消えていく。


「遥! 話を聞け!」

「私は世界をめちゃくちゃにするよ。

 元からめちゃくちゃだったんだけどね。

 だから豊……ううん」


 そっと俺の頬に手を伸ばし、遥は微笑む。

 俺の記憶の中の彼女より、少し大人っぽくなっていた。

 思わず心臓が高鳴る。


「必ず殺しに来てね。私の……ユウシャサマ」

「ふざけんな! 誰が殺すか! 遥、俺は――俺はなぁ!」


 最後まで言う事が出来ず、遥の泣き笑いを見ながら、俺の意識は暗転した。


 わからない。何もかもわからない。

 でも、遥がいるなら。

 俺は必ず、遥に会いに行く。


 そして。

 一緒に帰ろう。


 ここが何処だろうと、何が起こっていようと関係ない。


 あの時の無力感から解放されるなら。

 もう一度、チャンスが与えられるなら。


 今度こそ、お前を連れ戻してみせるから。


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