エピローグ
「中学生最後の夏休みの序盤だったかな。なんだか、そう言う夢を見てたら翌朝には病院で目が覚めたんだよね。大騒ぎだったよ、警察やら何やらで。両親は大泣きして私が寝てるベッドをびしょびしょにしちゃうし、何度も警察にはしつこく何か覚えてないか聞かれるし。医者は学校のガラスに突っ込んだくらいじゃあの傷は説明がつかないって半狂乱だし―――」
「それでその後学校内でオカルトが再燃焼して、彩穂先生の体験談目当てに心霊調査室に入部する生徒が後を絶たなかったって! ああ、私今生きたオカルト伝説と同じ部室にいられることに感激です!」
十数年前、中学生最後の夏休みに〈鉄砲さん〉について調べていた彩穂だったが、突然気がついたら自身は病院のベッドで目を覚ましていた。肩と太ももを十数針縫うほどの大怪我をしたにも拘わらず、彩穂は怪我をした当時の記憶はおろか、その前後の数日間の記憶があやふやになってしまっていた。当初警察などが事件の可能性があるとして捜査したが、結局行き詰まって迷宮入りとなる。
とはいえ、彩穂自身はあまりその事は気にかけていなかった。彩穂の身に降りかかったそういった奇妙な出来事に尾ひれがついて全く関係のない怪談話となった結果、彩穂の悲願であった後輩部員を大量に確保することが出来たためである。その後中学を卒業し、高校を卒業し、進路を決めることになった際に母校の中学校が突然懐かしくなり、気がつけば教師となって母校に返り咲いていた。今では心霊調査部の顧問として、新入部員が入る度に自身の奇妙な体験談を聞かせているのである。
「生きたオカルト伝説って、なんかやだなあ。ますます男が寄りつかなくなっちゃいそう」彩穂は生徒が自身に名付けた渾名に苦笑する。
「もし先生にもらい手がいなくなったら私がもらいます!」鼻息を荒くしながら女子生徒。勿論冗談……だと思いたい彩穂である。
「日本は同性婚は出来ませーん。はい、それじゃあ君も帰る帰る。こんな放課後まで残って、みんな帰っちゃってるよ」
「ちぇー」ふくれながら荷物を纏める生徒。「それじゃあ、彩穂先生。さようなら」
「さようなら。気をつけてね」
手を振りながら部室を後にする生徒を見送ると、彩穂は背伸びをして立ち上がり、学校の校庭を見回した。ふと、校庭横の苔生した石碑に目が留まる。ふふ、と微笑む。
「気がついたら病院のベッド、は合ってるけれどね。何も覚えてないって言うのは実は嘘なのよね」
彼女がそう言って瞬きをした瞬間、夕日に照らされる石碑の脇に二人の男女の影が立って此方へ微笑んでいるような気が、彩穂はしたのだった。




