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鉄砲さん  作者: 九四式
2/5

遭遇


 今朝見た夢に受けた衝撃を隠しきれず当初は若干低いテンションで前期最後の学校へと登校した彩穂であったが、終業式に出席して教員から夏休みに関する注意などを聞いているうちに其方の方へと意識は逸れていき、終業式が終了して各生徒が任意で放課後まで残って部活動に勤しむ頃にはただの夢だと整理を付け終え、すっかり気にならなくなっていた。

 そんな彼女は今別の問題で頭を悩ませていたのだ。しかも、リアルな感触はするが実害はない夢よりも、彼女にとってはもっと切実な問題である。

 彼女の入っている部活動は心霊調査部という。名前からも容易に分かるとおりに心霊現象や怪談話の類などを調べる部活なのだが、その部員が彼女だけしかいないのである。普通、一定の人数を確保できなければ部の創設など出来ないのが定石なのだが、彩穂はなんとしても青春を心霊調査に捧げたいと考えていたため、校舎一階の使用されていない旧多目的室に無理矢理部室を置いて占拠し、創設をごり押ししてしまったのである。

 そのごり押しの結果として、彼女は部を手に入れることが出来たわけであるが、代償として学校側が本来なら存在し得ない状態で活動しているその部の扱いに困った結果、活動はしている物の正式な部活動としては認められておらず、去年の活動開始以来部員が全く入ってこないのである。彩穂は今年で三年生であったため、卒業までに部員を確保しなければ本格的に心霊調査部の存在は闇に葬られることとなってしまうのだ。

 だだっ広い旧多目的室の長い机に彩穂が一人で突っ伏して頭を抱えていると、一人の女性教員が扉を開けて入室してくる。心霊調査部の顧問、さやこである。彩穂は伏せていた頭を上げて入室してきたさやこへと視線を向けた。現代日本成人女性としては低めの身長と小柄な身体をしているさやこが座っている彩穂の前に立つ。若干血色の悪いせいか青ざめて見える整った顔に困っているような笑みを浮かべて彩穂を見つめている。傍から見れば不気味にも思えるような状況だが、心霊調査部では最早日常的とも言える物であるため、彩穂は気にもとめない。


「さやこ先生、どうかしましたか?」


「珍しく彩穂さんが頭を抱えてるなーって、眺めてた。珍しいから」何処か面白がるようにさやこは言う。


「私だって考え込むときぐらいありますよ。このまま新入部員が入らなかったら今年でこの部活廃部ですから……」机に顎を付けたまま彩穂が返す。


「そっかぁ、一大事だねそれは」


「さやこ先生はもっと危機感持ってくださいよ。一応はここの顧問でしょ、一緒に何か考えてくださいよ」


 廃部の危機にそれほど焦りを見せる様子もないさやこに彩穂は口を尖らせながら若干批難めいた口調で提案を促す。


「顧問でしょ、って言われてもなあ。そもそも心霊調査部そのものが存在自体があやふやで怪談入りしそうな状態だし」


「それは……」元々の問題点を突かれ、彩穂は机に突っ伏す。


「ははは、ごめんなさい。そんなに落ち込まないで、一つ考えがあるから」さやこが机に再び突っ伏した彩穂の頭を人差し指でつつきながら言う。「この部活らしい方法が、ね」


「どんな方法ですか」さやこの指を押しのけて頭を上げる彩穂。この時勢いが良すぎたため、さやこは密かに突き指をやらかす。


「この学校に〈鉄砲さん〉って有名な怪談あるでしょ。それを明日からの夏休み中に調べてその成果を纏めて提出して、先生方や生徒会のお気に召せば学校中に広報してくれるから、それで興味を持ったインドア系の後輩を捕まえることが出来れば少なくとも向こう一年は廃部にならず済むと思う」


 さやこが突き指をした人差し指を擦りながらすらすらと話したその案は、確かに彩穂がこの部活を立ち上げた動機と部の方針としては何ら不自然な物ではなかった。だが、それを実行するに当たって彩穂には一つ気がかりなところがある。〈鉄砲さん〉というこの学校に伝わる唯一の怪談についてである。

 怪談としての〈鉄砲さん〉の内容は、「終戦直後の混乱期に、付近の村を巻き込んだ挙げ句校庭で拳銃を使い無理心中した一家がある。そして、夜の校舎に侵入すると拳銃を持った男に追いかけ回され、どんなに巧みにその場の危機を乗り切ろうが最終的には向こう側へと引きずり込まれて死ぬこととなる」といった怪談話だ。

 〈鉄砲さん〉の怪談は前述の通りこの学校唯一の怪談話であり、当然これまでにも興味を持って調べる生徒は後を絶たなかった。しかし、この怪談を調べた生徒の大半は後日何かしらの事故で死亡するか行方不明となり、生き残った者も何があったのか絶対に言おうとはしないのだ。この怪談話が生徒達の間でささやかれ始めた頃から学校側はこの話をタブー視する態度を見せていたこともあり、生徒達は何かあるとは考えながらも次第にそれ以上は深入りしようとはしなくなっていったのだ。

 そんな事情を知っているため、彩穂は〈鉄砲さん〉の怪談話を調べることに若干の抵抗を感じていた。


「確かに心霊調査部としてはいい案ではありますけど、調べた人の後日談であまりいい話を聞かない曰く付きのあれを調べるんですか? 学校もなんだか〈鉄砲さん〉の怪談をタブー扱いしてるみたいですし」


「タブーを調べるのが怖くて心霊調査なんて出来ないと思うけどなぁ。そう言う話は大抵何かしらのタブーから出てくる物だし。それに、他のありきたりな怪談話じゃ注目を集めるなんてほぼ無理だからね」


 調べた生徒に何かしらの不幸が降りかかることで有名な〈鉄砲さん〉の調査に乗り気でないことを遠回しに伝えようとする彩穂であったが、逆に華麗なさやこの切り返しにぐうの音も出なくなる。

 結局、心霊調査部の夏休み中の課題として〈鉄砲さん〉について調べることがそのまま決定してしまったのだった。





 数日後、夏休みに入り当直の教師以外は誰もいない昼の学校、その資料室にて件の〈鉄砲さん〉に関係する話を探す彩穂の姿があった。

 唯一の手がかりと言ってもいい怪談に出てくる内容に似た事件か何か無いかと資料を探しているが、それに関するような資料は見当たらない。そもそもこの学校の前身となる校舎自体が戦時に一度大きく損壊してしまい、後に建て直されたのが終戦から10年後、ここに収まっている資料もその頃から記録され始めた物だ。怪談話の内容では無理心中した一家は終戦直後の混乱期に校庭で事に及んだと言うことであるから、恐らくはこの場に怪談の手がかりとなる物はないのではないのかと彩穂は考えており、心霊調査部存続のための調査は早くも暗礁に乗り上げそうであった。

 怪しいと感じる資料だけでなく、手当たり次第に資料を漁っているうちに時刻はいつの間にか午後七時手前となる。結局これまでにそれらしい記述のある資料は発見できず、彩穂は調査初日から手詰まりの感触を味あわされながら資料室から出ると、職員室から借りていた鍵で扉を施錠する。

 資料室の施錠を終えた彼女が鍵を返すために職員室の方へと足を踏み出そうとした瞬間だった、何やら足音のような物が近づいてくるのを彼女の耳が捉えた。立ち止まり、全神経を集中させて耳をそばだてながら周囲を探ると、どうやらその足音は資料室の向かい側にある地下室へ通じる金属製の扉の向こうから聞こえてくるようだった。普段は関係者以外立ち入りが禁止されている旨の張り紙があり、常に施錠されているはずである。だが、今日はその施錠が解かれているらしい。

 普段は誰も入らない地下室への扉の鍵が開けられている。そう考えた途端、気味が悪くなる。

 地下に何かを置いてあって教師がそれを取って上がってきているだけなのだと彩穂は考えを切り替えようとするが、どうにも不気味な思考が頭から離れず、かといってどういうわけかその場から動くことも出来ずに立ち尽くしていた。

 そのまま足音は扉のすぐ近くまで迫ると、ピタリと止む。扉の向こういる誰かは扉を開こうとする気配が感じられない。それが不気味さに拍車を掛けることとなり、彩穂は扉を凝視したまま緊張した全身から力を抜くことが出来ない。

 突然だった。静まりかえる廊下に金属製の扉が激しく叩かれる音が大きく響いた。ガン、ガン、といった間隔で一定の強い力で殴りつけるような音に合わせて扉もガタガタと小刻みな音を出して揺れている。扉の方へ神経を集中させていた彩穂は飛び上がって腰を抜かし、その場へたり込んでしまう。

 そのまま一分ほど彩穂が動けずに叩かれ続ける扉を見つめていると、叩く音が不意に止んだ。次いで扉のノブが回され、扉が少しずつ開いていく。その様子を見る彩穂はやはり動けない。そして、扉の向こうにいる者が姿を現した。

 前のめりの姿勢で扉の向こうから現れたのは四十代後半ほどと思われる男だった。だが、その男は普通ではないと彩穂は見た瞬間直感する。

 男は両目があるはずの部位が黒くぽっかりとした穴となっており、だらり投げ出すようにして下ろしている右手には拳銃が握られていたのだから。


「ひ、……や」ここで漸く彩穂は這いつくばるようにしながら立ち上がり、職員室の方へと走り出す。


 後方から甲高い爆音が聞こえ、彼女の斜め前にあった非常灯が砕け散る。直後空気がうねるような音と衝撃が顔を叩くのを彩穂は感じた。後ろから撃たれていると気づき、彼女は死に物狂いで逃げようとするが、足に思うように力が入らず中々進めない。

 日が殆ど落ちているため廊下は薄暗い。途中壁の出っ張りなどに身体をぶつけながら、震える足を急き立てて走る彼女はどうにか職員室の前へ到達する。体当たりするように職員室の扉に手を掛けて開こうとするが、開かない。


「た、助けてください! 銃を持った人が!」


 狂ったように扉を引き開けようとする彼女だが、ふと何か妙なことに気づいて顔を上げ、落胆した。扉のガラス越しに見える室内に明かりは灯っておらず、中に人気は全くなかった。


「なんで、誰か先生が残っているはずなのに……」


 そう言いながら扉の前で呆然とする彩穂の耳にゆっくりとしたペースの足音が近づいてくるのが聞こえ始める。

 足音が近づいてくる方を見ながら彼女が後ずさり始めたとき、視界の隅に誰かが映り込んだ。彼女は咄嗟にその方を見ると、いつの間にか1メートルほど横に若い男が立っていた。此方の男も彩穂は見覚えがない。見つめてくる両目が薄暗い廊下を照らす非常灯の光を受けてぎらぎらと輝いている。その男の右手にも拳銃が握られている事を知った彩穂は、下半身の力が抜けてその場にぺたりと座り込む。顎に力が入らずに震え、歯が当たってカチカチと音を立てる。両脚の間を生暖かい物が濡らすのを他人事のように感じていた。

 若い男は身じろぎ一つせずじっと彩穂を見下ろしていたが、近づく足音に気づいたように視線を動かして瞬きをすると、先程彼女が逃げてきた方へ数歩歩いて止まる。廊下の中央で立ちふさがるような格好だった。


「逃げろ」


 ぼそりと若い男が言う。放心状態だった彩穂はその言葉を上手く聞き取れず、「へ」と間抜けな声を上げてしまう。


「さっさと逃げろと言っているんだ」


 若い男はそう言うと近づいてくる足音の方へと歩いて行った。

 数秒ほど彩穂は放心したままだったが、やがてはっと気がついてバタバタと立ち上がり、昇降口の方へと駆けだした。ほぼ同時に背後から猛烈な銃声が五回ほど聞こえ、彼女は目に涙を浮かべながら校舎を飛び出した。

 校門から学校の敷地を抜け出し、家までの帰路を休むことなく走り続けて、用事で両親が外出している自宅に着くとそのまま自室へと駆け込み、ベッドの中へ飛び込んで震えているうちにいつの間にか落ちるように眠ってしまった。

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