黒き増援
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「東条……椿……!!」
英里奈は椿を睨み付けながらそう呟いた。
「久しぶりね……金倉英里奈」
そう言った椿の周りに再び無数の白い弾が現れる。
「イレイザー」
椿の言葉に呼応するかのようにイレイザーが黒き大剣使いと英里奈に向かっていく。
大剣使いはその大剣に体を隠し、英里奈はシールドを展開するが、2人は圧倒的なイレイザーの攻撃力の前に成す術も無く後退する。
(やれやれ……。 相変わらず化物ですね……)
椿を見て、章平は素直にそう感じた。 同じ魔術士だからこそ、章平は椿の強さを良く分かっていた。
「手負いの状態で勝てると思う?」
椿はそう言いながらゆっくりと敵の2人に歩み寄っていく。
「そこまで自惚れて無いわよ……。 でも逃がす気なんて無いんでしょう?」
「当然よ」
次の瞬間、再びイレイザーが豪雨の様に2人に降り注ぐ。 大剣使いは英里奈を抱えて、バウンドでその場から遠ざかった。
「そう答えると思ったわよ……。 一応呼んでおいて良かったわ」
英里奈がそう言うと、英里奈の背後からヘリコプターが近づいてくる。 そして何かがヘリコプターから落下したかと思えば、2人の横に1人が着地した。
先程爆発を起こした者と同じように、全身を黒いコートで包んでいるので顔を確認することは出来ない。
瞬はその者を見た瞬間に背筋が寒くなるのを感じた。
(何だ……あいつ……!?)
圧倒的に冷たい、突き刺さるような威圧感だった。 瞬は思わず短剣を構えた。
武も近いものを感じているのか、構えこそしていないものの、既に臨戦状態になっている。
章平も2人の様子を見て、杖を構えて凛を自分の背中に隠した。
「まさか貴方が出てくるとはね」
「予想をしていなかった訳ではないだろう?」
ヘリコプターから飛び降りてきた人物はそう低い声で答えた。 どうやら男性の様だ。
「タイミングは予想外だったけどね」
「出てくる状況まで細かく考えてこその作戦だ。 東条椿」
男はそう言うと2人よりも1歩前に出る。 それに合わせて椿も杖を構えた。
「戦るつもり?」
椿がそう言うと、男は何かに気づいたように頭を動かし、小さくため息を吐いた。
「そう思ったが止めておこう。 1分もしないうちに我々が随分と不利になりそうだ」
男は右手を上へ向け、左手を後ろに下がった2人に向けた。 すると3人の体がまるでヘリコプターに吸い込まれる様に浮かび上がった。
「逃げるのか!」
瞬は飛びかかろうとしたが、椿が手をこちらに向けて静止を促した。
「椿さん?」
「深追いは禁物よ。 それとあのヘリコプターには多分もう1人手練れが乗ってる。
後もう1つ、瞬君は消耗し過ぎてる。 もうオリジン残ってないでしょ?」
的確な事を言われ、瞬は大人しく引き下がった。 実際に瞬はもう短剣を再生させる程度の力しか残っていなかった。
そうしているうちにも3人はヘリコプターに乗り込み、ヘリコプターは方向転換をして、立ち去ろうとしていた。
「それと……」
椿はそう言って振り返ると、手首に着けているアナライズを口元に近づけた。
「貴女達はいつまで隠れているつもり?」
椿が不機嫌そうに言うと、アナライズから明るい声が帰ってきた。
《別に隠れてるつもりじゃないんだけど?》
「早く出てきなさい」
そう言う椿の口調はやはり少し不機嫌そうだ。
《怒らないでよ、椿》
するとショッピングモールの屋上から2人の女の子が降りてきた。
1人は眼鏡をかけた大人しそうな女の子、蓮と、綺麗な黒髪をポニーテールに纏めた美歌である。
「一応攻撃の準備はしてたんだよ? それにあいつと真正面と戦り合うのはまずいでしょ」
「まぁ貴女達がいたから向こうが帰ってくれたというのもあるけど……。
でも美歌はもっと早く出てくるかと思ったわ。 凛ちゃんがピンチだったし」
「え?」
そう言うと美歌は章平の後ろに隠れていた凛を見つめた。
そして数秒後、美歌は言葉にならない悲鳴をあげた。 横で蓮は不快そうに耳を塞ぐ。
「凛!? 装備は!? なんで生身なの!!?
大丈夫!? 怪我とかしてない!?」
美歌は目にも止まらぬスピードで凛の傍に駆け寄ると、凛の体をべたべたと触り始めた。 しかし凛に装備を解除するように言われ、美歌はアナライズに軽く触れて元の服装へ戻った。
すると凛は泣きながら勢い良く、美歌に抱きついた。 美歌は体勢を崩しかけるがなんとか堪え、凛の体を抱きしめる。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
凛は何度も美歌を呼んで体を美歌に押し付ける。 先程までの死と隣り合わせだった恐怖に耐えるのが限界だったのか、凛は美歌の大きな胸に顔を埋めて泣き続けている。
「もう大丈夫だからね。 お姉ちゃんが居るからね」
美歌は凛に言い聞かせる様に優しく頭を撫でながら囁くように言うと、凛はゆっくりと顔を上げた。
「お姉ちゃん……」
「よしよし、怖かったね」
美歌は凛の体を抱きしめながら頭を優しく撫で続ける。
「凛ちゃん少し落ち着いたみたいだし帰りましょうか。 あんまり学園内の子達を部屋に閉じ込めるのも可哀想だし」
「車で帰るの?」
「ええ、もう呼んであるわ」
椿の言う通り、数分後に車が2台到着し、6人は学園へと戻った。
「えへへ、未来の勝ち!」
「うぅ……3連敗だよ……」
辰也は大きく欠伸をして、優衣と未来の方を見た。 先程からトランプで遊んでいるが、どうやら未来が3連勝した様だった。
(歳が近いのもあって案外早く打ち解けたな)
辰也は一安心してベッドに寝転ぶ。 既に本日の講義は済ませてしまったので特にやることが無い。
(まだ部屋から出るなって指示は続いてるしな)
辰也は学園から支給された携帯電話を見つめた。 未だに外出は許可されていない。
「お兄さん!」
ベッドの上に乗ってきた未来が辰也を呼びながら、辰也のお腹の上に乗ってくる。
「ちょ、未来!」
「お兄さんも一緒に遊ぼ?」
辰也のお腹の上に乗ったまま未来は甘えるような声で、辰也を誘う。 どちらかと言えば誘惑に近い。
「ん、分かった」
「やった! 未来負けないよ?」
未来は嬉しそうに笑いながら辰也に体を密着させた。
「ちょ、み、未来!」
小さな体なので重くはないが、未来の柔らかい体の感触が薄いシャツ越しに伝わり、甘い匂いが辰也の心拍数を上昇させる。
正直まだ辰也は未来の過激なスキンシップに慣れていない。
(優衣で十分耐性はついたと思ってたんだけどな……)
辰也はそんなことを思いながら未来を体の上から退かし、3人一緒にトランプで遊び始めた。
車が高層ビルの前で止まり、6人は車から降りて、高層ビルの中に入っていく。
「無事に戻ってこれたわね」
椿はそう安心したように呟いた。 誰1人欠けること無く、学園に戻ってこれた事が単純に嬉しかった。 下手をすれば死者が出ていてもおかしくはないと思っていたので尚更の事である。
「でも派手に戦ったから民間人に少しは見られてるかもね」
そう言って美歌は凛を背負ったままエレベーターの方へ歩いて行く。 凛は疲れてしまったのか、車の中で寝てしまったのだ。
「でも僕達が止めなかったらショッピングモール内の人がもっと殺されてましたよ」
「章平君の言う通りね。 今回は流石にしょうがないと思うわ」
そう言いながら椿達もエレベーターの方へ歩いて行く。
「ちょっと……待ってもらえますか?」
その言葉を聞いて、全員足を止めた。 その言葉を口にしたのは瞬のようで、瞬はみんなよりも少し後ろに立っていた。
「瞬君?」
椿は心配そうな表情で首をかしげた。 しかし椿は大体瞬の言いたいことは分かっていた。
「あ、美歌さん以外は先に行ってて下さい。 すぐ行きますから」
呼ばれた美歌は自分が呼び止められる事が分かっていたかのように振り返り、瞬の方へ近づいた。
章平と蓮は困ったようにエレベーターの前で立ち止まるが、武は黙って瞬の方へ近づいていく。
「武? お前も学園長の所へ……」
「いえ、兄貴。 自分も居させて下さいっす。 別に口説くために美歌さんを呼び止めた訳では無いでしょう?」
「……分かったよ」
瞬が呟くように答えると、章平と蓮もエレベーターの前で瞬の方に振り返った。
暫く誰も喋らない時間が続いた。 ずっと瞬と美歌がどう切り出そうか言葉を選んでいるようだった。
「瞬君……」
美歌が躊躇いながらもそう呟いた。
「単刀直入に言わせてもらうわ……。 貴方は今日も本気を出さなかったでしょう?」
その言葉を聞いて、章平と蓮、そして武は少なからず驚いた。 3人とも当然、瞬は本気で黒き大剣使いの相手をしていると思っていた。
「……はい」
瞬は短く、小さな声で答えた。
「まだ……怖いの?」
「それは…………」
「それとも本気を出さないまま……また目の前で人を殺されたいの?」
「っ……!!」
瞬は何も言わずに拳を握りしめる。
「また目の前で全員殺されて……自分を苦しめたいの?
あぁまた駄目だったって後悔したいの!?
それとも貴方はまた仲間を見殺しにしたいと思ってるの!!?」
段々美歌の口調が荒くなっていく。 しかし3人は美歌の言っていることが理解できず、戸惑うことしか出来なかった。
瞬は黙って拳を握りしめる。 手には爪が食い込み血が流れ、表情は辛さ以外は何も感じられない。
「貴方は……凛や章平君、武君達をあの子達みたいにしたいって言うの!!!?」
「美歌!!!」
自分の名前を叫ばれ、美歌はビクッと体を震わせた。
怒鳴ったのは横でずっと黙っていた椿だった。
「何よ……椿……」
「何よじゃないでしょ……言い過ぎよ」
椿は美歌を睨み付ける。 章平と蓮は思わず背筋が寒くなる程、椿は怒気を放っていた。
「別に間違った事は言ってないわよ。 それに」
「美歌……!!」
「っ……!!」
椿の怒りと迫力に気圧され、美歌は言葉を呑み込んだ。
美歌はため息を吐くと、エレベーターに乗って上階に向かって行った。
「瞬さん……」
「兄貴……」
2人は心配そうに呟き、瞬に駆け寄ろうとしたが、どうしても足が動かなかった。
それほどまでに今の瞬は自分達が近づいてはいけない気がした。 後悔しているのか、悲しんでいるのか、怒っているのか2人には判断出来なかった。
美歌の言っていることが理解出来なかった自分達が瞬を励ますのはあまりにも場違いに思えた。
「ごめん……3人は先に行ってて。 私達も後で行くわ」
「は、はい……」
2人は心配そうな表情で瞬と椿をおいて、蓮と共に学園長室へ向かった。
1階は瞬と椿の2人っきりになった。 生徒達が部屋から出れないのでいつもなら上階から賑やかな声が聞こえたりするものだが、今はとても静かで、物音は聞こえない。
「瞬君……」
椿は瞬の傍に寄り、優しく呼び掛けた。 しかし瞬は黙ったまま俯いている。手は血で真っ赤に染まっていた。
「瞬君! 止血しないと……!」
椿が瞬の手を握ろうとすると、瞬は逃げるように手を隠し、扉の方へ歩いていく。
「瞬君!? どこ行くの!」
「……ちょっと風に当たってきます」
「駄目よ、先に怪我を……!」
椿は瞬の腕を掴んだ。 瞬は歩みを止め、振り返った。
「離して下さい。 椿さん」
瞬は優しく言ったが、椿は首を横に振った。
「離さない。 それに……今の瞬君を1人にすることなんて出来ない」
「何故ですか?」
瞬は小さな声で言った。
「こんな……辛そうにしてる瞬君を1人にするなんて私には出来ないよ」
椿は瞬を強引に抱き寄せた。 背は瞬の方が高いので、椿は少し背伸びをして瞬の体を強く抱きしめる。
瞬は最初は驚いたが、抵抗する事はせず、黙って椿に抱きしめられた。
押し当てられた柔らかい胸に内心焦りながらも、椿から漂う甘い匂いが瞬の心を落ち着かせる。 瞬は椿の体を抱きしめたい衝動に駆られたが自分の手が血で濡れているのに気づいて手を引っ込めた。
「瞬君は……まだ怖いの?」
質問の内容は美歌と同じだったが、椿はもう一度優しく訊ねた。
「……はい」
瞬は小さな声で答えた。
「そっか……」
椿はそれ以上は何も言わずに黙って瞬の頭を撫でた。
「責めないんですか?」
「うん」
椿はそう答え、瞬の頭を優しく撫で続ける。
「ゆっくりゆっくり治して。 焦ることは無いわ。
貴方は1人じゃないんだから」
椿はそう言って瞬の体から離れると、瞬の手を引いてエレベーターの方へ歩いていく。
「椿さん……少し優しすぎませんか?」
「そう? まぁ瞬君は弟みたいな感じだからね。 どうしてもこんな感じになっちゃうのかも」
「さりげなーくフラれた気がするんですが」
「ふふっ、さっきので私に惚れちゃった?」
「冗談ですよ、俺を励まそうとしてくれたんですよね」
「おや、冗談が言える位には回復してくれた?」
椿は笑いながらそう訊くと、瞬も笑顔で答えた。 まだ少し元気が無いが、先程よりは回復したと言えるだろう。
2人はエレベーターに乗り、学園長室へ向かう。
「でもこれだけは言っておくわ。 瞬君はもっと自分の力も信じて。 貴方は強いんだから」
「まぁ椿さんには及びませんが」
「もう、そうやってネガティブにならないの」
椿は指で瞬の頬をつついた。
エレベーターが学園長室のある階に到着し、椿と瞬はエレベーターから下りた。
「先に手当てしないとね。 もっと自分の体は大切にしないと駄目だよ?」
「大丈夫ですよ。 これくらい」
瞬は自分の手を見てそう言った。 先程爪が食い込み血が流れていたが、今は痛みはあるものの既に血は殆ど止まっていた。
「駄目。 悪化したらどうするの」
椿は半ば強引に瞬の腕を引っ張って自分の部屋に向かっていく。
「ほ、本当に大丈夫ですって」
「だーめ。 今日は瞬君をとことん甘やかすからね」
「なんですかその決定事項……」
瞬はため息混じりに呟いた。
「ほら、早く行くよ」
椿はそう言いながら瞬の腕を引っ張る。
(敵わないな……この人には)
瞬は心の中でそう思いながら椿について行った。
志望理由書にかなり苦戦しており、全く執筆出来ませんでした。申し訳ないです。
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