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世界中の青を集めて塗ったように深い蒼と静寂で満ちた午前4時。
数えきれないほど寝食を共にしたジャージを着込み、なるべく音を立てないように家を出る。
目的地は歩いて30分のところにある、この町を見渡せる小高い丘。
しんしんと眠る住宅街を抜け、唯一の遊具が錆びまみれのシーソーという哀愁漂う公園を横断し、そのうちドミノのように倒れてしまいそうな古い県営団地を横目に、そのさらに奥の森林公園を歩く。
そこから黙々と雑草で埋め尽くされたデコボコ道を15分程進み、息が切れ、緑が切れてきたら到着。
こここそが彼にとって最高に落ち着く秘密の場所。
誰もいない。世界に自分しかいないのだと思える程の静寂が心地良い。悩んだり考えをまとめたくなっては足を運び、一人朝早くに来てはぼんやりと過ごしていた。
そして今日も、まだ星が瞬く吸い込まれそうなほど澄んだ夜空を見上げ、ほう、と息を吐く。
――――どうやら日の出にはまだ時間があるみたいだ。
ポケットにねじ込んだA4用紙を取り出し、その冒頭の文字を見てまた溜息が出る。
『内定通知書』
その文字を見るたびにこみ上げる溜息と暗澹たる気分をなんとか抑え込み、まだ三日月が輝く空を見上げ、ぼんやりと人生を振り返る。
――――えっと、小学校は……うーん。中学校は……あーうん。いや高校もアレか。
こう……覚えてないというより思い出すのを本能的に拒んでいる感じ。
いや、まぁ理由はわかっている。そう、要はあんまり良い思い出がないんだ。
なんだかんだで大学もなんとなく過ごして終わってしまった――――
数行で書き終われるような人生を送り、気付けば周囲の流れのまま就活して、目立った特技も、運転免許以外の資格も、豊かな経験もない俺はただただ中身のないエントリーシートを書いては企業に送り、ポツリポツリと第一面接を受け、見事に惨敗。
「もういいや」って。そう、思っていた。
それが昨日の夕方。状況は一変した。
もう一度しわくちゃになった内定通知書を怪訝な顔をして眺める。
見出しはもちろん『内定通知書』。
宛名は『戸ヶ崎 睦』。彼の名前だ。
怪訝な顔になる理由。問題は内定を出した企業にある。
就職氷河期と言われるこのご時世、睦も例外なく散々な結果だったということもあり、内定したことがわかった時は飛び上がるくらい喜んだ。事実、この内定通知書が届いた時、彼は高らかな雄叫びと共に右拳を天に向かって突き上げた。
いや、それはいい。
こんな時代だからこそ、上場企業じゃなきゃ嫌だ、とか。休暇や給料が少ない、だとか文句を垂れるつもりもなかった。
ただひとつ、腑に落ちないこと。
『COF』という会社名。
それは、
見たことも聞いたこともなかった会社だった。