鎮痛剤
パチッて音と共に、銀の壁を突き破った錠剤が掌に転がる。
舌の上に乗せると、かすかに苦味。
コップ一杯の水と一緒に、のどの奥に押しやる。
ずきずき
鈍い痛み。
頭の中から、誰かに刺されてるみたいに。
ずきずき
大丈夫、薬は飲んだ。
このまま眠ってしまおう。
目覚める頃にはきっと、薬が効いて楽になってる。
頭を枕に沈め、目を閉じる。
それでも尚、痛みは主張を続けるけど気にしないフリ。
無理矢理に眠りへと誘われた。
鎮痛剤は医薬品です。
用法・用量を守って、正しくお使い下さい。
雨の降る前は、決まって頭が痛くなる。
そう言ったらあなたは、天気予報いらずだと言って笑った。
それから私に、あめ玉ひとつ。
「鎮痛剤って、体に良くないよ。特に女の子は。」
だからって、あめ玉が薬代わり?
馬鹿にしてるの?
そう言ってやろうと思ったけど、あなたは至極マジメな顔。
あなたの行動はいつも本気。
そう分かったから、私は素直にあめ玉を受け取った。
包み紙をといて、それを口に放り込む。
からから
うす桃色したあめ玉。
桃の味したそれが、歯に当たって軽い音を立てる。
からから
舌であめ玉を弄ぶ。
そんな私を見て、あなたは笑う。
「良くなった?」
なるわけないじゃん。
そう思ったけど、いわない。
軽く笑って、またあめ玉を舌で転がす。
からから
甘い味。
背中にはあなたからの視線。
私の視線は曇り空。きっともうじき降り出す。
どんよりしたねずみ色。頭痛の原因を恨めしく睨んでみた。
「行こうか。」
あなたが私の手を取る。
私より、少し温度の低い大きな掌。
浸みる体温。
薄れる痛み。
あめ玉は小さくなる。
気持ちは大きくなる。
「まだ痛い?」
労るような声が、心地よく響く。
あなたの掌が額に触れて、視線を上げたら目が合った。
ゆるんだ頬で首を横に振る。
同時にほころんだあなたの口元に、唇を寄せる。
桃の味した甘いキス、なんてまるで童話。
「甘いね。」とあなたは笑う。
これは特効薬。
つないだ手と、触れる唇。
あなたがいればそれだけで、痛みなんて忘れられた。
ひんやりした布団の感触。
すでに陽は落ちて、辺りは夜の色。
ぼんやりした意識で体を起こす。
一瞬目がくらんだけど、刺すような痛みはなかった。
薬が効いたのだと思い、覚醒しない頭のままで辺りを見回す。
枕元には空っぽの鎮痛剤と、飲みかけのミネラルウォーター。
不意に夢の記憶が蘇る。
つないだ掌の感触。
触れた唇の記憶。
やたらと鮮明な、幸せだった頃の記憶。
唇に触れても、掌を握りしめてもそこに現実味はないのに。
その度、喪失感が襲うのに。
それでも確かめずにはいられなかった。
あの優しい声はもう響かない。
甘い鎮痛剤はもう効かない。
ぱたっと音がして、布団に小さな水玉を描いた。