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第九話 迎えた朝に

 ――あの聖なるあおき空の如き。

 彼女の名乗る『聖蒼騎士せいそうきし』には、そんな意味が込められている。


 その称号を冠する者の名は、フィリア・ラズ・ライト・スペリオル。

 新人類をまとめ、『黒の将軍』率いる旧人類と戦う、腰まで届くオレンジ色の長髪が特徴的な二十八歳の王女である。


 王宮にある自室で、彼女は目の前に立つ青年の顔を見ながら嘆息していた。

 戦場で騎士として戦っているときと比べて、なんと情けない表情をしているのだろうか、と。

 フィリアが明日にやろうとしていることがやろうとしていることだから、その気持ちはわからなくもないのだけれど。

 それにしたって、これじゃ自分のほうが弱いところを見せられないじゃないか。……そこまで計算して、青年はこんな表情で自分の前に現れたのだろうか。だとしたら、困ったことにとても効果抜群だ。もちろん、彼にそんな目論見はないだろうけど。


 彼女は青年――ゲイル・ザインの頭にポンと手を置いた。

 短く刈られた茶色の髪。その下に視線を移すも、彼の端正な顔は苦痛に耐えるように歪んだまま。

 それにフィリアはもう一度ため息を漏らしてしまう。自分より七つも上の三十五歳だというのに、これではどちらが年上かわかったものではない。


「なぜ、なのでしょうね……」


 ぽつりとそう漏らしたのはゲイルのほう。

 彼女は「ん?」とだけ穏やかに返す。彼の言葉の先を促すように。


「なぜ、貴女あなただったのでしょうね、『スペリオル』の生まれ変わりが……。そうでなければ、退屈ではあっても穏やかな日々を過ごすことも、あるいは……」


「それは、言っても仕方ないことでしょ」


 この短い時間の中で三度目の、しかし今度は慈しむ色を交えてため息をつくフィリア。

 そう、それは嘆いても詮無せんないことなのだ。事実は事実として受け止めるしかない。しかし、それは自分のように『生まれる前のこと』を『実感』として知っているからこそできることなのかもしれなかった。

 現にゲイルは――国ではなく自分に対して騎士として忠誠を誓ってくれ、また『現人神あらひとがみ』として誰からも微妙に距離を置かれていた彼女に、初めて真っ直ぐに想いをぶつけてくれた彼は、そうではなかった。


 ――人は、肉体が滅んでも『階層世界』に戻ってゆくだけ。死ぬことは決して世界からの消滅とイコールではない。


 そうフィリアが教えても、それは結局『知識』でしかなく、彼の中の『実感』には成りえないのだろう。

 そして、その感覚がフィリアにはわからなかった。死を恐れる、その感覚が。

 ずっとずっと、『わからなかった』のだ。

 過去形なのは、それが彼女にも『実感』としてわかってしまったから。


 三年前。

 『創造主』にこいねがうことによって使うことのできる『希術』。

 それとは違う『聖霊魔術』という手段によって力を貸してくれていた『四大精霊の王』たちが、『黒の将軍』によって物質界によって召喚された。されてしまった。それも、その身に『魔』的なくさびを打ち込まれ、彼の手足として行動する『魔精霊ませいれい』という形で。

 それによって『聖霊魔術』がまったく使えなくなったというわけでも、それだけで勝敗が決定してしまうほどの絶望的な戦力差が開いたというわけでもない。もっとも、新人類側と旧人類側のパワー・バランスが辛うじて均衡しているのは、聖獣リューシャーが新人類側に味方してくれているからであって、その後ろ盾がなければ即、勝敗が決してしまっていたかもしれなかったのだが。


 しかし、辛うじての均衡など決して長くは続かない。

 それがわかっているからこそ、フィリアたちは出来る限り早急に『魔精霊』たちを倒さなければならなかった。

 そう、研究に研究を重ねてようやく組み立てた『秘術』で。

 使うときは命がけとなってしまう『秘術』で。


 決行は、明日。

 失敗は許されない。『秘術』の他に『魔精霊』たちをどうにかする手段はないし、なにより『秘術』の失敗は、フィリア自身の消滅を意味するのだから。


 そう、消滅。

 『死』ではなく、魂――存在そのものの『消滅』。

 もしそうなってしまえば、『階層世界』に戻ることなどできはしない。


 これが――この感覚が、一般的な人間の感じている『死の恐怖』なのだろう。


 大切な人と、一緒にいたい。


 この世界に居続けたい。


 なにより、消えたくない。


 この感情こそが――


「…………」


 それを知ったときだった。彼女の中に弱さが生まれたのは。

 しかし、それを理由に心を折るわけにはいかない。

 みっともなく泣きわめき、戦いの場から身を遠ざけるわけにはいかない。


 もちろん、彼ならば――ゲイルならば、そうしたところで自分を軽蔑したりなどしないだろう。

 むしろ、喜んで一緒に逃げてくれるに違いない。

 けれど、それを実行に移した自分は、果たして彼に愛してもらえる価値のある自分といえるだろうか。

 とてもではないが、そうは思えなかった。


 民を見捨て。

 いままで一緒に戦ってくれた兵たちを裏切り。

 彼と二人、旧人類の治める世の中で、逃げるように二人、寄り添って生きていく。……一生消えない罪悪感を抱えた、そのままで。


 それだけはごめんだった。


 ゲイルに愛されること。

 

 ゲイルを愛すること。


 彼は自分を支えてくれ、自分は彼を支えているのだという誇りを持って生きること。


 それを放棄するくらいなら、文字通り、消滅してしまうほうがマシだ。


 彼女は既に、そう割り切っていた。

 しかし、それでも身体がときおり震えることはある。

 それだけはどうしようもなかったし、どうにかするつもりもなかった。これくらいの甘えは許されるんじゃないかな、なんて風に思うのだ。


 ……また、身体が震える。

 意識しただけで、身体が震える。

 フィリアは自分の身体を両腕で抱こうとした。

 そのとき。


「――あ……」


 その震えを抑えようとするかのように。

 ゲイルが彼女の身体を抱きしめていた。

 背中に回された両腕からは、わずかに痛みを感じる。同時に、彼の震えも、また。


「もう……」


 くすりと笑い、少しだけ身をよじる。

 彼の温もりに、震えが少しだけ止まったような気がした。


「――約束、してください」


 やがて、呟くようにゲイルがそう口にする。


「必ず、生きて戻ってくると。『秘術』を、成功させると……」


「もちろんよ。それに、その約束は前にもしたでしょ?」


 失敗はない。それ以外の結末は、絶対に起こさない。それもまた、覚悟だから、と。


「……そうでしたね」


 泣きそうな表情で微笑むゲイル。フィリアの浮かべる笑顔も、それとまったく同じもの。


「――どうか、貴女にご武運を。私の、愛しい人……」


 ――愛しい人……。


 その言葉を、フィリアは強く、強く胸に刻み込んだ。



 ――忘れない。



 私がこう思ってるって知ったら、貴方は悲しむかもしれないけれど。



 もし。



 もしも、『秘術』に失敗して、私という存在が消滅してしまったとしても。



 この想いは。



 この温もりは。



 人間ひととして生き、貴方と出会ってからの十二年間の思い出は。



 絶対に。



 絶対に、忘れない……――





 ……なんだろう。


 とても、なつかしいゆめをみた。


 そんな気がする。


「……~い、ミーティア~!」


「ミーティアさま、あの、どうなされました?」


 すぐ近くから聞こえてきたのは、アスロックとドローアの声。

 アスロックはなにも乗っていない皿を軽くナイフとフォークで叩いており、ドローアはスープ用のスプーンを皿の端に静かに置く。

 なんとも育った環境がうかがえる行動だった。


 ……ん? 皿?

 あ、そっか。いまは朝ご飯の最中だったっけ。


「あー……、あはは、ボーっとしてたみたい」


「おいおい。食事中にボーっとするなんて、横からおかずを取られても文句言えないぞ」


「いや、普通に文句言える状況でしょ、それ」


「甘いな。おれが子供の頃は、飯の時間といったらいつも戦いだった。同じ席についた奴らはな、ほぼ全員、殺気立ってるんだ」


「どういう人生おくってきたのよ、あなたは……」


「想像つかないか? ガルス帝国の生まれだぞ、おれは」


「……うん、想像ついた。でも、だからっておかずの奪い合いするのはどうなんだろう……」


「ちなみに、奪い合いになることは割と稀だ」


「あれ? そうなんですか?」


 苦笑気味に黙っていたドローアが口を挟んでくる。ちなみに、右手はスプーンを持ったままで、左手をパンに伸ばしていた。


「ああ、そうなんだ。ボーっとしてる奴や反射神経の鈍い奴はおかずを取られる。常に周囲に注意を払っている奴や反射神経の鋭い奴が一方的におかずを取っていく。抜け目のない奴はおれ同様、ガードに徹していたな」


「それはそれは……なんだか可哀想になってきてしまいますね」


「いやいや、そんなことはない。反射神経の鈍い奴は更に鈍い奴からおかずを取る。そうやって補充するんだ」


「ええと、一番反射神経のない方はどうなさってたんですか?」


「当然、おかず抜きだ。酷いときには飯をすべて取られたりもしていたな。そして、そういうのが何度も続くと、やがて自分から去っていくようになる」


「食堂から?」


 と、今度はあたし。

 というか、別に家で食べれば済む話なのでは……?


「いや、宿舎から。ちなみにこれは、兵士になるのを諦めるってことを意味する」


 そうきたか。アスロックの語り口からして、宿舎以外の場所でご飯を食べるという選択はとれなさそうだし。

 

「まさしく戦いの場だったのね。より正確に言うなら、試験の場?」


「そうだな。いま思えばちょっとしたテストも兼ねてたんだと思う。自分の食糧も確保できない奴が兵士としてやっていくなんて、まず無理だからな」


「そうかなー……」


 まあ、ある意味では正しい気もするけど。


「というわけでミーティア、お前のモーニングセットに付いてきた牛肉は、おれがもらった」


「おいこら。吐き出しなさいよ、あんた」


 あたしがアスロックを睨んだところで、ドローアがパンを一度口から離し、


「ミーティアさま、その言葉遣いはさすがの私でも見過ごせませんよ? それとアスロックさんはミーティアさまのおかずを取っていません。ミーティアさまがちゃんと食べていました」


「え? 本当に?」


「はい。ちゃんとこの目で見たのですから、間違いありません」


 ぴっ、と人差し指を一本立てるドローア。アスロックもどこか呆れた眼差しをあたしに向けていた。


「お前、本当にボーっとしてたんだな……」


「あー……、ボーっとしている間に食べちゃってた?」


「いや、そもそもまだ運ばれてきていないじゃないか。きたのはスープとパンと空の皿だけだ。現にさっきから何度も皿を叩いてるだろ? おれ。ちゃんかちゃんかってさ」


 子供か、あんたは……。

 ともあれ、アスロックにそう返されて、今度はドローアを睨むあたし。


「……てへへっ」


「笑ってごまかさないの。……まったく、ドローアはときどきお茶目になるっていうか、なんていうか」


「お前、なんかツッコミに覇気がないな。低血圧ってやつか?」


「え? ううん。ただ、ちょっと夢見が、ね……」


「嫌な夢でも見たのか? まあ、セレナさんが行方不明なんて状況だから、無理もないとは思うが」


 と、ここでようやくサラダと、メインディッシュであるところの肉類がご登場。うん、いくらあたしだってボンヤリしたまま肉を全部食べちゃうとか、ありえないって。

 まあ、それはともかく。


「別に嫌な夢ってわけじゃないわよ。ただ、な~んか引っかかるっていうか……って、こら、アスロック! あなたから訊いてきたんだから、ちゃんと最後まで聞きなさいよ! お肉に没頭してないで!」


「お、やっといつものミーティアに戻ったな」


「いつものあたしって、どんなあたしよ!?」


「怒鳴ってばかりいる、偉そうなお子さま」


「嫌な認識っ!」


 あたしのほうこそアスロックのお肉を奪い取ってやろうかとよっぽど思ったけれど、ドローアの手前もあって実行には移さないでおく。……決して、決してあたしのフォークさばきじゃアスロックのおかずを奪い取れないと思ったわけではない。悪しからず。


「アスロックさん、まずは野菜から食べたほうがいいですよ。いきなり肉類からだとお腹がびっくりしてしまいます」


 言って彼のサラダを目で示すドローア。

 あたしもよくそうなるように、アスロックはちょっと不満げな表情になって、


「ふぇ? ふぁって、ふぁらへぇってひょうがはいんだ」


「口に食べ物を含んだまましゃべるのも、行儀がいいとは言えませんよ?」


「というか、それ以前になにしゃべってるのかわからないって……」


「むぐ……」


 ちょっと考える間があって、アスロックはものすごい勢いで口の中のものを咀嚼そしゃく。ごくんと喉を通過させた。


「え? だって、腹減ってしょうがないんだ」


「わざわざ言い直さなくていいって!」


 なにしゃべってるかわからないとは言ったけど、雰囲気というか、前後の状況から、どんな内容だったのかは大体わかってたんだから!


「それに、どれから手をつけようと、おれの勝手だと思うんだが?」


 今度はドローアに向けてのみ言う。よし、いいぞいいぞ、それはあたしも常日頃から思っていた。言ってやれ言ってやれ!

 三角食べとか真っ平ごめんだとか言ってやるんだ、アスロック!


「そのとおりではありますが、健康にいい食べ方をしたほうが、健康に悪い食べ方をするよりはいいでしょう?」


「まあ、確かにな。健康は大事だ。身体が資本、とも言うし」


「裏切り者おぉぉぉぉっ!!」


 思わずイスから腰を浮かし、ビシッとアスロックにフォークを向けて大声を出してしまうあたし。


「……ミーティアさま。もうちょっとお行儀よく」


 たしなめてくるドローアに、あたしは小声で反論する。もちろん、イスにはちゃんと座り直しながら。


「なによなによ、これだから王族って肩書きは嫌なのよ。行儀よくとかいっつも言われてさー」


「これは一般家庭でも言われることだと思うんですが……」


 そう言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 いかん、形勢が不利だ。せめてアスロックをこちら側に引き込んでおかないと。


「ねえ、アスロック。ドローアって何気に嫌な奴よね~?」


「そうか? しっかりしたいい娘だと思うが、おれは」


「裏切り者おぉぉぉぉっ!!」


 またしてもイスから腰を浮かし、あたしはアスロックにフォークを向ける。


「はぁ……」


 ドローアが嘆息する音がいやに大きく聞こえた気がした。


「ミーティア、お前って本当に行儀悪いのな」


 ううっ、アスロックに言われるなんて、屈辱だっ!


「それはそれとして、やっぱりおれは肉から食いたい。――いいか?」


「え? いえ、あの、許可を求められるとは、正直、思いませんでした……。まあ、そこまで強く反対はしませんよ。人それぞれ、です」


「うっし。じゃあ改めて、いただきま~す」


 両手を合わせるアスロック。


「いただきます」


 同じく手を合わせるドローア。

 せめてもの抵抗とばかりに、イスに再度座り直したあたしは、アスロックの使った戦法でドローア攻略を試みる。


「ねえ、ドローア。あたしは『いただきます』ってやらないで食べ始めたい。――いい?」


「駄目です」


 コンマ1秒で却下された。ちくしょう、なんでアスロックはよくてあたしは駄目なんだ。

 ……あ、そっか。


「愛の差ってやつ?」


「なにがですか? ミーティアさま」


「ドローアの対応よ。あたしに対する態度には愛が感じられない。逆にアスロックには愛が溢れまくり」


「ななっ!? そ、そんなことっ!」


 よし、動揺したところで一気に畳みかけ――


「そうだぞ、ミーティア。どっちかっていうと、お前への対応にこそ愛情が溢れまくりじゃないか。一緒に過ごした時間の長さが違いすぎるから仕方ないとはいえ、ちょっと寂しいくらいだ」


 黙ってろ、アスロック。

 ドローアはドローアでしどろもどろに、


「いえ、あの。別にどちらにどうというわけでは……。あ、いえ! もちろんミーティアさまとは幼少の頃からのお付き合いなわけですから、当然、愛情はありますし、そ、その……アスロックさんにだって、決して無いわけでは――」


「まあ、それよりも飯だけどな」


「それはあんまりですよぉ、アスロックさん……」


「え? なんで?」


「なんでって……、そ、それは、その……」


 と、そのときだった。

 酒場の扉が開き、何人かの兵士が入ってくる。……ちっ、いいところだったのに。

 ……って、ん? 先頭にいる、あの金髪の女性って。


「あれ!? なんでブリジットがここに!?」


「こちらに宿をとっておられましたか、ミーティアさま」


 ブリジットと、数人の兵士があたしたちがついている席までやってくる。


「ちょ、ちょい待ち! 兵士たちは別の場所に待機させておいてよ! ちょっと周りを見てみればわかるでしょう!? 思いっきり注目の的じゃない!」


 なにせ、この宿に泊まった人のほとんどが朝食をとる時間なんだから、いまは。


「あ、そうですね。すみません。――おい、お前たちは入り口のところで待っていろ。ミーティアさまへの報告は私がしておく」


 いや、それもどうだろう。……まあ、同じ席につかれるよりはマシ、なのかな?

 と、ドローアも同じことを思ったのか、おずおずと口を開く。


「あの、ブリジットさま。あまりミーティアさまを『さま』づけで呼ばれると周りの方々に素性が……。……いえ、なんでもありません」


 ……そっちか。しかし、自分もあたしのことを『さま』づけで呼んでいるということに思い至ったのだろう、彼女は途中で口をつぐんでしまった。

 と、今度は早々に食事を終えてしまったアスロックが尋ねる。……って、いくらなんでも食べるのが早すぎない? 大きさか? 一口の大きさが違うのか?


「ところで、報告ってのはなんなんだ? もしかしてセレナさんが見つかったのか?」


 アスロックはとてもまともな問いをぶつけていた。ドローアよりもまともだった。一体どうしてしまったんだ、アスロック。これは天変地異の前触れか?

 まあ、そう簡単にお姉ちゃんが見つかるはずもないから、その報告内容だけはないだろうけど。

 果たして、ブリジットはアスロックの問いに首を縦に振り、


「ああ、実はそうなんだ。それも――」


 ほら、やっぱり違った。そうよね~、そう簡単に見つかるわけが……うん?


「ちょっ、ちょっと待って! 本当に!? あっさり言うから流しそうになったけど、本当に見つかったの!?」


「ええ、本当です。それも見つかった場所はスペリオル・シティから南に伸びる街道の道端みちばた。スペリオル・シティからそう離れていないところ、とのことでした」


「つまり、この町とはまるで正反対の方向に向かっていた、と。……あれ? お姉ちゃんは北に向かって歩いていたって目撃情報なかったっけ?」


「ええ。もちろん、すぐに引き返して南へ向かったと考えるのが一番自然なのですが――」


「そんなことをする理由が思い浮かばない。そうですね? ブリジットさま」


「その通りだ、ドローア。まったく、今回の一件は本当に解せないことばかりで……」


 腕組みをしてうなるブリジット。あたしはその隙に食事に戻ることにした。このままでは温かい朝食が冷めてしまう。

 あたしの代わりに問うのはドローア。


「それで、セレナさまを最初に発見したのはどなたなんです?」


「ああ、それはシャズール殿だ」


「…………なるほど、あの方でしたか」


「なんだ? いまの沈黙は?」


「いえ。少々、私怨しえんのある方でして。他意はありませんよ」


「私怨? ああ、ドローアの父上――聖魔道士セント・ウィザード殿のことか。しかし、別にシャズール殿に地位を追われたわけではないのだし――」


「わかっています。それでも、すっぱりと割り切れはしないんですよ、やっぱり。――それはそれとして、セレナさまを見つけられたときの状況です。シャズールさまは例によって例のごとく、一人で捜索にあたっていらっしゃったのですか?」


「ああ。例によって例のごとく、な。ドローアも知っての通り、群れるのが嫌いな方だから」


 そこで、あらかた食事が終わったのもあって、あたしも口を挟んでみることにする。


「兵士たちをまとめてるのも、指示を出すのも、いつもブリジットの役目だもんね。実質、ブリジットが聖将軍をやってるようなもんだわ」


「さすがにそれは言いすぎですよ、ミーティアさま。しかし、まあ、そうですね。実質的な指揮系統は確かにそうなっています。もちろん、シャズール殿のほうが権限は上で、彼からの指示があれば、それが私の出したものと食い違っていても、彼の命令に従ってもらうことになってはいるのですが……」


「なあ、それはまずいんじゃないか?」


 と、これはアスロック。


「一刻を争う状況でもそんなんだったら、下手しなくても兵たちが混乱するぞ」


「それは確かにそうね。でも……」


「私たちが知る限り、あの方が命令を出したことなんて、一度もないんですよね。本当、いつもブリジットさま任せで」


「そうなのか……。でも、それが許されてるってことは、それだけの実力を持ってるんだな、あの将軍さん」


「…………。じ、自信過剰なだけですよ。そもそも、この場合は個人の強さ以上に、集団戦における『将』としての素質――つまりは協調性やリーダーシップなどのほうを重要視するべきで、ですね」


「つまり、自信過剰とは言っていても、将軍さん個人の強さはドローアも認めているってわけか。大体、個人としての強さも備えてないと将軍になんてなれないもんだからな」


「……むぅ」


「むくれるなって」


 可愛く頬を膨らませるドローアを見て、アスロックが少し笑みをこぼす。


「さて、おれたちもそろそろつとしようぜ。セレナさんは見つかったんだから、ここにいる理由もないだろ。帰りはブリジットさんも一緒だから、護衛のほうも楽ができそうだしな」


「えっ!? あ、ちょっと待ってください! 私、まだほとんど食べてません!」


 急ぎ、食事に口をつけ始めるドローア。

 あたしはアスロックに「そうね」と賛同しながら、宿の入り口のほうに目をやった。


「それはそうとブリジット、まさかとは思うけど、あの兵士たちとも一緒に行動しろって言うんじゃないでしょうね?」


「正直、そう言いたいのは山々なのですが、聞き入れてはくださらないでしょうね、ミーティアさまは。……もちろん、別々に行動させるつもりでいますよ」


「それならよし」


「もっとも、アスロック殿も仰っていたとおり、私だけは同行させていただきますけどね」


「それはいいわ。まあ、ちょっとばかり窮屈ではあるけどね」


 あたしの返答に、なぜだかブリジットは嘆息する。そして苦労の多そうな表情になって、入り口のほうへと足を向けた。


 しばし、あたしたちはドローアが食べ終わるのを待つ。

 けれど、そこはあたしたち。黙って待つなんてことはできるはずもなく。


「そういや、これで護衛対象が二人、護衛役が二人になったのか。なかなかにバランスいいな」


「護衛役が二人? なに言ってるのよ、アスロック。護衛役は三人。護衛対象はあたし一人だけよ?」


「えっ!? ドローアって戦えるのか!?」


 そんなに驚くことかなぁ。一応、ドローアの襲撃受けたじゃん、あんた。……あ、殺気が全然隠せてなかったから、素人と勘違いされても仕方ないのか。


「私、モンスター相手ならかなりいけるんですよ、これでも。基本、マニュアル通りの戦い方しかできませんけど」


「ドローア、口挟んでこないで早く食べる食べる」


「あ、はっ、はいっ!」


 慌て気味に食事に戻る彼女。完食まではあと少し。


「でも実際、気配の殺し方とかを除けば、かなりいけるはずよ、ドローアは。フロート・シティからここまで護衛なしで旅してきたんだし」


「ああ、そうか。そう言われてみればそうだったな。……ところで、お前は消せるのか? 気配とか」


「もちろん! なんてったってあたしだからね!」


「なんでだ?」


「へ? なんでって?」


「や、お前、仮にも王ぞ――」


「声が大きいって!」


 慌てて彼の口を塞ぎにかかるあたし。


「もが……。大きいのはお前の声じゃないか? 注目も、お前が一番集めてる気がするし」


 う、言われてみれば、確かにそんな気も……。


「……こほん。あたしのしてきた勉強にはね、そういうのもあるのよ」


「あ、話を逸らした」


「いやいや、逸らしてないでしょ。思いっきり本題でしょ」


 ジト目で睨むと、その向こうにこちらに戻ってくるブリジットの姿が見えた。

 しかし、あろうことか彼女は、


「確かに、ミーティアさまやセレナさまが学ばなければならないこととして、戦闘訓練や気配の隠し方といったものはある。緊急時、やはり自分の身は自分で守らなければならない場面は出てくるだろうし、逃げるにしても気配を隠せなければ話にならないからな。

 だが、それはあくまで最低限、だ。たとえば気配の隠し方で言えば、息を潜めて隠れる際の気配の隠し方しか教えていない。相手に気づかれないよう攻撃する、などという高度なことは教えていないのだ」


 ブリジットの言葉に、あたし、汗ダラダラ。


「つまり?」


 訊くんじゃない、アスロック!


「つまり、ミーティアさまは独自のやり方でそういった気配の隠し方を学んだんだ。あるときには使用人にちょっかいをかけ、またあるときにはこっそりと王宮を抜け出し、そしてまたあるときには……!」


「ミーティア、お前って奴は……」


「当然、セレナさまは攻撃時に気配を消すなどということはできない。当たり前のことだがな。――というわけで、ミーティアさま」


「はい……」


 そして、ドローアが食事を終えるまで。

 あたしはブリジットにこんこんと説教をされることになったのだった。

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