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第八話 街中での襲撃

 アイ・シティに到着したのは、陽が傾き、町がオレンジ色に染められ始めた頃のことだった。

 林を出たあたりで軽く昼食を取ったりはしたものの、それ以外は休みなどとらない強行軍。正直、さすがにちょっと疲れた。

 その点、微塵も疲れた様子を見せないアスロックは、なんというか、やっぱりさすがだなぁ。三年近く旅をしていただけのことはある。……もちろん、その理由は締まらないものなわけだけど。


 さてさて、このアイ・シティ。

 その名が示すとおり、戦争が頻繁に起こっていた十年以上前はスペリオル聖王国の前線基地――『目』として機能していた。

 そして当時の名残は現在も残っており、船以外の方法で聖王国に入ってくる者や他の国に出て行く者は、ここで簡単なチェックを受けることになる。

 更に、真実かどうかは判然としないが、この町のどこかには大きな地下室が存在し、かつてはそこに武器や防具――普通の武器・防具屋で売っているものではなく、魔道武器や魔法の防具マジック・ガーダーなど、魔法の品がほとんどだったらしい――が保管されていたという。

 また、その中にはとても出来のいい石像もあったとかなかったとか。いや、そのことはどうでもいいか。


 ともあれ、それが真実かどうか、確かめたくなるのは人情というものだろう。

 だが、残念なことにそれは絶対にできない。理由は単純で、この国の現王――つまりはお父さまが地下室の存在を明らかにすることを禁じたのだ。

 こうなると、地下室の話は俄然、信憑性を帯びてくるのだが、仮に見つけても自分の得になるものがあるとは限らないし、あったとしても、高価すぎるものは『どこで手に入れたんだ?』という話になる。

 そもそも地下室を発見できた、できなかったにかかわらず、探していたというだけで罪に問われるのだ。だったら地下室なんて『ない』ものとして扱ったほうがいいんじゃないかって誰もが思うようになるわけで。


 結果、いまは地下室を探しだそうなんて馬鹿なことを考える人間は誰一人いないに違いない。もちろん、あたし自身も含めて。

 ふと『お姉ちゃんはエルフだから人間じゃないよ? もしかしたら、地下室を探しだすためにこの町に足を向けたのかもしれないよ?』なんて馬鹿げた屁理屈を思いつきはしたけれど、まさか、ねぇ……?

 そもそも、アイ・シティの敷地面積は決して広いほうではない。当然、地下室の大きさだってたかが知れるというものだ。そんなところに一体、なにがあるというのか。

 なにか、なんてあるわけがない。あのお姉ちゃんに王宮を抜け出させようとするものなんて、なおさら。


「さて、今晩の宿も無事とれたことだし、早速聞き込み開始といきましょう。ここまでかなり無理して急いで来たんだから、お姉ちゃんのほうが先に町に着いている可能性は低いけど」


「そもそも、アイ・シティに向かったとも限らないわけだけどな。ブリジットさん、そう言ってたし」


「いいのよ。アイ・シティ以外を探すのは城の兵士たちの役目。あたしたちはこの町でお姉ちゃんの捜索をするのが役目。だから『お姉ちゃんはここに来ている』、あるいは『これから来る』という前提で行動するの。わかった?」


「了解。じゃあまずは――」


「あたしは酒場のほうに行ってみるわ。アスロックは武器屋とかに行ってみて」


「待てぃ」


「――むぐっ!?」


 告げて歩き出そうとした瞬間、後ろから襟首をひっつかまれた。く、苦しい……!


「酒場って、要は宿屋の一階のことだろ。それにお前が酒場に行ってどうするんだ。その見かけじゃ真面目に話を聞いてもらえないか、最悪――」


 と、アスロックがそこまで口にした瞬間。


「殺気……!?」


 彼が呟いたとおり、すぐそこの民家の物陰あたりから殺気を感じた。それもかなり濃密で、全然隠すつもりのないものが。……そ、それはそれとして苦しい! 早く離して……!

 あたしがジタバタしだしたことでようやく気がついたのか、ぱっと手を離すアスロック。そこで殺気を放っていた相手がこちらにも聞こえるほどの声量で呪文の詠唱を始めた。


「――この世に再び具現あらわれし

 光を統べる聖なる王よ」


「……おい、どうするよ?」


「えっと……、気配を敢えて隠さないのか、それとも単に隠せてないのかはともかく、呪文を唱える際に声すらひそめようとしないのは新しいわねー……。や、本人はきっとひそめてるつもりなんだろうけど、いかんせん、暗殺とかの経験がこれっぽっちもないっぽいからなー……」


 裏世界の暗殺者とかだったら、あんな殺意丸出しの状態で呪文の詠唱を始めるなんて間抜けなこと、絶対しないだろうし。

 それにしても参った。詠唱の内容からして、あれは『聖蒼の王』スペリオルの力を借りた神界術だ。そしてそれ以上に参ったのは……、


「あの微妙に見えてる金色の髪って……いやいや、まさか。でも、この声は……」


 声に聞き覚えがあることと、物陰からこちらに見えてしまっている、あの綺麗な金髪に見覚えがあること。

 とある人物の姿が頭に浮かび、あたしは思わず頭を抱えてしまいたくなった。しかし、そうしている間にも詠唱は続いていて。


「汝の持つ聖なる槍を

 しばしの間 我に貸し与えたまえ」


 本当に困ったことに、唱え終えられてしまった。


「とりあえずアスロック、これから魔術による攻撃がくると思うけど、上手いこと避けて。あの気配の隠し方の下手さ加減なら、それくらいは余裕でしょ?」


「まあな。なんというか、誰を、そしてどこを狙っているかがバレバレだし。というか、気配を隠す気ゼロだろ、あれ」


「察してあげなさいよ。あれでも隠したつもりでいるのよ、きっと。――あ、それと絶対に相手を攻撃だけはしないで。あたしが説得してみせるから」


「へ? ああ、わかった」


 アスロックがそう返事を返してくると同時。


聖王烈槍ラズラ・ランス!」


 物陰から飛び来る、十数本の蒼白い光の槍! ……って、多っ! 本気すぎるにも程がある!!


「――うおわっ!?」


 つい、といった様子でエアブレードを抜き放ち、あるものはかわし、またあるものは剣で叩き落とすアスロック。うん、あれをすべて凌ぎきるあたりは、腐ってもガルス帝国出身の戦士だ。……や、別にアスロックが腐ってるとは言わないけど。

 ちなみに、あたしのほうには一本たりとも飛んできていない。当然といえば当然のことではあるのだけれど、その徹底ぶりは正直怖い。


「……くっ!」


 ギリッと歯軋りの音が聞こえてきそうな表情で、ついに術を放ってきた相手が姿を現した。


「なかなか、やりますね……!」


 腰のあたりまである、綺麗なストレートロングの金髪が印象的な少女だった。

 顔立ちは端正で愛くるしく、やや童顔……ではあるものの、なぜだか身体のほうは出るとこは出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。


 年齢はあたしより二つ上の十七歳。いや、前述したとおり童顔であるため、それよりひとつかふたつ低く見られがちではあるのだけれど。

 膝くらいまでの黒マントをつけており、おまけにその全身をロングスカートタイプの黒いローブに包んでいるから、地味というか野暮ったい印象を受けがちだが、ちょっとお洒落をして街中を歩けば、すれ違う男性の十人中九人が振り返るであろうことは間違いない。

 瞳の色は深緑で、いまでこそ怒りの色ばかりが濃く出てしまっているが、普段は俗世の穢れを知らないかのように無垢な色を湛えていたのをよく憶えている。

 ちなみに、言い寄ってくる男も多かったりするのだが、容姿や性格の良さに自分でまったく気づいていないのか、はたまた色恋沙汰には興味がないだけなのか、浮ついた話はいままで一度も聞いたことがない。


 そんな彼女は、端正な顔を怒りに染め、ビシッとアスロックを指差した。


「あなた個人に恨みはありません! しかし、ミーティアさまをかどわかそうとしているのを黙って見過ごすつもりも、私には毛頭ありません!」


 ……あー、やっぱり勘違いしてるよ。本当、彼女の思い込みには困ったもんだ。


「え、えっと、かど……なんだって?」


 うわぁ。アスロックはアスロックで、別の意味で困惑してるよ。まあ、日常生活においては『かどわかす』なんて言葉、使わないからなぁ。その意味なんて把握できないだろう。一般人ですらそうなんだから、アスロックならなおさらだ。


「誘拐する、という意味です! あなたにその意思がある以上、私は指をくわえて見ているわけにはいかないんです! 覚悟!」


「え? いや、誘拐するつもりは全然……って、おい!」


「やばっ!」


 彼女はまたしても呪文を唱え始める。しかし、この詠唱の内容は……いくらなんでもシャレになっていない! いや、もちろんさっきのもシャレになっていたとは言いがたいけれど!

 あたしは彼女に対抗して、急ぎ強力な結界呪文の詠唱にとりかかった。


「この世に再び具現あらわれし

 光を統べる聖なる王よ

 汝の持つ正しき均衡きんこう

 我の望む空間に与えん」


 『空間』とは『生命あるもの』が活動する場所のこと。すなわち、『生命あるもの』の周辺。

 ならば、『生命あるもの』の周辺は例外なく『空間』となる。


神の聖域ラズラ・フィールド!」


 アスロックの周囲に、蒼白い光の粒が現れ、彼自身に吸い込まれるように収束していく。

 それに一瞬遅れて。


精神崩壊ラズラ・ブラスト!」


 蒼白い柱がアスロックを足元から包み込む!

 <精神崩壊ラズラ・ブラスト>。『聖蒼の王』の力を借りた術の中でも、最高の威力を誇る術。

 しかし、効かない。同じ『聖蒼の王』の力を借りた『完全防御結界呪文』、<神の聖域ラズラ・フィールド>をかけるのが間に合ったから。それを証明するように、つい先ほど彼の中に吸い込まれていった光の粒が表に現れ、蒼白い柱から彼を守る。そう、<精神崩壊ラズラ・ブラスト>に限らず、どんな攻撃からであっても、だ。もっとも、一度しか効果がないという欠点もこの術にはあるのだけれど。


 ややあって、蒼白い柱が弾けて消えた。

 アスロックは『なにが起こったのかわからない』という表情で呆然と立ち尽くしている。

 そして、あたしはといえば、ようやく彼女にかみついた。


「なに物騒な術ぶっ放してるのよ、あんたはっ!」


「ミーティアさまを守るためです! 邪魔をなさらないでください!」


「守るため、じゃないでしょうがっ! 一歩間違えれば、アスロックは今頃、その術の名前どおりに精神ぶっ壊れてたのよ!」


「そうするのがミーティアさまのためなのです!」


「どこがよっ!? まったく、相変わらず思い込んだら一直線なんだからっ!」


 と、そこでやや申し訳なさそうな声が割り込んできた。


「……あ~、とりあえずミーティア、その娘、一体誰なんだ? 説得云々言ってたんだから、お前の知り合いではあるんだろうけど」


 確かに。まずはアスロックに事情を説明するのが先決か。


「えっとね、この娘はドローアっていって……ほら、今日の朝、少しだけ話したでしょ? あのドローア――」


「ミーティアさま、お下がりください! その男は危険です! 現に先ほど、襟首をつかんでどこかに連れて行かれそうになっていたじゃないですか!」


 言って、三度呪文の詠唱を開始するドローア。


「やめんかあぁぁぁぁぁっ!!」


 夕暮れに染まる街角に、あたしの怒声が響き渡った。





「申し訳ありません! 本っ当に申し訳ありません!」


 あたしたちが取った宿の一階にある酒場。

 そこのテーブルのひとつにつき、三人で夕食の席を囲みながら、あたしはドローアに現在に至るまでの経緯をかいつまんで説明した。

 そして食べ終わって、皿を全部下げてもらった現在、誰にでも予想のつく流れとして、状況を完全に把握したドローアは、ひたすらアスロックに平謝りをし始めた、というところである。


「あー、まあ、気にするな。誤解だったんだから」


「ううー、本当に申し訳ない限りです……」


「だから本当にもういいって。何度も言うけど、誤解だったんだからさ」


 謝られているアスロックは、ただただ居心地悪そうにしていた。といっても、別にドローアの存在を迷惑に感じているとかではなく、ただただ謝られていることが落ち着かない、という感じだ。


「ねえ、アスロック。言っとくけど、その『誤解』で危うく命を落とすところだったのよ? あなた」


 これは本当の話。だからドローアが恐縮してしまっているのはむしろ当然のことだ。お願いだから、もう少しそのあたりを理解してあげてほしい。

 そう思ってあたしは口を挟んだのだけれど、どうやら二人には逆効果だったようで。


「あああああっ! 本当に、本当に申し訳ありませんっ! 一体、他になんと言って謝ったらいいのかっ!」


「いやだから、気にするなって。結果的に命は落としてないんだから。――なあ、ミーティア。いくら親友でも、いじめたり、からかったりするのはほどほどにしてやれよ?」


「な、なんであたしが悪者に……?」


 釈然としないものを感じるなぁ、まったく……。

 と、ようやくドローアが謝罪以外の言葉を口にする。


「その、私、昔からこう、思い込みが激しくて……」


 うん、それは否定しない。そして、やっぱり謝罪寄りの言葉ではあるか。


「……あ、そういえば、私の口からの自己紹介はまだしていませんでしたね。――改めまして、私はドローア・デベロップといいます。王宮内での立場は、ミーティアさまのお付きというか、直属の部下というか、そんな感じです」


「それ以前に幼なじみで、親友でしょ。まったくもう……」


「おれはアスロック・ウル・アトールだ。よろしく」


 言って、笑顔をみせるアスロック。

 それにドローアは、可愛らしく小首を傾げて、


「アトール……。ガルス帝国出身の方、ですか?」


「ああ。しかし、なんでそんなことを訊くのかが、正直、おれにはわからない。ミーティアにも訊かれはしたが」


「すみません。アスロックさんがあまりにも、その……ガルス帝国の方らしからぬ雰囲気をまとっていらっしゃいましたので。温厚といいますか、和やかといいますか。……もしかしたら、ガルス帝国の方だというのは、私の早合点かもしれないな、と」


 ドローアがそう考えてしまったのも無理はない。だって、


「荒っぽい奴が多いものね、ガルス帝国の人間って。いままでの使者は全員、そんなんだったし」


「まあ、確かに厳しい人や短気な人間が多いことは認めるけどな。でも別に、全員がそうってわけじゃない」


 アスロックの言葉に深々とうなずくドローア。


「そうですね。現に、アスロックさんは親切心からミーティアさまの護衛や、セレナさまの捜索をしてくださっているのですから。――それにしても、セレナさまが失踪、ですか」


「ええ。まあ、この町から先には行ってないとは思うんだけどね」


「そもそも、セレナさまが失踪されたのは昨日、とのことですからね。どんなに早く行動しても、今日はまだここで出入国のチェックを受けているはずです。フロート公国のラット・シティまで行くなんてことは物理的に不可能です。私だって、ついさっきチェックを終えたばかりですからね。セレナさまがいらっしゃったのなら、そこで鉢合わせになっているはずですし」


「そうなのよね~。――あ、そういえば魔道学会本部での用事ってなんだったの? 面白い事件でも起きた?」


「いえ、特別な用事はありませんでしたよ? いつもの定期的な報告をしに行っただけです。正直、私には報告することなんてなにもないんですけどね。まあ、過去にあったことがあったことですから、仕方がないのでしょう。それに最近、通心波テレパシーという魔術が報告されたでしょう? そのことでも訊かれることがありましたからね」


通心波テレパシー? そのことでドローアになにを訊くっていうの?」


「すみません。それはミーティアさまであっても、お教えすることはできません」


 そう言って、立てた人差し指を口許に持っていくドローア。

 幼なじみにして親友だというのに、彼女の過去をあたしは詳しく知らない。そんな事実も手伝ってか、あたしは正直、面白くなかった。


「ちぇ~っ。秘密主義なんだから。『現代の三大賢者』のひとり、『沈黙の大賢者』だからって、あたしにまで隠すことないのに」


「それは関係な……くはありませんが、ほとんど関係ありませんよ。『沈黙の大賢者』なんて、私にとってはただの余計な肩書き。それ以上でもそれ以下でもありません。――ミーティアさまの『第二王女』と同じようなものです」


「まあ、わからなくはないけどね。……むしろ、『神界道士しんかいどうし』、『風道士ふうどうし』のほうがよほど重要な肩書き、か」


「そうですね。それぞれ、神界術、風術ふうじゅつの『専門家』だ、ということを表す肩書きですからね。ミーティアさまの『黒道士こくどうし』も同じく」


「そうね。……あ、『黒道士』といえばさ、ヴラバザードのオバハンはどんな感じだった? またヒステリックにわめき散らしてきた?」


「『漆黒の大賢者』アーリアさんですか? そうですね、いつもどおり、とだけ」


「あのオバハン、無意味にプライド高いのよねぇ。会うたび会うたび、ドローアも大変でしょ? 『最年少の大賢者だからって調子に乗るなよ、キーッ!』って風に絡まれて」


「絡まれはしましたが、そんな下品な言葉遣いはなされませんよ、アーリアさんは」


「いやいや、陰では絶対言ってるって。本当に陰険なオバハンなんだから」


「……なあ」


「うん? どうしたの? アスロック。さっきから全然話に乗ってこなかったけど」


 少しムスッとした表情のアスロックに、ニヤリと笑いながら訊いてやる。一方、ドローアは申し訳なさそうな表情になり、


「あ、すみません。アスロックさんにはつまらない話でしたよね」


「いや、つまらないっていうより、単純に意味がわからなかった……」


「本当にすみません。内輪のことで盛り上がりすぎました」


「あー、まあ、それよりも、だ」


 謝られて困り顔になるアスロック。ふむ、どうも彼はドローアに頭を下げられると弱いらしい。よし、これからは有効活用させてもらおう。


「明日は早くから行動したほうがいいんだろ? もう寝たほうがいいんじゃないか?」


 確かに、時間はまだ早めであるものの、今日は歩き通しだったから、疲労がかなり溜まっている。早めに休んでおくに越したことはないだろう。


「そうね。じゃあ、そろそろ部屋に戻るとしましょうか。――あ、言っとくけど、ドローアはあたしの部屋で寝かせるからね」


「当たり前だろ……」


「ちょ、ちょっとミーティアさま!」


 うんざりとした表情で呟くアスロックと、真っ赤になってうろたえるドローア。

 アスロックもドローアのようなリアクションをとってくれればもっと面白かったのだけど、まあ、そこまでは望めないか。


 三人とも席を立ち、階段へと向かう。

 取った部屋はちょうど向かい合わせになっており、そこまで来たところで、ドローアが少し照れたようにはにかんで、アスロックのほうに向き直った。


「それでは、お休みなさい、アスロックさん」


「お休み、アスロック」


 一応、あたしも続いておく。


「おう。また明日な、二人とも」


「はい。お休みなさい」


 返ってきた言葉に、嬉しそうに、明るく繰り返して、ドローアは部屋の扉を開き、あたしに先に入るよう促してきた。……ふうん、なるほどねぇ。これはちょっとつついたら面白い反応が返ってくるかも。


 部屋に入ると、二つあるベッドの片方に腰かけ、あたしはドローアに問いかけてみた。


「なんか、ずいぶんとアスロックのことを気に入ったみたいじゃない? ドローア」


 ちょうどドローアも自分のベッドに腰を落ち着けようとしたところで、あたしの言葉にぴょんと小さく跳ね上がってくれる。


「えっ!? そ、そうですか!? そんなこと、ないですよ……?」


 楽しくなり、向き合って座る彼女の顔を見ながら、あたしは追及を続けてみることに。


「へえ~。あたしの知る限り、自分から男に話しかけてるドローアなんて、見たことないけどねぇ。あ、ゼノヴァさんとか、あたしのお父さまは抜きにして」


「父さまは例外に決まってますよ! もちろん、陛下だって! でも、王宮内で男の方と話をすることくらい、私にだってありますよ?」


「事務的な会話ならね。でもプライベートなことは全然じゃない」


「それはそうですけど……。でも、それを言うなら、アスロックさんとも、今日はそれほど会話をしていたというわけじゃ……」


「今日は、ね」


 意味ありげに繰り返してみせる。

 それにドローアは、真っ赤になってうつむいた。


「あうう……。まあ、確かに優しくていい方だとは思いますが……」


 あ、自爆した。あたしは本当に繰り返してみただけだったというのに。……もちろん、彼女が自爆する可能性を考慮して、だけど。

 しかし、優しそうでいい方、か。


「確かに、その通りではあるんだけどね~……」


「? どういう意味でしょうか? ミーティアさま」


 きっと、あの常識の無さにはドローアも辟易へきえきさせられると思うよ?

 いつまでそれを知らずに過ごせるかな~。

 胸中でそう呟いて、あたしは全然別の言葉で会話を締めくくった。


「ううん、なんでも。明日からはもっと会話が弾むといいわね。気さくでいい奴なのは間違いないから」


「えっ!? は、はい……」


「じゃ、お休みぃ~」


 そうして、あたしはベッドに横たわった。

 なにやらドローアがグッと両の拳を握り締めるのが視界に入った気がしたけど、それはそれで面白くなりそうだったからよしとする。

 最悪の場合は、あたしがアスロックの毒牙から守ればいいことだしね。


 それにしても、やはり疲れていたのだろう。

 ベッドに入って間もなく、あたしは眠りに落ちていった――。

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