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第五話 真理へと続く書物(前編)

 唐突に。

 うおっほん、と大きな咳払いが謁見の間に響き渡った。


 それを発したのは他でもない、あたしのお父さま、デュラハン・フォト・バース・スペリオル。

 ギクリとし、引きつった笑みを浮かべながら隣のお父さまを盗み見る。うう、勢いでやったこととはいえ、アスロックに大声で食ってかかったのはマズかったかぁ、やっぱり……。


 いい加減、本題に入るべきとようやく悟ったのか、アスロックもお父さまのほうへと向き直り、口調を丁寧なものへと変えた。


「……っと、少々遅くなってはしまいましたが、我が国の王の命により、火の解読書をお届けに上がりました」


 ……まあ、『謁見』の際に用いる言葉遣いとは、なんか微妙に違う感じはするけど。そして『少々』じゃないでしょ、『少々』じゃ。

 お父さまは「うむ」と鷹揚おうようにうなずき、彼の差し出した火の書を受け取る。


「間違いなく、本物だな」


「はい」


「――して、闇の書は?」


 ちょっ、それのことまで訊く!? お父さま!?


「王の話では、何者かによって王宮から持ち去られ、それきりになってしまった、と」


 ああ、例の盗まれたって話ね。……あ、ふと思いついたことでしかないけど、もしかしたらその『何者か』もアスロック同様、ガルス帝国に危険な役割を背負わされたんだったりして……。


「ふむ、そうか……」


 納得した感を思わせる言葉を口にしながらも、お父さまは一度言葉を切り、豪奢な椅子から身を乗り出してアスロックの全身を眺め回した。そう、まるで彼のどこかに闇の書を探し求めるように。


 やがてお父さまは腰を戻し、ひとつ、小さく息を吐き出す。


「――どうやら、嘘ではないようだな。……さて、アスロック・ウル・アトール殿、我が国に火の解読書を届けてくれたこと、心より感謝する。しばらくは王宮に滞在し、長旅の疲れを癒していってくれ。もっとも、あまり大したもてなしはできぬが」


 そう言ってシャズールにいくつか伝言を頼むお父さま。おそらくは王宮に住み込みで働いているメイドに対するものだろう。国王にうなずきを返した聖将軍が謁見の間を出て行ったあと、彼はその対応に少し恐縮したように、


「いや、そこまでしていただかなくても――」


「遠慮はけっこう。それと粗末なもので申し訳ないが、食事も用意させた。――セレナ、第二食堂までご案内して差し上げなさい」


「あの、本当にいいですって。確かに昼はまだ食べてませんけど、そこまでしてもらうようなことはしてな――」


「いいからいいから。食事のお誘いは素直に受けておきなさいって」


 なにしろ、こっちの威厳や体面といったものにも関わるんだしね。


 さあ、そうと決まったら即、お姉ちゃんたちと一緒にあたしも退室。このままここに残っていたら、あたしの口調のことでお父さまが雷を落としてくるだろしね。


「さあ行こう。お姉ちゃん、アスロック」


 言って、お父さまにくるりと背中を向け――。


「ミーティア、お前はここに残りなさい。少し言っておきたいことがある」


 ですよねー。


 かくして、あたしは謁見の間から出て行く二人の背中を見送る側になってしまったのだった。

 お姉ちゃんがこっそり苦笑していたのが見えたけど、どうせなら苦笑じゃなくて助け舟が欲しかったなぁ。まあ、そんなの出せる空気じゃなかったんだろうけど……。





 お父さまのお説教からようやく開放されたあたしは、現在、アスロックにあてがわれたというやや広めの部屋に向かっていた。


 や、もちろん第二食堂にも行ったわよ、一番最初に。でも、そこにいたのはお姉ちゃんとアスロックではなく、食事の片づけをしていた数人のメイドさん。う~ん、長かったからなぁ、お父さまのお説教タイム……。

 そんなことを考えているうちにアスロックの部屋に辿り着く。コンコン、とノックをし「は~い?」と返事が返ってきてから扉を開く。


「ん? おお、ミーティアか。どうした?」


 適度な広さを持つ彼の部屋。そこに入って、まず一番最初に目に飛び込んできたのは、ベッドで右へ左へゴロゴロと転がっている、なんともはしゃいだ雰囲気のアスロックの姿。


「…………」


 思わず言葉を失うあたし。いや、だって、いい歳した大人が、ねぇ……。


「あ、なんだよ、その目は。いいじゃないか、はしゃいだって。こんなフワフワなベッドに寝転がるのなんて、生まれて初めてなんだぞ」


 アスロックはちょっぴりむくれてみせた。や、あたしがやるならともかく、男がやったって可愛くもなんともないから、それ。


「それで、なんか用あってきたのか?」


「……え? あ、ええ。とりあえずは、火の書を持ってきてくれたことに対して、あたしからもお礼を言おうかと思ってね」


「お礼? 別にいいって。そういう命令を受けたから持ってきたってだけなんだから」


「ん~、まあ、それでも、ね。ほら、あれはあたしも使うものだから」


「ふ~ん、そういうもんか。まあ、感謝の気持ちは受け取っておくけどな。でもあれ、ミーティアも使うものだったのか?」


「ええ、けっこうな頻度で。もっとも、一番使うのはドローアと、彼女の父親である聖魔道士だろうけどね。一国の王にとってはステータス・シンボルでしかないわけだけど、あたしたち魔道士にとっては『聖本』を読むために必要なものだから」


「ドローアって?」


「食いつくの、そこなんだ……」


 あたしとしては、『聖本』のことで質問してほしかったんだけどなぁ。


「ドローアはね、あたしの幼なじみにして親友の女の子のこと。あたしと同じ魔道士でね、『聖本』を一緒に解読してるのよ。まあ、いまはフロート公国に行ってるんだけど」


「旅行かなにかか?」


「ううん。フロート・シティにある魔道学会の本部に用事があって行ってるの。その内容は聞かされてないけど」


「魔道学会?」


 こいつは魔道学会のことも知らないのか。しかし彼が疑問に思うことすべてを説明していたら時間がいくらあっても足りはしない。


「あー、それに関してはまた今度ね。それはそうとアスロック、明日は暇? なにか予定が入ってたりしない?」


「ん? いや、特にないな。食堂でもそういう話にはならなかったし」


「ふうん、そっか。じゃあさ、明日あたしに付き合ってよ」


「お前に? なんでまた?」


「明日は王宮内にある図書室で『聖本』の解読をしたいんだけどね、やっぱり一人で延々と、っていうのは気が滅入るのよね。だから来るだけでも一緒に来てくれないかな、と」


「あ、もしかして、そのドローアとかいうやつの代わりとか思ってないか? おれのこと」


「あ、バレた?」


「当たってたのか……」


「まあ、無理にとは言わないわよ。あなたがよければ、でいいから」


「ん~、まあ、いいけどな」


「ありがと! じゃあ明日、朝食を摂ったら行きましょう。多分、同じ食堂で食べるだろうから」


「わかった。明日の朝だな」


 うなずき合い、あたしは自分の部屋に戻ろうと彼に背を向けた。


「あ、そうだ」


 しかし、すぐにふと気づき、顔だけアスロックのほうに戻す。


「ところでアスロック、お姉ちゃんがどこ行ったか知らない?」


「ん? セレナさん? おれがメシ食べてる途中であの将軍さんが呼びにきて、一緒に出ていったぞ。確か、王さまがセレナさんに用があるとかなんとか……」


「シャズールが?」


 それにお父さまが用があるっていっても、その時間はお父さま、あたしにお説教をかましている真っ最中だったんじゃ……?


「……まあ、いっか」


 なんかスッキリしないものを感じながらも、あたしはそこで思考を止めた。


「なんにせよ、お姉ちゃんはいま、流れからしてお父さまのところにいるようね。しょうがない、あたしは自分の部屋で大人しくしてるわ」


 退屈なのはゴメンだけど、これ以上、お父さまに怒られるのはそれ以上に嫌だし。


「じゃあアスロック、また明日ね。まあ、もしかしたら今日の夕食でまた会うかもしれないけど」


「おう、じゃあな」


 アスロックの声を背中に聞きながら。

 こうして、あたしは彼の部屋をあとにしたのだった――。





 ――弱き少女ものよ、真理ちからを求めよ。

 『愛』をもって理解するとき、『精霊』は『聖霊』となり、『心理』は『真理』となる。


 求めし少女ものよ、扉を叩け。

 さすれば、真理へと続く書物みちひらかれん――。





 明けて翌日。

 自室に運ばれてきた朝食を見て、あたしは専属のメイドに訝しげな目を向けた。


 いや、こういうことは珍しくはあっても皆無ではないから、普段なら不思議になんて思わなかっただろう。けれど、昨日の夕食も自室で一人で摂っていたりするのだ、あたしは。今日も続けて、というのはちょっと不自然じゃない?

 ……まあ、いっか。そんなことより、いまは『聖本』。なんせ、解読作業が数年ぶりにできるんだから。


 朝食の前に、と部屋に備えつけられている水がめの水を手ですくい、ばしゃばしゃと顔にかけた。水がかかる度に頭はハッキリし、それに比例して気分が高揚してくる。


 朝食をお腹に収め、アスロックを部屋から引っ張りだして。あたしは王宮内にある図書室に向けて意気揚々と歩を進めた。


「――広いなぁ。それに本棚ひとつひとつも高い……」


 それが、図書室に入って一番最初に漏らしたアスロックの感想。まあ、確かに天井近くまである本棚がズラッと並んでいるし、部屋自体も広い部類には入るのだけれど。


「でも街にある国立図書館はもっと広くて大きいわよ。書物の量だって、ここより遥かに多いし」


「国立図書館なんてあるのか。……ん? じゃあなんで『聖本』とかはそこに置かないんだ?」


「もちろん、一般人に読ませるつもりがないからよ。『聖本』や解読書だけじゃないわ。一般人には存在そのものを隠しておくべきって判断された書物は全部、ここに置かれてるの。なにしろ、ここは王族のみが立ち入れるところだからね。ちなみに、国立図書館は国民全員に開かれてる場所」


 そう説明しながら、『聖本』及び三つの解読書を本棚から抜き取るあたし。それらを中央にある長机に載せ、椅子を引き出して座る。そして火の解読書を片手に『聖本』を開き、解読作業開始!


「なあ、『聖本』を解読するって言ってたけどさ、具体的にはどうやるんだ?」


 隣の椅子に座ったアスロックの問いかけ。火の解読書をパラパラと片手でめくり、視線は『聖本』に落としたそのままで、あたしは答える。

「んー? まずは『聖本』に載ってる、未解読の単語をひとつ、抜き出すの。そしてそれが火の解読書に載っているか探すのよ。解読書っていうのは、辞書みたいなものでね、その単語さえ見つかれば、その項に意味が載ってるの」


「単語が載ってなかったら?」


「当然、解読できない」


 サラッとしたあたしの口調に、アスロックは目を丸くして驚きを露にしてきた。


「それ、ものすご~く大変な作業なんじゃないのか?」


「そうね。すごく地道で、機械的にやれば退屈でさえあるかもしれないわ。作業量もなかなかに膨大だし」


「それに解読書が六つあるんだから、その特定の単語の意味がわかる確率は六分の一ってことになるんだろ?」


「ノンノン。解読書のうち光と土――第一古代語と第五古代語の解読はもう済んでいるのよ。だから単語の意味を特定できる確率は四分の一」


「や、それ大して変わらないだろ……」


「変わるのよ。『聖本』にある記述量が膨大だからこそ、ね。それにあたしが最優先で解読したいのは『界王ワイズマンナイトメア』の項だけだし。ドローアだったらともかく、あたしはその界王の力を借りた魔術の組み立て方さえわかれば満足だからね」


 もちろん、時間があれば他の項も解読したいけど、あたしが興味を持ったところ以外の解読作業は基本、ドローアか彼女の父親が早々にやってくれちゃうし。


 それはそれとして、いい加減、そろそろ作業に集中することにする。隣でアスロックが「そんなもんかね……」と呟いていたけど、それは無視。そうして『聖本』と火の解読書を交互に見ながら解読を進めること、数時間。


「う~ん……」


 『界王』の項の解読を終え、あたしはひとつうなり声を漏らした。


「どした?」


「うん、解読作業は終わったんだけどね。正直、穴だらけなのよ、この文章。一応、魔術の組み立ては二つほどできそうなんだけど、こんな不完全な知識を基にしちゃって大丈夫かな。術、発動と同時に暴走とかしなきゃいいんだけど……」


 あたしのぼやきに、アスロックの顔が青くなる。


「――おいおいおいおい!」


「耳元でそんな大声出さないでよ。大丈夫、どうせ組み立てたって使えないから、この二つの術。片方はあたし自身の魔法力不足のせい、もうひとつは術の発動に必要な魔法の品が手に入らないせいで、ね」


「術の発動に必要な魔法の品?」


「そう。そのうちのひとつは魔力の増幅アイテムである『賢者の石』。もうひとつは伝説の魔道武器である『聖蒼の剣スペリオル・ブレード』。あーあ、それらを手に入れる手がかりすら載ってないなんて。ショック……」


 冗談っぽく、笑みを交えながら呟いてみるあたし。

 しかし、そう簡単にはいかないだろうと予想はしていたものの、こうしてその事実を突きつけられてみると、やっぱり落ち込む。そんなあたしの心の動きを察したのか、アスロックがすまなさそうな声をだしてきた。


「――なあ、おれが持ってきたその解読書、役に立ってるか?」


「え? そりゃあ、もちろん。一応、読めるところは増えたからね。――読んでみてあげよっか? 穴ぼこだらけでいいなら」


 こくりとうなずくアスロック。それにあたしはひとつ咳払いをし、喉の調子を整えてから、『界王ナイトメア』の項を声に出して読み始める。


「――あれは闇、魔、死、終末、対立、それら全てをべる存在もの

 生み出されし世界。

 全ての滅びを望み続ける存在もの

 深き闇。消えることのない絶望。

 己の夢の中に全てを生み出せし存在もの

 生み出されし存在もの達、この存在ものの夢から決して逃れることは出来ない。

 すなわち――『界王ワイズマン悪夢を統べる存在ナイトメア』」


「――どこの大魔王だ、そいつ……」


「まあ、『漆黒の王ブラック・スター』を遥かに凌ぐ、魔王の中の魔王みたいな存在だから……」


 だからこそ、界王の力を借りた魔界術は『漆黒の王』の力を借りたそれよりも遥かに強力なものになるはず、と踏んでいるのだし。


「さて、と。『界王』の項はここまでしか解読できないようね、残念だけど。あとは他の解読書を手に入れて、第二、第三、第六古代語を解読できるようにならないと――」


「ところで、『界王』を『漆黒の王』と比べて話してるけど、当の『漆黒の王』ってのはなんなんだ?」


 はい!? いまこいつ、なんて言いましたか!?


「まさかとは思うけどアスロック、『漆黒の王』ダーク・リッパーのこと、知らないの?」


「ああ、全然。『王』ってつくんだから、どこかの国の王様かなにかか?」


「…………。もしかして、『聖蒼の王ラズライト』スペリオルのことも知らなかったりする?」


「ラズライト? この世界の名前、だよな? スペリオルは魔力が込められた武器のことだろ?」


「それは『蒼き惑星ラズライト』と魔道武器スペリオル!」


「読みは同じじゃないか」


「読みは同じでも意味が全然違うのよ! ……いいわ、説明してあげようじゃない。ちょうど『聖本』もここにあることだし、第一次聖魔大戦のこととかも交えて、たっぷりとね……!」


「勉強は、嫌いなんだけどなぁ……」


「――うるさい!」


 そんなこんなで、あたしはアスロックに第一次聖魔大戦、及び第二次聖魔大戦の顛末てんまつを交えて『聖蒼の王』や『漆黒の王』のことを説明してやることにしたのだった。


 ――しかし、こいつの常識のなさは、ここにきていよいよ致命的だぞ、まったく……。

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